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偽ロリ処女の扱い方

 朝五時。

 早朝だ。下界にいたころだったら爆睡してる時間。

 しかしこの世界の朝は早い。夜が早いから必然的にそうなる。

 まだ太陽が頭の先をちょこんと出しているだけなのに、街道は探索者たちで賑わっている。

 この世界の平均身長は高く、男は標準マッチョ。だから当然、極小動物系少女――鈴森の姿は見えなかった。

 あいつが行きそうなところを予想するしかないか。まったく、世話が焼ける。

 俺だったらどうするか。

 ダンジョンの入り口で待機して、探索者の中に三人組らしき人がいないかどうか探すだろう。

 移動する。


 ダンジョン入口周辺。

 大勢の探索者が入り乱れ、波を作っている。

 大混雑。カオスだ。

 巨大筋肉、露出過多なちゃんねー、フランケンもどき、槍を持ったヴァルキリー、まさかり担いだバーバリアン……。とても常人では、この中から小型潜伏ロリッ子を発見することなどできないだろう。

 だが俺は違う。

 カッと、目を見開く。

 一人さびしい幼少時代、まだ電子ゲームと言うジャンルの存在を知らなかった灰色エイジに身に着けたこの能力があれば造作もない!! 

 丸眼鏡の赤い男『うぉぉりぃぃ』を見つけ出すには、絵全体をぼんやり見つめて違和感を探し出せばいいのだ。

 ぼんやりした。


 数時間が経過した。

 なぜか見つからない。

 ダンジョンの入り口周辺を捜し、探索者たちの流れが緩やかになるまで待ち伏せ、南の街道から順に西、北、東と回ってみた。

 それでも見つからない。

 小型とはいえ別に逃げ隠れしているしているわけじゃないのだから簡単に見つかると思っていたが、甘かったようだ。

 まさか町中走り回ってるわけじゃないだろうな。

 考えて、少しめまいを感じた。

 全域は無理だ。絞り込まないと。

 町の構造をイメージする。

 街道を中心にいくつも小道が出ていて、その先は住宅地だ。また、東の街道と南の街道の間の区画には歓楽街、その奥にはスラム街がある。

 住宅地にまで足を伸ばしているとは考えにくい。

 歓楽街にいるのか? それとも、スラム街にまで足を伸ばしているとか? 

 いやだが、どこかですれ違ってしまったという可能性だって十分ある。なにせこの町は広い。

 

「くそっ」


 俺は途方もないことをしているんじゃないか? 

 この巨大な街中を考えなしに走り回るミニマム系少女。そんなの見つけられるわけがない。

 あぁ、冷静になればなるほど思考がネガティブになっていく。

 やめだ、やめ。とにかく今は、体を動かそう。予想できないのなら運動量でカバーするしかない。

 歓楽街へ向かうことにした。


 歓楽街。

 いくつもの小道にバー、ホストクラブ、ソープ……下界のそれらに似通った店が並ぶ、イメージ通りの区画だ。

 鈴森のせいで溜まるわ処理がしづらいわでどうしようもなくなり、一度ここに足を踏み入れたことがある。しかしなんとも情けないことに、懐の都合上、敵前逃亡を余儀なくされてから、近寄りがたいところになってしまっていた。

 午前中、ここはかなり閑散としている。

 ところどころに身ぐるみはがされたおっさんが倒れていたり、石畳の上を自分の寝床と信じてやまない女が爆睡していたりと、下界のそれより多少カオスな空気が漂っているものの、大きくは違わない。

