人肌恋し
朝。部屋の窓はいつも通り結露しており水滴が滴っている。外は寒く、室内は温かい。観察から得られる事実である。だが、ベッドに身を潜らせている男にはそれを受け入れることが出来ない。
転居を伴う業務への従事。男はその文言が記された契約書に署名捺印を済ませてある。口を糊する為。それ以外の理由はない。しかし、全国を転々とするこの生活に、疲れてきていることは否めない。
男はベッドからのっそり起き上がる。大きく口を開き、両腕を天井に向け伸ばす。こうすることで、歪んだ鎖骨への簡易的な処置になると、馴染みの整体師が言っていった。
男はキッチンに目を配る。もちろん暗がりが広がっているだけで、誰も立ってはいない。
幽霊でもいい。男は、とにかく独りであることから脱したかった。職場にいるのは自分と同じ従事者でしかない。整体師も含む、立ち寄る店のスタッフもまた同じ。友や恋人。そういった関係に至るには、あまりに事務的な間柄。
男はコンロに火をつける。昨夜の作り置きが、今朝の朝食となる。新鮮味などない。男を取り囲む人間関係と同じだ。
(このまま、独りで生きていくのか……)
男には漠然とした焦りだけが確固たる存在感を持って相対している。
人は保障として他人と繋がるのだろうか。あるいは動物的本能のために他人を求めるのだろうか。あるいは、暇つぶしのため……?
1LDKのキッチン内。男は誰よりも切実に他者存在を求めている。
昨夜の残りものが、グツグツ煮立ち始める。