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とうそう

 後方から泡を食ったように、一斉に敵が飛び出してくるのを感じた。前方、五十メートルほど先からも同様。やはり待ち伏せはあったらしい。

 曲がる。

 敵はいない。

 内心ほっと息をついた。


「鈴森」

「はいっ。結界は?」

 

 俺の横を通り過ぎながら、鈴森が尋ねてくる。


「張れそうか?」

「いけます」

「頼んだ」


 言うや否や、後方からの空気の流れが変わった。

 結界を張ったらしい。これで後ろから追われる心配はないだろう。

 思ったより鈴森が冷静に動けている。

 走りながら、鈴森と並び、とりあえず一息。


「よくやった」

「はいっ」


 うれしそうな返事がかえってきた。

 だが、ここからが本当の勝負だ。

 敵はあれで全部か? 全部じゃないとして、別働隊の位置は? 先の敵が迂回してくるとしたら、どのルートだろうか?

 脳内に地図を呼び起こす。

 先に記憶したものだ。

 瞬間記憶、いや、イメージ記憶。

 多少、脳の奥で火花が散るのを感じた。

 頭痛。

 だが軽い。

 まだ大丈夫だ。

 切り替えて、敵の行動パターンを予測する。


「鈴森、この先の二番目の分岐を左に行く」

「はいっ」


 平気そうだ。体力面の心配は、まだいらないらしい。

 問題は速度だ。鈴森の『敏捷』は高くない。このままではいずれ、追いつかれてしまうだろう。


 分岐を折れる。

 進む。

 人の気配はない。だが、


「神津さんっ!」

「俺が行く。お前は駆け抜けろっ」


 行く手にケーブウルフが立ち塞がった。こちらの焦りに付け込もうというのか。なんとなく悪意を感じ、思わず苛立つ。

 落ち着け。

 なんとか鎮め、加速を続ける。

 ミノタウロスの金棒を取り出した。

 接近。

 狙いを定め、振り回す。

 この程度なら問題はない。

 何度か振り回し、一掃した。

 ドロップには目もくれず、鈴森の後を追う。

 この先は複数の分岐が連続している。

 待ち伏せの可能性――三番目の分岐、あの先は確か、先の小部屋と同じような造りになっていたはず。

 鈴森に追いつかなければ。


「鈴森っペースを落とせ!!」

「はっはいっ!!」


 鈴森に追いつく。

 同時に、気配を探る。

 三番目。

 緊急事態に対し、自動的に鋭敏になっていた五感が、かすかな足音をとらえた。

 向かってきている。

 だが数は多くない。


「鈴森、返事無しで聞いてくれ」


 鈴森がうなずくのを見て、一番手前の分岐を指さす。


「そこを曲がれ。そして静かに止まるんだ。敵を逆に待ち伏せして、倒す」


 鈴森の目が、不安に揺れた。


「大丈夫」


 小声で断言し、道を折れる。

 瞬間、視界の端に、三人の男を捉えた。

 入って三歩。

 振り返り、金棒を取り出し、構える。


 足音に全神経を集中させる――三、二、一。

 金棒を全力で放った。

 短剣を取り出す。


「ぐぎゅっ!?」

「ぎゃあっ!!」

  

 一人の顔面、もう一人の右肩に直撃。もう一人はその二人より遅れていたため、回避した。

 だが、怯んだ。

 すでに駆け出していたために、虚をつくことに成功。

 腹部へ蹴り。

 さらに怯んだところで、急所を抉る。


「ちくしょおがっ!!」


 肩を抑えていた一人が立ち上がった。

 左手に片手剣を装備している。

 接近。

 短剣で片手剣を抑え込み、肉薄した。

 左手で顔面を掴み、前へ押し込みながら足を払う。

 重心を後方にずらすことで、


「ぐぅっ!?」


 敵は容易に後頭部から倒れこんだ。

 この角度で打ちつければ、復帰は無理だろう。

 見ただけで、気絶しているとわかった。筋力値とタイミングが、防具による防御補正を上回ったらしい 

 無力化に成功したことを確信し、金棒を回収して振り返り、駆け出した。

 そして呆気にとられている鈴森へ指示を出す。


「走れ鈴森っ!!」

「は、はいっ!!」


 逃走再開だ。

 

