舞踏会①
初めて会った時、可愛いお姫様だと思った。
顔を合わせるうちに、ただの寂しがり屋の女の子だと知った。
笑ってくれた時は嬉しかった。
彼女の笑顔を、仲間と共に守りたいと思うようになった。
家族からは罵声を浴び、当時の同僚からは馬鹿だと笑われた。
それでも、ここにいることを後悔したことはない。
こうして傍で守る事が出来るのだから。
ノワール騎士団に入団して半年。シエルの小間使いとなって三ヶ月程が経った。
鍛錬の成果が出て来たのか、シエルの無茶ぶりにも対応出来るようになりつつあった。最近はシエル以外の護衛騎士からも物を頼まれるようになり、それなりに充実した日々を送っている。
そんな中、皇女から離宮内にある執務室に呼び出された。
シエル達に随伴し離宮へ出入りするようになったフィンだが、皇女の執務室に足を踏み入れたことはない。図書室の一件以降、自分へ向けられた瞳が恐ろしく半ばトラウマとなったフィンは、アリアにはあまり近づかないよう距離を取っていたのだ。そんなアリアからの突然の呼び出し。
(何か粗相をしてしまっただろうか……)
フィンは気が気ではなかった。出来れば行きたくない。だが、断ればそれこそ不敬となってしまう。
フィンは自分の命を守るためにも離宮へと向かう。
今回はリカルドという護衛騎士の随伴として入宮した。リカルドは護衛騎士の中ではまとめ役の立ち位置にいる。シエル曰く『リカルドは怒らせるな』と言われている程、怒らせると後が怖いらしい。
シエルの言葉もあり、フィンは怯えながらリカルドの後をついて行く。リカルドは口を開くことなく執務室へと向かった。
執務室には既にリカルド以外の護衛騎士が揃っていた。よく話すシエルとアモンを見てフィンはほっと一息つく。
「急な呼び出しに応じていただき、ありがとうございます」
読んでいた本を閉じ、フィンに声を掛けるアリア。あの時とは違い、穏やかな雰囲気を纏っていた。
「い、いえっ!私の方こそ、お声掛けいただき光栄です!」
言葉遣いに注意して返答するフィン。そんなフィンに対してアリアは「そこまで固くならなくて大丈夫ですよ」と微笑む。機嫌は悪くなさそうだ。フィンは安心して肩の力が抜ける。
「早速ですが、私の頼み事を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はい!私に出来ることなら」
皇女の頼み事とは何だろうか。以前、お忍びで街へ降りていたことを思い出す。何か欲しいものでもあるのだろうか。自分が買いに行ける場所だったらいいのだが。
「二週間後にある舞踏会に、私の護衛騎士として参加していただきたいのです」
「え?」
頭の中で皇都の地図を広げていたフィンは、自分の想像を遥かに超える『頼み事』に思考が停止する。頭の中の地図は瞬く間に閉じられた。
「えっと…。護衛騎士なら皆さんがいるのでは……?」
そう言ってシエル達を見るフィン。フィンの問いかけにリカルドが口を開く。
「俺とルーカス、シエルは今回、招待客として参加することが決まっている。護衛はアモン一人でも充分なのだが…」
リカルドがアリアに目を向ける。
「皇女がもう一人欲しいと駄々を捏ねてな」
「駄々ではありません」
アリアが小さく反論する。リカルドはため息をつき、
「人数合わせという形になるが、参加してくれると助かる」
呆れたように言った。その言葉にシエルと寡黙な騎士……ルーカスが頷く。
「衣装はこちらで用意しますし、私の後ろに付くだけでいいので…」
お願いできませんか、と小さく手を合わせるアリア。幸いにも簡単そうな任務ではある。そしてフィンに断るという選択肢は………無い。そもそも皇女の命に背く度胸を持ってはいない。
自分の命を守るためにここに来たのだ。
「こ、光栄です」
フィンが返す言葉などとっくの昔に決まっている。
アリアはニコッと笑うと、アモンの方を向く。アモンはリカルドと同じようにため息をつき、フィンへ視線を向ける。
「……人数合わせとはいえ、最低限の礼儀作法は身につけてもらうからな」
そう言って、大量に積まれた本の山に手を置くアモン。よく見ると、全てマナーに関する本である。
