猿人と腕相撲
いきなり夢からスタートで、面食らうかもしれません。
飛ばして途中から読んでいただいてもOKです。
薄暗い闇。先が見渡せるはずなのに、何もない。
ただ、声が聞こえた。
『回路A、定着完了。接続作業に移ります』
『了解。慎重にお願いします』
『了解』
閃光。そして、暗闇。
気が付くと。
コンクリでできた部屋。学校の教室ほどの広さしかない直方体の中にいた。
塵と埃、その一切を完璧に排した空間。人工的であることを如実に示した無という痕跡を残しながら、しかし人の息吹を一切感じさせない。
それはこの空間の中に在る人間が、それぞれ欠けているからだ。
俺は夢の中にいる。
それが理解できたのは、次の瞬間、突如眼前に現れた光景のせいだ。
対峙する少年二人。
いや、少年を模った何かだ。
人ではない。
確かにそう感じた。
閃光。そして暗闇。
一瞬の出来事だった。
唐突に、場面が変わる。
俺は空中から、どこかのお屋敷を見下ろしていた。自由落下とは違う、不思議な落下。そして西洋風の屋敷に吸い込まれた。
屋敷の二階。
白いレースのカーテンが、春の陽光をやさしく部屋へ届ける。人形。淡いピンクの、かわいらしいベッド。天蓋付き。まるでおとぎ話に出てくるお姫様の部屋だ。日本ではない。
少年はかわいらしい金髪のお嬢様とともにいた。
状況は、なぜか自然に理解できた。
この少年は、お嬢様と年が近いということで、心置きなく話せる友達のような執事、という関係を築いている。
お嬢様が甘えるように、少年に語りかける。
「ねぇレイ。わたし、町へ行きたいわ」
滑らかな英語が、自然な日本語に翻訳されて理解に至る。
「お嬢様、それは旦那様に禁じられておりますので……」
言葉を濁す。
今日、屋敷にはお嬢様と使用人だけしかいない。ご両親は仕事で数日間屋敷を空けているからだ。その間、お嬢様はお屋敷の敷地内から出ることを許されてはいない。
お嬢様はふくれっ面になっていく。
「内密に、事を運びましょう」
少年は、いたずらっこのように人差し指を口元に添え、ウィンクした。
「えっ? いいの? ぱぱが危ないって」
「はい。わたくしがお嬢様をお守りします。危険などあろうはずがないでしょう?」
「やったぁっ!! レイ大すきっ!!」
お嬢様が少年に、がっちりと抱きついた。
「ただし、綿密な計画が必要ですよ。使用人たちの口封じに変装と、やることはたくさんございます。特に執事長の……」
二人は顔を突き合わせて、こそこそ話を始めた。
閃光、そして暗闇。
再び場面が変わる。
とある大企業の本社ビル、最上階の一室。そこに吸い込まれた。
ソファー、机、プレジデントチェアー……典型的な社長室である。
「今日もよろしく頼むよ」
「はっ」
青年は壮年の男性のそばにいた。
壮年男性……この企業の社長だ。皺のよった、厳めしい顔つきの日本人男性。髪の毛が、はっとするほど漆黒であるからか、どこか若々しい印象を受ける。しかし迫力は、長い年月と苛烈な経験をしてきた男のものだった。
青年は、じっと立っている。油断なく、窓の外へ注意を向けながら。
ここ半年間、ずっとそうだった。
青年はボディーガードなのだ。半年前にリークされた情報に基づき、派遣されてきた。
信頼はすでに勝ち得ている。インプットされた情報通りに動いているのだから当然だ。今日もまた、完璧なSPとしての一日が始まる。
閃光。そして暗闇。
「ふわぁ……」
目が覚めた。
スィスに出会ってから、どうもあの手の夢を見てしまう。あんまし気持ちよくないなぁ。
「ふぎゅぅぅ……」
下のベッドからも鈴森が”のび”をする声が聞こえてきた。
あーあー気持ちよさそうな声出しちゃって。
小動物がベッドから這い出てきた。
「こーづさん、おはです」
寝癖だらけの頭、半開きの目をこすりながら身の丈の倍もある(誇張)パジャマを着崩している。年頃のJKとしての恥じらいは微塵も存在していないようだ。
「おはよう。水、机の上にあるから顔洗え」