「その先、二番目を左」

「はいっ」


 道を折れる。

 さらに進み、折れる。

 右へ、左へ。

 時にモンスターを倒し、時に敵の気配を感じて引き返す。

 何度も何度も繰り返していく。

 ダンジョン内は、どこも似たような造りになっている。同じところをぐるぐるとまわり続けているような感じがした。

 走っているうちに、だんだんと、頭がおかしくなってきている気がする。別の、異質な不安が湧いてくるのを感じた。


「はっはっは……」


 鈴森の息が切れてきている。

 値は相当高いはずだが、午前中から使っていた結界魔法のせいで、逃走開始以前から俺よりも体力を消費していたことと、緊張、恐怖によるストレス。それらが消耗を早めているんだ。

 しかし、走り続けなければならない。

 敵の気配を感じては、コース選択を変更する。その頻度が急激に多くなった。すでに後方の敵が追いついているのだ。

 こちらは迂回している。

 弓だとするなら、敵は弦だ。

 追いつかれて当然だった。

 向かいから敵がやってきた。

 数、八。


「鈴森、すまないがもうひと頑張りできるか?」

「はっはっは……」


 返事の代わりにうなずきを返してくる。


「そこを曲がる。入り口を結界で封鎖してくれ」


 目で応えてくる。

 確認し、道を曲がった。

 敵が近い。

 即座に結界が張られた。


「くっそ!! まただ!!」

「焦るな。こっちへ!!」


 後方から声がする。

 そして足音が遠ざかった。


「鈴森、とまれ」

「はっは……?」

「ゆっくり息を整えるんだ」


 静止して、敵が去っていくのを耳で確認する。

 数十秒を数え、鈴森の肩に手を置いた。

 

