第弐章
漸滅の森の入り口の前に二人の少年が立っていた。
一人の少年――緋佚野紅蓮の背には、少年の身長とほぼ同じくらいの大剣・《ガーディアンブレード》が背負われていた。
そして、もう一人の少年――ジン・セレアーゼの左手には、少年の身長の半分くらいの剣・《ドラゴンソード》が握られていた。
「じゃあ案内するから、ついてきて」
紅蓮は森の中を進んでいった。
薄暗い森の中を暫く歩いていると、古びた門があった。門には周囲にある草のものであろう蔦が絡み付いていた。
「この先にドラゴンがいる」
紅蓮は門の奥を指差して言った。
「お前は行かないのか?」
立ち止まる紅蓮を見て、ジンは意外そうな顔をして言った。紅蓮は一瞬、考えたようなそぶりを見せた、しかし、すぐに
「俺が行っても足手まといだから」
「そうか」
ジンは二、三歩下がると勢いよく門を飛び越えた。
門を背に歩いて行くと祭壇らしき場所が見えた。祭壇の中央は魔方陣が刻まれていて不気味に光っていただけだった。
(やっぱりドラゴンはいないか)
そう思った刹那、ジンの眼前を銀色の物体が横切った。
ジンがその方を見ると、弓矢を構えた少女がいた。さっきのはこの子が射った弓の矢だろう。少女の周囲には大勢の男性、女性、少年、少女が居た。だがその数が異常だった。男女より少年少女のほうが圧倒的に多いのだ。
ざっと見積もって全体で約五千人、少年少女だけだと約四千人、しかも全員が武器を持っていた。
少女の武器の大半が弓矢で数は少ない。が、残りの人が直接攻撃の武器を持つ―――つまり、剣、斧、槍を持っている人が前衛なので弓矢の所までは邪魔で行けない。
「少年、何しに来た?」
集団のリーダーらしき人が前に来て話し掛けてきたがジンは無視した。
「答えろ少年。でないと……」
リーダーらしき人はジンに剣を向けた。それに続いて全員が武器をジンに向けた。
「殺す」
低い声で言った、目には迷いがなかった。
しかしジンは緊張感の無い態度で
「ん?ちょっと散歩」
「ふざけるな」
ジンの態度にリーダーらしき人は苛つきジンに向けている剣が近づいていく。
「ふざけてない、真面目さ」
やはり緊張感の無い態度でジンは両手を胸の辺りでヒラヒラさせた。
「まあいい、とっとと立ち去れ」
「嫌だね、お前らみたいな訳もわからない連中に指図される筋合いはない。」
「こ、この餓鬼っ……」
リーダーらしき人は限界らしい
「みんな!殺っちまえ!」
叫ぶとほぼ同時、一斉に攻撃してきた。しかし適当に攻撃している訳じゃない。
(戦いなれてる?)
そう思わせる連携だった。
反撃の余地を与えずに相手を防戦一方にする。
剣の薙ぎ払いをバックステップで躱した時、石に躓いた。
(ヤバっ!)
斧がジン目掛けて降り下ろされる。ジンは剣で受け止めた。 鉄と鉄がぶつかり合う音、それとほぼ同時に甲高い音がした。
(やっときたか)
ジンがニヤリと笑った。
地上に大きな魔方陣が現れた。
皆が慌てるなか、ジンは咄嗟に持てる限りの魔力を放出した。刹那、辺りは光に包まれた。
「グリターサークル!」
声が聞こえた刹那、光が円状に集束していき弾けとんだ。
「大丈夫?ジン」
そう問いかけてきたのは、少女―――ライナだった。
「……ちょっと待て、なんでそれで戦おうとするの?」
「へ?」
目を泳がせながら質問してくるジンにライナは戸惑った。
「いや、だから、なんでそんなワンピースでくるの?色々とヤバイ気がするんだが……………」
「しょうがないじゃない。他のは全部洗濯中だし」
「あの、そうじゃなくて」
あまりに気付いていない様なのでジンは諦め
「…………はぁ、じゃあせめて地上で戦え」
「なんで?…………っっっ!」
ジンの言っている意味がようやく判ったライナは顔を赤くしてジンを睨んだ。
「いや、いやいやいや誤解するなよ!見てない見てない…………多分。…………一瞬しか。…………ぼんやりとしか」
力の無いジンの弁解に
「その記憶、消してあげる」
と、笑顔でライナはジンの額に手を置くと
「絶破!」