つまり、アリアは二週間でこの量の知識を頭に叩き込み、舞踏会に参加しろと言っているのだ。
(嘘………)
フィンの顔から血の気が引いていく。シエルとルーカスはそんなフィンを気の毒そうに見ていた。
そしてマナー本漬けの二週間が始まった。寝る間を惜しんで教本を読み、実践ではアモンとリカルドにダメ出しを食らいまくる。勉学が得意とは言えないフィンは、シエルによる肉体労働の方が楽だったのでは、と感じる程だった。
ジョンの『愛嬌』という名の妨害も乗り越え、リカルドから及第点をもらったのは舞踏会の前日だった。
舞踏会当日。
フィンはアリアが手配した衣装に身を包み、アモンと歓談していた。
「死ぬかと思いました………」
「礼儀作法なんて貴族でも好き好んで学ぶ奴なんていないからな。よくやった方だと思うぞ、お前は」
そう言ってアモンはフィンの頭をポンと撫でる。数えるほどしか頭を撫でられたことのないフィンは嬉しくて頬を緩めた。
アモンは護衛騎士の中では『兄貴分』という感じだ。リカルドとは違った形でシエル達をまとめている。
「ウチの姫は人使いが荒いからな。思い立ったら即行動、ってところもあるし」
「…そういえば、どうして俺を?他にも高位の騎士はいますよね?」
「あー…。姫が急に言い出したんだよ。もう一人欲しい。でも顔見知りじゃなきゃ嫌だって」
護衛騎士以外に親しい騎士がいないアリアは、リカルドとアモンの説得に耳を貸さず、『騎士は二人で知っている人がいい』とごねたそうだ。結果、離宮に出入りしており面識のあるフィンに話が回ったという。
「まぁ、いないよりかはいいだろうって話になってな………。アリアは譲らないわ、リカルドはキレだすわ……」
アモンが遠い瞳で虚空を見つめる。その瞳には疲れが見え隠れしていた。
「た、大変なんですね……」
労いになるかは分からなかったが、フィンはそう言葉をかけるしかなかった。自分の小間使いより気苦労が多そうな気がする。
「もう慣れたがな。お前も慣れとけ。シエルの無茶ぶりは姫譲りだぞ」
あまり嬉しくない情報を教えてもらった。小間使いとして更に使われるということだろうか。
(出来れば知らないままが良かった……)
胸の内で思いつつ、フィンは今まで気になっていたことを聞いてみることにした。
「皆さんって、皇女殿下と仲良い……ですよね、相当。シエルさんとか結構、…呼び捨て……にしてますし」
言っていいことかどうか恐る恐る口にしてみる。対してアモンは気にした様子もなく答えた。
「幼馴染…ってとこかな。……俺とリカルドは年が離れてるが。十年以上は一緒にいるよ。シエルは……強めに言っとかないとな」
アモンは独り言のように呟く。恐らく言葉遣いに関してだろう。そのことについても思うことがあったフィンは一つの提案をする。
「あの、その事なんですけど……。俺がいても普段通り話していただいていいですよ?それで俺が皇女殿下にタメ口…とか……絶対しないので。シエルさんとルーカスさんも話しずらそうにされてるし…」
提案している途中、トラウマとなったアリアの瞳を思い出し背筋が凍る。自分がタメ口など絶対にあり得ない。
「んー。……まぁ、アリアの方は勝手に気をつけるか。……悪いな、気を遣わせて。そうさせてもらうよ」
一時考え込んでいたアモンだったが、すぐに笑ってフィンの提案を承諾する。
そこでタイミング良く扉が開き、アリアが姿を現した。白いドレスを身につけている。シンプルで裾があまり広がっていないデザインだ。長い黒髪は上の方でひとまとめにしており、全体的に涼しげな雰囲気となっている。
「お待たせしました。……サイズは問題なさそうですね。似合ってますよ」
フィンを見て微笑むアリア。フィンは恥ずかしくなって下を向く。
皇女が手配しただけあって、恐ろしい程着心地が良いのだ。こんな高価なものに自分が腕を通してよかったのか今でも不安である。ジョンがここに居れば、間違いなく殴りかかってくるだろう。
アリアとアモンは互いに視線を合わせ、軽く頷いていた。アモンが十年来の仲だと言っていたことを思い出す。わざわざ口を開かずとも伝わることがあるのだろう。
「それでは行きましょうか」
アリアはそう言って、二人の騎士を引き連れ、皇宮へと向かった。