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■ 第1章 序論:なぜ日本人は誠実なのか

いくつかの細かい加筆を行いました。

「和」は儒教の影響ではないか と言う事について、 

「恥」の概念の違いについて

ヘンリック教授の理論を引き合いに出した理由、

「犯罪」に影響する項目、

「教育」の違いについて

などです。


興味のある方はご一読下さい。

おそらくまだ加筆するかと思います。

「教育」「日本人エルフ説」は時間が取れたら書きます。

これは終わりそうにありませんね。笑


【前書き】

 全ての日本を愛する人達へ


目次

■ 第1章 序論:なぜ日本人は誠実なのか

 ・ 問題意識と仮説の提示

 ・ 誠実の定義と文化的揺らぎ(誠実とは何を指すのか?)

■ 第2章 ホモ・サピエンスの自己家畜化と進化の限界

 ・ 家畜化実験 ── 実験内容とその意義、外形変化と内面変化

 ・ホモ・サピエンスの自己家畜化

 ・攻撃性の部分的抑制と社会的脳の発達

■ 第3章 日本列島の気候と環境

 ・ 自己家畜化を促す温暖湿潤の安定基盤

■ 第4章 太陽信仰と敗者集団の収束点としての日本

 ・ 自然信仰と集団淘汰が導いた家畜化の定着環境

 ・ 出アフリカと敗者移動の連鎖

 ・ 東を目指す旅と太陽信仰の痕跡

 ・ スンダランドと弱者の漂着例

 ・ 東端と太平洋の壁

 ・ 遺伝子に見る系譜の保全と多様性

 ・ 攻撃性の排除と家畜化環境の成熟

■ 第5章 日本人における家畜化的特徴の観察と進化の深化

 (外見・行動・神経生理に見られる変化の蓄積)

 ・ 内面的特性:攻撃性の抑制と集団協調性

 ・ 社会行動としての観察事例と文化的表出

■ 第6章 国際比較と人類の暴力傾向の継続

(ストレス、誇示、暴力性の文化的連関)

 ・ ストレスと暴力の相関関係

 ・ 一般的な心理学の前提の逸脱

 ・確かに犯罪率は低いが単純比較するものではない

 ・ 犯罪率の比較と文化的違い

 ・ 日本文化における暴力の抑制構造

 ・クロード・レヴィ=ストロース

■ 第7章 結論:人類進化の終着点と日本の位置づけ

 ・ 日本は誠実性・ストレス耐性・非暴力の最終形である

 ・ 自己家畜化の深化において世界唯一の例外的位置

 ・ 誠実性を文化ではなく神経構造の結果とみなす必要性

 ・ 今後の研究課題と国際的対話への示唆

 ・ 結論


・問題意識と仮説の提示


 近年、日本へ旅行に来る外国人が急増している。その多くが日本滞在中に驚く点として挙げるのが、「日本人は誠実だ」という印象である。また、犯罪が極めて少なく危険を感じないこと、ゴミ箱が少ないにもかかわらず街が清潔に保たれていること、料理の質の高さ、サービスの丁寧さのホスピタリティ、景観の美しさなども広く感嘆の対象となっている。こうした「誠実さ」の帰結による行動が、彼らにとっては非日常的であり、日本特有の価値として印象づけられる。


 また技術についても日本人は共感の高さが異様なほど高く、日本の製品は他国の追従を許さないレベルだ。お風呂はボタン一つで用意出来、トイレは観光で来ているのに持って帰りたいと言われる程である。また海外の自動車修理工が日本車を修理した際に、修理する者の事を考え工具の為のスペースを開け設計されている事を見て驚くのだ。職人達は見えないところ、自分に直接関係ないところでも手を抜かない。そして生活の便利さに於いて群を抜く。


