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鈴森と相談

フィクションです。

決して警察を舐めているわけではございません。崇拝すらしております。

 ダンジョンを出たその足で、ギルドへ向かった。

 午後六時過ぎ。ぐったりとした様子のポニテ(受付ちゃん)を引っ掴まえ、丸机へ連行した。右から俺、左から鈴森がまくしたてる。両耳レイプだ。


「人さらい集団……ですか……」


 話を聞き、真面目な顔になったポニテが問い返してきた。


「そうだ。相当手馴れていた。あれは素人じゃない」

「……確かにそれが本当なら、大変な事態ですね」

「本当ですよっ。すっごく怖かったんですから!!」


 鈴森がキャンキャン喚く。

 ポニテがあわてたように手を振った。


「あぁ、別に疑ってるというわけではないんですよ。報告はします。ですが、ダンジョン内での事件は特定しづらいので、犯人が捕まるかどうかは……」


 そう。ダンジョン内で攫われても、それがモンスターやトラップによる事故か、それとも人為的な物かの判断は難しい。結果、犯人を捕まえることは困難を極めるのだ。


「期待しないでいてください。警備ギルドの方々も腰が重たいですし」

「あぁ。殺人犯も捕まってないみたいだしな。人手不足なのか?」


 まぁ、スィスを捕まえるのは無理だろう。

 あてつけに言ってみただけだ。

 何かにあきれたように、ポニテはため息をついた。


「それもあるんでしょうけど。それにしたって、まったく彼らは何してるんでしょうかね。鍛えることしか興味ないんでしょうか?」


 思い返してみれば、結構警備員のガタイはよかった。


「そりゃそうだろ。犯罪者捕まえなきゃならないんだから」

「そうなんですけどねー。その犯罪者を捜すことそっちのけでムキムキされても困るんです」

「そっちのけ?」

「なんでも、ギルド内で闘技大会を毎週開催してるそうですよ。その日はみんなオフ。それに出場する方は準備期間が与えられて、一週間みっちり鍛えるそうです」


 冗談のような言葉が炸裂した。


「それで……人手不足?」

「はい。ちなみに今週の闘技大会出場者は、全職員の五分の一だそうです」

「……」


 隣で鈴森が絶句していた。


「なんでそんなことに……?」

「なんでも、昨年めちゃ強い犯罪者集団が暴れるっていう事件がありまして、取り押さえる際に甚大な被害が出てしまったんですよ。それで、そういった事態に備えるよう、万全を期すとのことです」

「……ちなみに、それまでそんなことは」

「百年位前にもあったそうです」


 災害みたいな話だな。


「そんなものに対策するより、もっと大事なことってあるでしょう?」


 鈴森にしてはまともな意見だ。ポニテが大きくうなずく。


「まさにその通りなんですけどね……頭硬いんですよ、お役所のお偉いさん方は。見えない圧力と戦ってるんです」

「体面とか?」

「はい。見栄ですよ見栄。まぁ大事なんですけどね、それも」


 あきらめたようにこぼした。


「とにかく、早いとこ実力つけてください。それが一番手っ取り早いですから」


 そんな身も蓋もない。相談した意味なくね?