 こつぶ処女が激走していればすぐにわかるはず。

 ここの通りじゃない。

 パッと見て判断。

 通りを変えるため脇道に入る。

 酒と生ごみによって鼻が曲がりそうなほどの悪臭を放つ道を抜け、次の通りに出た。


 そこに、いた。

 一連の事件の犯人――黒いローブを纏った人物が。


「――っっ!?」


 体が、痺れた。

 あれは人間じゃない。化け物だ。

 見ただけでそう感じた。

 姿かたちは、平均的。いや、この世界の標準からすればやや小柄と言ってもいい。

 だが、空気が違う。見た目とかそういうことではなく、もっと本質的な部分で、あれはそこらの人間とは異なっている。

 警戒。

 弾かれたように、全身の筋肉が収縮し、弛緩。構えを取る。

 顔すらフードに隠れて見えない。けれど体は反応した。脳内で警鐘がけたたましく鳴り響いている。

――逃げろ、逃げるんだ。

 奥の方から、声が湧き上がってくる。

 だが、逃げられない。

 無理やり押し込め、下がろうとする両足を制御した。

 あれがここにいる。

 それはすなわち、鈴森と接触したかもしれないということだ。あれの体に返り血が付いていないことは、気休めにもならない。返り血は、血を流した生物が死ぬと消えるからだ。

 それに返り血を浴びずに人を殺す方法など、掃いて捨てるほどある。

 息を整え、正視する。

 近づいてくる。

 よく見るとその後ろには、青い髪の毛の少女が付き従っていた。

 布きれ一枚を纏った長身の少女は、青眼をやや伏せ、無表情でいた。感情の機微をうかがえない。

 近づいてくる。

 声をかけるべきだ。

 でも、なんて聞けばいい? 『少女を殺したか?』なんて聞いたところで、正直な答えが返ってくるとは思えない。


「久しぶりだね、兄さん」


 やや高い声。男だ。そしてそれは、聞き覚えのあるものだった。


「……まさ、か……」


 思考停止。

 完全なる空白が、一瞬脳内で発生した。

 その瞬間。

 浮遊感。視界がぐるんと回転し、


「ぐぅっ!?」


 次の瞬間、背中から地面にたたき落とされていた。


「がはっ! ごほっげほっ」


 肺に強烈な衝撃を受け、思わずむせ返る。内臓が混乱し、空気の循環がうまくいかない。

 馬乗りになられている。そのことだけは分かった。


「くくっ、ははははっ!!」

「ごほっ……な、何が、おかしい……スィスっ」


 かろうじて目を開けると、フードに隠れていた顔が見えた。

 日本人にしては堀の深い顔。そして何より、黒髪とあまりに不釣り合いな透き通った青眼は、疑いようもない。

 口だけが笑い、声を発している様は、人形めいて不気味だ。


「笑わずになんていられないよっ!! 最高傑作とまで言われた兄さんが、今じゃこのザマだ!! 死んでも腑抜けは治らなかったみたいだねっ」

「ここへは何しに来た?」


 瞳孔の開いた目を見開き、喚き散らしている。

 冷静に、冷静に対応するんだ。こいつのことは分かってる。弱みは見せられない。


「何しに? 生き返りに来ただけだよ? あぁ、それともこの区画にってことかい? 決まってるじゃないか、ペットを買いに来たんだよ」


 スィスは、すぐそばに佇む少女を指した。


「……奴隷か」

「そう! いろいろ役に立つからね。兄さんと違って一人で何でもできるわけじゃないから、補うパーツが必要なんだよ」


 嬉々としている。

 いや、内心はどうだかわからない。これは俺と同じで仮面をかぶる。目的は違うだろうが。

 だが、この様子だと鈴森を殺してはいなさそうだ。これはターゲットを殺すと、興奮してエラーを起こす。ここまで”冷静”ではいられないはず。


「……」 

「まぁいいや」


 無言でいると、スィスは急に表情を無くし、立ち上がった。

 俺もすぐに立ち上がり、距離を取る。


「今の兄さん殺してもつまらないよ。弱すぎ。僕の気持ち、兄さんならわかるでしょ?」

「わかるかよ」


 近づいてくる。無表情のまま。


「せっかく今は自由なんだから、僕としてもつまらない殺しはできるだけしたくないんだ。

 無駄骨だしね。

 だからさっさとあの女のことは忘れて、昔の兄さんに戻ってよ。

 僕がこのダンジョンの果て――現世との境界に立つ時までは、待っててあげるから」

 

 脇を通り過ぎながら発された言葉は、右の鼓膜を緩やかに揺らした。



 探索を続行する。 

 あれもここに来ているとは……厄介なことになった。でも今のところは、何もしかけてくることはないだろう。

 あれもサイコパスというか、快楽殺人者ではあるけれど、殺すのが好きというよりは強い敵と殺しあうのが好きだから。当面は遊び相手に苦労はしないはず。

 それよりも差し迫った問題は、俺たちを襲った犯人が別にいるということだ。

 今ギルドで手配しているのはスィスだが、あれはモンスターに人を襲わせるなんてことは絶対にしない。

 つまり、スィスの陰に隠れて犯行を行っている者がいる。

 通りを変える。

 ここも違う。

 くそっ、もしかしたら歓楽街にはいないのでは?

