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一寸だけ昔話

カグラさん無双が始まるよ~。


――オーク。


王都東の迷宮の十回層に現れる、豚のような醜い頭部を持った妖魔だ。

冒険者になれる奴となれない奴を分ける試金石のような妖魔だと言われている。


人の形をしているという点では、より浅い階層にいるゴブリンやコボルドも同じなのだが、十階層までの魔物と大きく異なる点が1つだけ存在する。


オークは、大きい。


5尺近い体躯と分厚い脂肪に覆われた体。殴っても簡単には死なないタフネスさと、その圧倒的な体重で繰り出される攻撃の重さは冒険者にとって大事な事を教えてくれる。


すなわち、巨大なものは、強い。



オークと戦うまでの冒険者はその多くが「巨大狼」「巨大蜘蛛」の何が恐ろしいのかを理解していないものだ。オークという人間と同サイズ、あるいはそれ以上の重さの敵と戦い、初めて単純なる暴力の世界を知ることになる。



そのオークがのっそりと回廊の突き当りから姿を現した。

こちらを見て暗い喜悦の表情をその目に浮かべる。キモい。


「畜生、やるしかないか・・・!」

「いや、待て」


俺が自前の武器に手をかけた所で黒髪の少女からの静止がかかる。


俺が怪訝な表情を浮かべていると、少女は微笑みながら腰に履いた太刀を抜き放った。


「私一人で十分だということを見せてやる」


いや、ちょ、だからそういう過信がよろしくないとー。

と説教をしようとした時には、彼女は長い髪を翻して回廊を真っ直ぐに駆け抜けていた。駆けるその速さを一切損なわずに描かれた銀の弧はオークの上体を袈裟懸けに真っ二つに切り裂いた。


「どうだ!」

「どうだじゃねえ! 曲がり角に突っ込むな!」


迷宮という数多の回廊を接続して作られた摩訶不思議な空間において、曲がり角の遭遇であえなく沈んだ冒険者の話は枚挙に暇がない。笑い話のレベルだと、迷宮の浅い階層で、曲がり角で出会った魔王に殺された勇者の話なんてのもある。


俺が怒った理由がわからないのかきょとんとしている少女。


「曲がり角の向こうに敵がいたらどうするんだ!」

「どうするも何も・・・」


少女は曲がり角の方に向き直りながら、真横に太刀を振るった。

俺がその動作に疑問を抱くよりも先にブサイクな悲鳴と血しぶきが上がり、跳ね上がった首がコロコロと転がってくる。スプラッターーーー!


・・・敵がいても殺せばいいじゃないですか。そうですか。


実践できる奴がいるとは知らなかった。



「ほら、ぼーっとするな。まだまだ獲物はいっぱいいるぞ!」


喜色満面で曲がり角の向こうを指さす少女と、指さした向こう側から聞こえるブヒブヒいう声。

何匹いるんだろう。心底、この状況から逃げてぇ・・・。


「さーて、今宵のコテツは血に飢えているぞ! わははは!」


颯爽と駆けていくその姿は、血に濡れた様とあわせてなんとも美しかった、・・・が。


「うわ、ちょ、信じらんねえ。俺のこと非戦闘員だとみなしてるくせに置いていきやがった!」


俺は慌てて少女の後ろを追いかけた。

俺は自分のことは過信しない。一人だと確実に死ねるのだ。


そういう情けない部分に関しては割と自信がありますよ?



******************************************





十重二十重に積み重ねられたオークの死体を背に、俺と少女――カグラと名乗った――はキャンプを張ることにした。普通なら色々と警戒しないといけないんだが、あまりにもカグラが傍若無人に振舞ったせいで、オークが怯えて近づく気配すらない。


「私一人で平気だろう?」

「・・・そうだな。すまんかった。だからおうちに帰してください」

「もう夜半の鐘がなった後だろう。明けの鐘までは入り口は開かんさ」


いや、知ってるけどね。

学園では一日に四回、鐘がなる。すなわち、『明け』と『昼』、『暮れ』と『夜半』。迷宮の入り口は夜半の鐘から明けの鐘まではその扉が閉じられる。夜中まで入り口を管理できないからだ。

そんなわけで俺達は朝までこの迷宮から抜け出すことはできない。

とはいえ、浅い階層まで移動するとかやりようはあると思うんだ、俺は。言っても無駄なのは分かってきたから言わないけど。


「そんなことよりもだ、ケイト」

「そんなこととか言いやがったな、てめぇ・・・。まあいいや。なんだ?」


カグラは自身の手にもった肉と野菜を挟んだパンを指さす。


「お前の作ってくれた、このパンはすごく美味しいな!」

「へいへい。ありがとうよ」


褒められて悪い気はしない。


俺が教導院に入ってから最もまじめに取り組み、最も成果を上げたのがこの料理である。・・・と、言っても私生活の料理はさほど自慢できるほどの腕ではない。

こだわっているのは、冒険中の料理である。


冒険中に食べられるような保存食はひどく味気ないか、正気を疑うほど不味いのである。初めての実習の際に振舞われた干し肉と豆のスープは悪夢のようだった。


教導院の寮に戻って食べたのが偶然、鶏肉と豆の煮込み料理だったので余りの差に少々ばかり口汚く罵ってしまった。(その光景を見た俺の知り合いは『気が狂ったのかと本気で心配した』と言っていたので少々というレベルではなかったかもしれない)


そんなわけで、わざわざ魔法まで開発して美味しい食材を冒険に持って行き、おいしい料理を食べれるように工夫しているのである。人、それを無駄な努力という。


「私の持ってきた干し肉と何が違うんだ、これ」

「水気を完全に飛ばさないで保存魔法をかけるんだよ。嵩張るが、まあ一日こもる分の食料としてなら言うことなだろう?」

「保存魔法?」

「俺の開発した新しい魔法」


カグラは少しばかり驚いた評定をした。


「・・・それは凄いことのような・・・」

「いや、ごめん。少し大げさに言った。もともとあった魔法を改造しただけで言うほど大した話じゃないんだ」


夏場の死体保存用の魔法を応用したのである。現代知識バンザイだね。

(元の魔法的な意味で)ドン引きされるので絶対に誰にも言わないけど。


「ふむ、でもこう・・・不味い干し肉を齧りながら次の敵を探してニヤニヤしてるよりは健全だな。この食事は」

「比較対象にするな、蛮族め」

「失礼な。私のどこが蛮族だ」

「徹頭徹尾、蛮族だ。せめて髪についた分の血ぐらいは拭えよ」


せっかく綺麗なのだから、とは言わない。

世辞も口説き文句も全く興味がなさそうな人間を褒めるほど暇ではないのだ。


「どうせ明日ここから出たら水浴びをするんだ。その時でいい」

「・・・蛮族め」

「そうだそうだ。私は蛮族だ。何か問題でも?」

「俺を無理やりこの探索に巻き込んだことが問題かなー」

「朝ごはんもよろしく頼む」

「話、聞けよ」


俺のジト目を物ともせずにカグラはその場に横になった。

ものの数分で寝息が聞こえてくる。


白いうなじ。血の付いた長い黒髪。

背後につまれたオークの残骸。



無防備な美少女を前にしてるのに、色々と残念すぎて俺の中の男が反応しねえ・・・。


つーか、これ、俺が不寝番ねずのばんか? もしかして。




「ふしんばん」を「ねずのばん」と本気で読んでいたのが作者。

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