「……官憲の力は」

「あてにできません」


 きっぱりと。


「……何のための警備ギルドだよ……」

「うぅ……お役所仕事ですぅ……」


 俺と鈴森はうなだれた。


 その後俺の宝石と素材を売り捌き、大量のゼニを手に入れた俺たちは、鈴森曰く『いま流行りの店』なるところへ向かった。

 かわいらしい感じの外装が特徴の、やや小ぶりな店。流行りと言う割に、結構すんなり入れてしまう。

 入店と同時に、ささくれた心を癒す、独特の甘い香りに包まれる。

 花園が広がっていた。


「おぉ……」

「……神津さん……目が……まぁいいです」


 鈴森のあきらめたような声を聞き流す。

 中は、若いおにゃごで溢れていた。見渡す限り女。しかも露出しまくりだ。この世界に来て結構経つが、いまだその服装には心が奪われる。

 きゃっきゃっと、大きなデザートをつつきあう女たちの間を抜け、奥の席へ。

 俺も鈴森も、きょろきょろとせわしなく目を動かしていた。鈴森はパーフェなるパフェを、俺は様々な標高の山山を観察する。

 着席。


「鈴森……」

「はい?」

「俺は今日、初めてお前と出会ってよかったと思っている」

「いくらなんでもひどすぎませんっ!?」


 ちょっと会話して、メニューに目を落とす。

 二人ともファット・ブルのステーキを頼み、鈴森はそれに加えパーフェを、俺は冷やっこいルービーを頼んだ。

 ルービーはビールもどき。正式名称だ。

 少し待って、ブツが出てきた。胃が劇的に活動を始める。


「「いただきますっ!!」」


 同時に、肉へ食らいつく。

 むちゃくちゃ濃厚で甘い肉汁があふれ出す。毎度のことながら、ダンジョンにこもった後のこの瞬間はたまらない。空腹時の食事は、どうしてこうも幸せなのか。

 しばらく、俺たちは無言で手と口を動かした。

 ファット・ブルのステーキは、霜降り肉をさらに脂っこくした感じの肉質だ。

 なぜ、女たちの楽園にこんなファッティなメニューが? 

 一瞬疑問が過るが、おいしいものは男にとっても女にとってもおいしいのだと結論付けた。深く考えてはいけない気がする。


「ふぅ……」


 食い終わり、一息つく。ルービーをがぶっと一気に飲み干した。

 追加注文。ルービーは決して安くはないが、今回の稼ぎを考えれば、大したことはない。節約? 今晩だけは考えない。俺と鈴森の暗黙の了解だ。

 二杯目はゆっくりと喉へ流し込みながら、鈴森が肉に食らいつく様子を見ていた。

 ちゃんとナイフで切り分けて、小さな口の中に押し込んでいく。やっぱりほっぺが膨らむのは、そういう仕様なのだろう。

 時々、思いっきり弛緩した顔になって頬に手を当て、「おいひぃ~」とか「とろけるぅ~」とか言ってる様は、お子ちゃまそのものだ。まぁ幸せならそれでいい。

 だけど。

 食い終わるの、いつになるだろうか。


 長い格闘の末、鈴森は脂肪塊を平らげた。

 俺は四杯目にとりかかるところだ。

 でも、うそだろ、鈴森。


「……お前、本当にそれ食べきるつもりなのか?」

 

 標高三十センチにも及ぶ甘味の塔を指さし、尋ねる。


「はい、もちろん」


 鈴森は臆することなくその山頂にスプーンを突き刺し、口へ運ぶ。


「あまひぃー。おいしーい」


 幸せそうに両頬を抑えた。いやまぁ、いいんだけどさ。


「……太るぞ?」

「……」


 一瞬静止。鈴森は自分のおなかのあたりへ指を這わせる。肉をつまもうとしているらしい。

 何を確認したのか、満足した様子で再び食べ始めた。


「大丈夫ですよこれくらい」

「そう言って奈落へと落ちていった女が、いったいどれだけいるか……」

「がぁうっ!!」


 威嚇された。

 いじめるのもこれくらいにしてやるか。こいつも今日はがんばったしな。


「まぁいくら食っても体型変わんないんだけどさ、この世界じゃ」

「あっそうでした……って、じゃあなんで余計なこと言ったんですか!!」


 気を遣ってやったのに、何で怒られなきゃならんのだ。


「まったくもー……こんなか弱い女の子いじめて、胸痛まないんですか?」

「痛まないな。そこにあるのは心臓だ。痛むとしたらここだろう」


 とんとんと、自分の頭を突いて見せた。


「揚げ足とらないでくださいっ!」

「あーはいはい。ほら、いいから食べろ。冷めるぞ」

「冷めませんよ」


 突っ込みもそこそこに、再びパーフェを切り崩しにかかった。



 食事を終え、宿へ。

 体を拭き終わった後、俺は鈴森を呼んだ。


「鈴森、明日スラムへ行くぞ」


 鈴森はぽかんとした。


「なぜです?」

「人さらいたちのアジトがあるならスラムだろう」


 一瞬考えて、答えにたどり着いたのか。恐る恐る口を開いた。


「……ま、まさか……」

「来ないなら、出向いて殺そう、ホトトギス」 

「ダメですぅうううっ!!」


 掴みかかってきやがる。


「ちょっとふざけた感じで言っても駄目ですっ!!」

「やっちゃる」

「かわいく言ってもダメェーーっ!!」

「まぁ聞け」


 半泣きで組み付いてくる鈴森をなだめすかし、仕切り直す。

 ベッドの上で正座。互いに向かい合った。


「いいか? 俺だって本当はやつらなんてほっといて攻略を進めたいんだ。だけどこのままだと、常に防戦一方――敵さんのやりたいようにやられるだけ。また今日みたいに不利な状況で襲われるんだぞ」