 引き返そうか、そう思い振り返ると、


「あ……」


 そこにはあの三人組がいた。そしてその背後、ごみ箱の陰からひょっこりと、鈴森の顔半分。目が合うと、あわてて隠れなおした。

 さすが小型機。潜伏機能は完璧だ。

 それにしても、なんて間抜けな光景なんだ。もはや何を突っ込めばいいのかわからない。

 あっ移動した。足音なし。猫みたいなやつだな。

 でも、なんで隠れているんだ? 話しかければいいのに。

 考えてもよくわからなかったので、とりあえず話しかけることにした。何食わぬ顔で三人組とすれ違い、鈴森のもとへ。

 近づくと、脇道へ引っ張り込まれた。


「なんでこんなところに?」

「お前を追ってたんだよ! てかなんで隠れてるんだ?」


 尋ねると、鈴森はなぜか目を泳がせた。


「いや、その……見つけたのはいいんですけど、ちょっと話しかけづらい会話を耳にしてしまいまして……」

「話しかけづらい?」

「その……セッ……セッ……セセッ……」

「セッ?」

「セッ……接点T」

「二次関数?」

「難しいですよね」


 頭の中で有名講師による授業が流れた。


「まぁ、高一には難しいかもしれないがな。それで、難しいから話しかけづらいと?」

「えっ、えっと、その……ま、まぁとにかく話しかけづらい状況だったので、ずるずると」

「ついてきちゃったと」

「はい」


 本当の理由はなんとなくわかっていた。さっきすれ違った時に邪気を感じたのだ。まぁ、深くは問い詰めまい。

  

「んで、どうするんだ? 無事とわかったんだし、もういいんじゃないか?」

「いえ、謝らないとです。それと、お礼も」


 きっぱりと答えてくる。


「なんでそこまで……あいつら、あの様子じゃ絶対気にしてないぞ」


 何がおかしかったのかげらげらと爆笑する三人組を指さす。


「でも戸惑ってた私に声をかけてくれて、いろいろとよくしていただきましたし……」

「へー」


 それで気が済むというのなら好きにさせようか。それに俺も、少しあの三人組に興味がある。

 あの三人組、装備品がやたらと強そうだ。相当進んでいるのだろう。

 傍目には体格のいいデブ男以外の戦闘力が高いようには見えない。この差は、スキルによるものか。それとも、ゲームに対する知識量の差か。

 あいつらのスキルは『瞬間移動』に『火魔法』。デブ男のスキルがまだわからないが、わかってる二人のスキルだけでも十分すぎるほどに強そうだ。 

 だが、それだけだろうか。

 ほかに、俺とあいつらの差は……。


「それにしても仲いいですよねぇ、あの人たち」

「あぁ」


 そうか。

 鈴森の何気ない一言が、答えにつながった。

 協力プレイってことか。

 そりゃそうだ。単純に考えてもアドバンテージのスキルが三人分あれば、一人の俺よりも三倍有利なんだから。ましてやこちらより強力なスキルで、さらに知識によって最大限活かせているとなれば、差は必然的に生まれてくる。

 ふと、ぼんやりした。


「神津、さん……?」

「いや、なんでもない」


 傍目に見ても、彼らの関係は自然だ。打算とか、そういう不純物の介入する余地が全くない。

 転生したところで、俺にそれが得られるのだろうか。


「神津さん、行きますよ?」

「あぁ」


 転生しなければわからないことだ。

    

 野郎三人組をストーキングすること五分。三人組の行く先に、大きな屋敷が見えてきた。

 ショッキングピンクを基調とした三角屋根の建物は、過度な装飾によって逆にその美観を損ねている。せっかく英国風のシャレオツ屋敷なのに。

 すぐ向こうはスラム。ギャップが階級制の残酷さを物語っていた。


「なんかイタイお屋敷ですね……」


 およそ無機物に使われない単語で、鈴森は的確な感想を漏らした。用法絶対違うだろうに通じてしまう。日本語って不思議だ。


「……イタ屋敷」

「ですね。なんなのでしょうか?」 

「さぁな。おい、あいつら入ってくぞ、中まで追うか?」


 イタ屋敷に飲み込まれる三人組を指さす。


「ばれちゃいません?」

「あの屋敷がなんなのかによるな。近くまで行くか」

「はい」


 屋敷の前へ小走りで移動。入り口には見た目も内容も冗談みたいな看板があった。



<スレイブ・キャッスルへようこそ!!>

 奴隷専門店<スレイブ・キャッスル>へようこそ!!

