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「それにしてもどんな精霊なんでしょうね。ここの主は」
ガブリエルの疑問にヨハンが質問で返す。
「エドヴァルトの報告書は読んだのか?」
「確かデカい蛇のような見た目って書いてましたね。そうすると水大蛇あたりですか」
「ああ。水大蛇だとすると結構やっかいだろう。水の精霊でも高位だからな。エドヴァルトの手には余るだろう」
水大蛇。水の精霊では神級一歩手前、という強い精霊である。ガブリエルの持ち精霊で一番強い土大猿なら相性がいいのでギリギリ勝ち目があるかもしれないが、それでもできるだけ戦いたくない相手だ。
というか今回のように問題になっていなければ初めから関わらない相手だろう。精霊使いとして優秀だとされる者は、強力な精霊と契約できる者よりも、危険な精霊との契約を避ける者なのだ。
もっとも、今回はガブリエル一人ではなくヨハンがいる。ヨハンの一番強い精霊はおそらくあの金髪の精霊だろうが、あの精霊なら神級が相手でも互角以上に戦えそうなので水大蛇程度なら問題ないと思っている。
「そう言えばあの金髪の精霊って何の精霊なんですか?」
「あいつか?あいつは雷の精霊だよ」
ヨハンは機嫌悪そうに答える。
「あ~、雷ですか…」
ガブリエルも微妙な反応になってしまう。
(雷の精霊か。水の精霊との相性は最悪だな。でも、俺と力を合わせればなんとか押し切れるかな)
雷の精霊は水の精霊にはかなり弱い。先ほど神級相手でも互角以上に戦えるといったが、何にでも例外はある。雷の精霊の攻撃は水の精霊にはほぼ効かないのだ。ただ、それでも自分の土の精霊と一緒にやれば大丈夫だろう、とその時までは思っていた。
*
やがて洞窟の最奥の主がいる場所に着いた二人。物陰からそっとこの洞窟の主の姿を見ながら、
「確かデカい蛇のような見た目って書いてましたよね!?」
先ほどと同じように確認するガブリエルだが、声は完全にうわずっている。
「そうだな」
対照的に落ち着いて答えるヨハン。しかし、ガブリエルは落ち着いてはいられないようだ。
「ガッツリ、竜じゃないですか!あれ!どー見ても竜ですよ。あいつはどんな目をしてるんですか!青竜?水竜とでもいうんですか?どっちにしろ竜と大蛇では大違いですよ!なんであれ見て契約できるとか思ったんですか!マジで意味わかんないですよ!怖いわ~、マジで怖いわ~、あれと契約しようとしたエドヴァルト、マジで怖いわ~!」
ガブリエルはヨハンが一人で愚痴をこぼしていた時のようにエドヴァルトを批判しているが、
「まあ、新人だからなあ。仕方ないんじゃないか」
結構マジな顔で言っているヨハン。
(あっ、そういえばこの人新人にはめっちゃ甘いんだった…)
とヨハンが愚痴をこぼしながらも、すでに(新人だから仕方ない)と自己完結していたことを思い出す。
だが、ガブリエルが言うように竜と大蛇では大違いだ。大蛇も相当強いが竜なら間違いなく神級精霊だろう。しかもおそらく水の神級だ。力押しでもどうにかなる。の線は捨てた方がよさそうだ。
「落ち着けよ。精霊に舐められたら終わりだぞ」
そう言う、ヨハンは先ほどから冷静そのものでいかにも頼りになりそうだ。
「ではいくぞ、ガブリエルは後ろに控えているといい」
そう言って一歩前に踏み出したヨハンにガブリエルは大人しくついていく。
やがて竜がヨハンたちに気付いて、威厳を帯びた低く重みのある声で語り掛けてくる。
「人間よ、ここはわしの領域だ。何用でここに来たのだ」
その内容は思ったより攻撃的ではない。こちらの意図を確認している。
(すぐに『立ち去れ!』とか言われると思ったけど、話の分かるタイプなのか?)
