その幻想がぶち壊されるとき
幻想の虚しさを知って大人になるのだ。
総計百体にも及ぶオークを狩って十一階層に進もうとしやがったカグラに待ったをかけて俺は一度、迷宮を抜け出すことを進言した。
普通に目の前で爆睡されたので俺は一睡もしていないのだ。
起きて早々に「少し体を動かしてくる」と言ってオークの首を幾つか狩ってきた時はどうしようかと思った。元気なのはいいのだが、俺は眠い。
「パーティーを組んだなら、夜中の見張りは交代とかだろう、普通は」
「そうなのか。知らなかった」
「お前・・・」
「いや、本当なんだ! すまない・・・。ということはずっと起きていてくれたのか?」
どうやら、カグラは本当に知らなかったようだ。今まで迷宮には一人で潜っていたというのも真実っぽい。だとすれば狂気の沙汰なのだが。
「次からは、気をつけてくれよ。ってことで俺は帰りたい」
「・・・そうか。じゃあ私も帰るとするかな。今回は十階層で満足してしまった」
あれだけ大暴れすればそれは満足だろうよ。
キャンプでつかった火を足でつぶしながら背後に山積みにされた死体を眺める。
一日もせずに魔力の塵に帰るとは言え、凄惨な光景である。この死体の山を見るだけで迷宮探索のトラウマになるかもしれない。
「つーか、カグラは実際に何階層まで潜ったことがあるんだ?」
「ああ、十四階層だな」
さらりと言われたセリフに気が遠くなる。
十四階層・・・教導院の同期の中で、最優秀のメンバーですら4人パーティーで十二階層を踏破したところなのだ。だというのに、こいつは非公式でそこまでソロで潜っていたというのか。馬鹿だ。戦闘馬鹿がここにいる・・・。
(教導院では安全のため、明けの鐘から暮れの鐘までの間に、事前申請したパーティーでの踏破以外は公式記録として認めない。申請なしで夜間に潜るような馬鹿には点数をつけることはないのだ)
「どうだ、凄いだろう」
「ああ、凄い(馬鹿だ)な」
にっこにこしているが、血まみれなところが恐ろしいカグラなのだった。
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せっかくなので、一緒に食事などどうだろうか、とカグラがいった。
美少女から言われるには悪くない提案だったのだが、血まみれディナーは遠慮したい。あと寝たい。
「夕飯なら付き合う」
「そうか、じゃあ私が手料理を振舞ってやろう」
「・・・いや、嬉しいが・・・初対面に近いはずだよな、俺達?」
「そう言うな。初めてのパーティーだったんだ」
おい、授業をどうやってたんだ。
俺ですら授業で何回かパーティー組んだぞ。
「まあいいけどさ。手料理といってもどうするんだ?」
「私の部屋に来てくれ。東第四棟の4206号室だ」
「・・・簡単に男を部屋に連れ込むのは美人局か何かか?」
「筒持たせ? なんだそれは。槍とか棍の一種か?」
初対面の美少女に部屋に誘われたら、身の危険を感じるのが普通の男です。世界はそんなに自分に都合良くできてないのです。
「まあそんな新しい武器だか必殺技の話はどうでもいいのだ。ケイト、約束だからな。暮れの鐘の頃に部屋に来てくれ」
そうまで言われては断ることもできないわけで。
「了解。最大限に警戒しながら4206号室に行く」
「何故に警戒するのかが分からんのだが?」
お前が美少女だからです。
――そして暮れの鐘の頃。
俺は東第四棟の寮の建物の前でもうもうと煙を出している一室を外から眺めていた。俺の勘違いでなければ、二階のあのあたりは4206号室のはずである。
野生で鍛えられた俺の警戒センサーがビンビン鳴ってるぜ・・・!
