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5.コンプレックス

 その言葉は突然だった。


「高橋はこれから合コン禁止な」


 別腹だと言って追加注文した白玉クリームあんみつを頬張り、先ほどまで至福の微笑を浮かべていたさくらは、伊織の発言に口をあんぐり開けて驚いている。

 さくらの口に収められるはずだったバニラアイスは木製のスプーンからとろりと器の中に落ちていった。


「な、なななんでですかぁ!? 貴重なタダメシの機会なのに!」

「あのなぁ、今まで何もなく上手くいってた方が可笑しいだろう。いくら黒子だと言っても、お前は女だ。相手側がお前に目をつけないなんてどうして言える」

「だって、相手もKANZAKIの女性社員が来るって言うので期待度は大きいんですよ! そんな中こんなのが混ざってたら、相手にしませんって」


 さくらも初めは“合コン”という言葉には先入観があり、とてもではないが自分には無理だと思っていた。

 類は友を呼ぶとはよく言ったもので、さくらの周りには同じように“地味”か、良くて“可もなく不可もない”子が多かった。

 中学も高校も、そんなに校則は厳しくは無かったが、大多数の女子生徒が化粧やらカラーリングやネイル等で指導される中、さくらはそれらに意味を見出せず、すぐに“大人しい子”のレッテルを貼られた。

 そうなると必然的に派手な子は派手同士つるむし、地味な子はなぜか地味な子で固まる。

 意識してはいなかったが、「ご飯一緒に食べよう?」「移動教室一緒に行こう?」「部活見学一緒にしない?」声をかけられるそれらに、自分が不自由に感じない範囲で頷いていたら、いつの間にか周りは同じように“大人しい”判定を受けた子達ばかりだったのだ。

 それでも大学ともなれば少し弾けたくなるのが“乙女心”なのだそうだ。

 その流れで何人かが所謂“大学デビュー”を果たし、合コンに繰り出した挙句、三割程は数ヶ月で元に戻りさくらに合コンの恐ろしさを語った。


「ワケが分からない……。あのテンション……面白くもなんともないゲームを“ノリ”って言葉だけで即覚えて気の利いた返ししないといけない上に、それを今までの人生で一番の大声でやらなきゃいけないなんて、なんの苦行なの……」


 地味子は大声を出すなんて慣れてないのだ。それを初対面の男性の前でするなんて彼女達には相当勇気が必要だっただろう。


「他の子は楽しいと思ってやってるゲームなの?」

「それがさ……隙を見て他の女の子に聞いたら、『ワケわかんなーい。キャハハ!』って返されちゃって……楽しくないのに、楽しい振りしなきゃいけなくて……ビールはぬるくなるし食べ物は冷めるし、他のお客さんの視線は痛いし……」


 入学後少しして明るいブラウンにカラーリングした子がすっかり黒髪に戻ると大体がそんな台詞を吐いた。

 だからさくらにとって合コンとは『ハイテンションの団体に放り込まれる苦行の時間』といった印象だったのだ。


 だから社会人になってから欠員が出たからと誘われた合コンも、顔を顰めて断った。

 だが他に候補者がいないのか、それとも見目の良い女子には頼み辛いのか、同僚は倉庫から出て行こうとしない。

 理由を言わなければ諦められないと粘るので、「変なゲームに付き合わされて精神的ダメージを受けるのは嫌」と答えると、KANZAKIの看板で寄って来る男は『伴侶』を捜しているから、そんな展開にはならない! と力説され、続く合コンはタダでご飯が食べれるよ! て、さくらは陥落した。

 それならばご飯に集中したいと徹底的にデータを収集して、結果合コンではいくつかのカップルの成立に導き、尚且つ自分には目が向かないよう仕向けた。

 さくらにとっては、同席した女の子を過剰にならない程度に持ち上げて男性の意識を彼女達に向けさせるだけでご飯を奢ってもらえるというとても楽な仕事だったのだ。


 それを、禁止に――?


 助けてくれたとはいえ、今日の今日でいきなり口をはさむ伊織に渋い顔をしても仕方の無い事だとさくらは思った。


「お前な……危ない目にあったばかりだっていうのに……」

「伊織はこれでも心配しているんですよ」


 さくらは穏やかに話しかけてくる惣介の方に視線を向けた。

 惣介はさくらがすすめた白玉ぜんざいを食べている。この店のあんこは手作りで、おばさんが作る和風デザートは名物のひとつでもあった。


「それに、聞いているとお互い真剣に出会いを求めている席のようです。そこに手助けを頼まれているとはいえ、出会いを求めていないさくらさんが入るのは、男性達に失礼だとは思いませんか?」


 惣介に静かにそう告げられ、さくらは困惑した。

 そのような考え方をした事はなかったが、確かに惣介の言う通りだ。

 毎回男性メンバーの一人はあぶれてしまう。あちらもさくらは好みではないと対象から外しているのだから、一人あぶれるのは仕方が無いと思ってはいたものの、目に留まらぬよう自分からそう仕向けているのだ。