 空港で運ばれる荷物は誰も見ていなくとも放り投げる事なく丁寧に扱われ中身が破損する事も紛失する事も驚くほどに少ない。


 これらは他人との共感力がもたらす誠実さの帰結と言えるだろう。


 しかしながら、この「誠実さ」は日本人自身にとっては特段の美徳として意識されているわけではない。多くは当たり前のこととして内面化されており、「努力して誠実にふるまう」のではなく、むしろ「そうするのが自然」という行動規範として存在している。ここに日本人の誠実性の特異性がある。


 数多くの外国人が日本人を知ると更に驚くのが宗教である。

 日本人の6割を超える人が自分は無宗教だと回答し、多くは神の存在も信じていない無神論者だ。

 神や宗教なしの誠実さが「一体何故?」という事なのだ。


 しかし古くからの神道の精神は受け継がれている。

 創始者も不明で教義がないので宗教ではないとされる事もある神道には八百万(やおよろず)の神がいると言われる。これは自然界のあらゆるものに神が宿るとする考え方であり所謂アニミズム的な信仰に近い物だ。


 本来、アニミズム的な思想は何処にでもあった。

 しかし、例えばケルト神話などは万物に霊的な存在を見出す輪廻転生の思想でこれらの多くは神であったはずなのだが、アイルランドのケルト神話は主に修道士により編纂された為一神教の影響が出るのである。

 しかし同じケルト神話でもウェールズの場合、口伝の物は近年まで纏められていなかった為、一神教の影響の少ない日本の八百万(やおよろず)の神に近しいものとなっている。

 つまり違和感は一神教の宗教の海外の方々が多い事もあるだろう。


 自然災害の多い日本では八百万(やおよろず)の神は、自然のあらゆるものを畏怖して称えていた。

 山頂から転がり落ちて来た大岩も畏怖の対象だが、日本人は神がそこに宿っているとは信じてないし思ってもいないだろう。恐らく日本人に聞けば「いるかもしれないし、いないかもしれない」と答えるだろう。

 しかし、自然の驚異を畏怖して共生していく精神だから神に例えるというのが実状だと思われる。


 神も信じず、誰も見ていないのに誠実な日本人。これには海外から来たそれぞれの自国の常識を持つ旅行者達も戸惑う。


 誠実の帰結によるさまざま事の特徴は一見すると別個の現象のように見えるが、実際には日本人の誠実性や社会的秩序の感覚と密接に関係している。本書ではそれらの関係性についても各章で詳しく論じていく。


 従来、これを説明する理論としては、仏教よりも早く5世紀頃に伝来した儒教や仏教などの「宗教的倫理観による」、「島国という隔離された環境による」、「教育水準の高さによる」、あるいは「恥の文化による」といった文化論が数多く挙げられてきた。これらは日本社会の誠実性に一定の影響を与えている要素ではあるが、いずれも他国にも見られる普遍的な特徴であり、日本にのみ顕著な誠実性が見られる理由を決定づけるものとは言い難い。

 体面や面子であればより気にする国すら存在し、恥をかかない為に嘘をついたり、分不相応な虚栄まで行う国すら存在する。

 しかし日本人の場合はもっと自然体に近い。

 どちらかと言えば恥ではなく他人に迷惑をかける事を極端に嫌う傾向がある。


 本書ではこれらの理論の限界を踏まえ、日本における誠実性を単なる文化的結果ではなく、進化的および神経生理的な適応の一形態として捉える視点を導入するものである。日本列島には、戦いや競争に敗れた外来集団、すなわち攻撃性の低い個体群が長期にわたり定着し、地理的隔絶と豊かな自然条件の中での共存を可能とした。これにより、数百世代をかけて誠実性・共感性・非暴力性といった特性が強化され、社会全体に浸透していった可能性がある。

 言うなれば「敗者」もしくは「弱者」の集まりである。後の章で詳細に説明するがこれらは遺伝子からも判る。


 この仮説は、誠実性を文化や教育によるものとする通説ではなく、日本独自の地理的優位性、気候的優位性、そして弱者の社会構造と結びつけて再解釈する試みである。

 本書では、神経学的データ、行動観察、文化比較、遺伝情報など多角的な視点からその妥当性を検証し、「日本人の誠実性とは何か」「それは何によって成立し、今尚持続しているのか」を明らかにしていく。そしてこれらの誠実性が他国で出来ない理由も解き明かしていく。



・誠実の定義と文化的揺らぎ(誠実とは何を指すのか?)


