舞踏会②
離宮から馬車で皇宮へ向かい、大広間へと足を踏み入れる皇女一行。大広間からは既に貴族達が談笑する声が聞こえていた。
「皇女殿下のご入場です!」
号令と共に貴族の視線がアリア達へ向く。アモンは隣に立つフィンが息を飲んだのが分かった。ここまでの注目を受けるのは初めてなのだろう。緊張しているのが手に取るように分かる。
「行くぞ」
「は、はい!」
アリアに合わせて一歩踏み出す。前を歩くアリアは皇族としてこの場に立ち、皇族として笑みを浮かべている。
そこに今朝、「やっぱり行きたくない」とごねた少女はいない。
隣に立つフィンの様子を気にしつつ、周りの様子も伺う。貴族達がアリアに向ける視線は様々だ。頬を染めて惚けている者。あの皇女が社交界に顔を出した、と驚く者。何を企んでいるのか、打算的な視線を向ける者。忌々しく睨みつける者。
その中から要注意人物を頭の中でリストアップしていく。
そうして辺りを見回していたアモンは、望まずとも彼らと視線を交わしてしまった。
「悪い、目が合った」
小声でアリアに報告し、移動するも遅く、彼らは貴族達の間をくぐって近づいてくる。
「これはこれは皇女殿下。ご機嫌麗しゅう」
優雅にカーテシーをして顔を上げるのはある侯爵一家。
「ごきげんよう。お会いできて嬉しいのですが…、先に兄に挨拶をされた方がよろしいかと」
アリアは会場の中心辺りを手で示す。そこには貴族令嬢に囲まれた皇子の姿があった。
「ああ…。いや~……皇子殿下は立て込んでおられるようなので、先にご挨拶をと思いまして。………愚息もお世話になっているので」
そう言ってアモンを見る侯爵。フィンが「えっ」と驚く。アモンが口に手を当てると慌てて口を塞いだ。
アモンは侯爵家の出身である。といっても勘当された身だが。理由は単純。派閥が違うからだ。 五年前、皇弟派についた家族の反対を押し切ってアモンが皇女派についた際、絶縁状態となった。
勘当したにも関わらず、こうして何かと絡んでくるのだ。その目的も分かりきっている。
「……して、階級返還の目途は立ちましたかな?」
騎士階級。
通常は、個人の能力や功績によって与えられるものであるが、一部爵位と共に代々引き継がれていくものもある。そのほとんどは高位の階級となり、アモンが持っている『最高位』の階級も侯爵家に属していた時に引き継がれたものだった。
アモンが勘当された今、次期侯爵は弟のもの。『最高位』の階級も弟に引き継がせたい、というのが元両親の考えだ。未だに自分が持っているのが気に入らないのだろう。
「正式な手続きをしていただかないことには何とも……。そうですね、……彼より優れているということを証明してください」
アリアが微笑んで告げる。言葉を選ぼうとしている侯爵家に向けて更に続ける。
「ああ、爵位がどうとか血筋がどうとか、そういうのは入りませんよ。騎士として彼より優秀かどうかです。そうですね……、アモンは私の護衛騎士として実績を積んでいますし、部隊の指揮も騎士団長より任されています。実力はリカルドと互角といっても過言ありません」
超えられる『何か』ありますか、と聞くアリアに対して、顔を青くしたり赤くしたりする侯爵。当然だが、無いのだろう。『何か』あったらこちらが困る。この程度で弟に返すことになるなら、騙し取った意味がない。
弟はというと顔を真っ赤にしてアモンを睨みつけていた。実の兄に向けるような視線ではない。
隣で瞳を輝かせているフィンとは大違いである。
「わ、我々は、皇弟殿下にご挨拶にいかなくては…!し、失礼いたします、皇女殿下。御身に幸福あらんことを……」
居たたまれなくなったのか、侯爵は簡単な挨拶を残して離れていく。アモンを睨みつけたまま動かない元弟は、元両親に引きずられて共に消えていった。
一歩前に出ているアリアがちらりとアモンを見る。
