そして十年後
最終回みたいなサブタイトルだ。
王都の東にそびえ立つ、青い尖塔。
それを取り囲むように同じく青い屋根の建物が建っている。
王立第二教導院迷宮探索科。通称、デクード。
数ある教導院の中でも馬鹿みたいな敷地面積を誇るデクードはそのすべてが迷宮探索を行う冒険者達を育てるために存在している。
その授業のために『碧き塔』と呼ばれる古い迷宮の周りに建てられたのが始まりというのだから歴史からして壮大で、事実大陸の中でも最大の教導院と呼ばれている。
その広大な敷地の中、中庭の隅っこに青年の姿があった。年の頃は10代半ば、成人したかしていないかの境目である。
つまりは物語の主人公であるケイトが芝生の上で寝っ転がっていた。
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しかし、色々とあったなぁ。
過去に思いを馳せる。
オレ「もうこんな村にいられるか! 俺は旅にでるぜ!」
↓
おかん「待ちなさい!」
↓
オレ「待ちましょう」
↓
奴隷商に売られる。
↓
森に捨てられる
↓
森から逃げ出す
↓
偶然王都に到着
俺は思わず地面に突っ伏した。
ありえない・・・。何がありえないって、最後の偶然王都についたってのがありえない。原則、呪われてるとしか思えない俺のリアルラックにおいて、最後に王都に辿りつけたというのがおかしい。
奴隷商に売られたのが10歳で王都にたどり着いたのが12歳だったはずなので、2年間ほど森をさまよっていた計算になる。
そこで死んでない俺がすごい。むしろ馬鹿だ。馬鹿。
理不尽に抗うにしたって何も森の中に逃げ出す必要はなかったんじゃないのか、と。
頭を抱えて芝生の上を転がっていると、人の気配を感じたので起き上がることにした。
校舎の方から2人の人影が歩いてくる。
先頭を歩いているのは、東方の鎧を来た黒髪の少女。カグラだ。
後ろをついてくる戦士の少年には見覚えがない。別のクラスだろうか。
勇壮ながらも凛とした気配を持った少女で腰には太刀を何本か履いている。
「よう、カグラ。どうしたんだよ。こんな辺鄙なところまで」
「何やら中庭で不審な動きをする男がいると聞いてな。うん、やっぱりケイトだった」
「ちょっと待て、やっぱりってなんだ。やっぱりって」
くつくつと上品に笑うカグラ。
この上品に見える所作や、長い黒髪。何よりも非常に見栄えのする容姿のため、男子からの人気のある奴なのだが、騙されてはいけない。こいつは基本的に蛮族である。
「カグラさん、待ってください!」
そこで後ろから少年が追いついた。
どうやらカグラに用があるようなので、俺は引っ込んでいることにする。
「あのな・・・」
カグラは少年に振り返ってため息を吐いた。
「何度言われても私は断る。パーティーなんて面倒じゃないか」
「でも、パーティーで頑張れば卒業までに25層に到達することだって夢じゃないんですよ!」
「興味がない」
うぬぬ、と歯噛みする少年。
そして俺に視線を向けてくる。嫌な予感。
「・・・もしかして。『そいつ』とパーティーをすでに組んでるんですか?」
少年は俺に侮蔑の視線を向けてきた。
変な疑いをかけないでくれ、と俺は少年たちから視線を背ける。
「だとしたらどうする?」
「おいカグラ、俺を巻き込むな」
懇願も虚しく、カグラは俺の腕を掴んで引き寄せてきやがった。
うわ、髪から花の匂いがする・・・。
「もしそうなら忠告しておきます。『そいつ』は止めておいた方がいいですよ」
「ほう・・・?」
「教導院に3年もいて10階層にしか潜れていない落第生です」
「そうだったのか?」
カグラがこちらを見つめてくる。やめろ、顔が近い。
「・・・落第はしてないぞ」
「ダントツの劣等生だと言っているんです。はっきり言いますけど、足を引っ張られるどころか命の危険だってありますよ。カグラさんが巻き添えになるのは忍びないです」
ふむふむ、と微笑むカグラ。やめろ、蠱惑的な表情を俺に向けるな。
だがな、名も知らぬ少年よ。
カグラとパーティーなんか組んだ日には自分の命が危ない。
蛮族は手加減とか連携とか知らないのだ。
「有名なのか、ケイトは」
「有名ですよ。悪い意味で」
授業をサボりまくって劣悪な成績で、ということかね。否定が何もできない。
俺はため息を吐いておとなしくしておく。
「まあ、君の言いたいことはわかった。が、君とはパーティーは組まない。すまんな」
「・・・分かりました」
納得はしないけどな、と言外に言っているのは見え見えだった。
若いねえ、と脳内40近いオッサンの俺は思った。
少年が去っていく後ろ姿を眺めながら、さりげなくカグラの拘束から抜け出す。
「ふむ、劣等生だったのか。ケイトは」
「劣等生だったんだよ」
俺はごろん、と昼寝の続きをしようと芝生に寝っ転がった。
カグラがそっと、俺のそばで座り、俺の頭の下に太もも入れてくる。っておいぃぃ!!
「え、なに!? 俺になんのご褒美!? 殺す気か!?」
「ほらほら、暴れるな」
頭を抑えつけられる。
待って! その体勢で頭を抑えつけようとすると柔らかいのが当たるんですよぉぉ!!
すぐに暴れるのを諦めるとカグラも頭を抑えるのをやめてくれた。
「たまには私のご飯係の慰労をしてやらないとな」
「・・・ご飯係・・・そういう風に見られていたか」
「違ったか?」
何を思ってか俺の頭を撫で始めるカグラ。
「違わない気がしてきた・・・」
俺が諦めてため息を吐くと、カグラの笑う気配を感じた。
カグラはメインヒロインでは無いです。
作中で主人公が蛮族、蛮族と罵倒しますが、戦闘民族と同じ意味だと思ってください。