 性奴隷・戦闘奴隷・労働奴隷なんでもござれ! お客様のご要望に沿った奴隷が必ず見つかります。

<スレイブ・キャッスル>はお客様のユートピア創りを応援します!!

 求めよ、エルドラード!!



「ど、どれい……こ、これって……」


 わなわなとふるえながら、鈴森がつぶやく。


「奴隷だな」

「そ、そんなっそんな……」

「中には入れないな。隠れるぞ」


 呆然とする鈴森の腕を引っ張り、先ほどと同じ脇道の角へ移動した。


「あ、あの人たちは、あそこへ何しに……」

「何って、奴隷を買いに、だろ」

「……っっ」


 鈴森は、言葉にならないうめき声のようなものを漏らした。


「そ、そんなことするような人たちじゃなかったです!! 優しくて誠実な人たちです!! 役立たずの私にもすっごく親切にしてくれましたしちょっとやらしい感じの時もありましたけどそんなの神津さんの方が何倍もやらしいですし……」


 勢いが少し異常だ。宥めるべきだろう。


「落ち着け、あとさりげなく悪口はさむな」

「とっとにかく、そんな許されないことする人たちじゃないんですっ」

「ここでは許されてる」

「それはっ……でも……おかしいです……」

 

 沈黙。なにか考え込んでいるようだ。

 そして口を開く。


「そうですっ! きっとあの人たちは奴隷さんたちを解放しようとしているんですよ!」

「はぁ?」


 言葉の意味が理解できなかった。


「そうですっそれでつじつまが合います」

「どこがだ」


 冗談かとも思ったが、鈴森の目は本気だった。


「あのな鈴森、これはゲームなんだぞ?」

「じゃあ神津さんはここに住む人たちが作りものだっていうんですか!?」

「それは……」


 口ごもる。

 ここの人々は、ふとするとこの世界がゲームだということを忘れてしまうほどに人間臭い。それこそ、俺なんかよりよっぽど。


「あの受付さんも? ウエイターさんたちも? 武器屋のお姉さんも?」

「……」

「オーナーだか神だかよくわからないですけど、それに創られたって言うなら、私たちもここの人たちも同じじゃないですか。人と同じように話して、考えて、感情をもって、自活している。それって人とどう違うんですか?」


 違う。

 感情があるように見せかけているだけかもしれない。

 感情、情……それらを持つ本物の人間など、作り出せていいものじゃない。もっと高次元なものであるべき……はずなんだ。魂をもってしても、そうあることは敵わないのだから。

 人体の解析は、人自身の手によって相当な域にまで解析されている。あらゆる天才たちの知恵が数百年にもわたって連綿と受け継がれ、堆積し、後継者によって昇華され、それがある。すでに、人間以上に高度な演算能力を持った機械すらも存在している。

 けれど、感情は……情に関しては、その片鱗すらつかめていないんだ。

 脳のどの部位で、とか、そういうことまでわかっているというのに、そのプロセスには至らない。


 感情は創れない。


 だけど、断言できないのかもしれない。

 この魂も、あるいはオーナーだかの作り物かもしれない。記憶も、体も。そして、本物が持つ感情までも。

 もしかしたら数秒前にそう在るように設定され、生み出され、次の瞬間には別のものへ変質させられるのかも。

 ここにいるすべての生き物がそうである可能性。それすら否定できない。

 結局、反論する気にはならなかった。それを推し量る術は、俺たちにはない。だからこれ以上は水掛け論になる。

 それに奴隷制度の善悪を語るつもりもない。

 どちらも、俺に関係ない。

 

