六、七飛ばして八階層
量がたまらないことには改訂も出来ないジレンマ。
迷宮の八階層はローグウルフの縄張りである。そこかしこを大型の犬がウロウロしている。(ウルフというほど格好良くないので、犬なんだと思う)
狂犬のようにこちらを見ると直ぐ様飛びかかってくる。力量を測ったりの無駄な時間が一切ないあたりは感動すら覚えるが、それはそれとして非常にうざったい。
飛びかかってくるローグウルフとすれ違いざまに俺の振るったダガーが前脚を切り裂く。移動力の落ちたローグウルフに詰め寄って一閃。喉笛を切り裂かれたローグウルフがその場に倒れこんだ。
「ふぅ・・・」
俺が一息を付いていると、派手な爆発音とともに肉の焦げる匂いが周囲に立ち込める。ユーリの収束爆炎の魔法だろう。名前の可愛らしさと字面の凶悪さが売りの魔法で、効果は『相手の近くで爆発が起こる。相手は死ぬ』とかそんな感じである。
「ケイトが真面目にやっていないと思う」
「なんだよカグラ。俺を虐めるのは止めてくれよ」
至極真面目だというのに。
「なんというか、逃げ方だけ異常に上手いというか。距離のとり方は完璧っぽいのに短剣で戦うのが下手すぎるだろう。間合いの読み合いで時間かけすぎだ」
非常に痛いところを突かれる。
過去の経験から(というか、小児期を森で過ごしたとか普通にトラウマのレベルなんだが)敵から逃げるとか敵から隠れるばかり上手くなってしまい、戦いに慣れていないのだ。まともな戦闘経験はほとんどないと言っていい。
「ぐぅの音も出ないな」
「そう思うなら特訓だな。なあに、大丈夫。独りでここまで来れるようになればいいんだ」
「お前と一緒にするなと言いたい」
一人で寝てても敵が近づけば起きるよ、とか平然と言える奴と一緒にされては困るのだ。一般人は休憩中に襲われれば甚大な被害が出るのです。そして無休憩とか不可能なわけで。
「まあまあ、カグラちゃんもケイトをそんなに虐めるなよ。優秀なスカウトだろう?」
オージン先輩のフォローが神がかってて涙が止まらない。
「この迷宮ではスカウトほとんど仕事ないけどな!」
はっはっはと、オージン先輩は俺の傷口に塩を塗りつけてきやがった、
ニヤリと笑っているところを見ると確信犯。畜生、今度シーラを誘導して同じ授業を受けさせてやる・・・!
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
ダンジョンで倒した魔物の魔晶石を教導院の購買で換金する。
こういう細かい仕事は(戦闘的な意味でお荷物の)俺の仕事である。
「10,000オーロになりました」
「おぉ!」
「わぁ!」
ユーリとカグラがきらっきらした目で銀貨の山を見ている。
「2割を公費として残りを等分でいいか?」
「公費ってなんですか?」
ユーリが首を傾げるとオージン先輩が質問に答えた。
「パーティー全体で管理する金のことだな。いいテントを買ったり、魔導師の使う触媒を買ったりするための金になる。使う時はパーティー半数以上の承認が必要だな。普通は」
「なるほどなるほど」
この先輩便利すぎる。あるく教科書かなんかだ。流石は卒業できる実力は平然とあるのに公式到達階層が『なし』だっただけはある。(記録がないのでランキング外扱いとなり、公式記録にすら載っていやしねえ)
「まあケイトの案がわかりやすくていいんじゃないか。俺は賛成だぜ」
「私も特に文句はないです」
「細かいことは全部ケイトに任せる」
丸投げされた気もするが、まあいいだろう。
俺は全員に銀貨2枚ずつ配った後にオージン先輩に公費の2枚の銀貨を渡した。
「俺が持つのか?」
「金持ちならせこいことはしないと信じてます。というか俺が管理するとかめんどいです」
「ケイト。先輩のことを信頼してます、でいいんだぞ、こういう時は」
やれやれ、とため息を吐きながらも銀貨を受け取るオージン先輩。
「じゃあ今回の探索の配分も終わったので解散。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。またよろしくお願いします」
「お疲れさん」
「ケイトはこのあと特訓だからな」
カグラが俺の腕を掴んだ離さないっ。
なんとか逃げ出そうとするが、どれだけ振りほどこうとしても、カグラの握力からは逃れられなかった。というか普通に痛い。
「俺スカウトなの。戦闘能力はそんなにいらないの」
「なに。気にするな。短剣の間合いを覚えさせるだけだ」
カグラにしてはまっとうな意見に一瞬抵抗を忘れてしまったのが運の尽き、
「実践でな」
艶やかな笑みで呆ける日まもなく引きずられる俺。待て、今の言葉を冷静に考えると少しおかしい。
「俺は短剣で、刀と戦わなければならんと聞こえたような気がするが」
「うむ。そう言った。なぁに、お前の逃げ足なら生き残れる」
「何故命の危険が前提なんだ!?」
パーティーの仲間に助けを求める視線を送ると、ユーリは既に帰る準備をしていて、オージン先輩は若干羨ましそうにこちらを見ていた。いや、オージン先輩。ここは羨ましがるところじゃないです。
「ちくしょうっ。パーティーの絆はこの程度なのかっ!」
「パーティーを思いやる絆の強さといってほしいな」
ずーるずーるずーると引きずられる俺。
深夜の寮の裏庭で、断続的な悲鳴が聞こえたとかなんとか。
オージンの心の声「いいなぁ、女の子といちゃいちゃして。というか美少女と一緒に特訓とかどんな大衆歌劇だよ。このむしゃくしゃした感じをどうすれば・・・そうか。部屋に帰って寝ればいいんだ」
そうして誰も助けない。