 「誠実」という言葉は日本語において極めて多義的である。辞書的には「まじめで偽りがない」「真心をもって人や物事に接する」などとされるが、実際の使用はもっと幅広く深い。社会の中で「誠実な人」と評価される人物には、「約束を守る」、「嘘をつかない」、「他人を裏切らない」、「礼儀を重んじる」、「助け合う姿勢を持つ」、というような行動の安定性が伴う。


 これらは単なる道徳的な理想ではなく、日本社会において実際に信頼関係を成立させる現実的な条件である。この誠実さこそが日本において最も大切だと言われる要素である「信頼」を築くものだ。つまり、「誠実さ」とは、個人の内面における信条よりも、集団の中で他者からの信頼を得るための「安定したふるまい」、「場の空気を読む自然な反応」、そして「共感」に基づいた行動の三要素によって支えられている。


 特に共感は日本人の誠実性の中核的な構成要素である。困っている人を見た時に「自分がそうだったらどう思うか」と考え、自然と手を差し伸べるという行動が見られる。これは一種の非明示的な共感的交流能力であり、後に述べる自己家畜化と密接に関連する神経学的特徴と考えられる。


 実際にはそんな事すら考えもしないのが日本人であり、咄嗟に行動する事の方が多い。


 実際にどの程度なのかを客観的に見る必要があるかと思うが、例えば私も良く利用している世界最大のオンライン旅行会社Expediaがヨーロッパ、アメリカ、南米、アジアパシフィックのホテルマネージャーに対して、各国観光客の国別評価に関して実施した「エクスペディア・ベストツーリスト2009」というアンケートを2009年6月に実施している。


 このアンケートでは様々な質問項目に対して最良、最低をそれぞれあげてもらう質問形式において、日本人は「行儀の良さ」「礼儀正しい」「部屋を綺麗に使う」「騒がしくない」「不平が少ない」の項目で一位を獲得し100ポイント中71ポイントで二位のイギリスが52ポイント、三位のカナダ人が51ポイント、四位のドイツ人が50ポイントで、大差をつけて世界最良の観光客となっている。2007年から行われたこのアンケートでも3年連続で一位である。


 唯一、現地の言葉を話すに於いてワースト三位となっているが、これはヨーロッパやアメリカなど標準語が違うので誠実性とは関係ない項目だろう。まあ現地の言葉はがんばるしかないと思う。


 面白いネットミームに日本人妖精説や日本人エルフ説がある。

 例えば、日本人が宿泊後にホテルを去る際に跡形を何も残さない事もその一因とされるが、この説については別途楽しく考察したいと思う。


 一般的にも、海外から見た日本人の評価において、しばしば “polite”(礼儀正しい)、“kind”(親切)、“honest”(正直)、“humble”(謙虚)といった形容がなされるが、これらは日本人の「誠実さ」の一部分を表しているに過ぎない。たとえば、“honest” が意味する自己主張の正直さや、“polite” が指す形式的礼儀とは異なり、日本の誠実性はあくまで文脈や関係性を重視した「適切なふるまい」である。


 これらの意味的要素と英語表現を簡単に表すと


嘘をつかないhonest/sincere言葉や行動に偽りがない

他人に尽くすkind/considerate思いやり、親切心

礼儀正しいpolite/respectful態度、言葉の丁寧さ

義務に忠実dutiful/conscientious責任感、道徳的行動


 となる。



 そこで本書では、誠実性を次のように定義する。


『誠実性とは、他者との関係性において信頼を維持する一貫性ある行動であり、協調性、共感性、状況適応力によって支えられる社会的行動パターンの総体である』


 この定義に基づいて、日本人に特異的に見られる誠実性がどのように形成されてきたのかを、次章以降で具体的に検討していく。



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