「……まぁいい」

「勝った!」

「ガキか」


 言って黙る。

 もう一つ、気になることがあった。

 なぜそこまで、鈴森は彼らを信じているのか。付き合いはたった一日にも満たなかったはずなのに。

 いや、信じているんじゃない。信じようとしている、だ。さっきの言動は、ある種気狂いじみていた。

 俺を論破してうれしいのか、打って変わって機嫌がよさそうな横顔を横目で見る。

 何を考えているのだろうか。

 しかしどんなに目を凝らしても、覗き見ることは叶わなかった。



 しばらく、無言で待っていた。

 俺はその間、奴隷について考えていた。

 命令に忠実な駒。こっちが気を遣う必要もないのなら面倒もない。戦いが得意な奴隷を雇えば効率は格段に上がるはずだ。それを証拠に、スィスにしろ三人組にしろ、奴隷を手に入れている。


 考えているうちに、思考はどんどん脇へ逸れ、加速していく。

 性奴隷って、あの性奴隷だよな。まさか本当に存在していたとは。

 てことはあれか? 童顔巨乳でむっちむちな女の子に裸エプロン強要したり超ミニスカ&ノーパンを装備させてぞうきんがけさせたりサポーター無しの小さめ白スク水着せて水かけたりし放題ってことか?

 妄想して、膨張した。

 しかし座っているから大丈夫。目立たたない。ならば自然、妄想は続く。人は暇をつぶすために、安易な妄想を作り出し、楽しむ……それは節理なのだ。

 思考は加速を続ける。

 ゲームなんだから当然、けも耳っ子性奴隷たちだって存在しているはずだ。ならばもふもふ尻尾を生やしたぷりんぷりんなお尻は絶対に拝まなければならないそして定番の巨乳エルフ縛り上げて『ああん、高貴なエルフであるわらわがこんなので感じちゃうなんてぇっびくんびくん』とか言わせながらその水蜜桃スパンスパン王様プレイしてぇえぇあぁアあAあっ!!  


「大丈夫ですか神津さんっ!?」

「はっ?」


 いつの間にかうずくまっていた。

 妄想のせいで溜まりに溜まったリビドーの暴発を無意識のうちに抑え込んでいたから、この格好なのだろう。

 上から、鈴森のおててが背中に接近していることを悟った。

 昂った状況では、いささか女性の生肌に対して敏感になるのだ。たとえその相手が小型ロリッ子であったとしても。

 そしてその手が触れた瞬間、臨界点を突破してしまうことは目に見えていた。


「触るなっ!!」

「ふぇえっ!?」


 うわっ『ふぇえ』とか言っちゃったよこいつ。

 少し萌えワードに感動して、すぐ我にかえる。

 しまった、今のはまずいのでは?

 顔だけ上げる。


「すっすみません……そのぅ……」


 やばい、涙目だ。

 動揺と反比例して萎縮。体を起こす。

 フォローしなければいかんですよね? 

 モチのロンです。


「いやっ今のは違うんだっ。鈴森のせいじゃなくて俺の下半身の『性』であって」

「……下半身のせい?」


 やばい、鈴森でなかったら確実にアウトなワード口走っちまった。アドリブ効かねぇなちくしょう。


「いやっそれは比喩だ。つまり俺は極めて下方的な球体の需要供給問題を抱えていて蓄積量が臨界点で危険だったんだ」

「は、はぁ……」


 ぽかんとしている。

 当たり前だ。めちゃくちゃなこと言ってんだから。


「まぁ要約すると、お前のせいじゃないってことだ。すまない」

「はぁ……まぁよくわかりませんが、いいです」

 