「『類は友を呼ぶ』って言葉、知ってる?」
とある島国の言葉である。誰と誰を指しているのかは言わずとも分かる。
「肩を当ててこないだけマシ…」
「やめろ」
アモンに出来ることはアリアを諫めることくらいであった。
その後も貴族の挨拶は続いた。そのほとんどが年頃の子息を連れ、婚約について探りを入れてくる。
アリアに婚約者はいない。アリアだけでなく、皇子や皇弟も継承権争いを理由に婚約していなかった。それもあって貴族たちは我先にと自分の子供を押し出してくる。
目の前のアリアは笑顔で貴族の対応をしているが、若干苛立ちが見えていた。普段から社交界に出るのを嫌がって最低限しか出ていないのだ。
(そろそろ……)
貴族の挨拶回りが途切れたところでアリアが口を開いた。
「…帰りましょう」
「もう少し辛抱してください」
明らかにげんなりするアリア。隣にいるフィンはそんなアリアを見て肩をビクッと震わせる。機嫌を損ねたと思ったのだろう。だが、機嫌なんて朝から既に悪かった。こんなことで引き下がるようでは『皇女の護衛騎士』は務まらない。
「もう充分でしょう?リカルドとシエルも帰ったようですし、私達も離宮に戻りましょう。フィンも疲れたと言っています。ね?」
アリアはさりげなくフィンを巻き込む。巻き込まれた本人は「えっあの、えと、俺は」と助けを求めるようにアモンを見た。
「フィンを巻き込まないでください。今回は最後までいると言っていたでしょう」
「リカルドに言わされただけだし」
「そういうこと言わない」
アリアがむくれていく。顔にも色が出てくるが、貴族達には背を向けている為見えてはいないだろう。
閉会まであと二時間。このまま何事もなく終わって欲しい。
(これ以上、機嫌を損ねることなく…!)
切実な願いである。だが、切実であればあるほど叶わないのが世の常で。
「皇女殿下。そう背を向けられては悲しくなってしまいます」
アリアはその声に更にげんなりとする。アモンを恨みがましく見た後、振り返り微笑んだ。
「申し訳ありません。そんなつもりはなかったのですが…。お久しぶりです。エクター侯爵子息」
更に笑みを深めるアリア。切り替えだけは本当に早いのだ。
対するエクター侯爵子息と呼ばれた青年も微笑む。
「笑みを返していただけるとは光栄です。……ドレスもよくお似合いです。とてもお美しい。次回は私も白いものを身につけようかな」
そう言って笑う子息は黒い上掛けに所々紫の線が入っているものを身につけている。胸につけているブローチも紫色のものであった。
これが何を指すか、貴族の中で分からない者はいない。
「貴方も素敵な衣装ですね。少々華美が過ぎる気もしますが。……こうした場で着て来られるのはどうかと…」
「ふふ。そう思案なさらなくても大丈夫ですよ。後から事実にしてしまえば良いのですから」
外から囲って婚約に漕ぎ着けるつもりなのか。強引にも程がある。
エクター侯爵家は皇女派の筆頭である。より地位を盤石にする為に『皇女の婚約者』の肩書が欲しいのだろう。今回もエスコートの申し出があったが、アリアが断っていた。だが、この方法は、
(虎の尾を踏んでいる)
アリアが最も嫌がるやり方である。
「まぁ、…ですが本当に良いのですか?確かに兄は男性ですら憧れる方は多いと思うのですが、そうあからさまな行動をしてしまっては『エクター侯爵子息は好事家である』なんてあらぬ噂を立てられる可能性も…」
この国に黒髪で藤色の瞳をもつお方はもう一人いる。そのことを失念していた侯爵子息の顔は徐々に青くなっていった。自分のした発言をこうもひっくり返されると思わなかったのだろう。
子息は乾いた笑い声を上げた。余裕のない顔でアリアを見つめる。
「っはは。見事ですね。言葉を操るとはそういうことだ…。さすがは『鬼才』と呼ばれるだけのことはあります」