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もりとき怪談 第一集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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知ってはいけない名前


 これは僕が、趣味でやっているフィールドワークで聞いた、とある土地の昔話です。

 僕は古い民話や口伝の話を集めるのが好きで、連休になると出かけていってはその土地に住む人に話を聞いてまとめています。

 まとめた話は伝聞調ではなく物語として書いているので少し読みにくいかも知れませんがご容赦ください。



 この村には昔から、「知ってはいけない名前」というものがあった。

 それは村の北東にある山の神の名前だ。標高の高くない里山であったが、村人は山の中腹に社を作り、鳥居を設け、日々詣でていた。

 そしてその社の隣には、何も書かれていない石碑が立っていた。本来、石碑にはその社に住まう神の名が書かれているはずだった。

 この土地に村人の祖先が住みついたときに山の神が現れ、自分を祀るための社を山の中腹に建てれば村を守ってやろうと約束してくれた。だが山の神は自分の名は誰にも教えてはならないとも言った。自分の名を呼ぶ者がいれば、自分はその者を攫うだろうと。


 村人は山の神の言葉を信じ、社を建てて祀った。

 山の神の戒めを忘れぬようにとあえて名を刻まぬ石碑を立てて、「山の神の名前を知ってはいけない」と子どもにも教えていた。

 そうやって戒めると、必ず疑問を持つ子どもが出てくる。

 弥助は好奇心が強く恐れ知らずの子で、どうにかして山の神の名前を知ろうとした。だがそれは無理なことだった。山の神の名を知りたいと思っても、肝心の山の神の名を誰も知らないのだ。

 それで弥助は思いついた。

 もしかしたら社の中に、山の神の名が記されているかも知れない。

 弥助は村人の目を盗んで社に行くと、その小さな観音開きの扉を開けた。中には古い巻物が納められている。

 巻物の帯をすっと解き、弥助は巻物を広げた。そこには文章が記されていた。そこで弥助は、自分の失態に気が付いた。

 弥助は文字が読めなかったのだ。記された文章の中に山の神の名前があったとて、弥助にはそれを読むことができない。文章の中に山の神の名前があるかすら分からないのだ。

 弥助は意気消沈して巻物を元に戻した。


 弥助は腹立ちまぎれに社の隣の石碑を蹴飛ばした。

 石碑はびくともしなかったが、よくよく見てみると表面に何か書かれている。これまで何度となく石碑を見る機会はあったが、この石碑には何も書かれていないはずである。

 何が書かれているのか確かめようと、弥助はてのひらで石碑を擦った。するとやはり、文字が書かれている。

 文字の読めない弥助であったが、なぜかその文字の意味が頭の中に浮かんだ。

 その瞬間。


「よんだね」


 と聞こえてきた。

 男の声とも、女の声とも分からなかった。

 風に梢がざわざわと鳴って、弥助は恐ろしさに山を駆け下りた。

 やっとの思いで家へと逃げ帰り、祖父にことの次第を打ち明けた。祖父は村長に相談し、その夜は村の若い衆が集まって弥助の家を取り囲み、寝ずの番をおこなうことになった。

 布団で眠る弥助の枕元には父がついていたが、明け方の一番鶏が鳴く前に父が瞬きをしたその間に弥助の布団はもぬけの空となっていた。



 以上が、僕がその土地で聞いた昔話です。

 実際にその社にも案内してもらいました。何度か立て直しが行われたとのことで、古びてはいましたが壊れたところはありませんでした。そしてその社の隣に、何も書かれていない石碑もありました。

 案内をしてくれたおばあさんは、社の建て直しをしたときのことも覚えていらっしゃいました。神職を呼んで古い社に納められていた巻物を新しい社に移したとのことです。

 冗談交じりに「中の巻物を読んでみるか」と言われましたが、丁重にお断りしました。


 しかしなぜ、山の神は自分の名を知ることを禁じたのでしょうか。

 日本では古来より「名前」を使って呪をかけるということがおこなわれてきました。さすがに人間が神様に呪をかけるなんてことはないでしょう。

 もしかしたら神にとっても名前を知られると都合が悪いことがあったのかもしれませんね。



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