 鈴森は再び、屋敷に注意を向けた。

 危なかった。ちょっとエッチなこと考えるとすぐこれだ。なかなかどうして、難しい。

 ふぅっと息を吐き、一息、


「神津さんっ出てきました」


 つく暇もない。

 声に急かされ、屋敷の方を見るため体を乗り出す。

 三人組が真っ白のワンピースを着た女の子と楽しそうにおしゃべりしながらこちらへやってくる。女の子はまだ十代前半だろう。造形はこの世界の基準通り、整っている。


「ほらやっぱり。解放するつもりで買ったんですよ」

「はいはい」


 解放なんてこと絶対にありえないが、そう思ってるなら思わせておこう。うるさくなくていい。


「あっ!」


 鈴森の声。目線を追うと、その意味が分かった。

 楽しそうにしている。小男が幼女のスカートめくって。幼女も特に嫌がるでもなく、きゃぁきゃぁと笑う。

 デブ男がぱんつに顔を近づける。『もぉっえっちぃ』とか言ってそうな雰囲気で、幼女がその顔を軽く押す。

 のっぽは傍観。にやにやしている。

 軽いスキンシップ、にしてはやや性的な行動。下界ならば即お縄だろう。


「あの人たちなにやって……」


 今にも出ていこうと言わんばかりだ。


「まぁ待て。嫌がってるようには見えない」

「本当は嫌かもしれないじゃないですか! 奴隷なんですよ?」

 

 ひそひそ声でまくしたててくる。


「見た感じ、許容しているように見える。合意の上で成り立っているんだ」

「合意って……あの子は子供です! 正しい判断できると思いますか!? 私でさえあんなふうに男に囲まれたら怖くて抵抗できません!」

「怖がってないだろ、あの子は」

「そんなのわかりませんっ! それに間違った判断してるなら、大人が守って、導いてあげないと……」

「あの子はもう、あいつらに買われたんだ。外野が口を出すことはできない」

「それは……でも倫理的に、おかしいです……大人として、許されちゃならないことです……」

「倫理、か……」


 だが、この世界では許容される。


「この世界の倫理と、下界の倫理は違う」

「違いませんよ!」

「しっ! 近づいてきてる」


 近づいてくるにつれ、彼らの声も聞こえるようになってきた。


「しかしモノホンのリアル幼女は違いますなぁ」


 デブ男が恍惚とした表情で言った。モノホン=本物=リアルってことには気づいていないらしい。


「鈴森ちゃんのときはどうなるかと思ったけどなっ!!」


 小男がさえずっている。キィキィうるせぇ。


「愛蘭さんを仲間に引き入れた時は正直勝つると思いましたが、まさかあんなことになるとは思いませんでしたからな、ふっ」


 のっぽ、自嘲的な笑い自重しろ。


「でも結果オーライでしたな! 美幼女性奴隷は我々の、いや全世界男子の夢……それが叶ったのでつから!!」


 デブ男は言いながら、幼女の頭を撫でる。


「ふにゃぁ~おにぃちゃん気持ちいいのですぅ」

「「「萌え~っ!!」」」


 奇妙な組織性を感じた。鈴森の口がふさがらない。


「これぞ本物っ!! 偽幼女とは違うぜ!! さっさと帰ってコスプレさせてぇっ!!」

「ふっ、メイド服に猫耳、スク水からブルマまでぬかりはありませんよ」

「これで我々も当初の目的通り、無事童貞卒業ですな」

「異世界さまさまだぜっ!!」

「次はあのけも耳少女ですね、ふっ」

「拙者は幼女ハーレムを目指したいのですが……やむをえませんな」


 こちらに気付くことまなく、幼女を囲んだまま通り過ぎていく。

 

「偽幼女……目的、通り……童貞、卒業って……」


 偽幼女は会話の内容を理解しようとするかのように呟きながら、呆然と彼らを見送っている。

 たっぷり数秒も要して、鈴森が脳内での処理を終えた。それを証拠に、みるみる顔が青ざめ、次の瞬間組み付いてきた。

 

