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 人情…人としての『思いやりや情け』を現わす言葉としてのイメージが強いですが、『ありのままの感情』を現わす言葉でもあるようです。この物語はどちらかと言えば後者の意味での人情噺です。

 そんな『ありのままの感情』を隠したり、時にむき出しにしながらも、人間らしく生きる者たちの物語をご覧ください。



 辺境にある小国、クギョウロキ王国の一室で精霊騎士エドヴァルトが内務大臣に叱責されていた。


 「何をやっているのかねぇ、君はぁ。今の状況がどれほどの事態なのかわかっているかぁ?貴様はとんでもない失態をしたんだぞぉ。あ~、わかってない顔だなぁ、それは。その顔はわかってないわぁ、あ~、わかってない、わかってないわ~!!」


 薄くなり始めた頭髪を匠の技で整えて見事にごまかしている大臣は神経質そうな面長顔に青筋を立てて怒っているが、その細めた眼にはまるで冷たい蛇の様な執念深さが感じられた。


 しかし、その粘りつくような視線にさらされても平然としているエドヴァルトに、さらにイライラを募らせた内務大臣の叱責が続く。


 「すぐに責任を取れぃ!いますぐに責任を!責任、責任だよ、君ぃ!責任を取る必要があるよぉ、君は絶対に責任を取らないとまずい事になるよぉ!」


 『責任を取れ』と言いながら、大臣はどうやって責任を取るのか全く指示をしていない。まともな上司なら、ただ叱責するだけでなく解決策を提示するものだが、この大臣に出来るのは長い時間を使った無駄としか言いようのない『指導』だけだ。


 実は今回の件はすでに新人騎士にはどうやっても責任を取りようがない事態になっている。


 言ってみればこの精霊騎士エドヴァルトの力量を遥かに超えた問題なのだ。


 それが分かっていながら大臣は『指導』のためにこうして叱責しているのだが、


 (だいたいお前の中で答えは決まってるんだろう。それをさっさと言えよ。無駄なんだよ、このやり取り)


 頭を下げながらもエドヴァルトはそんなふてぶてしい事を考えている。


 「申し訳ございませんでした…」


 開いているかどうかもわからないような糸目の目線を下げたままボソッと言うエドヴァルト。


 口では謝罪こそしているが大臣の方を全く見ようとしていないその態度にはしぶしぶ謝罪しているという本音が透けて見える。こうなるとますます大臣は怒り心頭になっていく。

 

 「いっ、意味のない謝罪などは要らぬわぁ!貴様程度の者の謝罪に何の価値もないぃ!私は責任を取れと言っているのだぁ!この事態にどう対処するのかをきいているぅ!わかっているのか、わかっているのかぁぁ!これは貴様ら精霊騎士全体の責任だぞぉ!対処だ、対処!!貴様らは神級の精霊を怒らせたのだぞぉ!このまま放っておくと近隣の村にどれだけの被害が出るかわからないのだぞぉ!対処!対処!対処ー!」

 

 顔を真っ赤にしてにして『対処!』を繰り返している大臣の様子にエドヴァルトは(同じ言葉を繰り返してるのちょっと面白いな)と思うが、その顔は無感情を貫いている。


 逆に新人精霊騎士に付き添ってきていた上司である精霊騎士長ヨハンの方はその人の好さそうな顔を青くしていた。


 そして、いつの間にか今回の問題が精霊騎士全体のせいにされている事に(まあ、そうなるよな。はあ…)と声にならないため息を飲み込んでいる。


 ここで精霊騎士について簡単に説明したい。

 

 精霊騎士とは精霊と契約してその力を借りて魔法を行使する騎士のことだ。


 個人の魔力だけで魔法を発動させる通常の魔法に対して、精霊騎士は契約した精霊の力を借りて術を行使するので魔力の消費はかなり少なくてすむ。精霊を呼び出すための魔力さえあれば後は術者の魔力は使用せずに精霊が自らの魔力で力を発揮してくれる。


 そのため強力な力を持つ精霊と契約すれば人間の限界を超えた高威力の魔法を連発して使う事も可能なのだ。


 言い換えるなら精霊魔法は究極の省エネ魔法と言っていい。


 それなら皆が普通の魔法を習得せずに初めから精霊と契約して魔法を使う方がいいのだろうが、そう簡単にはいかない理由がある。


 実は精霊と契約できる素質を持った者は数少ない。こればかりは生まれつきの素質(精霊の姿が見える、声が聞こえる、話ができる、好かれやすいなど)が大きく、精霊騎士になるには努力ではどうやっても克服できない部分があるのだ。


