挿話1 シーラと愉快な仲間たち
予告通り、リクエストがあった挿話を追加しました。
シーラの朝は早い。深く眠れないからだ。自身の周りを常に回っている魔術の自動発動体が意識の覚醒と共にシーラの周辺へ集まっていく。
一糸も纏わぬ姿に銀色の髪が光の滝のように絡み付いて溢れる。古い知り合いに言わせれば流星群のようだとのことだが、シーラ自身は流星群とやらをみたことがない。その表現が凄いという意味なのか綺麗という意味なのかは図りかねていたが、褒め言葉なので素直に受け取っておいた。
胡乱気に開かれた金色の瞳は、薄暗い寝室を写して虚ろに陰っている。眠気はあるが、睡眠がやってこないことをしっているシーラは、自身の角を一無ですると、ため息を吐いた。
――今日も生きています。
それは毎朝の――呪いでも、祈りではなく――報告。
ただ、己の信じる何かに対しての報告だった。決して逃げてはならない義務のようなものであった。これを報告せねば一日すらも生きて行けないような、強迫観念じみたものである。
シーラはそのまま瞑想を始めることにした。
どうせ眠れぬならば魔導の深淵へと歩むのも悪くはない。
『より細く、より鋭く、より凶悪に』
全てを穿つ光を束ねる姿は幻想的ですらあった。
瞑想を終えた後に軽くシャワーを浴び、それでもなお誰よりも早くパーティーの集合場所に到着したシーラは優雅にコーヒーを飲みながら読書をしていた。くたびれた本の表紙が何度もその本を読み直していることを示している。
緑色の髪をした少女が集合場所へやってきたのは、シーラが二杯目のコーヒーをお代わりしている所だった。
「や。相変わらずシーラは早いねっ。その血圧の高さを私にも分けてほしいな!」
笑顔満面で元気に挨拶する少女に対してシーラは一瞥をくれただけで本へと視線を戻した。
「奇遇ね。私も全く同じ事を考えていたわルーシー。おはよう」
「おはよう」
挨拶が終わった所に丁度割りこむように駆け足の音が響き渡る。シーラとルーシーの元へと駆け寄った足音の主は、個人差を抜きにしてもやや幼すぎる顔立ちを持っていた。
「はぁはぁ・・・、お、おはようございます、シーラさん、ルーシーさん」
シーラは笑顔を浮かべる子犬のような人物に笑顔を浮かべながら一条の攻性魔術を放った。
「うひゃわああ!? なんですか!? なんでボク攻撃されたんですか、今!?」
「おかしなことを聞くのねリコ。貴方の顔を見ていたら無性に攻撃したくなっただけよ?」
「え、何言ってるんですかシーラさん? ルーシーさんも納得の表情で頷かないでくださいよ!」
「いやいや、納得せざるをえないよ。これは」
「ルーシーさんっ!?」
涙目で騒ぐハーフコボルドのリコは、青い髪、少し垂れ気味の耳と穏やかな瞳。儚げに困ったようなハの字に固まった眉は、虐めて欲しそうなオーラをまとっていると言える。低い身長と欠片ほども見当たらない胸。一人称がボクであり、とんでもなく可愛い容姿と、完全に要素が揃っているため、皆から男の子であると認識されている。
女の子であることをシーラは(パーティーメンバーなので当然)知っているが、男の子扱いするといつも困ったように潤んだ瞳でこちらを見つめてくれるので、男の子扱いをやめるつもりはない。
「あうあうあう・・・」
「まあ、可愛らしい泣き顔。もう一度速攻光条を叩きこんだらどうなるかしら?」
「死にます! 普通に死んじゃいますっ!?」
がたがたぶるぶると震えるリコを見ながらシーラは悦に浸っていた。嗜虐心を満たすとどうしてこんなにも心が落ち着くのだろう。あまりこういう性癖はよろしくないような気がしてきたが今更変えられるのだろうか? という自問自答をしながらも手癖のようにリコを虐めてしまっている。なんと業の深いこと。
「あ、あの。シーラさん。クルスさんはまだなんですか?」
『すでにいる』
「うひゃああっはぁぅ!?」
何やら面白い声を上げるリコの後ろには6尺に届こうかという完全板金鎧に身を包んだ影があった。
「リコの後ろからそっと近づいて驚かすとは。基本に忠実だねクルス!」
「・・・」
ルーシーがニヤニヤ笑ってそう言うが、足音を消したりといった隠密行動は癖のようなものなのでシーラ達と同じように見られては心外だとばかりにクルスは腕を組んだ。
シーラはそんな三人の様子を見て、本を閉じた。
「では揃ったみたいだし。本日の迷宮探索に向かいましょうか」
「了解っ」
「わ、分かりました!」
「・・・」
この4人のパーティーが、教導院最恐、もとい最強と名高いシーラのパーティーであった。
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飛びかかってくる無数の六足犬を弄ぶように銀色の剣閃が駆け抜けていく。剣が一振りされる度に六足犬の目が、脚が、首筋が、赤く染められていく。
高速で閃く二本の曲剣を器用に操っているのはルーシーだ。
「あはははっ。弱いね。弱い。弱すぎるねぇ!!」
怯えたように背を向けた六足犬の背骨を折るように二つの剣を叩きつけ、振り向きざまに後ろから飛びかかろうとしていた一匹の腹を垂直に切り裂く。
「こっちはおしまい、っと。リコのところは終わったー?」
