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■ 第3章 日本列島の気候と環境

・ 自己家畜化を促す温暖湿潤の安定基盤


 日本の気候区分は温暖湿潤気候であり北海道は亜寒帯、沖縄や南西諸島は亜熱帯だ。

 この南北に長い気候の多様性はある程度の気候変化であれば場所を移動する事により対応が可能になる。


 まず、良い気候と言う話は人にとって快適であるかどうかとは別次元の話だという認識が必要になるだろう。


 日本列島は、緯度で見れば北緯30度から45度に位置しており、これは地中海沿岸のスペインやイタリア、ギリシャ、さらにはアメリカ合衆国南部や中国の上海付近と同じ帯域にある。

 地中海沿岸やビバリーヒルズはリゾート地や高級住宅街としても知られている。バカンスや高級住宅街に適しているのは夏に殆ど雨など降らず季節性鬱などになり得ないからだ。


 しかしながら、地中海沿岸や米西海岸の多くが乾燥した地中海性気候や半乾燥気候であるのに対し、日本列島ははるかに雨が多く、温暖湿潤な気候を持つ。イギリスは日本と同じ島国であり緯度はかなり北になるが暖流の影響で西岸海洋性気候で雨が良く降るが年間降水量は少ない。

 同じ程度の緯度なのに地中海性気候と温暖湿潤気候の差異は単なる地域の違いではなく、地球規模の気候システムによって説明される。


 まず、気候帯を決定づける最大の要因は「ハドレー循環」と呼ばれる大気の流れである。赤道付近では太陽からのエネルギーが最も集中し、地表の空気が強く温められる。その結果、軽くなった空気が上昇し、大規模な上昇気流が生じる。この地域は常に上昇気流に支配されるため、熱帯雨林のように湿潤で雨が多い「低気圧帯」となる。


 上昇した空気は、上空に達すると南北両半球へと分かれて流れ、約30度付近の「回帰線」付近で下降する。これがハドレー循環である。下降気流は乾燥した空気をもたらし、その地域は高気圧に支配されて雨が少なくなる。実際、地中海の夏季にはほぼ雨が降らず、バカンスには向いているが作物はオリーブなどの栽培に限られ人口を増やす事が難しくなる。こうした構造のため、サハラ砂漠、アラビア砂漠、オーストラリアの内陸部、北米のソノラ砂漠など、世界の大砂漠はすべてこの回帰線付近に集中している。


 また、大陸の西岸は寒流と下降気流の影響を受けやすく乾燥しやすい。一方、大陸の東岸は暖流と湿潤な偏西風の影響を受けやすく、雨が多くなる。この海流は沿岸湧昇といいどの大陸でも、南半球でも例外は存在しない。変化があるのは山脈地形によって雨の領域が狭くなる程度である。

 日本列島はまさにユーラシア大陸の東端に位置し、海洋に囲まれているため、湿った空気が集まりやすく山地による地形性降雨も相まって世界でも屈指の降水量を誇る地域となっている。


 水の量はそれだけでも生死に関わる問題だ。日本では河川や湧き水、井戸などで古くから豊富であるが、日本人は現代でもほぼ水は無料と言う概念だ。しかし海外ではその多くがレストランでも水は出てこない。頼めば出してくれるがほぼ有料だ。中にはかなりの高額になる事もあるので注意が必要である。

 水質は海外の多くはゆっくりと平地を流れる為、マグネシウムが溶ける量が増え硬水となるが、日本では山岳が多い事で清流が作られやすく軟水が多い。勿論、汚染される時間も短くなり安全性も高くなる。


 日本の気候は、地理的にも季節的にも極めて多様でありながらも、安定して湿潤であり、農耕と狩猟採集において生存を脅かすような過酷さが極めて少ない。特に水稲栽培に適した条件が揃っていたことは注目に値する。米は麦と比べ、収量倍率が高いため単位面積あたりの収量が高く、連作障害もなく、長期保存が可能であり、結果としてより多くの人口を支えることができる。これは単に人口の増加にとどまらず、人類の進化において「生存競争の緩和」という大きな意味を持つ。アジア近辺の米地域の人口は麦の欧州と比較して多く、これは米の優位さによるものと考えられる。米を栽培していない時代においても気候の優位さは高い。


 そして森林の多さも特筆すべき事で食料を得るのに適している。


 実際、青森県の三内丸山遺跡などに見られるような「縄文カレンダー」とされる季節把握の痕跡からは、当時の人々が自然の周期を理解し、食料の収穫時期を予測していたことがうかがえる。春には山菜や貝類、夏には魚、秋には木の実、冬には保存食や狩猟獣といったように、四季を通じて何らかの食料が得られる環境が整っていた。これは、乾燥地帯での食料の偏在と比べても極めて恵まれており、ある種の「エデンの園」のような楽園に近しい場所であったとも言えるだろう。


 世界的に縄文期が温暖であった事は確かだがそこまで高温ではない。しかし日本は縄文海進や貝類の分布、東北の栗に見られるようによりかなり温暖であった事は確かだ。この東北辺りの文化は寒冷化して栗が取れなくなることにより西へ(南へ)と移動したとみるのが正しいだろう。最初に述べた様に日本列島は南北に長いのだ。


 このような気候と環境は、攻撃性を必要としない社会環境を育てる上で不可欠な要素であった。生存に必要な資源をめぐる争いが少なければ、他者と協調し共生する個体が生き残る確率が高まる。これが世代を重ねて集団の傾向として固定されれば、結果として攻撃性の低い、共感的な社会性を持つ人々の集団が形成されることになる。



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