レイトショー
仕事帰りに映画館でレイトショーを見るのが、私の金曜日の楽しみでした。
その日は20時半からの上映で、私は少し遅れて11番シアターに入りました。ずっと見たいと思ってなかなか見れなかった海外のラブコメ作品。もうすぐ公開が終わってしまうので今日こそは見なくちゃと意気込んでいました。
シアター内にはまばらにお客さんがいて、映画が始まる前の広告が流れていました。
私は自分の席に座り、広告を眺めます。私は映画の広告を眺めるのも好きで、次はこの映画を見ようなんて目星をつけていました。
どうやら私のあとにシアターに入ってくる人はいないようでした。椅子からはみ出た頭がいくつか見えますが画面の邪魔になることはありません。これならゆったり映画が楽しめそうだと思いました。
やがて広告が流れ終わり、シアター内はさらに暗くなりました。
上映時の注意事項が流れて、いよいよ映画本編が始まります。映画本編が始まる瞬間はいつでもワクワクするものです。その日の私もそんな気持ちで、始まりを待っていました。
画面は暗転したまま、まるで教会のパイプオルガンのような荘厳な音楽が流れ始めます。バロック調の音楽のようでしたが、旋律がどこか不気味でした。
画面の端に、白いモヤのようなものが映りました。何が映っているのだろうと私は目を凝らしてそのモヤを凝視しました。モヤの形は人間のようにも、顔のようにも、動物のようにも変形して、何が映っているのか判然としません。
そこで私は思いました。
今回、私が観に来た作品は、海外のラブコメ作品です。
暗転した画面、画面の端の白いモヤ、不気味な旋律のパイプオルガン。そんな状態のまま数分経ちました。それが1分だったのか、5分だったのか私には分かりませんが、ラブコメ作品でそんなに長い間ストーリーが始まらないなんてことは考えられません。
何か誤った作品が流れているのでは? と思って周囲を見渡しましたが、私以外の観客は微動だにせずスクリーンを眺めているようでした。
私が困惑し始めた頃、私の背後から急に「アハハハハハハ」と笑い声がしました。
私は後ろを振り返りました。3つ後ろの席に誰かが座っている人影はありますが、シアター内が暗く表情は見えません。
その人が笑い出すと、他の人達も一斉に笑い出しました。
「アハハハハハハ、アハハハハハハ」
スクリーンは変わらず暗転したままです。
彼らは何がおかしくて笑っているのでしょう。シアター内に笑い声がこだまします。
普通、笑ってるときって肩や体が揺れますよね? 彼らの体はやはり微動だにしないまま、でも笑い声は聞こえるのです。大声で笑っています。
私は急に怖くなって、慌ててシアターを出ました。
ドアを開けて飛び出すと、すぐ目の前に掃除道具を持った女性スタッフがいて、驚いた顔をしていました。
私はそのスタッフに「あの、映画を見てたんですが、なんか変なんです」と訴えました。
私の様子が相当慌ててたからでしょうか、スタッフは私にやさしく落ち着くよう声をかけてくれました。私はやっと落ち着いて、スタッフに経緯を話しました。
私の話を聞いていたスタッフは、怪訝な顔をしました。
「あの、お客様。当館は10番シアターまでで、11番シアターは存在しませんが」
そう言われて、そんな馬鹿なと私はチケットを確認しました。チケットには8番シアターと書かれていました。
でも確かに、さっきまでチケットには11番シアターと書かれていましたし、私は11番シアターに入ったとも思っていました。
「それにお客様が出てきたところは、掃除用具をしまっておく部屋でついさっき私が入ったんです。お客様、どこに隠れていたんですか?」
私は背後を振り返りました。
そこにはシアターの扉とは似ても似つかない金属製のドアがあり、ドアにはSTAFF ONLYの文字がありました。
その後、映画を観る気にもならなくて、結局その作品は観ないまま公開が終了しました。
あの日、私はどこに迷い込んでいたのでしょうか……。




