教導院の女王さま
女の子だけがどんどん増えるのは仕様ですよね。
さて。教導院の授業について話そう。
教導院では生徒が各自で科目を選択する方式を採用している。この時、少し面白いのが前提科目を修学してないと選択できない科目なんかが存在する。
基礎科目と呼ばれる科目が存在し、これは必修科目のようなもので全教導院生が選択しなければならない授業になっている。まあ、迷宮での生き抜き方とか最低限の教養がコレに当たる。
基礎科目をある程度こなすと、専門科目と呼ばれる授業を選択できるように為る。例えば精霊魔術だったり盗賊技能だったりである。(まるでスキルツリーみたいだな、というのが俺の感想だ)
人によって取得する単位は千差万別で、年間十人しか人がいない科目もあれば、毎年何百人とあつまる科目もある。そういう場合は日にちや教室をずらすのが普通だ。
先ほども言ったように基礎科目は全教導院生が参加することになるので、日にちやメンバーを変えて十クラス程度の授業を並行して実施している。
今回の(悲劇の)舞台となるのは、第一棟の三番教室。担当教諭は教諭になって三年目の若さと未来にあふれるレイン教諭なのであった。
「あれ、ケイトだ」
そう言って、こちらを指さしているのは、茶色の髪を肩口まで伸ばした少女。ユーリである。見つかってしまっては仕方がないので、肩をすくめながら返事をした。
「おう、ユーリ。奇遇だな」
「なによ。会いたくなかったみたいな素振りじゃない」
「そういうわけじゃないんだが・・・」
俺が苦笑いすると、ユーリはぷぅ、と膨れた面を見せた。
ガキかよ。と、思ったが、同い年だとしたら17前後だろう。十分ガキだな。可愛いもんだ。
自分が転生してこの世界にやってきたということを久しぶりに思い出した瞬間である。精神年齢なら40超えるおっさんなのだ。
「まあ、いいや。せっかくだから隣に座りなさいよ。空いてるから」
「お言葉に甘えさせてもらうかね」
長椅子の端に座るユーリの隣に俺が腰掛ける。
講堂は少し広めで、ひとつの長机に一つの長椅子がセットされている。余裕を持てば三人、無理に詰めれば四人で座れる。基礎科目だと四人で座らないといけないかもしれない。
「でも、なんでケイトがここにいるの? 他の皆は昨日の授業だったよね? 転校生だから日が違うんだろうなって思ってたんだけど」
「いや、それで合ってるよ」
ユーリの質問に答える。
「ここは普通の学生じゃなくて、留年とか中途入学の人のためのクラスなんだよ。分かりやすいように基礎を徹底的に教えるクラス」
「道理で。退廃的な空気が漂ってるなぁって思ってたのよ。・・・ん? ということはケイトも留年生なの?」
至極、真っ当な結論に至ったユーリに俺は苦笑した。
「いやいや、そうじゃない。実はな」
「クラス選択希望書を担当教諭に提出して承認されればいいのよ。もちろん前向きな理由でないといけないわ。例えばそうね・・・『最終学年として、もう一度しっかりとした基礎を固めたいです』とか。ねぇ、ケイト?」
背後から聞こえてきた声に全身硬直。
馬鹿なッ、何故ヤツがここにいるっ!?
「ここ数ヶ月とても寂しかったわ。ケイトに一度も会えなかったんですもの」
意図的に避けてたからね! とは口に出せない。出した瞬間に、精神的に殺される。
「ねぇ。聞こえてるの?」
耳元で甘く囁く声が聞こえるけど、この場合の甘さは『あ、死ぬと楽になれるよね。よし死んじゃおう!』的な後ろ向きに前向きな感覚である。悪魔の誘惑と言うよりも破壊神の誘惑。惑わされれば最後、国がひとつ滅びます、的なアレなのだ。
「ぺろり」
「うひゃあッ!?」
舐めやがった!? この女、俺の耳舐めやがった!?
