舞踏会③
『鬼才』
それは数年前から貴族達の間で囁かれるようになったアリアの異名だ。
「貴方達が勝手に言っているだけでしょう。名は関係ありません」
「そう呼ばれる出来事があったのでしょう?例えば……先日の南部視察の件とか」
敵国の新型銃火器を自国の交易品として売りに出すよう根回しした一件。売り上げは上々でその国益は全てアリア個人に納められている。
その手腕を恐れた貴族達が、アリアの話をより誇張し始めたのだ。
「父が言っていたのですよ。皇女殿下は我々を軽んじているのではないか、と。貴方様が候補者として両殿下と肩を並べる事が出来ているのは誰のおかげか、お忘れでは?」
「軽んじている?私が?」
アリアを纏う空気の色が変わる。アリアの機嫌に敏感に反応するフィンが「ひぃ」と小さく声をあげた。ここまで来ればアモンも何も言えない。止められるのはリカルドくらいだ。
虎の尾を何度も踏みつけた結果である。
「軽んじているのは貴方達でしょう。皇女派を名乗る理由からして、私の存在全てを軽んじている」
「!!」
皇女派を名乗る貴族のほとんどが国の実権を握ろうと私欲に塗れ、皇女であるアリアを継承権争いへと押し上げた。
一歩間違えば、皇族に対する反逆だと捉われかねない行いである。
「立場を忘れているのは貴方達では?私の発する言葉一つで国が動くこともあるのですよ」
口角は上がっているが、目が笑っていない。侯爵子息が息を飲む。
「…っ。それは脅しですか?」
「警告です。曖昧な物言いは控えた方がよろしいですよ。……失礼します」
アリアは侯爵子息の傍を通り、そのまま扉へと向かう。さすがのアモンもこの場に留めることは出来なかった。
「っっ!…逃げるのですかっ!?」
去っていくアリアに負けじと声を上げる侯爵子息。
ああ、また虎の尾を踏んだ。
「……素晴らしいですね。あのように言われても尚、そのような言葉を吐けるのですか」
子息は息を飲み、顔面蒼白になる。ようやく事の深刻さが理解できたのだろう。「申し訳ありません」と呟き、その場を離れていった。
アリアが足を止めることはなく、そのまま皇宮を出て馬車に乗った。
乱暴に席に座る。同席したフィンはただただ怯えていた。
「あのボンクラ、性癖歪みまくってるって噂流しといて!」
これまた乱暴に言い捨てる。アリアは感情があらわになるとその分幼さも出てくる。フィンがいても隠す気は無いようだ。
この可愛いお姫様を怒らせるとは罪深いものである。
(戻ってからが大変だぞ…)
アモンは窓の外を眺めながら、一人ため息を吐いた。
「小娘一人に何を手こずっている!?」
当主である父に殴られるエクター侯爵子息……トーマス。
「申し訳ありません…」
舞踏会が終わり、一連の出来事を父に報告したところ拳が飛んできた。
「お前の恥はエスター侯爵家の恥となる!分かっているのか!?」
「っ!…しかし、父上っ」
口を開けば、またもや拳が飛んでくる。
「黙れっっ!お前がここまで不出来な息子だとは思わなかった!………下がれ!」
「しかし……!」
「お前の顔を見たくないと言っているんだ!そんなことも分からんのか!?」
父の怒号に気圧され、書斎を出た。近くにあった柱を怒りのままに蹴る。
(あいつ…!あいつのせいで……っ!!)
何の力もない姫のくせに。
ただ、笑っているだけのお姫様のくせに。
何も出来なかったはずなのに!!
余計な知恵を身につけて、近頃は好き勝手に動くようになった。皇女派の貴族に何の相談もなく、政を動かしている。我々を軽く見ているのだ。
婚約もそうだ。後ろ盾が必要だろうとこちらから申し出てやったのに、いらないと何度も断った。今回のエスコートも不要だと耳を貸さなかった。わざわざ挨拶に行ってやれば、軽んじているのは我々の方だと。
(軽んじるに決まっている!)
彼女は道具だ。
エクター侯爵家がより高みへ到達する為の踏み台でしかない。その為に皇女派を名乗ってやっているのだ。今まで落ちぶれずにやって来れたのは筆頭であるエクター侯爵家のおかげである。
『なぜ、入宮を許可してくださらないのですか!?なぜ、彼らが良くて私はダメなのです!?』
『護衛騎士以外は入れない。私がそう決めました』
かつて皇女と交わした言葉を思い出す。
公爵家の出であるリカルドとルーカスは分かる。だが、勘当されて爵位すら持つことのできないアモンに伯爵家の次男坊であるシエル。彼らに劣る部分はない。
侯爵家の嫡子であり、最高位に次ぐ騎士階級を持つ自分が未だに離宮に踏み入れることすら出来ない。
こんなはずではなかった。
上手くいけば今頃、誰よりも近くで皇女を操る事が出来ていた。
父から二発殴られるなんてこともなかった。
(こんな恥辱……)
「許せない…」
『もったいない』
皇弟の言葉を思い出す。
『君はもっと活躍できるはずなのに。我が姪を主に選んだばかりに』
皇弟が離宮を訪れた際、声を掛けていただいた。
『どうだろう、私の元へ来ないかい?君が来てくれたらとても助かる。君ほどに優秀な騎士は、なかなかいないからね』
(そうだ…)
皇弟派だ。あの方は自分のことを認めてくれた。自分の居場所はここではないと手を伸ばしてくださったのだ。
父も報告した際、悪い顔はしなかった。きっと数ある選択肢の中にあるはずだ。
「そしてあの皇女を……」
失脚させることが出来れば……
きっと父も自分を認める。皇弟殿下もお喜びになるはずだ。それを皇弟派への手土産としてもいいかもしれない。
トーマスの口角が上がっていく。一度思いつけば、次から次に出てくる。
ただ失脚させるだけでは気が済まない。
(『鬼才』だなんて調子に乗っているし…)
痛い目を見てもらおう。エクター侯爵家を粗雑に扱ったことを後悔させてやる。
既に皇弟派に移ることを視野に入れて、何人か同僚に声を掛けていた。皇女や護衛騎士に不満を持っている者達だ。協力してくれるだろう。
皇女に何かあったら、護衛騎士達はどんな顔するだろう。常に傍を離れず、大切にしているのだ。怒り狂うだろうか。守れなかった、と顔を歪ませるだろうか。
(ぜひ、見てみたいものだ)
「くっ、ははは!ははははははっ……」
トーマスが高らかに笑う。その瞳には全てが成功する、輝かしい未来しか映っていなかった。
三ヶ月後。
皇子アルベルトによってある侯爵家が取り潰される。罪状は皇族への反逆罪。当主と嫡男は処刑。首と胴の離れた彼らを見て貴族達は震え上がった。
あの侯爵家ですら、皇族の掌の上では虫のように潰されるのだと。
貴族は口々に言う。侯爵家は権力を追い過ぎた、と。皇族を甘く見過ぎていた、と。時間の問題だった、と。
『鬼才』の本当の意味を知らなかったからだ、と。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
不穏な空気で終わりましたね。ここからは侯爵家の動向も気になるところでしょう。
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