新米シスターは嘘がつけない呪いにかかってしまいました。 ああいけません! つい本音が!
今日もめんどくさい一日が始まってしまいました。
こんにちは。
教会の「懺悔室」勤務、新米シスターの私です。
懺悔室?
どんな仕事かって?
ジジババのどうでもいい世間話に、ただ相槌をうつだけの仕事です。
たまーに本気で懺悔しに来る変人もいますけど、相槌さえしておけば勝手に立ち直ります。
「大丈夫ですよ。 神がどうにかしてくれます。 はい。 信じてください。 たぶん大丈夫です。」
なにが大丈夫なのかは知らないですけど。
これを言っておけば大丈夫なんです。
ほんと虚無ですよ。
虚無すぎて、相槌うちながら副業の編み物なんかしちゃってます。
いわゆる内職ですね。
あぁ、ご心配なさらず。
どうせ向こう側から私は見えませんから。
壁がありますからね。
ですから普段の私なら、とっくに内職タイムが始まってる頃合いです。
普段ならですけど。
「助けてください…! もう…もうここしかないのよ!」
まだ幼さの残る女性の声がきこえてきました。
どうやらとても焦っているようです。
それはそれは凄いです。
壁をバンバン叩いてきます。
「…。」
怖いので、私は居留守をつかいました。
居留守は人類に与えられた権利ですからね。
おしみなく使いましょう。
「お願いよ…! お願いだから答えて!」
「…。」
「いるんでしょ!? そっち向かうわよ!?」
あぁ最悪です。
こういう奴にはテンプレが通用しないんですよね。
私は内職する手をしかたなく止めてあげました。
さよなら私のお小遣い。
「なんですか。 静かにしてください。」
私が返事をして差し上げると、壁の向こう側から安堵の吐息が聞こえてきました。
それも束の間。
ふたたび大きな声が聞こえてきます。
「私…殺害予告されているのよ…!」
うわあ。
特大級のめんどくさい内容です。
思わず私は嫌そうな表情になりました。
それを知ってか知らずか、彼女は続けます。
「その予告が…今日なの」
「今日?」
「ええ。 今日…私は殺されるのかもしれないのよ」
「そうなんですね。 そのまま死んでいただいて結構ですよ」
ああ、いけません。
つい本音が漏れてしまいました。
私ってばドジですね。
「今…そのまま居ていただいて結構ですよって言ったわよね?」
「言ってません」
「ここに居てもいいってこと…? 私をかくまってくれるってことなの?」
「言ってませんよ」
「行ってはいけませんよ…? わかりました、ここに居させてもらうわ!」
幸いにも聞き間違いをしてくれたようです。
私にとってはより面倒くさいことになりましたけどね。
せめて嘘がつけたら良かったんですけど。
もっとましな状況になれたのでしょうけど。
今の私にはない物ねだりです。
実は私、嘘がつけないんですよね。
そういう呪いをかけられてしまいました。
不可抗力だったんです。
わたし悪くありませんから。
ただ近所の子供をいじめてただけなんですよ。
それだけだったんです。
まさか、ただの子供が報復として呪いをかけてくるとは思いませんでした。
専門の業者をとおして、しっかりとした呪いをかけてきやがりました。
ふつうはそこまでしないでしょう。
陰湿です。
ねちねちしてます。
湿度たかすぎです。
わたし悪くないですから。
不可抗力ですから。
「はぁ。」
私はためいきをつきました。
本当に面倒くさいからです。
もういいです。
「そもそもですけど、そういった内容は衛兵の仕事ではありませんか?」
「…そうだけど」
「そちらを頼ったらいいではありませんか。」
「…っ」
「どうぞ出口は右側です。 足元に気を付けてお帰りください。 さようなら。」
私は必殺技「たらいまわし」を行使しました。
これで帰った者は居ませんけども。
「だめなのよ。 衛兵には断られたわ」
「御冗談を。」
「嘘じゃないわよ!」
「あの酒飲みの手栄太楽も、若い女性の頼みくらいなら受けてくれるはずですが。」
「…だめだったのよ」
彼女の声に涙が混じり始めました。
どうやら本当に断られたらしいです。
可愛そうなヤツ。
ですが不思議です。
殺害予告をスルーする衛兵がどこに居るというのですか。
国の治安のカナメですよ?