「動けそうか?」

「はぃ……」


 いつもの力はないが、動いてもらわなければ。


「結界を解除してくれ。さっきのコースに戻る」

「えっ?」


 鈴森が不安そうな声を上げた。


「大丈夫だ。もう別の道へ行ったはずだから」


 鈴森がうなずいて、結界が解除される。


 元の道へ。

 再び駆ける。

 ここからは、こういった騙し合いが続くだろう。

 より、神経を尖らせなければ。


 敵の行動からして、おそらく、この階層はやつらのテリトリーなのだろう。

 狩場だ。

 餌がどの経路をたどって逃げるか、どうすれば追い込めるか、やつらは完璧に熟知している。


「鈴森、次を右」

「はっは……」


 鈴森はもはや返事を返さない。

 少しでも体力を温存しようとしているようだ。


 地の利はやつらにある。数もそうだ。そして、体力面も。追う側と追われる側では、精神面への影響にも差がある。緊張、恐怖。それらが体力を削り、判断力を狂わせる。


 向かいから敵の足音がした。


「(いたぞ!! あっちだ!!)」 


 かすかな声に、思わず舌打ちする。


「鈴森、引き返すぞ」

「はっはっは……」


 引き返し、


「そこを左だ」


 左へ。

 さらに少し行った一番目の分岐を無視し、次の分岐を左へ。

 どんどん奥地へと誘導されているのがわかった。おそらく、地図を確認していない鈴森にもそれがわかっているはず。

 逃走を続ける。


 さらに何度か分岐を曲がり、敵をやり過ごし、逃げ続けた。

 すでに一時間以上は逃げているだろう。

 しかしいくら逃げても、敵を撒くことができない。複雑な迷宮だ。いつかは振り切れると高を括っていたが、予想以上に慣れている。

 機動力、土地勘、人数……そのすべてで負けている。このままではいずれ捕まってしまうだろう。

 特に厄介なのは数だ。

 多すぎる。

 推測だが、おそらく今は、少なくとも七、八人のグループが四はある。そしてそれぞれが、なんらかの手段で互いに連絡を取り合い、完璧な連携で動いている。

 多少危険だが、こちらから仕掛け、数を減らす必要があった。


「……っ!」


 先の方で、再び足音が聞こえた。

 かすかだ。

 相手には気づかれていない。

 しかし、確信した足取りだ。

 こちらを捕捉しつつある。


「鈴森、止まろう」

「はっ……は……あぃ……」


 鈴森を静止した。


「ゆっくり、足音を立てないようにさっきの分岐まで戻って」


 小さな背中を押して、引き返す。背中は汗でびっしょりと湿っていた。

 分岐を折れ、少し進んで止まった。


「ここで息を整えるんだ。難しいだろうけど、静かにな」

「は・は……はぁ……」


 精一杯息を殺そうとしているのがわかった。

 鈴森の正面へ回る。 


「返事無しで聞いてくれ」

「は……」


 肯定の意思を目で伝えてくる。白い頬が真っ赤に上気して、汗がその上を伝い落ちるのが見えた。


「俺はちょっと行って敵の数を減らしてくる。少しだけ一人になるけど、我慢できるな?」

「……ぁ……」


 鈴森の顔が真っ青になる。

 劇的な変化だった。異常な変化とも言える。


「か、ないで……置いてかないで……」


 震えている。丸く見開かれた目は、焦点が合っていない。

 落ち着かせなければ。

 鈴森の両肩に手を添え、両目をしっかりと見つめる。


「大丈夫だ。置いてなんていかない。絶対だ。すぐ戻ってくる」

「……は、はぃ……すみません……」

「敵と接触することはないと思うけど、もしもの時は結界を張れ。戻ってきたら俺が何とかするから」


 言って、背を向けた。

 角の端まで行き、少しだけ顔をだし、様子を伺う。


 七人組だ。

 かろうじて輪郭が見えた。まだ遠いが、確実にこちらへ向かってきている。

 歩いているのは、余裕の現れか? 

 正面から相手をするのは厳しい。かき乱して向こう側へ抜け、距離を取って不意打ち。これしかない。


 地面に伏せ、移動する。

 これだけ薄暗いと、敵からは確認できないだろう。俺以上に夜目が効く人間など、そうそういない。


 近づいてくにつれ、おぼろげな輪郭が、徐々にはっきりとしてきた。立ち上がれば、相手も気づくだろう。

 金棒を取り出し、立ち上がる準備をした。


 二、一。

 一気に立ち上がる。

 金棒を投擲。

 同時に短剣を取り出し、駆ける。

 スキル『改造者』発動。

 筋力から敏捷へ少しポイントを振る。

 さらにスキル『縮地法』発動。

 加速する。

 突如放たれた金棒。

 攻撃目的ではない。

 威嚇だ。

 そちらに気を取られた敵を一人でも無力化し、向こう側へ抜けるための囮。

 しかし直撃すれば、もう一つの意味を持つ。

 強力な金棒の一撃は、一瞬敵を恐怖で竦ませる効果がある。


「ぎゃあっ!!」


 真ん中の一人が悲鳴を上げた。

 直撃だ。

 やった!

 思わず歓声をあげそうになる。

 敵の進行が止まった。

 距離はもう三間に満たない。


「来るぞっ!!」

 

 思ったより反応が速い。

 贅沢を言える状況じゃない。

 跳躍。

 敵の頭上へ。

 宙返りしながら、上から一人の頭頂部を切り裂く。


「いぎゃあっ!?」

「後ろだっ!!」


 着地。

 背後からもう一人を襲おうとしたが、即座に振り返ってくる。

 攻撃中断。

 二名やれたのだ。

 損害は三割。

 十分すぎる結果だろう。

 金棒をそのままに、駆ける。


「追えっ!!」


 追ってくる。

 だが遅い。

 みるみる離れていく。


 脳内で地図を開く。

 この先の分岐の危険性――大丈夫だ、曲がれる。

 確認し、後ろへの注意を怠らないまま、軽く気配を探る――敵、無し。

 左へ。


 立ち止まり、予備で用意しておいた『盗賊の短剣』を取り出す。

 二刀流はあまり使わないが、多対一では手数も必要になってくる。


『縮地法』の効果が切れたとたん、疲れが襲ってきた。

 どうと言うことはないため黙殺して、敵の足音に集中する。


 息をひそめ、待つ。


 近づいてくる。

 三、二――スキル『縮地法』発動。

 戦闘開始。


「ぎゃあっ!?」


 曲がってくる瞬間を捉えた。

 先頭の一人を無力化。


「いるぞっ!!」


 声とともに、殺気が強まる。

 敵が後ろへ飛びのいた。

 対応が早い。

 やはりこいつら、慣れている。

 だが『縮地法』の速度は読めないだろう。

 接近する。


「……っ……っ」

 

