最後の一人
キャラクター的な意味では難産もいいところ。
うららかな日差しの中、昼寝したい欲動をこらえて、俺はため息を吐いた。
午前中の成果がゼロなのだから、気も滅入ると言うものである。
視線を上げると、ユーリがとぼとぼとこちらへ歩いてくるのが見えた。
「その様子だとユーリもダメだったか」
「ケイトも?」
「うむ」
はぁ、とため息が倍になる。
あれから三日間。パーティーメンバーを探して東奔西走をするも、全滅、ということである。
「転校したばっかの私と同じとは。ケイトも友達少ないんだね」
「大きなお世話だ」
友達が少ないと言うよりは、付き合いの深い友達が少ないといったところ。こういう時に頼れる人がいないのは確かにそのとおりだった。
「というか気になってたんだけどさ。ケイトはマズいことだって知ってたのに、なんでパーティーメンバーを探してなかったの?」
「・・・バイトが忙しくてな。予約してたチームがあったんだが・・・」
ユタというクラスメイトと同じチームになる予定だったが、俺のバイトが予定外に長期にわたってせいで、いつのまにかパーティーの予約はなかったことになっていたのだ。俺としても、流石に待たせすぎたかなぁ、と気まずいので文句も何も言っていない。(パーティーメンバーはともかく、ユタ自身は何か俺に後ろめたいと思っているらしく、お互いに目線を逸らす日々である)
と、言ったようなことを話しておく。
「ケイト・・・」
ユーリが少し優しいような哀しいような目でこっちを見る。
「いや、別に同情されるような話じゃないんだがな。これは」
「・・・友達いないからって、そんな本当っぽい話を作らなくてもいいのに」
「てめぇ、おいコラ」
割と心にぐさりと来たぞ。
「――ところで、私はいつ、この状態から開放してもらえるのだろうか」
不機嫌極まりないオーラを出しながらカグラがそんなことを言った。
ぐるぐる巻にされて強制日向ぼっこをさせられているカグラ。羨ましい。俺もそんなのんびり寝たいぜ。
「いや、すまんな。友達が多くて美人で冒険者としての実力のあるカグラちゃんを放って置くと別のパーティーに行っちゃいそうだったから・・・」
「それで、私を縄でぐるぐる巻きにしたと。ケイト、前々から思っていたが、お前に友達が少ないのは、こういう突飛な行動のせいじゃないのか?」
半眼で呻くカグラの妄言は無視するとして。
「仕方ない、最終手段を取りますか・・・」
「最終手段?」
「そ。最終手段、留年生を誘う」
カグラがすっごい嫌そうな顔をした。うん、だから最終手段なのです。
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王立教導院では留年生は非常に少ない。
細かい料金制度は省くが、留年すると凄いお金がかかるので、教導院に残ることができないのだ。
なので、真っ当な人間は普通に卒業する。留年するようなのは、能力が低い上に金のある人間なので非常に面倒くさいことが多い。そのため教導院内では敬遠されているのである。
「で、どこに向かってるの、私達」
「特別寮」
俺は端的にユーリに答えた。
「なにそれ?」
「お金持ちの入る寮」
「げっ。ちょっと待って、留年生の上にそんな面倒な人を探すの?」
「留年生ってのは九割面倒くさい人だよ。諦めろ。我慢出来ないレベルの人じゃないと思う」
もちろん人間としてどうなのか、というレベルの奴もいることは確かだが、特別寮に入っているレベルの高貴な人間は道理を弁えていることが多い(弁えていながらアレなので性質が悪いとも言う)
「その人とは知り合いなの、ケイト」
「割と。教導院生活を『モラトリアム期間だぜ』とか言っちゃうセレブリティな人なんだけど。無能ではないと思うよ。何度か一緒に迷宮潜ったことあるし」
「・・・うーん、苦学生な立場の私としてはイラッとするわね」
若いなぁ、と俺は思った。
生まれや育ちが違う人間に嫉妬してもしょうがないのだ。極論、男が女に嫉妬しても見苦しいのと同じなのである。彼らが悪意を持って馬鹿にしているのならともかく、無自覚なことに目くじらを立てても疲れるだけだ。
「――ケイト、紐で縛られていることも運命共同体として扱われることも甘んじて受け容れよう。その上で容貌があるのだが・・・せめて人間らしく運んではもらえないだろうか」
俺の肩に背負われている芋虫カグラがそんなことを言ってきた。
「・・・具体的には?」
「うむ、お姫様抱っこというのを。ぜひ」
「やだよ、見た目以上にキツイんだぞ、アレ。ただでさえカグラは重いんだから」
「おもっ・・・!?」
カグラが絶句しているが、しんどいものはしんどい(カグラの身長が俺より少し低くて、5尺半といったところだから、筋肉の付き具合を考えると100斤は超えていると思われる)
「密度が違うよな。戦士は。脂肪じゃなくて筋肉というか」
「・・・む、そういう褒められ方をされると、許してしまいそうになるな」
「え、今ので誤魔化されちゃっていいの、カグラさん?」
ユーリは未だにカグラが蛮族であることを理解してくれていないようだ。
筋肉を褒めるのは、顔を褒めるのの三倍ぐらい効果が高いのだ。カグラにとっては。
「さて、到着、と」
たどり着いた特別寮を前にしてユーリとカグラは絶句していた。俺も初見は絶句した。なんというか、こう・・・。
「宮殿が建ってる・・・」
ユーリが漏らした感想と同じ事を考えてしまったのだ。
「これを作った奴は馬鹿なんじゃないか?」
「実際に馬鹿だったらしいな。完成した特別寮を見た王様が激怒したらしい。使用した予算聞いた瞬間、その場で担当者を馘にしたとかどうとか」
王様いい仕事するなー、というのが、この挿話を聞いた人の共通認識である。
俺は特別寮の受付の人に通してもらって、目的の一室の前で立ち止まった。
ノックを何度かするが、応答はなし。寝てるか居留守を決め込んでいるか。多分後者だな。日中外に出るような人じゃないし。
俺は相手を呼び出すために大きく息を吸う。
「先輩! おっぱいを二つ連れてきました」
「「ちょっと待て!!」」
両隣から同時にツッコミが入った。
ドタドタと部屋の中から音が聞こえて、勢い良く扉が開かれる。
「お、おっぱいと聞いて慌てて飛び出した。で、ケイトよ。どんなおっぱいだ。夢に出てくる綿雲のように愛で膨らんだ食パンのような胸か? それとも夢と希望にあふれるような、清々しさを感じる草原のような胸か?」
「先輩のストライクゾーンの広さには常々感心します」
ユーリとカグラはいろんな意味で絶句している。今日は驚かせてばかりで申し訳ないね、いい人生経験だと思ってください。
部屋から飛び出してきた、ちょっと傾いた雰囲気を持つ兄ちゃん。その実、着ている服の値段が1000オーロ以下のものはないという超絶金持ち。
その名も我らがオージン先輩であった。
入学金、及び授業料は学院側から借りることが出来るので(8割の利子がつくが)冒険者になった後に返せばよい。
留年すると、借りていた授業料の2割+授業料+入学料の1/4を払う必要がある。
この金を工面できない人間は卒業資格を諦めるか、保留して数年後に最入学するために、別口から冒険者になる必要があるのだ。