 それはひどく相手を馬鹿にしている行為に思えた。


「そう……ですね。そんな風に考えた事は無かったんですけど、仰る通りだと思います」

「では、今後このような事は止めると約束してくださいますか?」

「わかりました」


 惣介の言葉にはっきりと頷くさくらを見て、伊織はなんだか面白くなかった。


「なんで惣介さんの言葉には素直に頷くんだよ」


 あからさまに口を尖らせた伊織の姿は、会社で見る姿とは違い少し幼さが残っていた。


「――言葉の重さ、でしょうか」

「はぁ!?」


 驚愕に目を見開き、顔の表情だけでその衝撃の大きさを表現した伊織を見て、さくらは流石に言葉が足りなかったと思い、少し慌てて説明をした。


「ちゃんと、納得できたからですよ。先輩のは……少し頭ごなしだったので……」


 温かなお茶をずずっと啜り、その湯気で曇った眼鏡をきゅきゅっと丁寧に拭くさくらを、伊織はなんとも言えない渋い表情で見詰めていた。

 美味しいところを掻っ攫った惣介はというと、そんなふたりの構図を面白そうに見詰めていた。


「ぷっ……くくくっ」


 堪えきれず笑い出したのは惣介だった。


「えっ?」

「ごめんね? コイツはこんな容姿な上に背景にはKANZAKIがちらついているでしょう? 大体の人間が横柄な態度を許容してしまうんです」


 惣介はそのまま、「だからあなたのような人はとても珍しいんですよ」と続けたが、さくらは褒められているのかけなされているのか分からず、小さく肩を竦ませた。

 会社の御曹司が相手だというのは勿論分かっているつもりだが、会社を離れたことまで理由もなく禁止だと言いつけられる謂れは無い。

 惣介の話で納得できたからそこで頷いただけであって、何も特に伊織に対して反発しているというような事は更々無かった。

 惣介の言葉の意図を推し量る事ができず、こちらを窺うように見るさくらに惣介は破顔一笑した。


「そんなあなただから、伊織の中にすんなり入り込んだのでしょう。酒量に影響するのも頷けます」


 惣介は満足気にうんうんと頷いているが、さくらは益々理解ず眉根を寄せた。

 自分の言動がなぜ伊織の酒量に関係するのかも理解できない。

 だが、先ほどの言葉は御曹司に対するさくらの態度を諌めるものではなかったようだとはなんとなく分かった。




 結局支払いは惣介が持つ事となった。

 助けてくれたお礼なのだからとさくらは粘ったのだが、反対に「私の方も美味しい店を教えてくれたお礼をさせてください」と言われてしまっては甘えるより他なかった。

 それに、予定外の出費はさくらにとって大打撃だ。

 

 今、伊織は車を取りに行っている。元々今日はアルコール無しで惣介と食事に行くことになっていたので、車で出勤していたのだ。

 例の中華レストランの近くに停めたと言っていたから少し距離はあるが、まもなく戻ってくるだろう。その為支払いをどちらがするかで揉めて伊織までも待たせるのは失礼だと考えた。


「では遠慮なくご馳走になります」


 財布を仕舞ってペコリと頭を下げたさくらを目を細めて見やると、惣介はポフンと桜の頭に手を置いた。


「はい、良く出来ました。イイコイイコ。――あれ?」

「な、なんですか?」


 突然頭を撫でられ、驚きに目を丸くしているさくらの瞳を惣介が覗き込むように屈んだ。


「とても綺麗な目をしていますね。なのに前髪で隠れてしまっていて勿体無いですよ」


 すると、さくらの表情がわずかに曇った。


「これは……いいんです。わざとなので……。子供の頃、からかわれて……」

「そう……きっと、君が羨ましかったんでしょう。子供は良くも悪くも語彙が豊富ではありませんからね。素直に綺麗だと言う時もあれば、珍しいという意味で“変だ”と言う事もあります。何を言われたにしろ言葉通り捉える必要はありませんよ」


 さくらが返事に窮していると、惣介のズボンのポケットからメールの着信を知らせる音が鳴った。

 惣介はそっとさくらの頭から手を外すと慣れた手つきでスマホを操作する。


「あぁ、伊織ですね。店の近くに停めたそうです。行きましょうか」

「――はい」


 絶妙なタイミングで惣介のスマホが鳴った事に桜は感謝していた。

 

『お前の目、なんか変だな』


 “変”――惣介の言葉は偶然だろうが、まさにその言葉が発端だったのだ。

 それを思い出すと、いつも心が乱される。その為、惣介の言葉にとっさに反応できなかった。

 だが、今は優しく頭を撫でる惣介の手の感触を思い出すと、不思議と心が凪いでいくのを感じた。

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