表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もりとき怪談 第一集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/44

白銀の櫛


 小学生の頃に地域の老人から土地に伝わる古い物語を聞く会みたいなのがあって、これはそのときに聞いた話。


 俺の住んでるところは、見渡す限り山しかないような田舎。

 昔から林業が盛んで、山に入って木を伐る人のことを(そま)って呼んだんだって。

 今日の仕事を終えて家に帰ろうってときに、一人の杣が白銀の櫛を見つけた。

 見事な細工の施された櫛で、こんな山奥に落ちているのが不自然なくらい高価なものに見えたそうだ。

 仲間の杣たちと「町で売れば一財産になるんじゃないか」とか「どこかからお姫様でも駆け落ちしてきたんじゃないか」とか、冗談を言い合いながら家へと帰った。


 櫛を拾った杣は、家でひとり拾った櫛を眺めていた。

 見れば見るほど美しい櫛で、いつまで眺めていても飽きるということがなかった。

 そうしてうっとりと眺めていると、戸を叩く音が聞こえる。杣は櫛を着物の合わせの中にしまい、応答した。夜もだいぶ更けていたから、杣仲間が明日の仕事のことで何か伝え忘れたことでもあって、慌ててやって来たんじゃないかと思ったんだ。


 戸の前に立っていたのは、里では見たことのない美しい女だった。女は白い着物に白い打掛といういで立ちだった。

「私の主様が落とした櫛を、山で拾わなかったか?」

 女はそう言った。

 杣は無意識に、合わせの中の櫛を握った。

 杣には目の前にいる女が人間ではないことが分かっていたんだ。小さな里だから、住んでる人間の顔なんて全員把握している。こんな夜更けに、若い女がひとりで杣の家にやって来るなんて考えられない。しかも貧しい里でこんな立派な着物を着ている人間なんているわけがない。


 杣は、櫛を返したくないと思ったんだ。すっかり櫛の美しさに魅了されてたんだな。

 だから杣は、「櫛なんて知らんな」と答えた。

 女は押し黙り、目を細くして杣を見つめた。女の顔立ちは美しいが、ずっと見つめていると恐ろしくなってきた。背筋がゾクゾクと冷えてくる。


「素直に返すのならば、こちらとしても穏便に済ますのだが……」

 そう言うと、女の体がにょろりと伸びた。伸びた体が杣に巻きついてぎゅうぎゅうと絞めあげる。関節のなくなった女の腕が杣の合わせから白銀の櫛を抜き去った。

 女の顔はいつの間にか目と目の間が離れ、鼻はなくなって穴だけになり、口は大きく裂けていた。大きく裂けた口から赤くて長い舌が伸びて、ベロベロと杣の顔をなめる。


 杣はこのままではこの女に食われてしまうと思って、泣いて命乞いをした。

 怯える杣を見て女は満足したのか、元の美しい女に戻った。

「杣は山を整える大事な仕事だ。今日は見逃してやろう。これからも良く山を守れ」

 そう言い残して、女は杣の家を後にした。

 翌日、杣は昨夜あったことを里のみんなに伝え、山に落ちている物は山の神様の物だから、拾わずに山へ返すようにと言い伝えられるようになったんだ。


 何で俺がこんな昔話をしたかって言うと、実は俺、山で遊んでたときに白銀の櫛を拾ったことがあるんだ。

 櫛を見つけたときはこの話を聞いたあとだったから、これはもしかしたら杣が拾った櫛なんじゃないかと思った。話にあった通り見事な細工だった。流れる川と紅葉の模様だったと思う。確かに眺めれば眺めるほどきれいで、手放したくないと思えるような櫛だった。


 ふと視線を感じて顔を上げると、木と木の間から、白い着物を着た女がこちらを見ていた。

 女に気付いた瞬間、周囲の温度が10度くらい下がった気がした。

 顔立ちはすごい美人。でもその美人が無表情でこっちを見てる。しかも山の中で着物だなんて、明らかに異質だ。それまで聞こえていた風が木の葉を揺らす音とか、鳥の声が急に聞こえなくなって、辺りはしんと静まり返ってた。

 あの女が、話に聞いたように体が伸びるんだろうかと思うと、怖くて仕方なかったよ。俺はこの状況をどうにかしなきゃと思って、とりあえず櫛を持ってその女に近付いたんだ。

 それで素直に「これ、お姉さんのですか?」って聞いた。


 女はにっこり笑って「君が拾ってくれたの?」って言いながら櫛を受け取った。

 声を聞いたら全然怖くなくて、俺はほっとした。櫛を渡したときに女の手に触れたんだけど、体温なんて存在しないみたいにひんやりしてたな。

「私の主様に君のことを話しておこう。親切な人が櫛を拾って届けてくれたと」

 女はそう言うと、俺に一礼してから山の奥へと消えていった。


 この一件以降、俺はなんとなく運が良くなったんだ。何しても上手くいくって感じ。

 今はフルリモートの仕事に就いて在宅で働けてるし、給料もけっこういい方。この辺りで一番美人って評判の嫁さんがいて、子どもはふたり。何の不自由もなく暮らしてる。

 でも、ここから離れると駄目。県外の高校に通ってゆくゆくは東京で暮らすのが夢だったんだけど、受験会場に着く前に事故にあって長期入院することになっちゃって、結局地元に残った。それからもちょっと離れるとケガしたり、荷物を盗まれたり、本当にいいことがない。


 地域のジジババに言わせると「山の神様は女性だって言うからな、お前は気に入られたんだろう」ってことらしい。

 俺ももう、この土地に骨を埋めることにしたよ。どうしても他所に行くときは「◯日までには帰ってきます!」って山の方に報告してから行ってる。そうすると山の神様も安心するのかケガとかはしなくなったな。約束をやぶったら何が起こるか分からないから怖すぎる。

 今では俺が地域の子どもたちに昔話を聞かせるボランティアをしてる。

「この山には何度も櫛を落とすおっちょこちょいの神様がいるから気をつけろよ」って子どもたちに教えてるよ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