「ふぁい……」
鈴森がよちよち歩く。
いつも顔を洗う用に、お湯のほかに水も頂戴しているのだ。水はタダ。ならば使わない手はない。
「今日はどうします?」
ザバザバッと男勝りな洗顔を終え、尋ねてきた。
「あぁ、いつもみたいに適当なとこで飯買って行こう。昨日言ったとおり、三日間ぐらい泊りがけでダンジョンを探索しようと思う」
「お泊りっ!! らじゃです!!」
うれしそうだ。
ダンジョン内での寝泊り……いつもと違う環境でのお泊りは、童心の琴線に触れるらしい。
あんな岩ごつごつの中で寝袋に包まるより、ちゃんとしたベッドで寝た方が億倍もマシだと思うのは、俺がおっさんに近いということなのだろうか。
しかし、泊りがけでの探索は非常に効率がいい。
移動時間は結構バカにならない。
それに、ダンジョン内ではよく宝物などが発見されるため、隈なく探索することにも意味があるのだ。宝物は、労力に見合うだけの高価な物――ユニーク装備が見つかることもあるため、訓練がてら探すことにしている。
鈴森の能力のおかげで安全に眠れるし、夜は俺のスキルで『運』を高めに設定しておけば完璧。長所を生かすということを考えても、泊りがけで行く価値は十分にある。
朝食を食べながら移動。買い食いはもはや日課となっている。
ダンジョン内、六階層。
「で、どこ行きます?」
地図係は鈴森。方向感覚の鋭さから、バカなくせに絶対に迷うことがない。
「なるべく人が行かなそうなところ中心に回って行こう。だからボス部屋への最短ルートから離れるように進んでくれ」
「はいっさー!」
意味不明な言語を発して、鈴森発進。
ダンジョン内では基本的に、戦えると判断したら俺の『運』は一に設定している。モンスターハウスも鈴森の結界があれば余裕をもって戦えるし、訓練が目的でもあるので敵は多いほうがいい。
と、前方から早くも敵接近。
「こづさんっ!」
「略すなわかってる!」
ケーブウルフだ。
遭遇率は低いが、集団で行動するため探索者殺しとして知られている。紺色の毛並みは薄暗い洞窟内では保護色として機能するため、動きが見えづらいというのも厄介だ。
「鈴森、いつものパターンで行く。弓を使ってもいいが、後ろに注意することと俺に当てないように気を付けてくれ」
「はいっ」
鈴森の返事を待たず、駆けだした。
敵数八。突出気味の二体を倒してから転進するか。
オオカミの一匹が跳躍する。だいぶ距離があるというのに、ひとっ跳びでこちらまで来た。しかし空中に飛び上がっては的も同然。予備で取り出しておいた『盗賊のナイフ』を投擲する。
「きゃうんっ!!」
直撃。
眉間をとらえたことを確認しつつ、もう一匹に注意を移す。
こちらは堅実に間合いを詰めてきていた。空中と地上からの同時攻撃を仕掛けようとしていたのか。頭のいいモンスターだ。
こちらも間合いを詰める。その瞬間、オオカミが跳躍する。半身になり、上体を反らして回避。すれ違いざまに首へ短剣を突き刺した。オオカミが霧のように消える。
群れが迫っている。
すぐさま踵を返し、転進。鈴森のもとへ。
引きつけつつ、鈴森を見やる。
目が合う。
「今ですっ!!」
鈴森の合図とともに前方へ跳躍。同時に、オオカミが飛びかかってくるのを感じた。鈴森の足元へ着地。オオカミが迫っている。
その瞬間、一斉にオオカミの悲鳴が鳴り響いた。
鈴森の『バフン結界』が炸裂したらしい。オオカミたちが空中で悶えている。目を凝らすと、透明な何かがオオカミに突き刺さっているのがわかった。
解除し、あとは残った手負いにとどめを刺していく。
「ナイスタイミング。だいぶ慣れてきたな」
「うへへへ」
鈴森がうれしそうに頭をかく。なんで照れるとキモい感じの笑い方になるんだ。
だから褒めたくなくなるんだよ、バカが。
「……『バフン結界』」
「ばふんゆーなっ!!」
最近ようやく、馬糞が汚い意味だと気づいたらしい。
まぁ俺が指摘したんだけど。
「だってバフンだろ」