刹那、ジンは綺麗に吹っ飛び近くにあった煉瓦の壁に激突した。その衝撃でジンは煉瓦の下敷きになった。
「がはっ、ごほっごほっ…お前、あと少しで、全ての記憶が消え去るところだったぞ!」
咳き込みながら訴えるジンに対しライナは笑顔で
「大丈夫よ〜手加減したし、ジンだし」
「俺だったら大丈夫なのかよっ!俺は不死身じゃねぇぞ!」
「似たようなものじゃない?」
「お前なぁ〜………もういいよ。なんか悲しくなってきた」
そんなやり取りをしている最中、ライナの眼前を銀色の矢が横切った。
「……っ!まだいたの?」
驚くライナ。それに対しジンは冷静だった。
「いや、違う。さっき吹っ飛ばしたのは大人だ。まだ、餓鬼が残ってる」
「あぁ〜あ、成る程。………ってか、まだあんたも十分餓鬼じゃん」
「無駄口を叩くな、一気にいくよ」
「気絶で済ませなさいよ?」
ジンは『できたらな』と笑うと一気に前へ飛び込んだ。さっきとは打って変わって連携が乱れている。
ジンは思いきり少年少女達の上へと跳んだ。そして、体を重力に乗せて落ちながら剣を降り下ろす。
そこへすぐさまライナが
「グラビティ!」
ライナの周りに纏っていた魔法式が目標位置―――ジンの真下へ行き半円の魔方陣となった。刹那、その魔方陣のなかは通常の何十倍ともなる重力が発生していた。
ジンの落下速度が上がる。
さっきまで攻撃をしてきた少年少女達は重力に負け、地に伏している。
「うおおぉおぉぉっ!」
叫びと共にジンの剣が地面と衝突。
岩が砕け散ったような音がした刹那、周囲には衝撃波が半円を描いて奔り動けない少年少女達を吹っ飛ばした。
岩壊撃―――ジンの持つ剣技の一つ。
「ふうー」
手を額にあてながらジンはため息をついた。そして
「さてと、じゃあいきますか」
すると剣を構え、茂みに向かって
「蒼閃破!」
刹那、ジンが振り抜いた剣の一閃から宙を奔る衝撃波が生まれ、草木を薙ぎ倒していった。
「うわあっ!」
すると茂みの中から聞いたことのある声がした。ジンは『やはりな』という顔をすると
「おい、どういう事か説明しろ」
ジンは持っている剣を茂みの中にいる赤髪の少年―――紅蓮の眼前に突き付けた。
「い、いや〜何の事でしょう?」
惚ける紅蓮に対しジンは
「惚けんな、じゃあ何故ここにいる?」
紅蓮に突き付けている剣に力を入れる。
「そ、それはぁ〜いや、やっぱり心配で……」
「そうか、それがお前の答えか」
そう言うとジンは持っている剣を高々と掲げ、紅蓮目掛け降り下ろした。
「わ、ちょっ、ま、待って!」
叫ぶように紅蓮が言った瞬間、ジンの降り下ろした剣は紅蓮の頭すれすれで止まった。
「は、話す、話すから剣を退けて」
言われた通りジンは剣を退けた。
「ええと、何から話せばいい?」
諦めた様に紅蓮は弱々しくジンに聞いた
「全部」
素っ気なく答えるジンに紅蓮は少し、ため息をつくと語りだした。
「ええと、まず、本当の依頼はこの森に居座っている囚人を倒して欲しかったんだ。俺の力じゃ相手にならないから………」
「こん……びくと?」
聞き慣れない言葉にライナが反応した。
「コンヴィクト、俺の世界で色々と暴れてる奴等さ」
「……で、俺等を騙した。ってことか。」
紅蓮を睨みながらジンは言った。
「しょうがないだろ?囚人を倒してって言って、受けてくれるか?」
剣を突き付けられるのを恐れてか、紅蓮は素早く弁解した
「嫌だな」
キッパリと清々しいくらいに断られ、紅蓮は苦笑いをした。
「だろ?」
「ああ、弱いわりには数が多くてしかもタフ。何よりしつこい」
「………へ?」
予想外の言葉に紅蓮は驚いた
「ん?なんだ?」
「いや、囚人って並のギルドじゃ相手にならないよ?それを弱いって………」
目を丸くして紅蓮は言う。そこにライナが口を挟む。
「っていうかジン、あなた戦ったことあるの?」
「ああ、確かまだウラヌスがいたから……いまから十年前くらいかな?」
「へぇ〜十年前か………ってあなたまだ五才じゃん!」