ごくり、と生唾を飲み込んで俺は4206号室に乗り込むことにした。
「よく来たな、ケイト!」
「うるせぇ、まずは掃除しやがれ」
ドアを開けて迎え入れてくれた黒髪ロングの美少女カグラの背後に存在する腐海に、条件反射でツッコミを入れてしまった。
ひどい、これはひどい。世の中にはギャップ萌えと言う言葉があるが、それは許容範囲内であるから許されるのであって、ギャップが鋭角になるような場合はその限りではないのだ。
「い、いいじゃないか。部屋の掃除ぐらい」
「相手に対する礼儀の話をしてるんだ、この蛮族め」
「ぐ・・・そのネタを引っ張る気か・・・」
俺はため息を吐いた。
「で、おれにどうしろと」
「どうしろ、とは? 座ればいいんじゃないか?」
「どこにだッ!!」
布やら本やらで本気で座る場所なんかないのだ。
「・・・まあ、適当にものをどけてスペースを作ってくれ」
「ほほう、適当にね」
「私は料理で忙しいからな。うん」
そういって、台所の方に逃げ込んだカグラ。おのれ形勢不利を悟ったか。
「おい、適当にスペースを開けろとお前は言ったが・・・」
「うん?」
俺は袖を捲り上げた。
「別に、片付けてしまっても構わないのだろう?」
「本当か!? 助かる! 何をやっても片付かなかったんだ!」
・・・うん、喜ばれるのだけは想定外だった俺ですよ、っと。
さて、色気もへったくれもない部屋の掃除であった。
(実際にはカグラの下着も転がっていたのだが、当時は大量の布が転がっているなあ、という認識でしかなかった)
俺がゴミをひとまとめにして一人満足していると、カグラが皿を持ってやってきた。
そして部屋を見て軽く驚いている。
「この部屋、床を見るのが久しぶりだ」
「・・・そうだろうともよ」
教導院に入学した時のチラシが埋もれていたから、およそ半年分の地層が存在したはずだ。
「で、それが料理か」
「うん、渾身の料理だ!」
それは料理と言うよりもただの肉塊であった。焼いてはある。だがそれだけであった。
そんな無骨な感想しかしない物体が2つの皿の上に乗っている。多分、俺の分とカグラの分だ。
他にはないのか? とか言おうとしたが、流石に憚られた。
こちらは振舞われる側だしな。黒焦げの物体が出てきたら嫌がらせを疑うが、まあ、これなら、料理と呼べなくも・・・呼べねえよ。
だが、その言葉は飲み込むことにした。
「・・・食べるか」
「うん」
すっごい笑顔。
状況がもう少し色っぽければそれだけでドキッとするんだがなぁ・・・。
もぐ。
ぶち。
もっきゅもっきゅもっきゅ
固い・・・。
なんだろう、塩味は付いているのだが凄く侘しい気持ちになってくる。
もどかしくて切ない。俺は料理を食べているだけなのに。美少女の手料理を食べているだけなのに。
もっきゅもっきゅもっきゅ・・・ごくり。
あぶらっこい。
もったり塩味。肉のみの食事。
「得意料理なのか?」
「うん。肉の焼き方だけは失敗しないからな。毎日肉が食べれて幸せだ」
「ま、い・・・にち・・・だと・・・!」
恐れ慄く俺。
どうしよう、保護欲が湧いてきてしまった。
カグラをこの生活で満足させてしまったらダメだ。人間はもっと幸せになるべきだと俺は確信している。汚い部屋で、肉だけ焼いて、それを食事なんて、そんな冗談は笑えないだろう? 食事っていうのは、こう、独りで、救われてないとダメなんだよ・・・ッ!
「なあ、俺も時々料理をつくるんだが。時々一緒に食べないか? 一人の食事は寂しいんだよ」
「ああ。いいぞ。なんだ、ケイトは寂しがり屋だなあ」
快活に笑うカグラを見ても、今は胸がいたいだけだ。あと肉が脂っこい。
もきゅもきゅもっきゅと言う音が響く夜であった。
描写してないけど、魔物を倒すと体内にある魔晶石というのを取り出して換金に使うんですよー。魔力の電池みたいな使われ方をしてますよー。今思いついただけですけどねー。
後で全面書き直しだな・・・。