「うーにっ!! 『ウニ結界』ですっ!!」
ウニ結界……それはそれでダサいと思うが、どうなんだろうか。ま、本人がそれでいいと言っているのだからいいんだろう。
「ドロップの分配しとこうか」
「いやいいですよ。あとでお金になったとき分け前ください」
さらっと流してくる。
「お前、俺がちょろまかすかもとか考えないのか?」
「ちょろまかすんですか?」
「かもしれないだろ」
「ないですよ。そういう人だって信じてマスカラ」
鈴森はなんかの楽器をしゃかしゃか振る真似をした。
「それはマラカスだ」
「あぁぅ……」
「……ったく」
昨日あれだけ言ったというのに、やっぱり直っていない。ていうか覚えていない。まあ俺としてはやりやすいからいいんだけどな。
そんな感じで戦い、『モンスターハウス』に引っかかり、戦い、しばらく歩いたころ。
「あれっ?」
鈴森が首をかしげた。
「ここ、突き当りのはずなんですけど……」
「部屋があるな」
地図上では確かに突き当たりとなっている空間に、部屋があった。
「道、間違えちゃったんでしょうか……?」
「いや、これは新しくできたものだろう。よくこういうことがあるってポニテ(受付ちゃん)に聞いた」
ダンジョンには、往々にしてこういうことがある。自動でトラップを発生させたり、構造を変えたりするのだ。
だから地図には間違い、というか食い違いが結構ある。探索者たちの情報により、更新は結構されているらしいが完璧は無理なのだ。
少し警戒しつつ、中へ。
「宝箱だぁっ!!」
「おぉっ!」
宝箱が中央に鎮座していた。今日は訓練のために『運』を圧倒的に低くしていたからあきらめていたが、ラッキーだったな。
なぜ、宝箱が出現するのかは解明されていない。ファンタジーだから、でいいんじゃないでしょうかね? この世界自体ゲームなんだし。
「キラキラだよぅっ!!」
「宝石か……」
中身は宝石だった。ぎっしりと言うわけではないが、しっかりとしたやつがいくつか。
鈴森は歓声を上げ、俺は落ち込んだ。
武器が欲しかったんだよ。
宝箱から手に入れられる武器は、特殊効果が付いたりスペックが高かったり希少だったりと、男心をくすぐるものが多い。まだ一度も拝めてはいないので、そろそろかなと期待してたんだ。
ちょっと落ち込んで、部屋を後にした。
夜。
ダンジョン内では基本的に明るさは変わらない。一応時計は持っているが、適当に疲れたら休むといった感じだ。
今の時間は二十一時。鈴森のやる気に押されてだいぶ遅くまで粘ってしまった。
鈴森は寝袋にすっぽりおさまり、宝石を眺めている。
「そんなもの、どこがいいんだ?」
「そんなものって言わないで下さいよ~。なんかこう、不思議なぱわ~みたいなのが詰まってそうじゃないですか」
なんとまぁ胡乱な。
「俺の分は金に換えるからな」
一応念を押しておく。
「んまっ、もったいない。ロマンとかって無いんですか?」
「ロマンだかマロンだか知らんが、そんなもの毛ほども興味ない」
「ロマンがわからないとモテないって聞きますよ?」
「ロマンがわかる男なんて存在しねえよ。それは幻想だ」
「い、いますよ!」
ちょっとムキになって否定してきた。
「いーやいない。男はみんな実利主義。前座より本番だ」
「じつり……? べんざ? 本番?」
鈴森は小首をかしげた。
「あぁいや、深く考えなくていい」
「なんでトイレの話に?」
「いいから寝ろ。明日も早い」
「んー?」
しばらく悩んでいるようだったが、やがて鈴森の寝息が聞こえてきた。
ちらりと見る。
気持ちよさそうに寝ちゃってまぁ……。しかし、近くに男がいても平気とは。俺を異性としては見ていないのか。
ちょっと落ち込みそうになって、あわてて目をつぶった。
こんながきんちょ相手に、何考えているんだか。
翌日。
下の階層へ向かった。今日は午前中訓練で、午後は宝箱探しに勤しむこととする。
ボスはスカル・ソルジャー。骸骨剣士だ。
