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馬車の中の綺譚


ある冬の昼下がり、アスタルとエイラは懇意にしている地方領主との会談のため、曇り空の石畳を馬車で揺られていた。


「ーーーーーー会談の前にアーツァル公が提示した情報は、以上です」

エイラは手元の羊皮紙に書かれた内容を咀嚼して主人に伝達している間も、どこか自分の仕事に集中できずにいた。

何となく、何をしていても、イライラしてもどかしい気分になって意識が散漫になってしまうのだ。

思い当たる理由は一つだけだった。それは昨日、いつもの森での待ち合わせに相手であるロタが、遅れてきたことに端を発する。



「……遅いですね。」

エイラは何度目かのため息をつく。

いつもの待ち合わせの時刻を大幅にすぎても、ロタが現れないのだ。

「……寒い」

季節は冬。廻りの木もすっかり葉を落とし、森に落ちた葉を踏むと、霜の感触を感じる。

太陽が山の向こうに沈みかけ、森の中を完全な暗闇が満たそうとしていた。


「エイラさん!居ますか?!エイラさん!」

突然聞こえた友の声に、エイラの心の中に、いろいろな感情が渦巻いた。

その中でも大きかったのは、安堵と、遅れてきたロタへの怒りだった。


「ロタ、静かになさい。誰かに聴かれるかもしれません」

声の方向に、エイラは声を発する。音量を調節して、響かないように。

「ああ、エイラさん、居たあ。遅くなって、ごめんなさい。」

友人の安心した様な声が聞こえる。

夕時の森はとても暗い。

木々の間から、ようやくロタの姿が見えた。


現れたロタの姿を見て、エイラは驚きで固まってしまった。

ロタの頭には幾重にも包帯が巻かれ、傍目からもわかるほどに腫れ上がっていたのだ。

「どうしたんですか!?」

ロタは、いつもと変わらないにこやかな笑顔を、崩さなかった。

「あ、えっと、これですか?」

と包帯を指さす。

「ちょっと訓練中に頭をうってしまって。大丈夫です、よくあることですから」

「大丈夫なわけないでしょう!!」

ロタの口が閉じられるより先に、エイラが声を上げる。

エイラ自身も口から出た音量に驚いたほどの激しい声だった。


「どうして、そんな怪我をしているのに来たんですか!?頭を打ったら安静にしていないと駄目なのは、応急処置の基本でしょう。」

「あ、はい、だから少し休んでーーーーーー」

「休んでって、そんな大きなたんこぶになる怪我なら、少し休んでからでもこんな山道を歩いたりしちゃいけないすよね!?」


ロタは、眉根を寄せて、悲しそうな顔になる。

「……そう、です。ごめんなさい」

顔はうつむいて、自分の影を見つめている格好になる。

その姿を見て、エイラは我に返り、ため息を一つつく。


「もう、いいです。」

そのころには、エイラにはわかっていた。

ロタが頭に怪我をしているのに、わざわざここまでやってきたのは、暗くて寒い森の中。一人で待っているかもしれないエイラが心配だったからなのだと。

そんなことは、ロタの第一声を思い返してみれば、自明のことだった。


「頭は、もう、痛くないですか?」

「……はい」

「くらくらしたり、吐き気なんかも、ありませんね?」

「……はい。こぶになったので、後は、治まれば、問題ないと、思います」


エイラはロタの答えを聴いて、少しだけ落ち着いた。


「ロタ、今日は、もう帰りましょう。」

「……はい」

暗い闇の中なのに、友人の顔が、とてもとても、沈んでいるのが、エイラにはわかった。

何となく気まずくなったエイラは、ロタに声をかけた。

「今度会うときは、前にロタに話した花びらの砂糖漬け、もってきますね。」

ロタは、言われた後、息をのみ、しばらく時間をおいてから、涙混じりの安堵の声で、エイラに応えた。

「ありがとう、ございます。」



「ーーーーーーイラ、エイラ」

エイラは、アスタルが自分を呼ぶ声で、はっと我に返った。

昨日のことを考えているうちに、意識が散漫になっていたらしい。

「は。いかが致しましたか?」

何とかいつもの対面を取り繕って、主人に返答をする。

アスタルは、エイラの顔を横目で見ながらくつくつと笑った。

「いや、珍しいこともあるものだと、思ってな。」

主人は言葉を続けた。その最中も笑いをこらえられないらしく、何度か吹き出している。

「私は、エイラとは、それなりに長いつきあいのつもりだが、初めて見たよ。いつも諦めた様な顏ばかりの君の、怒ったり、困ったりした表情を。いったい、何を思い出していたのかね?」

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