看板広告
この間、昼飯を食うために駅前の方に行ったんだ。駅前の方って言ってもうちの職場は駅から近いから、たいした距離もないんだけど。
途中で通るコインパーキングに、前日までには出てなかった看板広告が出てたんだ。
女性が無表情で真正面を向いてる広告。
けっこうインパクトがあってさ。化粧っ気が全然なくて、あんまり美人とも言えない感じの女性なんだけど、どっかで見たことはある。右目の下にほくろがふたつ並んでいて、それがすごく特徴的だったから絶対どっかで見たことある。だけど名前は思い出せない。
テレビで見る有名人なんて顔は分かっても名前が出てこないことが多かったから、そのときは女優あるあるくらいにしか思ってなかった。
飯を食い終わって職場に戻るときも、その広告が目に入る。
広告って普通、テレビ番組だったら番組名、店の広告だったら店の名前とか商品名とか書いてあるもんだろ?
でもその広告には文字は一切書いてなくて、写ってるのは女性の顔だけ。本当にシンプルで、オフィスワーカーみたいなスーツを着てる女の肩から上のショットって感じだった。まぁ、テレビを見てても何のCMだか分かんないようなのもあるからな。見る人によっては何の広告か分かるのかなーって考えてたんだ。
で、その広告は駅と会社の通り道にあるから、仕事の行き帰りと昼飯食いに行くのとで一日に4回は目にする。
通る度に誰だったかなーって思ってたから、無意識にほぼ毎回見てたんだと思う。そうやって過ごしているうちに、なんかその看板の女性とずっと目が合っている気分になってきてさ。
まっすぐに正面を向いてたはずの黒目の部分が、ちょっと動いているような気がするんだ。俺が右からやって来るときは少し右を見てる感じになって、左から来るときには少し左を見てる。通り過ぎるときに「あれ?」と思って立ち止まって見ると、ちゃんと正面を向いてる。
そういうときは俺もちゃんと正面からその広告を見る感じになるじゃないか。だから、なんだか写ってる女性と正面から向き合っているような、不思議な気分だった。
毎日見てるから妙な勘違いをしてるのかなと思ってたけど、ちょっと気持ち悪くなったりもしてきてさ。
だから昨日、後輩に「あのコインパーキングのところにある広告の女性、誰か分かる?」って聞いたんだよ。そうしたら「え、そんなところに広告なんて出てました?」って言われたんだ。あんな目立つ広告なのに見てねぇのかよってなって、後輩と飯を食いに行くことにしたんだ。
休憩時間になって、後輩と連れ立って駅前に向かった。件のコインパーキングが近付いてきたとき、俺は思わず声をあげちゃったよ。
広告があったところにはコインパーキングの値段表がでかでかと貼られてたんだ。
出社したときには間違いなく女性の広告だったのに、広告は跡形もなく消え去ってた。今まで何度も見てたから、別のコインパーキングと間違えてるなんてことはない。
後輩は呆れた顔をして、広告の女性はどんな感じの人だったか聞いてきた。とりあえず、一番特徴的だった右目の下のふたつ並んだほくろを説明した。
そうしたら後輩は少し悩んだような顔をして「あんまり化粧してない感じで、ちょっと目が細い感じですか?」って聞いてきた。他にもいくつか顔の特徴を聞かれたけど、後輩の言う特徴に広告の女性は全部当てはまったんだ。
後輩はもう広告の女性が誰だか分かってるんだなって思って「で、誰なんだよ?」って聞いた。すると後輩はスマホを操作してその画面を俺に見せた。
「それ、半年前に会社辞めた◯◯さんじゃないっすか?」
後輩のスマホには、◯◯さんの送別会で撮られた写真が映し出されていた。
◯◯さんは、確かに広告に写っていた女性だった。
「え、◯◯さん、芸能界に入ったの?」
「それは知りません。でも、地元でお見合いをして結婚することになったから仕事辞めたって聞きましたよ。本人はあんまり望んでなかったみたいですけど」
俺なんかより社交的で社内の情報に詳しい後輩は、妙にいやらしい笑みでこう付け加えたんだ。
「◯◯さん、先輩のこと好きだったみたいですよ? 黙々と真面目に仕事してる姿が誠実で素敵だって」
そう言われて、俺は改めてコインパーキングの広告を見た。無機質な数字が並ぶ看板が、またひとりのときに通ったら◯◯さんの顔になってるんじゃないかと思うとゾッとした。退社するときは、別の道を通って駅に行ったよ。
もちろん、今日も別の道で会社まで行って帰ってきた。遠回りになるから本当はコインパーキングのある道を使いたいんだけど、しばらくはちょっと無理だと思う。
っていうか、そのうち他の看板広告も◯◯さんの顔になったらどうしようって思ってる。