急所がわからないとはいえ、人型。慣れているためあっけなく倒し、七階層へ。
七階層。
「なんかモンスターも変わり映えしないですねぇ」
鈴森が弓を放ちながらつぶやく。
まだ弓の技術は拙いが、それでも当たるようになってきているのだから驚きだ。
四六時中使っているというのもあるだろうが、やはり上達速度もファンタジー使用なのだろう。俺も抜刀術とか使ってみようかな。
「まぁ、一階層変わっただけだからな。被ってるのも多い」
「おおかみさんには早くいなくなって欲しいです。怖いし、大勢でくるし、速いし」
ヘロヘロな弓でも当たればそれなりのダメージにはなっている。これは武器の攻撃力による補正だろう。
俺が前線で敵を引きつけつつ戦っている間に、後ろからちょいちょいちょっかいを出す。なんかずるいが、適材適所だろう。一人の時より効率が格段に上がっているのだから文句はない。
さすがに六階層になってからは金棒と『運』ゼロの裏ワザコンボは使っていない。金棒でも捌ききれないからだ。
もう一段威力が上の武器が欲しい。
午後。
宝箱を捜して歩き回って早三時間。『運』をかなり高くしているため敵と遭遇することが少ない。しかもその分能力が落ちているから戦いに少し時間がかかる。
まだ午前中の三分の一もモンスターを倒せていなかった。
その代り宝箱はすでに三つ発見している。
中身はすべて宝石の類だった。
金策としてはこっちの方が上で、鍛えるなら断然『運』を減らした方がいい。目的の武器が手に入ったら、あとは普通に戦っていた方がいいだろう。
「神津さんっ!!」
「あぁ」
そんなことを考えているうちに四つ目発見。
中に入ろうと足を踏み出す。
「ちょぉおっと待ったぁああっ!!」
背後からけたたましい声が飛んできた。
しまった、かち合ってしまった。
振り返る。
そこにいたのは男四人組の探索者たち。ガラ悪そう。
その中の一人が続ける。
「それは俺たちが見つけたんだ」
「こ、こっちが先に見つけたんでしゅよっ!」
鈴森が震えながら反論する。噛んじゃって余計にしょぼく見えた。
「あぁ? ガキはだまってな」
「ふぃっ!」
ガンつけられて即、俺の後ろへ避難する。小動物なのだ。生存本能が強い。
「まぁ、かち合っちまったんだからしょうがねぇよなにぃちゃん」
「あぁ、そうだな」
にやにやした男の言葉に同意する。
「でも、ルールは守ってもらうぞ」
「あぁ、もちろん」
俺の言葉に、全員がうなずいた。
宝箱やドロップ品の分配について揉めることは多い。今回のはだいぶ難癖つけられているが、こういう時、探索者の間では暗黙のルールがある。
<ルール>
・殺し合い以外の勝負事で分配を決めること。勝負事の種類は、最も優先権の高い者が決め、全員の同意があればそれで戦う。
「今回は俺たちが先に見つけたんだから、勝負の内容はこっちで決めさせてもらうぞ」
「へへっいいぜ、なぁ」
「あぁ、なんだっていい。よぉっく考えて決めな」
「「「ははははっ!!」」」
余裕綽綽と言ったところ。くそっ、癪に障る野郎どもだ。
まぁどう見てもあちらさんの方が数も多いしガタイもいい。なんであろうと負けるわけがないし、負けたとしても力でうやむやにできると思っているのだろう。
ふん、この俺にケンカを売ったこと、後悔させてくれるわ(魔王風)。
「勝負の内容は……」
ためる。男どものニヤケ面がうざい。
「これだぁっ!!」
水の入った樽を取り出した。
いかにもずっしりとした音を立てて、樽が地面に突き立つ。
「はぁ?」
男どもの一人が眉をしかめる。
俺は樽の上に肘を立てた。
「腕相撲だ。団体戦でいいぜ」
「「「は?」」」
鈴森を含め、その場の全員が同じ音を発した。
そして、
「「「ぎゃっはっはっはっは!!」」」
割れたように、野郎どもが笑い声をあげた。
「何考えてるんですかぁああっ!!」
鈴森がモスキート音のごとき悲鳴を上げる。
「なにって、男ならやっぱこれだろ」
「わたし女の子です!!」
すでに涙目だ。