「……まぁ、それは……」

「やつらも、まさか攻められるとは思っていないはずだ。そこに付け込む。狩る側は防御のことを考えないもんだ。油断も隙も腐るほどある。アジト特定して寝込みを襲ってやれば、こっちの危険は最小限だしな」

「寝こみを襲う?」

「数人なら無音で殺せる。もし大勢いたら火責めでもなんでもすればいい」


 鈴森の口がぽかんと開いた。まさに、唖然としている。


「せ、戦争でもする気ですか……?」

「ばかだな」

「ほっ」


 音を立てて息をつき、鈴森は摩擦係数ゼロな胸をなでおろした。


「戦争に決まってんだろ」

「へ?」

「しかもやつらからふっかけてきたんだ。容赦なんてするわけない」

「……近隣住民への被害……」

「知ったことか。どうせスラムだ。たいした建物もないだろ。それにレンガだしな」

「法律……捕まっちゃいますよ?」

「スラムは無法地帯だ」

「あぁそっか」


 納得すんなよ。無法地帯だからって法律がないわけじゃない。

 とはいえ警備にばれるようなヘマはしないから、誤解させたままでいいか。


「そうだ。だから『悪・即・殺』で行く」

「ってだめですよ人殺しは!!」

「お前、ダンジョン内で俺が殺したの見てただろ」

「……あれは、やむを得なかったから仕方ないんです」


 やっぱモンスターとの戦いのせいか? いや、死体が残らないせいだな。鈴森が殺しを見ても取り乱さなかったのは。


「同じだ。これもやむを得ない。野放しにしてたらほかにも被害が出るんだぞ? むしろ正義だ」


 ごまかしちゃる。


「……んー?」

 

 細い眉根をがんばってひそめ、小首を傾げている。


「役立たずな脳筋警備どもの代わりに、俺たちが取り締まってやるんだよ」


 鈴森は、どっかのアニメで犯罪犯してそうな三下風のセリフを真顔で受け止めた。


「……まぁ、そうなんでしょうけど……なんか違うような……?」

「大丈夫、極力殺してしまわないよう努力はする。半殺しにして金品奪って散々辱めたあとで官憲に突き出して、俺のランクアップと報奨金のための踏み台になってもらうだけだ」

「……あぁぁ……」


 何かをあきらめたような声を、小さな口から洩らした。

 あきらめは同意とみなす。


「納得してくれたならいい。方法論はさっきの通り。特定、待機、寝こみを襲撃、だ。

 復唱」

「とくていたいき、寝こみを襲撃……さすが狡猾ですね」


 思いっきり目を細め、鈴森がジト目になる。


「とーぜんだ」


 胸を張る。


「褒めてませんよ」

「いーや、狡猾とは褒め言葉だ。強い人間の証だ」

「はぃ?」

「牙をもたない人間が生態系の頂点に立てたのは、狡猾だったからだ。

 罠張って餌で釣り、時にはほかの動物にすり寄るフリして利用してきた。絶望的な武力の差を狡く賢しく騙くらかして埋めてきたんだ。

 狡猾さのない人間なんて牙をもたない獣と同じ。ただ弱いだけだ」


 手振りを添え、盛大にドヤ顔で語る。


「そんな無駄に壮大なこと言われても……」 

「とにかく、どんなに狡猾だろうが卑怯だろうが、こっちが最大の利益を得られるように策を練る。それが俺のやり方だ。これはお前の安全のためでもあるんだぞ?」

「……そうですね。すみません」


 何を思ったか、小さい体をさらに小さくして、萎縮する。今やポシェット感覚で持ち運べそうだ。

 

「それで、どうやってアジトの場所を調べるんですか?」

「聞き込みだ。金をちらつかせればいい」

「そんな簡単にいくでしょうか……」


 不安そうだ。


「大丈夫だ。だめでも脅してなんとかする」

「……恐喝まで……」


 何かをあきらめたような声を聞き流す。


「ふん。やつらに思い知らせてやる」

「……何を、ですか……?」


 聞きたくなさそうに尋ねてくる。


「何でもアリになったら誰が得をするのか」


 中二心全開で、ニヤリと口を歪めた。


「……聞きたくなかったです」





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