ガブリエルはそう思うが、これこそがエドヴァルトが話が分かると勘違いして、ついつい契約しようとした原因なのだ。
ガブリエルの契約している精霊で一番強いのは土大猿で、これも高位の精霊として強い力を持っていたので契約する時にはかなり苦労しているが、契約の時の態度は初めから敵意をむき出しにしていてわかりやすかった。
精霊は基本的には人間とちがって素直に感情を表に出して隠さない。その態度は単純だと言ってもいい。
しかし、神級の精霊は違う。一見友好的に見えてもそれはあくまでも見せかけだ。そう簡単に腹の中を見せないのだ。
(神級の精霊は卓越した能力を持っているが、それ以上に意地が悪いからな)
神級の精霊をよく知っているヨハンは竜の礼節をわきまえた態度をそのまま受け取っていない。あくまで丁寧に接していく。
「私はクギョウロキ王国の精霊騎士、ヨハン。先日は私の部下があなた様に非礼な事を致しましたので、そのお詫びに参ったのです」
「ほう、貴様は一応名乗りはできるくらいの礼儀はあるようだ。いきなりわしに契約せよと迫るような奴とは違うということか。わしは水竜神クゥーラ。貴様らで言うところの神級の精霊というやつになるな」
(やっぱり神級か!オーラが半端ないもんな)
ガブリエルはそう思いながらもどこか余裕がある。それだけクゥーラの態度には敵意が全く感じられないのだ。
「クゥーラ様。数々のご無礼をどうかお許し下さい」
「くくく。許さないと言ったらどうする?」
今も許さないと言いながらもクゥーラは別に怒っているふうでもない。うっすらと笑みを浮かべているその様子は人間たちの反応を楽しんでいるようなのだ。
(さて、騎士長どうするんです?何か手があるんですよね?)
ガブリエルがヨハンの方を見ると、ヨハンは大きくうなずく。
「そうですね。では…」
ヨハンは大きく息を吸い込むと、
「すいませんでしたー!この度は本当に、本当に、申し訳ございませんでしたー!」
地面にすごい勢いで頭を付けてクゥーラに土下座している。
「騎士長?」
あっけにとられているガブリエルの頭をつかんで、
「ほら、お前も頭を下げる!こうやって!」
とガブリエルにも土下座を強要してくる。
(ええーっ、マジかよー!)と思いながらもガブリエルはヨハンとともに頭を下げる。
頭を限界まで地面に近づけた状態でヨハンは口上を続ける。
「この度はすみませんでしたー!わたくしたち人間程度が調子乗ってクゥーラ様に契約を迫るなんてあってはならない事です!ホント、クゥーラ様に対して申し訳なかったです!あっ、遅くなりましたがこれはほんのつまらない物ですが…」
と、どこで買ったのか菓子折りのような物を差し出している。どうやらこれがヨハンが『準備してきた物』らしい。
(いや、こんな物で機嫌が直るはずが…)
そう思うガブリエルだが
「ほう…」
と意外とクゥーラは嬉しそうに目を細めている。
さらにヨハンの口上は続く。
「こちらは王都でも名職人として名高い菓子職人が最高級の材料で作った一日5個限定の焼き菓子です。クゥーラ様の高貴なお口に合うかはわかりませんが私どもの誠意の証としてぜひとも受け取っていだだきたいのです!」
ヨハンが『手に入れるのに苦労した』ともったいぶっていたのは単純に品薄のため購入が難しいという事だったようだ。
「わしが甘味が好きと言うことを知っていたのか?よく調べたな」
「はい!格の高い精霊様と言えば甘味!と知り合いの者がいっておりましたので」
『知り合いの者』は恐らくさっきまでいたヨハンの契約精霊だろう。
「うんうん。わかっているではないか」
どうやら水竜神の機嫌は少しはよくなってきているようだ。
全く読まれている雰囲気はないですが、ストックはあるので更新していきます。