「ひーっひーっ、いやにぃちゃんわかってんじゃねえか。でもバカだな」
「そりゃまたどーも。で、やんの、やらないの?」
「やるに決まってんだろ。勝った方が総取りなんだろ?」
「あぁ、モチだ」
「「ぎゃははははっ!!」」
「こいつ真正の馬鹿だぜっ!!」
また爆笑。けっ、せいぜいいい気になっとけ。
そんなこんなで一回戦。
鈴森 対 モブA。
「あぅぅ、ほんとにやらなきゃだめですかぁ?」
「あぁ、派手にやられて来い」
鈴森が震えながらリング(樽)の前に立つ。
ちなみに敵チームの容姿は、Aから順にテナガザル、マンドリル、オランウータン、ゴリラ、といった感じだ。
下等種族の分際で人様に逆らうとは、いい度胸である。
「よ、よろしく、お願いしますぅ……」
涙目で、ちょこんと肘を樽に乗せた。
「はっはっは!! お嬢ちゃんかわいいからハンデとして両手使っていいぜ!!」
「うぅ……」
テナガザルの舐めた態度に反論するかと思いきや、遠慮なく両手を添える。傍から見るとほんとにちっこい。
リス VS テナガザル。
俺は両者の間に立ち、息を吸った。
「レディー……ファイっ!!」
「きゃぁっ!!」
開始ゼロコンマ数秒。鈴森は負けた。
「ご、ごめんよ嬢ちゃん……まさかそんなに弱いとは……」
「えぇぅ……」
敵に気を遣われる鈴森。哀れだ。
敗北した小動物は、涙目になって寄ってきた。
「ご、ごめんなしゃい……」
「いや、予想してたから」
「……意味、あったんですか私……?」
「あるある」
だって見たかったんだもの。
さて、ここからが本番だ。
鈴森が審判につき、俺とテナガザルがリングに上る(比喩)。
「へっへ、今ならまだ、土下座すれば半分くらいは譲ってもいいぜ?」
舐めた態度で、舐めた口聞きやがる。
進化し損ねた猿人の分際で。
しかし半分とは……けっこういい奴かもしれない。いや、鈴森のことで罪悪感があるんだろう。あれはちょっと大人げなさすぎだ。
「冗談抜かせ。俺たちにケンカを売ったこと、後悔するんだな」
樽に肘を乗せ、テナガザルの手を握る。
「はぁ?」
「えっと……いちについて、よーい」
それ違うぞ鈴森。
「どんっ!!」
「うおらっしゃぁあああっ!!」
「うっぎゃあああああっ!!」
バキィッと何かが折れる音が響いた気がした。一瞬テナガザルの腕が曲がるはずのない方向に曲がったように見えた。そして猿は絶叫と同時に転げ回る。
「つぎ」
何事もなかったかのように、手をもとの位置へ。俺は常に冷静沈着なのだ。
「ちょっと待てやこらぁあっ!!」
「ぜってえおかしいだろうが!!」
マンドリルとオラウータンが掴みかかってくる。その手を掴み、握りしめる。
「「いででででっ!!」」
「見ての通り純粋な筋力だ」
ただしスキルで極振りしてますけど。
「んで、やめる?」
樽の上に腕をおき、悠々と待つ。
男たちはひるんだが、
「やるに決まってんだろう」
プライドの方が勝っていたらしい。
俺はどうやら誤解していたようだ。
君たちこそ、真の男だ!!
「よーいどんっ」
「っつぎゃっぱらぁあああっ!!」
「つぎ」
「やってやんぜおらぁあっ」
「よーいどんっ」
「ひぎぃいいいいいっ!!」
「つぎ」
「うっほぉおおおっ!!」
「よーいどんっ」
「うぼっほぉおおおおおっ!!」
でも手加減はいたしません。対等だからこそ、全力をもってお相手させていただきます。
腕を抑えもがき苦しむ男どもを見下す。
「ふはははははっ!! バーカめぇええっ!! 進化し損ねた猿の分際でつけあがるからそうなるんですぅうううっ!! 下等生物は下等生物らしく這いつくばって人間様の繁栄の犠牲になっていればいいんですよぉおおおっだっ!!」
高らかに吠える。舐められた恨みは舐めて返す。目には目を、屈辱には屈辱を、だ。あぁあキンモチイィイイイーーーっ!!
「ぐぅぅ……」
「ちくしょう……」
「すまねえみんな……」
「どんな顔して帰ればいいうほ……」
あれ? なんかシリアスモード?
