018
「…本当にここにくるのでしょうか、精霊騎士様」
マリオンはゴブリンの襲撃地点をエドヴァルトと同じ村の北側と予測をしていたからこそ、この場所を石や瓦礫を集める場所として選んでいたわけだが、時間がたつにつれて不安になってきているようだ。
そんなマリオンを落ち着かせるようにエドヴァルトは説明する。
「この村の南側は岩場に囲まれているから大軍で一気に攻めるのは難しいだろ。だから平地が多い北側がくると思うよ。なによりあの規模のゴブリンの集団がこの程度の村を攻めるのにわざわざ迂回してくることはないだろうね」
基本的にゴブリンは頭があまりよくないので、襲撃する際には考えなしに正面からくることが多い。
特に今回のゴブリンの大群は村の北側からせまってきているので、わざわざ攻めにくい南側に回らないでそのまま北側から攻めてくるだろうし、千匹もいる事を考えると数にまかせて突撃してくるのはほぼ間違いないだろう。
「それはわかっているんですが、わたくし戦うのは初めてですから…」
マリオンはうつむいて少し震えている。
(たいていのシスターはそうだろ。怖いなら無理にここに居なくてもいんだけどな)
エドヴァルトは村の人たちと一緒に避難しておくように言ったのだが、本人がどうしても「ここでお手伝いしたい」と申し出て来たのでマリオンはここに留まっているのだ。
(自分から言ったのに…ちょっと面倒くさいな)と思いながらもエドヴァルトは励ましの言葉でもかけようと、まだ震えているマリオンの顔を見るがすぐにその気持ちはなくなってしまった。
「うー、わたくし待ちきれませんわ!母神様、見ていてください!わたくし、やります!」
震えていたのはどうやら武者震いのようでマリオンは戦いを前にした高揚感を隠せないようで、その目は闘志に燃えている。
(どういうシスターなんだよ、マジで…)
創世母神に祈っているその姿が猛々しすぎて、まるでファイティングポーズをとっている様にエドヴァルトには見えるのだった。
*
「改めて見るとすごい数ですね…」
駐留兵の一人が深刻な表情で誰に言うでもなくつぶやいている。
ついにゴブリンの群れがエドヴァルトたちにも目視できる位置まで迫ってきたのだ。
千匹近くいるのでエドヴァルトたちがシスターマリオンを含めてもたった6人しかいない(駐留兵のうち1名は避難している村人共にいる)事を考えると比較するのも馬鹿馬鹿しいくらいの戦力差だ。
緑の森が近づいてくるような大群に駐留兵たちは息を飲むが、エドヴァルトは落ち着いて指示を出す。
「もう少し近づいてきたらボクが攻撃するから。大丈夫、ここは突破させないよ」
実際にゴブリンの大群を目にしても余裕を感じさせるほどエドヴァルトは冷静だ。
そして、ゴブリンが残り500メートルまで近づいた時に動いた。
「気まぐれな風猫よ、我が声に耳を傾け力を示せ」
エドヴァルトが契約精霊である風猫を呼び出して、命令する。
薄い黄緑色をした猫がエドヴァルトの側に現れて(精霊なので普通の人間には見えないが)一声鳴くと、猛烈な勢いで石や瓦礫が飛んでいき、ゴブリンたちを貫いていく。
同時に百以上の数で飛んでいくそれは先頭にいた数十匹のゴブリンを一瞬でなぎ倒す。
休む間もなく飛んで行く石や瓦礫の雨にゴブリンの大群はあっという間に蹂躙されていく。
石の弾丸が飛んでいくスピードはすさまじいもので、前を進んでいた者の頭が欠けている事に気付く間もなく次のゴブリンは喉を貫かれ、さらにその後ろにいたゴブリンの胸に突き刺さっている。
先頭にいた数百匹のゴブリンが数分で屍と化した光景に駐留兵たちは思わず全員顔を見合わせる。
「これは勝てるのかな…?」
「そうらしい」
「現実だよな…?」
「そうらしい」
駐留兵たちはエドヴァルトの繰り出す攻撃(実際には風猫がしているのだが)のあまりの威力に唖然としてしまい、目の前の現実を受け入れるのに時間がかかっている中で、
「すごい!すごいです!さすがは精霊騎士様!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら歓声をあげてマリオンだけが騒いでいる。