 顔面を狙った右の初太刀――受けられる。

 だがそれは囮だ。

 ほぼ同時に放った左の一撃が腹部へ突き刺さる。


 すぐに周囲の対応へ気をやる。

 こちらを囲もうという動きだった。

 即座に引き抜き、後退する。


「待てっ!!」


 そのまま先ほどの道へ入り、離脱した。

 これで敵数は三だ。あいつらは次から警戒するから、不意打ちは効果がないだろう。

 だがそれは逆に、やつらの進行速度を鈍らせることになる。

 こちらがただの餌ではないと気づかせることが肝要だった。そしてこの情報は、ほかの部隊にも知らされる。噂は独り歩きし、全体の士気をも下げるだろう。


 鈴森のもとへ。


 鈴森は、おろおろしながら待っていた。

 

「鈴森、いくぞ」

「あっ、は、はいっ!」


 俺の方を向いて、ぱぁっと明るくなる。


「しぃっ!」

「す、すみません……」


 移動開始。

 あとは一刻も早くここを離れなければ。


 先の道を進む。

 途中、金棒を回収し、先の分岐を無視し、直進。

 その先を右へ。

 逃走を続ける。





「……鈴森、止まろう」

「はっ……はぁ……っ……」 


 この道の先から、大勢の人の気配が感じられた。

 ――逃げ切れたんだ。


「ここまでくればもう大丈夫だ。このまままっすぐ進んで行けばいい」

「は、はぃ……」

「先に入り口まで行っててくれ」

「はぁっ……はっ……え?」

「やり残したことがある」


 後方から、ずっと視線を感じていた。

 一人だ。

 襲ってくる気配は感じられない。引き離せなかったことを考えると、よほどの手練れなのだろうが、戦闘の意思はないようだ。


「はっ……はっ……で、でも……」

「いいから行け。別に危ないことをしようってんじゃない」

「……はぃ……」

「すぐ行くから」


 振り返り、背を向ける。そして引き返した。


 近くの小部屋へ入り、振り返る。 


「ここなら誰にも見られない、出てきたらどうなんだ?」


 誰もいないはずの入口へ向けて問いかける。


「……余裕じゃねぇか」


 低くはない。だが、怒りを押し殺したような、ドスの利いた声だ。短髪の若者が姿を現した。

 鋭い眼つきからは、好戦的な印象を受ける。背は高くないが、引き締まった肉体からは力を感じた。


「余裕じゃねぇか、神津、玲雄……」


 再度、繰り返す。

 明らかな敵意。膨れ上がる殺気。だが、それよりも……。


「こっちは何度でも殺せたって言うのによぉ……コイてくれるじゃねぇか!」


 挑戦者だな。

 なじんでいない。賊に、そしてこの状況に。重さを感じなかった。

 幼いのだ。

 社会人ですらない。

 オーラが違う。どこか甘えを残している。


「殺せた……あぁそうさ、方法はいくらでもあった……」


 だが、力をもっている。 


「お前らがスカルと戦っているとき……オオカミに囲まれたとき……俺は困ったぜ、神津」

「困った?」


 だから、危ない。

 危ういんだ。刃物を持った中学生と同じ。どんな些細なことで暴走するかわからない。


「あぁ、困った……いっそのこと、ここで殺してやろうかと……俺の作戦をめちゃくちゃにしたこいつらをさっさとヤッちまおう、って……抑えるのに苦労したぜ」

「お前の作戦?」

「あぁ、俺の作戦……俺の駒だ。苦労してこの立場を得た……一度死にかけ、泥道を這いずり回るような汚い仕事を繰り返して、ようやく手に入れた立場だ」


 やはり、リーダーだったか。

 