「こ、神津さんっ!! あの人たち止めなきゃっ!!」

「落ち着け、なぜだ?」

「なぜ!? あの人たちあんな幼い子にエッチなことしようとしているんですよ!? 犯罪です!!」

「だからこの世界では……」

「犯罪ですよ!! あんな小さな子が受け入れられるわけないじゃないですか!! 壊されちゃいます!!」

「……かもな」


 あいつらはおそらく、エロゲかなんかで得た知識と混同している。この世界がゲームだから。そこに住む人々が本物か偽物か。それはたぶん、普通は考えられない。

 鈴森のように、病的に純粋でなければ。 


「かもなって……わかってて止めないんですか!?」


 あぁ、これは面倒なことになる。


「……言っただろう。この世界ではそれが許容されている」

「小さな女の子を壊すことがですか!?」

「違う。小さな奴隷を、だ」

「――っっ!? 何を言って……」

「あの子はもう三人組のものだ。この世界の法にのっとり、正当な対価を支払っている。安くはないだろう」

「それはっ」

「それに、あの子は奴隷の中では運がいいほうだ」

「はぁ!?」

「あいつらはまだ、奴隷の存在をあたりまえだとは思っていない。

 たぶんあの子が本気で拒絶すれば強要はしないだろうし、生活に不自由させられることもないはずだ。

 歪んでいても愛されてはいる。

 この世界のほかの連中に買われるよりは億倍もマシだ。キモいノリに付き合ってご機嫌とってるだけでいいんだからな」


 鈴森はうつむいて、納得がいかない風に口をとがらせている。


「でも……おかしいです……倫理的に」

「だから言ったろう、この世界の倫理と下界の倫理は」

「違いませんよ! 倫理は人として正しくあるための基準でしょう!? 人である以上はどへ行こうと守るべきです!」

「違うな。倫理ってのは極論、作り手にとって都合のいい理論だ」

「はい?」

「基本的に、自己を正当化するためにある。都合が悪ければいくらでも形を変えられるからな」

「何言って……」

「たとえば!!」


 鈴森の言葉を遮るように続ける。


「人を殺してはならない。それは自分が安心して眠りたいからだ。

 もし殺されそうになったら、相手を殺してもいい。自分の愛する人が殺されそうになったとき、敵を殺すことは犯罪どころか英雄譚にすら変わる。

 倫理ってのは、時と場所、状況に応じて変わるんだ。この世界の倫理は、下界とは違う」


 スラムがあり、奴隷が存在するこの世界に容赦はない。強い者が絶対の権利を持ち、弱い者から搾取する。

 極論すれば、それはどの世界でも通用する根本的な理念だ。この世界は下界に比べて、その色が濃いだけのこと。

 強者が定めた階級制――この世界の倫理は、当然強者に優しい。

 弱者の犠牲の上で、それが成り立つ。


「じゃ、じゃあ神津さんは、あの子が壊されてもいいって言うんですか?」


 いい。俺は痛くもかゆくもない。

 本音はそれだが、鈴森の目を見て、言う前に止めた。

 気を張っていてよかった。ここでそんなことを言えば、ますます火に油を注ぐことになる。


「まぁ……あまり気持ちがいいとは、言えないな」

「ならっ……」

「だが、それを止める力がない」

「できますよっ力を合わせれば……」

「無理だな。装備を見る限り、あいつらの方が格上だ。それに数の不利もある」

「でも神津さんなら……」

「仮にできたとして、そのあと女の子はどうなる? 解放して放置というわけにはいかないだろう。あんな子供が一人で生きていけるような世界じゃない。わかるだろ」

「め、面倒を見れば……」

「それで、またそんな奴隷がいたらどうする?」

「それは……」

「また解放して養うってか? そんな余裕はない。

 いいか、目的を見失うな。俺も、お前も、転生するためにこのゲームに参加しているんだ。ゲームの世界に暮らす奴隷を助けるためじゃない」

「……それでも、間違っています……」


 うつむいてしまった。

 まったく、どうすればいいのか。俺のような男に、思春期少女の扱いは難しすぎる。

 とりあえず慰めぐらいは必要だろう。いつまでもこうしていられると困る。

 慰め……いや、この場合は、むしろ。


「じゃあ強くなればいい」

「え?」

「奴隷全員解放して養えるほどの財力と、ほかのやつらに有無を言わせない力を持てばいい。それだけの余裕があるとなれば、手を貸すぐらいはしてやる」


 できもしない理想論。だが、


「そんな……」

「無理か?」


 こう言えば、引けないだろう。

 これで鈴森は、あの子、奴隷のために何かをしているという実感に浸れる。思い込むことができる。

 楽な逃げ道だ。

 面倒は無い。かつ、鈴森に前だけを向かせることができる。いままでよりずっとやりやすくなるだろう。

 鈴森は一度目線を落とした。自分の手のひらを見つめている。そして、手をぎゅっと握りしめ、顔を上げた。


「ダンジョン行きます!! 付き合ってください」

「……あぁ」


 勇ましく吠えてくる。そしてちょこちょこと駆け出して行った。





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