 しかし、こういった生まれつきの素質が条件だとしても、その有用性は実に高いので精霊騎士になれる者はどの国でも引っ張りだこだ。


 実際のところ、精霊騎士が5人もいればこの辺りなら近隣の国にかなりデカい顔ができる。


 ただ、いくら有用であっても精霊と契約していない精霊騎士はその真価を発揮しない。


 力を行使するためには精霊騎士は契約精霊を増やさなくてはいけないのだ。それもできるだけ強力な精霊が望ましい。


 実は今回の問題もその契約にあった。


 先日、クギョウロキ王国の地方の洞窟で精霊反応が察知された。その時たまたま近くにいたのがこの新人精霊騎士エドヴァルトだ。


 精霊反応は遠方からでも察知できるが、どのような精霊なのかは実際に行ってみないとわからない。そこで精霊騎士長であるヨハンはまずは近くにいたエドヴァルトに精霊の『調査』を命じたのだ。


 あくまで『調査』である。もちろん精霊と契約できるにこしたことはないが、契約にはリスクを伴うものなので精霊の正体がわかってからでいいと思っていた。


 しかし、エドヴァルトがいざ精霊の元に行ってみると、かなり強力な力を持った精霊だとわかったので欲が出た。

 

 つまりエドヴァルトはその場で自分の精霊として契約しようとしたのだ。


 しかし、それが失敗だった。未熟な新人騎士であるエドヴァルトは契約に失敗しただけでなく、その精霊の怒りを買ってしまったのだ。


 そもそも強力な力を持つ上位の精霊と契約するのはかなり難しい。契約の対価に無理難題を押し付けてくる事が多く、ベテランの精霊騎士でも失敗する事があるくらいだ。


 特に自然を操る系の精霊相手だと機嫌を損ねれば周辺を巻き込む大災害になりかねない。


 いや、実際に今回は現在進行形で大災害になりかけている。今回の精霊が住処としている洞窟の近隣の村々で一時猛烈な大雨が降った。それこそ雲一つなかった晴天から一変して雨雲が空を覆いつくしたか思うと、天の底が抜けたかと思う様な大雨が降り続いたのだ。


 もっとも、川が氾濫するギリギリでやんだので大きな被害こそでなかったが、その後も厚い雲が何日も村々を覆っている。これは間違いなく精霊の脅しだろう。『このままでは許さないぞ』という意思表示だと思われた。少なくとも今回の報告を受けたクギョウロキ王国の幹部たちはそう解釈している。

 

 こうして事の経緯を見てみると大臣の怒りももっともで、ある意味では大臣は村の危機を救うために早く解決しろと言っている事になる。よく言えば。


 「貴様~!さっきから何を黙っているぅ!私の言っている事にちゃんと答えないとだめだろぉ。この件をどう責任をもって対処すると言っているだろぉ。意味のない『申し訳ございません』など必要ないよぉ。必要なのは対処だよぉ、対処っ」


 大臣は感情に任せた大声で力任せに怒鳴ってみたり、妙に芝居がかった声でネチネチしてみたり、いろんな口撃を駆使している。なかなか忙しい中年である。


 しかし、大臣がどんなに頑張ってこの新人騎士を反省させるために叱責を続けても、叱られている当のエドヴァルトは相変わらず(小物感満載だよなあ…こいつ)と全然こたえていない。


 糠に釘。そういった表現がピッタリくるエドヴァルト。


 このようにエドヴァルトは全く応えていないが、この大臣にはそんな事は関係ないらしい。まだまだ指導という名のパワハラを続けようとするが、


(この人は説教を長くすればするほど仕事をした気になっているからなあ…)


 一番先に耐えれなくなったのは叱り続けている内務大臣や新人騎士エドヴァルトよりも精霊騎士長のヨハンの方だった。

 

 「内務大臣閣下そこまでにして頂けませんか。今回の事は全ての精霊騎士を束ねる私の責任です」


 精霊騎士長ヨハンがビシッと頭を下げる。ヨハンはまだ20代後半に入りかけたばかりなのだが、その苦労のせいか今は30歳くらいに見える。


 こんな事は言いたくないがこの場合『自分の責任』と言ってしまわないと終わりそうになかった。


 そんなヨハンの苦しみも知らずに内務大臣は勝ち誇ったように言う。


 「ほぉ~、卿が悪いのかぁ。では、卿が騎士長として責任とってくれるわけだなぁ。今回の件は!そうと決まればさっさと精霊の怒りを静めて来くるのだぁ!今すぐに対処だ!対処!対処しろぉー!も一つおまけに対処っ!」


 もはや笑わせに来てるように『対処』を繰り返す大臣(もちろん大臣にそのつもりはないが)に、


 「わかりました!精霊騎士長ヨハン!すぐに対処いたします!」

 

 やけくそのようにビシッと敬礼をして精霊騎士長ヨハンは若手精霊騎士エドヴァルトを連れて立ち去るのだった。



 


しばらく連投します。ちなみに主人公は題名通り精霊騎士長ヨハンの方です。

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