この光景を見て素直にはしゃげるのはなかなか肝が据わっている。精霊騎士の圧倒的な攻撃を初めて見た者は普通、この駐留兵たちみたいにろくに言葉がでないものだ。
なにより魔法の知識があるマリオンにはこれがいかにめちゃくちゃな事をしているとわかっていながら、驚きよりも興奮が勝っているのがこのシスターのヤバいところだろう。
このまま一方的な虐殺が続くかと思ったが3分の一ほどがやられたところで、さすがにゴブリンたちも攻撃をさけるための行動をし始める。
村の北側は開けているのでほとんど平地だが、それでも少しは岩や木があるのでゴブリンたちはその数少ない木や岩陰に避難する。
(やっぱりこうなったか。魔法騎士が残っていればやつらのしょぼい炎魔法とかでもあぶり出せるのに…)
エドヴァルトは魔法騎士たちが残っていれば対応できたのに、と今さらながらに惜しんでいる。
風猫は同時に多くの物を運ぶのは得意だが、それは全て同じ方向に直線的にしかできない。こういった遮蔽物があると効果が一気になくなってしまう。なんとかして隠れている場所から引きづりだしたいところだが…。
「皆様、あの岩陰に矢を放ってください!」
そう言いながらマリオンは自ら弓を引いて山なりに矢を放つが、ひょうっと音を立てて弓を引くその姿は思いのほか様になっている。
それに続いて四人の駐留兵たちも同じ場所に同じように山なりに矢を放つ。
岩を避けるように山なりに矢を放っているので威力はあまりないが、何匹かのゴブリンたちがそれを避けようと出てきたところを風猫の飛ばす瓦礫の弾丸が正確に貫いていく。
矢での攻撃は攻撃魔法と違って威力や範囲が狭いので、あまり効果はないが今できる最善の策をすぐに実行するマリオンはやはり戦術眼が優れている。
近づくのをあきらめたゴブリンたちは遠くの物陰から矢を放ってくる。粗悪な手作りの矢なので威力も飛距離も大したことはないのだが、いかんせん数が多い。
こちらの戦力の少なさを考えると届けば十分脅威になる攻撃なのだが、そのすべてがエドヴァルトたちに近づく前にあらぬ方向に飛んでいく。
どうやらこれもエドヴァルトが風猫にさせているらしい。
もっとも、そのほとんどが離れすぎているためにこうして防御しなくても届かなかっただろうが、完全に防げるという事実は駐留兵たちを安堵させる。
しかも、物陰から姿を現わしたゴブリンたちの何匹かは風猫の飛ばした瓦礫にしっかり反撃されているのだから、精霊騎士のすごさに改めて感嘆する。
その後もゴブリンたちは遠くから矢を放ってくるが明らかに勢いがないのを見て、
「このままなら勝てますね!」
「さすがは精霊騎士様!」
「お見事です!」
駐留兵たちもようやく緊張がほどけてきたのか、もはや勝ちは見えたとばかりに口々にエドヴァルトを称賛するが、
「でも、このやり方では日が暮れてしまうとゴブリンたちは侵攻を再開すると思いますが」
とマリオンが当然考えられる心配を口にする。
そうなのだ。日が暮れて夜目が効くゴブリンが闇夜に紛れて侵攻してくると石を当てる事は難しくなるだろう。
魔法騎士がいれば明るく照らすこともできただろうが、普通の松明程度の明るさでは迫りくる敵を狙い撃つのはまず不可能だ。
「だから時間を稼ぐっていったろ。ボクがしてるのは勝つためじゃなくてあくまで時間稼ぎだから」
いつの間にか勝つことにされていたエドヴァルトが改めて自分の意図を説明するが、
「ですから魔法騎士様がたちが援軍を呼びに行った町にはどんなに急いでも日暮れまではかかります。そうなると日暮れ以降もしばらくは時間を稼がないと…」
戦術的に考える事ができるだけにまだ不安を払拭できないマリオンに、
「日暮れまでで十分なの。魔法騎士たちがが手を抜かずに知らせに行けば日暮れには連絡がつくんだろ?騎士長ならそれで十分なんだよ」
エドヴァルトは平静な顔でそう答えながら(あの魔法騎士たち、途中でさぼらないだろうな)と自身も一抹の不安を抱くのだった。
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次回はようやく主人公登場です。




