015
「全員、すぐに準備だ!急げよ!」
部隊長の力強い一言でにわかに荷物をまとめ始める魔法騎士たちの行動はさすがに早い。しかし、その様子はよく見るとゴブリンたちとの戦いにおもむく準備というよりは、この村から部隊ごと撤収するためのように見える。
(えっ、逃げるのかよ。…あれだけボクの事批判しておいて判断早いなあ)
エドヴァルトは自分がクゥーラの事件を起こした時でも、このまま村から立ち去るかもう少し考えたものだ、と思いながら分厚い冊子を取り出して読み始める。
ゴブリンの大群が村に近づいてくるというのに撤退準備を始めた魔法騎士たちと、なぜか冊子を読み始めるという謎の行動をする精霊騎士に駐留兵は動揺する。
「どっ、どうされたのですか?ゴブリンを撃退していただけるのでは…」
縋りついてくる駐留兵に対して魔法騎士の部隊長は少しだけ手を止めて面倒くさそうに振り返ると、
「貴様も水晶玉に映ったゴブリンの数を見ただろう。あれに対処するにはこちらも数が必要なのだ。だから我らはこの村を救うために他の町に援軍を呼びに行くのだ」
「…援軍を呼びに行くだけなら私か他の駐留兵が呼びに行きますが」
暗に(魔法騎士たちはここに残って村を守って欲しい)と駐留兵は遠慮がちに申し出るが、
「バカ者!貴様ら程度が行ったところですぐに軍が動くものか!援軍を呼ぶならばそれなりに地位のある者がいかなければうまくいくものもいかないのだ!駐留兵でありがならそんな事もわからないのか!王国の正規の騎士である我らが援軍を呼びに行く、それがこの村を救うための最善の行動なのだ!」
部隊長は後ろめたさをごまかしているかのように駐留兵を一喝する。いや、実際ごまかしているのだろう。
ただ、これ以上の反論を封じるためにあえて怒鳴りつけているのだ。いわゆるパワハラ上司的なやり口だろう。
(うまい事やるなあ。こうやって逃げた事にしないのか。嫌なやり方だけど…)
精霊騎士エドヴァルトは冊子を読みながら変な事に感心している。
すっかり萎縮している駐留兵の情けない表情には同情しないわけでもないが、今は『精霊騎士マニュアル』の『単独行動時の緊急事態の対応について』を読みこんでいるため口を挟む余裕がない。
この『精霊騎士マニュアル』は元々自分の失敗のせいで騎士長であるヨハンが内務大臣に作らされた物なので、いってみればエドヴァルト用に作られた物だ。
クゥーラの件で騎士長に迷惑をかけたことを考えると、さすがにこのマニュアルを無視するのは申し訳ない気がして今回はマニュアル通りに行動しようとしているのだ。
もっとも、ヨハンがこのマニュアルを渡した時に「あくまで判断する時の目安でいい」という言葉はすっかり抜け落ちているのがエドヴァルトらしい。
そんな謎の行動をするエドヴァルトをいない者のようにして駐留兵と部隊長のやり取りは続く。
「待ってください。せめて半数は我々と残って村の防衛に当たっていただけませんか。そうしていただかなければこの村は…」
駐留兵は必死の形相で部隊長に食い下がる。自分の行動がこの村の命運を握っているとわかっているのだ。
「えーい、はなさんか!我らは王国の騎士団なのだ!一時の感情で動くことなど許されないのだ!」
「そう言われずにお願いします。どうかお願いします」
頭を下げ続ける駐留兵に部隊長は意味深な笑みを浮かべると、
「ははあ、貴様の魂胆がわかったぞ。おおかたここに残ったら危険なので我らについてきたいのだろう?仕方のない奴だ。よし、貴様のみはついてきてもいいぞ」
と見当違いの事を言って駐留兵を唖然とさせている。その様子を見たエドヴァルトは、
(うわぁ、わるぅ。ボクは精霊騎士でよかった…)
悪辣な者が部隊長として出世している魔法騎士団という組織の現実に、自分は精霊騎士でよかったと心底思っている。
組織としての風土が自分の様な者には合わない。若いエドヴァルトは魔法騎士団に入っていたらすぐにもめて辞めていただろう。
「精霊騎士殿は何をグズグズしている!我らは先に行ってしまうぞ!と言っても、精霊騎士殿は我らの指揮下ではないから好きにされてもいいが…。もっとも、貴公の意向は聞くまでもないだろうがな!」
一応、声をかけてやるとばかりに恩着せがましく言ってくる部隊長は当然自分たちと一緒に行くと思っている。
しかし、エドヴァルトは、
「ボクはこの村に残りますよ」
と冊子を閉じて静かに答える。その様子は慌てふためいていた魔法騎士たちや駐留兵とは対照的だ。
かなりの余裕を感じさせるその姿に、部隊長は同格であるという立場を忘れて思わず怒鳴りつける。
「バカな!状況が分かっていないのか!ゴブリンとはいえ千匹もいるのだぞ。ここで我らだけで戦っても犬死にするに決まっている!この場合は援軍を呼びに行くのが最善手なのだ!ここで撃破されて貴重な王国の戦力である魔法騎士を失うわけにはいかないだろう!」
「ゴブリン千匹くらいならボクとあなたたちが居れば守りきれるはずです」
「話にならんな!己の力を過大評価するにもほどがある!おおかた逃げるのがカッコ悪いとか、村を守るという英雄的行為をしたいと思っているのかもしれんが、現実を直視するのも騎士たるものの務めだぞ!」
(現実を直視して行動してたらあんたらにバカにされてたんだけどね)
都合のいい事を言う部隊長に、
「逃げるんですか?魔法騎士は少数精鋭なので逃げるには都合がいいですね。王国の戦力も大事でしょうが、援軍が到着する前にゴブリンたちがこの村に攻めて来たら駐留兵だけではとても防ぎきれませんよ。そうなったらこの村は全滅します。この村を見捨てるんですか?」
ここぞとばかりにやり返すエドヴァルト。それに対してこれ以上話しても無駄だとばかりに、
「ふんっ!我らは同行を促したからな!」
魔法騎士たちは捨て台詞を吐いて馬を走らせていく。
「はあ…。『精霊騎士たるもの最終的には国民の安全を最優先した行動をする』か。これを書くんならマニュアルなんかいらなくないかな~?」
エドヴァルトはあっという間に姿見えなくなった魔法騎士団たちが向かった方向を見ながらマニュアルをカバンにおさめる。
「あの…」
「とりあえず、他の駐留兵も呼んできてくれ。対策を練らないといけないからね。さすがにボク一人じゃどうにもならないし」
「残って…頂けるんですか?」
駐留兵が恐る恐る確認してくる。
「そう言ったつもりだけど。迷惑かな。まあ、迷惑でも残るけど」
「とんでもありません!感謝いたします!こう言っては失礼ですが、精霊騎士様が残られるとは思いませんでしたので…」
魔法騎士たちが毎日のように声高にエドヴァルトをバカにしていたのを駐留兵も知っている。だからゴブリンの襲来を報告にはこの精霊騎士が真っ先に逃げ出すと思っていたのだ。
「まあ、そうだろうね。でも、マニュアルに書いてあるからね」
「マ、マニュアルですか?」
なんのことかわからない駐留兵は怪訝な顔をするがすぐに他の駐留兵たちを集めるために駆けだしていくのだった。
マニュアルが役立つという稀有な例ですね。