「それをお前らに壊された……今回のことで、俺は降格するだろうなぁ……責任は、取ってもらうぜ神津。……せいぜい苦しめ」

「苦しむ? 何を言って……」

「ここで殺してもいい。だが、もっと苦しまなきゃだめだ、お前らは……二度もふいにした……」


 薄ら笑いを浮かべている。

 愉悦だ。

 楽しんでいるんだ、この状況を。

 仲間の気配はない。よほど自信があるのか、自分が狩る側だと信じて疑わない。


「覚えたぜ?」

「なに?」

「覚えた……お前らの、神津玲雄と鈴森愛蘭の顔と名前……確かに覚えた。狙ってやるよ……メンバー全員で、四六時中な……せいぜいガタガタ震えて、恐怖してくれ」


 狩る側と狩られる側。狩る側はさぞ、楽しいだろう。


「散々いたぶった挙句、お前らを捕まえてやる。挑戦者は、いい値段で売れるだろうなぁ……特にあの女。ちゃんと楽しんでから売り払ってやるよ」

「そうか……」


 だが、狩る側はお前じゃない。


「なら、ここで始末しておかなきゃな」

「あぁ?」


 初めて、男の顔が歪んだ。


「お仲間もいないようだし……なに? ハブられたのか? それとも見捨てられたか? ……可哀そうに」

「……てめぇ……」


 やはり、仲間が急所だったか。

 新参者のガキに扱き使われて、あいつらも気に食わなかったんだろう。

 こいつ、離反されたな。


「あまり舐めんな……お前みたいなガキ、簡単に殺せる」


 短剣を取り出し、もてあそぶ。

 敵の殺気が膨れ上がった。


「やめだ。迷ってたが……もういい……もう、殺す!!」


 直後、男の前に魔方陣が出現した。赤い光を煌々と放っている。


「いでよ!! スカルデーモン!!」


 そしてそこから、巨大な骸骨の悪魔が出現した。

 体長は二メートルほど。完全な骸骨と言うわけではなく、骨の下に筋肉が存在している。角と、肉体に不釣り合いなほど大きい腕がその暴力性を誇示していた。

 手には巨大な大剣と盾を装備している。


「くはははっ!! 俺のスキルは『召喚魔法』だ!! こいつは九階層のボス。ミノタウロスとはわけが違うぜ!?」


 やはり、あの時のミノタウロスもこいつの仕業だったか。

 短剣を構え、腰を落とす。


「やれっ!! デーモン!!」

「グォオオオッ!!」


 男の声に反応し、デーモンは吠えた。そしてドスドスと音を立て、向かってくる。


 スキル『縮地法』発動。

 一気に肉薄する。

 デーモンの大剣が振り下ろされた。

 予想よりも動きが機敏だ。

 しかし問題ない。

 剣を躱す。

 下ろされた腕は格好の的だ。

 前腕に短剣を振り下ろす。


「グォオオオッ!!」

「――っっ!?」


 雄叫び。

 切り落とすつもりで振り下ろした短剣は、太い橈骨の中間あたりまで沈み込み、そこで止まってしまった。

 

 ――抜けない!


 一瞬撤退が遅れた。

 腕が俺ごと振り回される。

 その勢いで、短剣が引き抜けた。

 とっさに受け身の体勢を取る。


「ぐぁっ!!」


 勢いよく壁にたたきつけられ、一瞬呼吸が止まる。

 だがダメージはない。受け身が取れたことも大きいが、防具もいい働きをしているようだ。

 男が愉快そうに高笑いを上げる。 


「はははっ!! やれっ!! デーモン!!」


 興奮を抑えきれていない、実に楽しげな声に反応するように、デーモンがこちらへ向かってきた。

 関節を狙わなきゃ切り落とせない。

 いや、それならむしろ、一気にとどめを狙うべきか。

 スカル系には心臓や脳がない。

 けれど代わりに、胸の中心にコアがある。それが弱点なのだが、おそらくそれはこのデーモンも同じだろう。筋肉のせいでその所在が確かではないが。

『縮地法』が切れるのを感じた。

 さすがに疲労がごまかせないレベルになってきている。

 安全にチマチマ削ってる余裕はない。


 ――一撃で決める。


 駆け出す。


「はっ!! さっきより全然動けてないぜ!? へばったのかよ!!」


 喚き声が聞こえてくる。

 黙殺。

 デーモンの腕の動きを注視する。

 大剣が振り下ろされた。

 スキル『縮地法』発動。 

 世界が急速に速さを失う。


「なっ!?」

 