さらっとジンが言ったので受け流しそうになったライナは驚いてジンを見た。それは、紅蓮も同じだった。
「つーかさ、ライナ、お前も一緒に戦ったぜ?」
「へ?」
ライナは驚きを隠せなかった。
「ほら、俺等がウラヌスに実戦練習だって言われて気絶させられて送られた場所だよ」
「あ、ああ、あぁ〜あ!あれか!」
思い出したライナは叫んだ。
「そうそれ。っと話が逸れたな、戻そう」
「…………」
「おい、紅蓮」
「え、あぁ、悪い」
あまりの話の現実味の無さに呆然としていた紅蓮はジンの呼び掛けで意識を戻した。
「ええと、それで囚人がいる奥に世界を繋げる扉があるんだけど通れなかったから誰か倒してくれないかなって、んで、並のギルドだとビビってダメだし、じゃあ他にないかなって行き着いた場所がお前らのギルドってこと。以上」
しばらくの沈黙。そして
「扉の前にいた囚人?とかいうやつ、俺らにとってはそれほど強くない、むしろ弱い方にはいる。それを紅蓮、お前は本当に倒せないのか?」
紅蓮は答えなかった。ジンは更に畳み掛けるように
「それに俺の蒼閃破を食らって気絶しないでいられるということは、だ。お前、人間じゃない、または、能力保持者だろ」
ジンの放った蒼閃破は手加減していたものの、並の相手なら一撃で伸してしまうくらいの力で放った。なのに気絶しない。
気絶しない為には、魔法で防ぐか、術技で防ぐくらいしかない。
どちらの方法も軍やギルドで教わる技だ。道場等では教わらない。軍に属しているならまず単独では行動しない。ギルドに属しているなら依頼を他のギルドに持ち込むはずがない。
見たところ紅蓮には軍の紋章もギルドの紋章も見当たらない。ということは、紅蓮は一般人。
なのになぜ、防げたのか?
一つだけ、例外がある。ジンの放った蒼閃破は衝撃波による攻撃。つまり、脆弱な身体を守るため鎧に身を包む対人間用術技だ。
鎧に身を包んでいてもダメージは計り知れない。他の種族なら、例え当たっても気絶までとはいかない。
しかし紅蓮を見たところ尻尾や髭など獣人特有のものが見られない。ましてや、エルフの耳やドワーフの身長など特徴的な部分も見られない。悪魔や天使等は普通は人前に姿を顕現させることはない。例外はいくつかあるが………
なら、あと残るのは、能力保持者だけ。
「というわけだ」
淡々と言うジンに紅蓮は疑問を抱きジンに聞いた
「ってことは、ジンも能力保持者なの?」
紅蓮の質問にジンはライナの腕を引っ張って
「俺もそうだしライナもだ」
急に引っ張られたライナは呆然としていた
「この世界は結構いるの?」
紅蓮は二つ目の疑問を問う
「いや、そうでもない」
そっけなく答えたジンに紅蓮は苦笑した
「なんかジンってさ、すっげぇ他人事みたいに話すよな」
「他人事みたいにじゃなくて他人事なのよ。この人は」
ライナはため息をついた。
「………何でそんなに詳しいんだ?」
紅蓮が更に疑問をぶつける
「色々な世界を回っていると嫌でも詳しくもなるさ」
苦笑いしながらジンは答えた。
「俺も色々な世界を回れるかな?」
聞いてくる紅蓮にジンは
「まず、自分の世界に帰れ」
冷たく言い放った。
「っていうかジン、とりあえずギルドに戻らない?寒いんだけど」
そう言ったライナは確かに震えていた。
「あぁ、悪い。戻ろう。………ってか寒いならそんな格好で来るなよ」
「しょうがないじゃない、急いでたし………」
そんなライナの言い分けにジンはため息をつき
「これでも羽織ってろ」
と差し向けたジンの手から深紅の炎が迸り、真紅の衣が出来上がった。
「ありがと」
受け取ったライナはすぐに肩に羽織った。
「………優しいじゃんジン」
にやけながら紅蓮はジンにだけ聞こえるように呟いた。
「うるせーよ」
スパン!
と、ジンは紅蓮の頭を叩いた。
「いってぇー」
「しょうがない、自業自得だ」
呻く紅蓮にジンは冷たく言った
そんな二人のやり取りを話の内容を知らないライナは不思議そうに見ていた。
「さっさと行くぞ」
ジンがスピードをあげたので紅蓮とライナは小走りで追いかけた。