ブーケ
”パパパパーン♪パパパパーン♪”
メンデルスゾーンが高らかに流れ始めた。
最高潮の音律に乗せて、スポットライトを全身に受けた眩ゆいばかりの新郎新婦が足を踏み出す。
『…二次会の始まり方はベタなんだ』
披露宴のオープニングが斬新なR&Bだったから今度もさぞ凄かろうと期待していたのに、何だか肩透かしを食った気分で吹き出してしまった。確かにアイツは意外と正当派が好みだった。
「三谷、キレイだね」
結婚式二次会のトラットリア。主役達から少し離れたカウンターテーブルに一人佇む。
三年前に彼氏にフラれてビービー泣いてた姿がウソだった様に。
うん、今日の彼女は完璧に綺麗だ。
「ジンをロックで。あ、良かったらライム落としてもらえますか?」
カンパイ前にお行儀が悪いとは思ったが、バーテンダーは特に咎めずにブルーエメラルドのボトルを手にして、かしこまりましたと短く応えてくれた。
「おめでと」
ヒンヤリとしたグラスを掲げて。
遠くから、ずっと遠くから二人の旅立ちを祝う。と、目敏くそれを認めて三谷が手を振ってきた。
なんて観察力してるんだろう。チャペルの時といい、多分もう気づいてるんだろう。先程の苦い一瞬が胸にまざまざとよみがえった。
『次は野村センパイの番ですよ!!』
万が一の場合にも備えて、ライスシャワーと祝福の声の波間から随分と離れて拍手してたにも関わらず。
『え?え?ええぇえ?!』
学生時代ソフトボールのピッチャーをやっていたと言う花嫁が投げた向日葵入りのブーケは、ピンポイントで私の掌の中にフワリと舞い降りたのだった。
「いや…アイツのブーケをあたしが受け取ってどうすんのよ」
恥ずかしさと情けなさで、今思い出すだけでも消えてしまいたいくらいだった。
ため息混じりでコクッとグラスを煽る。ライムの果汁にほんの少し丸められたボンベイ・サファイヤの熱が少しだけ胸底を熱くした。
『…皮肉もいい所よね。まったく』
今も引き出物を詰め合せた袋の中から覗く向日葵は、私を嘲笑う様でもあり慰める様でもあった。アイツは…どう思ったのだろう。せめて顔色変えずにシレっとしてりゃ良いんだけど。
持ち前の人の良さで困った顔でもしてたらタダじゃおかない所だ。
別に怒りは湧かないし、未だに一粒の涙は出ない。出続けてるのはため息だけだった。
それでいいやと思うことに、もう随分と慣れ過ぎてしまっているのかもしれない。
「野村さん、こんな所で何やってんすか。ビンゴ始まってますよ」
パーティの中心から抜け出してきた進藤君が駆けてきた。
この子も道ならぬ恋をしてるってのに随分とまあ元気な顔しちゃってさ。
「…ああ、ごめんごめん。さ、いこっか。まだ出てないわよね?高級スパリゾート宿泊券!」
「多分ね。あっちで番号控えてますから行きましょうよ」
パーティの中心を指差す。はあ。随分と盛り上がってるけど、私にとっちゃ過酷な修行場みたいだよ。
「わかったわかった。年寄りを急かすなって。ちなみに全部ハズれた場合は進藤くんのオゴリで3次会カラオケね〜」
「ええ?どういう理屈ですか。それ」
心底驚いた、ってな顔をするバカ正直な後輩…この子、こんなんで略奪愛なんて成立させられるのかしら?
「代わりにコレあげるからさ」
フと思いついて、包みの中の向日葵を押し付ける。
「えっ?だってコレ野村さんが」
「ああ。あたしにゃ必要ないし」
呟いた後、本っ当に100%純正のバカ正直はあからさまに顔を曇らせた。
ったく仕事のやり方だけじゃなくて、人の良さまで真似させたのかしらアイツは。
「ぶっぶっー!あんたに同情される程落ちぶれてないわよ〜だ!」
「あたしはこういうのが苦手なだけ。花粉症だしさ。わかったら返事〜」
「……は、はあ」
元気ないなあもう。
「その花。君が一番渡したい人に渡しなよね」
「……え?」
「彼女泣かせたら承知しないからね」
あえて名前は伏せた。言えば頑なに否定するだろうから。
私の言葉を戸惑いながら一瞬口ごもった後、けれど彼の中の炎は瞳に光を灯した。
「はい」
「…うん。そうこなくっちゃ」
ズルイかな?私は。
自分の幸せが選べないから。
目の前の後輩の結婚式を心から祝えないから。
すり替えのように、せめて誰かの幸せを願いたいと思う。
それは、独りよがりだろうか?
そうなのかも知れない。
でも、今は、今だけは私の弱さを忘れたかった。
「…あっ、野村さん。21番だって!」
「え?やたっ!!ビンゴっ!!」
今日は結婚式。誰もが幸せな気分になれるはずのお祝いの日。
その笑顔の甘い時間の中。
少しだけ、涙の隠し味があることを、私だけが知っている。