 男の声が聞こえる。

 今更驚いても無駄だ。

 大剣の動きが遅く感じた。

 躱して、肉薄。

 デーモンがとっさに盾を駆動するが、後出しでは遅い。

 その胸に短剣を突き立てた。


「グォオオオッ!!」


 叫び声は、苦悶に歪んでいた。

 次の瞬間、デーモンは霧となった。

 その黒い靄の先、男の姿が見える。


「くそぉっ!!」


 男は地団太を踏んだ。同時に、魔方陣が形成される――

 ――させるか。

 一気に近づく。


「終わりだ」

「ひっ!!」


 短剣を男の首元へ。

 男の顔が恐怖に歪むのを見た。


 ――カキィンッ。


 果たして、金属音。

 短剣は、手甲によって阻まれていた。


「なにっ!?」

「やー、すっげえすっげえ」

「……っっ!?」


 高い声がした。

 男の背後からだ。

 いつの間に? まったく反応できなかった。

 後ろの女の手で、男が横なぎに倒される。

 そこには、


「じ、獣人……」

「んにゃ?」


 銀髪の美少女がいた。

 そのミディアムヘアは、薄暗くてもくっきりとわかるほどに鮮やかな色をしている。

 しかしそれよりも目を引いたのは、猫のような耳と尻尾だ。かわいらしくひょこひょこと動く様は、その少女の愛らしさを引き立てている。

 だが――


 ――危険だ。


 体が、弾けるように回避を要求した。

 後ろに跳び下がる。

  

「そんなに獣人がめずらし~?」


 笑顔で小首を傾げる。

 かわいらしいが、放つオーラのせいで萌えられない。せっかくの巨乳けも耳美少女が台無しだ。


「まぁこの階層にはそんなに多くはないかぁ。うん、ならしょーがないっ!」

「て、てめぇっ!!」


 陽気に笑顔を振りまく少女を、男が下から睨みつける。

 一瞬、少女の顔から笑みが消えた。


「帰って」

「――っっ!?」


 すぐにへらへらとした雰囲気が戻る。


加太かぶとに死なれると困るんだ~。だから、お・ね・が・いっ」


 ウィンクして、ぶりっこしている。突き出された腰のラインがエロい。

 かわいいけど、この状況では、逆に不気味だ。


「ちっ」


 加太と呼ばれた男は立ち上がり、こちらに背を向けた。


「覚えてろよ……決して忘れるな。いつでも狙われている。安全な時間なんて一瞬たりともない。せいぜい気ぃ張って守ってろ……まぁ、無理だろうがな……」


 そして出て行った。

 残されたのは、獣人の少女。ひょろひょろと尻尾を動かし、こちらを見ている。


「……何の用だ?」


 仕掛けてくる気配はない。

 だが警戒は解けない。

 殺気を感じなかったからか。それとも、加太だけだと油断していたのか。

 まったく気配を感じなかった。


 こいつは、強い。

 圧倒的に運動能力の――ステータスの値が違いすぎる。さっきの動きだけでも十二分に伝わってきた。 

 獣人少女はひょうひょうとしている。


「いやぁー、ちょっとご主人様に言われて監視しに来ただけなんだよこれが。あっ、ご主人様って誰か知りたい?」

「……」

「そうか知りたいか~。わかる、わかるよーその気持ち。

 でもダッメーーっ!! 教えてあーげないっ!!」


 思いっきり体の前でばってんを作る。俺は何にも言ってないのに。無駄に高いテンションと言い、腹が立つ。


「教えられないんだなぁーこれが。あっでもでも、ご主人様って言っても別に私はどれーじゃないんだわーっ。そこだけは勘違いしないでちょーだいっ」

「……監視ってどういうことだ?」

「ん? ちゃんと働いてるかどうかチェックしに来たの。わたしえらーいっ」

「人さらいだな?」


 少女は困ったように頬を掻いた。


「ん~まぁぶっちゃけそうだね。でも合法だよ! 決して悪いことはしてまっせーーんっ」

「合法じゃない。脱法だろ」

「ん? 同じでしょ?」


 いやまぁ、そうだけど。

 こいつ、ヤクでもやってんのか? 

 明らかにおかしい。

 いや、おかしいのは俺なのか? 

 自分が確かでないから、よくわからなくなってきた。

 少女が口を開く。


「まぁそれよりも……」


 薄暗闇の中。目が――


「君、何者?」

「……っっ!?」


 光った。

 一瞬、刺すような殺気が飛んできた。体が、無意識のうちに反応する。

 少女の顔に笑みが戻った。


「あ~ごめんごめん。別に殺しに来たわけじゃないからそんな警戒しなくていいよ~。監視以外は仕事内容に含まれてないからさ。私ただ働きは嫌なんだ。

 でも、でもでも。君の戦い方がさ、こんな階層にいていいレベルのものじゃなかったから気になっちゃたってスンポー」

「……ただの探索者だ」

「あっそう……」


 不意に、少女の体が前に傾いた。

 倒れる?