最後の一匹の首に突き刺さった剣を引き抜きながらルーシーはパーティーの左翼に声をかける。
「あと一匹です! ・・・はぁ!!」
リコがその小さな体を敵の懐に潜り込ませ、掌底を六足犬の柔らかい腹に叩きつける。同時に響く鈍い破裂音とともに、六足犬は穴という穴から血を吹き出して死んでいた。
「・・・相変わらずリコの戦い方ってエグくて素敵だよね」
「エグいって・・・殺し方にキレイもエグいもないと思うんですが・・・」
リコがのほほんと答えるが、この場合はルーシーの方が感性としては正しい。
リコの職業は素手で戦う格闘家の中でも、異端中の異端。近接魔撃師と呼ばれるソレである。
浸透勁と呼ばれる敵の内部を破壊することに特化した格闘術を、より合理的に極めた結果、その格闘術は完成した。拳の先端の一寸先に前方指向性を持った魔力衝撃を叩きこむという攻撃方法は、敵内部で破壊力を最大限に発揮し、内蔵をぼろぼろに破壊する。
「法律で使用が制限されてるような技術をそんな堂々と・・・」
「に、人間に使うなんてとんでもないですよ! どうしてルーシーさんはそんなに怖いこと言えるんですか!? ・・・って、まだ残ってた!」
六足犬がルーシーの死角から飛びかかってくるのを見たリコは、カウンター気味に4つの前脚の中心部、心臓の当たりに足刀を叩きつけた。
同時に発生した魔力の衝撃波が六足犬の体内を破壊し尽くし、その口と鼻から大量の血液を吐き出させる。
「その戦い方でなんで返り血が付かないのか不思議なんだけど」
「ボクだって気をつけてて戦ってますから。ほら、弾けさせないようにするのって結構、力加減難しいんですよ?」
誇らしげに語るリコを見てルーシーは笑顔を崩さないように気をつけた。
(いや、私も大概嗜虐趣味だし、シーラも輪をかけて凄いのは認めるけども。一番やばいのはリコなんじゃないだろうかなぁ、とか。思ってみたり)
そんな二人の戦いを遠巻きに見ていたシーラとクルスの周囲には既に生きている魔物の姿は存在していなかった。その全てが焦げた穴を無数に空けて事切れている。
「ここ、本当に三十階層なのかしら。正直二十九階層の方が敵が強かった気がするのだけど・・・」
シーラの呟きにクルスは否定も肯定もせずに肩をすくめた。手応えを感じていないのはクルスも同じだったからだ。
「きっと本来は物量で押してくる敵なのね。私達が火力過多だから分かりにくいだけで」
『私は人並みだ』
鎧の中から響くくぐもった声が不本意そうにシーラに返答を返す。
一片の肌すら見せない鉄壁の格好にシーラはかねてより興味を持っていた質問をすることにした。
「ねえ、クルス。何故貴方はそんな格好をしているの?」
『・・・深い意味なんてない』
いや、絶対にあるだろう。シーラが訝しげに半眼で睨むとクルスはきまずそうに視線を逸らした。
『笑わないか?』
「努力はするわ」
普段の様子を見るに信頼なんて一切できないが、クルスは諦めて口を開いた。
『私が一年生の頃、この迷宮でヒーローに出会ったんだ』
「は?」
『全身黒尽くめで真っ黒な兜を被っていた。魔物に囲まれてガタガタ震えている私を助けてくれた。何も言わないで出口まで連れて行ってくれて、お礼を言おうとした時には無言で迷宮に戻るところだった』
彼の意図は未だに分からない。ただ、自分を助けてくれたのは確かだった。深い理由なんて何一つない。私が助けを求めていたから助けてくれたんだ。その誇り高い姿に、魅せられてしまったのだ。
『私がこの格好をしているのはそれだけの理由だ』
「そう、そうなの・・・」
シーラは何故か嘲笑いもしないで、噛み締めるように頷いていた。
「私、好きよ。そういう話」
『は?』
こんどはクルスが驚く番だった。
「泣いて困っていると、颯爽と現れてくれるの。そうね。まさにヒーローみたい」
ここにはいない誰かを想って微笑むシーラ。
クルスは本気で似合わないシーラの表情に背筋が凍るような悪寒を感じたが、流石に表には出さなかった。自分の命は大事である。
「さて、休憩は十分よね。次の階層に行きましょうか」
『・・・』
無言でシーラの先を歩き始めるクルス。この格好でスカウトだというのだから冗談がキツイ。
「ま、待ってください。今、魔晶石を集めて・・・あひゃぁ!? え、なんで今攻撃されたんですか、私!?」
「ごめんなさい、つい癖で」
「癖になるほど攻撃しているんですか!? シーラさん!?」
リコが涙目で訴えてくるのが、心地よくてもう少し虐めたくなったが、それは帰ってからでもできる。(リコにとっては不幸なことだが)
「シーラさんもそんなに攻撃的な性格していると男の人に逃げられますよ・・・って、ひゃわああああ!? い、今かすりましたッ!! ほっぺたかすりましたよっ!?」
あいにくとシーラはその手の冗談が好きではない。自分で十分に自覚しているからだ。
その様子を見たクルスは先ほどの話とあわせて色々と思うところがあったが、持ち前のポーカーフェイスで無表情をつらぬくことにした。
ルーシーは涙目のリコを見てニヤニヤしている。
教導院最強のパーティーはこうして迷宮探索を続けていくのであった。
2012/5/29 改訂