「無視は良くないわね、ケイト」
「お、おま・・・おま・・・!」
俺が慄いていると、銀髪の魔女――シーラはにったりと笑みを浮かべて、
「隣、座るから」
と、一方的に宣言した。
教諭が来るまでの時間が無言で過ぎていく。それは俺とシーラの間のことだけではなく、教室全体が、であった。
「え、なんでいるのシーラ」
「そうね、大した話じゃないのだけれど・・・」
シーラはまるで月の光を糸にしたような恐ろしい艶の銀髪を指先で弄びながら、言葉を続けた。
「私ね。実は弱者を見ると虐めたくなるのよ」
「とんでもねぇこと告白しやがったぞ、コイツ」
知ってたけども。まさか自覚症状がここまではっきりしてるとは思わなかったわ。
「私と同学年に、この教導院でもとびきりの弱者がいてね。私、その人を虐めるのが楽しくて仕方なかったのだけど、ここ数ヶ月全く会えなくて・・・ああ、もう・・・本当・・・」
シーラはこちらを艶然と見つめる。
黄金の瞳。黄金の角。完璧な容貌で見つめられると、臨死体験中だというのに、ドキドキしてくるから困る。
「本当・・・イライラするのよ?」
瞬間、溢れでた魔力で長机が半分ほど吹き飛んだ。
ちなみに既にシーラの周囲には人が一人もいなくなっていたので、被害は俺(とユーリ)の蚤の心臓がキリキリ痛くなっているぐらい。ごめんよユーリ、巻き込んで。
「でも私優しいから」
「いや、それは論理的におかしい」
「私、優しいから」
重ねて言いやがった・・・!
「貴方がこの授業から逃げなければ許してあげる。一週間に一度、私の気持ちを受け取ってくれればソレで許してあげる」
「すげえ。言葉だけなら嬉しいはずなのに、ルビが透けて見えるせいで嬉しくもなんともねぇ」
俺が虚勢を張っていると、シーラがそっと、俺の手を取る。美人に手を取られても嬉しさよりも身の危険を感じるのはどうなんだろうか。
「ごめんなさい、ケイト」
「何故このタイミングで謝る。怖いだろうが」
「私イライラしているせいで、うっかり掴んでいるものを吹き飛ばすことが、あるかもしれないわ。でも貴方が私から逃げまわったせいだから仕方がないわよね?」
「はっはっは、なにが仕方がねぇのか理解らなかったぜ、畜生」
この地獄の中、授業を受けろと申すか・・・!
さすがに弩S様はレベルが違ったぜ・・・!
そこに前方のドアをガラリ、と勢い良く開けてレイン教諭が出勤。平均より少しばかり小さい身長が愛らしい、良い子のアイドルである。
「やっほー! みんな元気だったかなぁ! 毎日ハイテンションに迷宮篭って大虐殺かこの野郎!」
間違えた。決して良い子のアイドルではない。
「ってげげぇシーラさん!? 何故このような場末の島流しのような教室に!?」
『場末とか言いやがった、あの女』
『私達というか、むしろレインちゃんが島流しされてる感じだよねー』
「うっせー! 私は島流しになんかされてねー! ヤーティの野郎に押し付けられただけだ。いつかゼッテーぶっ潰す」
物騒なことを言う女であるが、何故かクラスの奴らがノリノリで応援している。
「ええい、分かった。私の熱血授業に着いてこれるか野郎ども! ヤーティをけちょんけちょんにしてやるためなら悪魔の手だって借りてやるさ! シーラさん、一緒に殺ろうゼ!」
割と下品なハンドサインをシーラに向けるレイン教諭。ちなみにシーラは薄く微笑んでいるが、内面的には怒りの『#』が三つぐらい浮かんでいる状態。すげぇ、シーラは女王様気質であるが故に、意外と沸点は高いというのに、一瞬で沸騰させかけている。
「ねぇ、ケイト」
「なんだよ」
「突然右手が弾け散っても諦めてね」
逃げ出そうとしてもびくともしない手に驚愕。これが種族差か・・・!
助けを求めて隣に座っているはずのユーリを探すが、そこには誰も座っていなかった。
に、逃げやがったな、あの野郎・・・!!
下品なハンドサイン
人差し指と親指を立てて真上に向ける感じ。
意味的にはどこの国にもあるようなお下品な内容である。