 一瞬錯覚した。

 しかし次の瞬間、


「シラを切るんだねぇえっ!!」

「っっ!?」


 一気に間合いを詰めてきた。

 まるで地面を抉るかのような、鋭い動き。

 右手が、下からほぼ垂直に伸びあがってくる。

 爪が光った。

 反射的に短剣を構え、受け止める。


「がぁっ!?」


 一瞬何が起こっているのかわからなかった。天井が見え、次の瞬間、目の前に地面が接近してきて、ようやく気付く。

 ガードをぶち抜かれたんだ。俺は今、吹き飛んでいる。


 なんとか受け身を取り、着地。

 素早く構えなおす。

 少女は悠然と立ち、うれしそうに笑っていた。


「こんな低階層で私の一撃を受け止められるやつなんか見たことなーい」


 突如、笑みが消える。


「……今の動き、まったく隙がなかった……ちょっと地獄見たくらいじゃ、その動きは得られないでしょ?」

「……何年も地獄にいたもので……」


 かろうじて軽口を返す。もはや会話目的ではなく、自分を鼓舞するためのものだった。

 

「あっはっはっは! いーね君、まだまだ余裕がありそうっ」


 笑顔が戻る。起伏が恐ろしく激しかった。

 余裕?

 そんなものあるわけがない。

 

「いやさ、私ってキレてるものをみるとこう、なんていうかキュゥってくるんだ」

「……?」

「濡れるんだよ、君。ずっと見てたからもうぐっしょぐしょ」


 ホットパンツ型のジーンズの股間を抑え、体をくねらせる。ビッチ、というよりかは狂っているという印象の方が強かった。


「っていうことで。私と子づくりしない?」

「……は?」


 脈絡がないどころじゃなかった。

 何を言ってるんだこいつは?

 頭が真っ白になる。


「突きあおうってことだよ」

「ふぁ?」


 お付き合い? なんで? それとも突きあおう? 何を? そもそも獣人ってできるの?

 混乱した。


「ぷっ」


 吹き出す声。


「あっはっはっはっはっは!!」


 けたたましい笑い声。


「はっはっはっはっはっ!!」


 笑い続ける。からかいやがってこのメスガキが。


「子づくりってなんだよつーかんなわけねぇえでしょビッチかよ!! アホくせーーっはははははっ!!」

  

 ようやく笑いが収まり、


「まぁとにかく」


 急に真顔になる。

 規則正しく狂っている。典型例だな。


「ちょっと遊ばない? せっかくだし」 


 構え、ステップを踏み出した。まるで重さを感じさせない、羽のような身のこなしだ。


「やだね」

 

 反対に、俺は構えを解いた。

 少女を避けるようにして、入り口に向かって歩き出す。


「え? ちょ、ちょっとちょっと」


 割り込んできた。


「どいてくれ」

「いやだから、ちょっとでいいから付き合ってよ」

「だから嫌だって」


 こういう相手には無抵抗が一番だ。戦いを楽しむ連中の思考回路は、十二分に熟知している。

 脇を通り抜けようとする。


「少しでいいから」


 前に移動してきた。


「やったところで俺、なんも得しないだろ」


 さらにずれて、進み続ける。

 少女が自分の胸を寄せて、上目遣いをしてきた。うっすいタンクトップから覗く谷間が、ものっすごいことになっている。


「じゃあさ、君が勝ったら私を好きにしていいよ?」

「いらん」


 正直後ろ髪をひかれた。しかし勝てるとは思えないのでパスだ。無謀な戦いはしない主義。


「テント張ってるよ? 無理しちゃって」

「黙れ」


 通り過ぎた。


「あーあ、本当にやる気ないんだーつまーんないっ。まっそれならそれでいいけどさ。いずれはち会うだろうし」


 つまんなそうな声が後ろから聞こえてくる。


「でも、注意しておいた方がいいよー。加太は」


 そんなことは分かってる。

 すぐに潰すさ。

 小部屋を後にした。





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