鈴森の視線が痛い。
鈴森が男たちに声をかけた。
「なにがあったんですか?」
「き、聞かないでくれ嬢ちゃん」
「情けは無用だ……俺たちは負けた。宝はあんたらのもんだぜ……」
AとBがなんかカッコよさげだ。猿だけど。
「そうだぞ鈴森、敗者にかける言葉なんぞねぇ。それは惨めにさせるだけだ」
「にぃちゃんの言うとおりだぜ嬢ちゃん」
Cもカッコよさげ。なんか悪いことした気分だ。
「うほぉっ!!」
「きゃあっ!?」
「おぉっ!?」
しかし、D、もといG(GORILLA)は違った。
なんと土下座してきたのだ。
「おいっ!! なにやって……」
Aが止めに入る。
「うほっ!! それはこっちのセリフだうほっ!! プライドなんてもん捨てでもあの子たちを守ろうって気概はねぇのかうほっ!!」
「「「……っっ!!」」」
いやいいこと言ってんだろうけど、事情が飲めない俺には『うほうほうるさい』としか思えない。
まじで進化過程――原始人クラスではないのかと、アホなことを考えた。
「ドーテーチンの言うとおり、だな……」
Aがつぶやく。そして、一斉に土下座。
「無理を承知でお願いしやすっ!! 何も聞かずにあの宝箱の中の半分、いや、四分の一でいいから俺たちに譲ってくだせぇっ!!」
「えぇえっ!?」
「うぉっ!!」
勢いに思わずたじろいでしまう。
「「「「お願いしやすっ!!」」」」
額をたたきつける音が響いた。
「こ、神津さん……」
上目遣いに、こちらを見上げてくる。
「……まさか譲るって言うんじゃねえだろうな」
「でも、わたしたちそんな困ってないですし……」
「こいつらの言うことを信じる根拠は?」
「……それ、は……」
鈴森は黙り込んでしまった。
別に俺もそこまで必要としているわけじゃない。また見つけられるだろうしな。
だが、理由も話さず、ケンカ売った相手を泣き落とそうだなんてやつらに渡すのはごめんだ。
男どもの方を向く。
「理由を言え。話によっちゃ考えてやる」
「……詳しいことは、言えねえです。あんたらを巻き込んじまう……だけど俺たちには、どうしても必要なんでさでさ……」
Aが苦しげに言う。
「絶対に恩は返しまさぁ!! だからどうか!!」
「保証は?」
「……ねえです」
「話にならんな。鈴森、宝持っていくぞ」
なんだか、もやもやする。なんだって言うんだ、くそっ。
「こ、神津さんっ……し、信じる理由は、あります……」
真剣な表情で鈴森が言ってくる。
「理由……?」
「この人たち、神津さんにあんなひどいこと言われてすっごく悔しいだろうに、それでも頭下げてるんですよ? きっとのっぴきならない事情があるんです!」
鈴森の力説。論理性は皆無だった。
「話にならないな」
「神津さんっ!!」
あぁ、もやもやする。
無視して宝箱の方へ。
「おねげぇです兄貴!!」と、B。
「頼んますっ!!」と、C。
「うほぉおっ!!」
必死だということは分かる。だがこちらになんもメリットがないだろ。そんなものにいちいち応じていたら、キリがなくなってしまう。
待てよ。でも、こうも考えられる。
はした金でこいつら四人分の恩を買えると考えれば、安いのか?
いやいや、どうせ恩などすぐに忘れる。人は裏切る生き物だ。信用などできん。こいつらのこれが演技の可能性だってあるんだ。
簡単なはず。けれどこの意味の分からないもやもやはなんなんだ。わずらわしい。
開錠。
中にはいくつかの宝石。がっかりだ。
「鈴森、こっちへ来い」
「……はい」
ものすごく不服そうな顔で寄ってくる。宝石を見ても、ちっとも嬉しそうじゃない。
ったく。
「俺の取り分は七、お前の取り分は三だ。俺の分は俺がいただくが、お前の分は……売ろうが捨てようが……どこぞの馬の骨にやろうが、好きにしろ」
「え? それって……」
自分の分をステータス欄にぶち込み、部屋を出る。
部屋の中から騒々しい音が聞こえてきたが、無視だ。
なんかすごくもやもやするけど、あとで小動物虐待でもして晴らすとするか。