ちゃんと働いてくださいよ。
私だってこうして労働してるのに。
だから税金泥棒とか言われるんですよ。
しかしまあ。
一つだけ可能性があります。
衛兵も関わりたくない可能性。
「あなた」
「…はい」
「もしかして浮気しました?」
「…ち…ちがうのよ! 男の方から私に近づいてきたのよ! だから私は違うの!」
ビンゴです。
浮気ですね。
「ご愁傷さまです」
この国では、浮気は最も悪い罪として扱われています。
神話にそう書かれてますから。
神ってね、温厚なキャラなんです。
殴られようが、家を壊されようが、糞をかけられようが、笑って見過ごすみたいです。
ドMですよね。
ですけど、一つだけ禁忌が存在します。
浮気です。
神は浮気にだけは容赦しません。
もう地獄の底を突き破るくらい、いじめてくれます。
現在でも戒律にその名残があります。
それを読み上げて、壁の向こうの彼女を怖がらせましょう。
「浮気をされたら、いかなる報復をしても罪に問われない」
「…っ」
私の言葉に、彼女は息を飲みました。
もっと追い打ちをかけましょう。
「あいまいな記述ですけど、よう殺しちゃってもかまわないんですよ」
これが現代の戒律です。
もっとも、事前に殺害予告をしないと、罪に問われるという制約はあるのですけどね。
ですがタイムリミットが今日に迫った彼女にとって、それはもう関係ない話です。
「なんで逃げなかったんですか。」
「しばらく旅行に行っていて…。 ポストを見ていなかったのよ」
「それは完全に図られていますね。 ご愁傷様です。」
「で…でも。 それって理不尽じゃない!」
「回れ右してください。 無理です。 詰んでます。」
「お願いよ…。 もうここしかないのよ!」
「ここでもお断りですよ。 私、内臓なんか片づけたくないですし。」
「かくまってくれるだけでいいの!」
「嫌です。」
「どうしてなの!?」
「定時で帰りたいんですよ。」
止まりません。
私の本音が止まりません。
でも私わるくないですから。
近所の子供がいけないんです。
こんな調子で、女性との攻防戦が一日中くり広げられました。
時刻はゆうに定時を過ぎています。
それでも彼女は帰りません。
彼女が帰らないのなら、私が帰してもらえるわけもありません。
泣きたいです。
このあと、大事な予定があるのに。
私は疲れ果てた表情で壁と向き合っていました。
その時です。
ガチャリと、私の後ろでドアを開ける音が聞こえてきました。
「随分と熱心な信者だな。 もう教会は閉める時間なんだが」
「神父様!」
なんと神父様が助けに来てくれました。
もう私の神様です。
おーまいごっと。
「そこに誰かいるの?」
女性が気配に気が付き、少し怯えた声で尋ねます。
「居ますよ。 神父様がまいりました。 どうにかしてくれるそうです。」
「本当なの!? お願いします…!」
「聞いてください神父様。」
私たちが詳しい事情を説明すると、彼は嫌そうな顔をしました。
壁で表情は見えませんからね。
変顔してもバレやしません。
「とまあ、こんな具合です。」
「なるほど。 自体は深刻なようだな」
「深刻なのよ…。 おねがい…助けてください…。 お願いよ!」
女性は神父様に必死の懇願をします。
私は答えを求めるように、神父様の顔を見ました。
「で、どうするんですか神父様。 朝からこう言ってますけど。」
「そうだな」
神父様は少し悩みます。
それからゆっくり口を開きました。
「…日頃…いや、これからの行い次第だな」
まわりくどい言い方ですね。
つまりこういう意味です。
「金次第で助けてくれるそうです。」
私は神父様に殴られました。
でも交渉は成立しました。
教会側で彼女をかくまう代わりに、多額の寄付金を貰うことになりました。
数年は遊んで暮らせるお金だそうです。
貯金がすっからかんだそうです。
まあでも命には変えられませんものね。
ひとまず一件落着ということで。
「さてと。」
私は荷物をまとめました。
「定時を過ぎてるので、帰ります。 さようなら。」
私はそそくさと帰ろうとしました。
しかし神父様に首根っこをつかまれます。
「待て」
「んもう何ですか。」
「今晩、彼女の護衛をしてやってくれ」
「絶対にお断りです。 私にはこのあと予定があるのですが。」
「それはすまん。 別の日にしてくれ」
「無理です。 今日じゃなきゃダメなんです。」
「頼む。 彼女からの条件なんだ」
「はぁ…。」
「三日間、休暇をあげてもいい」
「…んむぅ。」
どうやら女性は、護衛として私をご指名のようです。
聞くところによると、私は絶対に嘘を付けないから信用できるとのこと。
一里あります。
その対価として、私には三日間の休暇が貰えるそうで。
少し魅力的ですね。
私の心は揺らぎ始めます。
「まだダメか?」
「もう一声たりませんね。」
「三日間、有給にしてやろう」
「やります。」
即答しました。
もうこの後の予定とかどうでもいいです。
不労所得ばんざい。
それはそうと、もう一つだけ聞いておかなければならない事があります。
「ちなみにですが、残業代は出るのでしょうか。」
「そうだな…。 なあシスター」
「なんでしょう。」
「人類最大の過ちとはなんだと思う?」
「はぁ…?」
質問に質問で返されました。
なんだかあやふやにされた気分です。
「浮気とかでしょうか。」
「違うな。 残業という概念を生み出したことだ」
「よく理解しているではありませんか。」
「そうだろう。 残業という概念がなければ、残業代という概念もない」
「はい?」
「つまり、残業代を払わなくても済んだはずなんだ」
違いました。
この人は何にもわかっていないようです。
「はやく浮気でもしといてください。」
「いま遠まわしに死ねと言ったな」
「言ってません。 包丁にでも刺されて、壁のシミにでもなればいいなと思っただけです。」
「君は本当に嘘が付けなくなったようだな、シスター」
「残念ながら、以前の私からも出ていた言葉でしょうね。」
「ああ、悪かったって。 残業代はしっかり出す」
「深夜手当つきでお願いします。」
「ああもう。 いいさ。 金はある」
「分かって頂けたようで何よりです。」
「それじゃあ、任せたぞシスター」
「任されました。」
「頼んだぞ」
その一言を残し、神父様は部屋を去りました。
「さてと。」
私も席を立ち上がります。
同時に、スカートの中に隠されたナイフに手を伸ばしました。
よく砥がれた鋭利なナイフです。
トマトも潰れずに切れちゃいます。
なぜこんな物を持っているかって?
この後の予定で使うはずだったんです。
あいにくそちらは潰れましたが。
ですがこれも好都合です。
ちょうどよい護身用の武器が手に入りました。
ちょっとしたボーナスも手に入りました。
気分はウキウキです。
「では、そちらへ向かいますから。 待っていてください。」
「…はい!」
私は女性に声をかけました。
それに対し彼女は、安堵のこもった返事を帰してくれます。
もうひと頑張りしますか。
有給三日のためです。
予定が潰れたのは残念ですが、また今度でもいいのです。
いつか成し遂げれば、それでいいのです。
私はそんな言葉を呪文のようにつぶやきつつ、彼女の待つ部屋の前まで向かいます。
「入ります。」
私はノックとともに、部屋へと入りました。
一日中ことばを交わした相手。
ですけど、顔を見るのは初めてのはずです。
改めて挨拶でもしましょうかね。
なんて。
そのはずだったのですが。
私の心はウキウキを通り越して、空高く跳ね上がりました。
自分でも抑えきれないほどの感情の高ぶりを感じます。
汗のにじむ手で、ナイフを力強く握りました。
驚きましたよ。
部屋の中にいたのは知っている顔でしたから。
潰れたはずの予定が目の前にいたのです。
どうやら神は、本当に浮気が嫌いなようですね。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
懺悔室勤務の私です。
とつぜん夜勤を申し付けられましたが、何事もありません。
とても暇な時間を過ごしています。
ちょうど近くにインクが落ちていましたので、暇つぶしに小説でも書いてみました。
私の処女作ですね。
よければ評価でもつけてやってください。