皇女と皇弟③
図書室に姿を現した皇女。その突然の登場は皇弟の調子を崩すには充分であった。
「…やぁ、アリア…。君は南部へ行っていたのではなかったかな…?」
先程とは違った弱々しい声でアリアに尋ねる皇弟。
「昨日の夜に帰り着きまして。随分と楽しませて頂きました」
「そ、そうか。無事で何よりだよ…」
「お気遣いいただきありがとうございます。叔父様方の懸念事項は払拭してきましたのでご安心ください」
アリアの言葉に笑みを引きつらせる皇弟。言わんとしていることは分かる。「うわぁ、何やらかしたんだろ…」といつの間にか戻ってきていたシエルが声に出していた。隣には寡黙そうな騎士を連れている。
アリアは微笑んでいたが、その笑みはどこか冷たく感じた。
「叔父様。今回は資料の閲覧でいらっしゃったのですよね? 申請内容と違う行動は控えていただきしょう」
「ああ、悪かったよ…」
少し見てきてもいいかい?と気まずそうにその場を離れる皇弟。この隙にフィンもこの場から離れたかった。だが、アリアがシエル達と何やら話し込んでいた為、声を掛けるにも掛けられず、そのまま留まることとなる。
しばらくして皇弟が戻って来た。調子を取り戻したのか、顔には笑みを浮かべている。
「助かったよ、アリア。うちの部下は仕事が出来なくてね。大事な資料を失くしてしまったんだ」
「それは大変でしたね。誰彼構わず懐に入れてしまうと、管理が杜撰になってしまいますから」
「耳が痛いね。今後は気をつけるとしよう」
「詰所の方であれば、いつでも引き抜きに来てくださって結構ですよ」
その言葉を聞いて皇弟は顔を歪める。アリアはふふ、と笑って扉の方へ促した。
「そろそろお引き取りを。お迎えも来られたようですし」
アリアの視線の先には執務官の出で立ちをした男が立っていた。
「そうさせてもらうよ。………そういえば、君にも聞きたいことがあったのだよ」
「何でしょう?」
皇弟は唇で弧を描く。
「五年前、謁見の間で何があった?」
だが、その目は笑っておらず。
誰もが息を飲み静まり返る中、アリアは笑みを崩さず答える。
「何もありませんよ。呼び出されたはいいものの、ロクに話もせずに下がらせられました」
「…本当かい?」
「本当ですよ。こんなことで嘘なんてつきません。兄にも聞いてみたらどうですか?」
「………。行くぞ、アドワン」
王弟は何も言わず廊下へ出る。アドワンと呼ばれた男はアリアに一礼し、皇弟の後に続いて去っていった。
「…それで」
皇弟が去り安堵したのもつかの間、今度はアリアに目をつけられるフィン。
「なぜ、騎士がここにいるのでしょう?新たに入宮を許可した覚えはないのですが」
そこには口を開けて笑っていた少女などいない。底冷えするように冷たく、有無を言わさない瞳。自分に害のある者は排除する。そんな瞳をしていた。
「こ、コイツはボクの小間使いだよ! 前に伝令を送っただろっ!?」
シエルが慌てて前に出る。いつも肉体労働を強いてくるが、悪い人ではないのだ。
「あぁ、例の…。……であれば、護衛騎士に随伴している時のみ入宮を許しましょう。それ以外は認めません」
「はっ、はいっ!」
思わず、声が上ずる。皇弟とはまた違う意味で恐ろしい。やはり人の上に立つお方なのだ。フィンは『住む世界の違い』というものをここでも感じた。
そんな中、今まで一言も話さなかった寡黙そうな騎士が小さく呟く。
「…アリア……夢見が悪くて今日機嫌悪い………」
「えっ!? 早く言えよ!……フィン!仕事はいいから帰れ! また明日呼ぶから。ほら、早く早く!!」
シエルから背を押され、廊下へ追い出されるフィン。一人で離宮に留まるのも恐ろしく、逃げるように外に出た。図書室からは「アリア~、気づかなくてごめんね~っ! 許して~」とシエルの謝罪の声が聞こえた気がした。
皇宮の一角にある皇子の執務室にリカルドは来ていた。南部視察の報告をする為だ。皇女の騎士として同行したが、当の皇女は報告をリカルドへ丸投げして離宮で休んでいる。
(報告するまでが仕事だろうが…!)
心の中で悪態をつき、目の前の扉をノックする。
「入れ」
低い声が返ってくる。その声を聞いてからリカルドは扉を開け、足を踏み入れる。
皇子…アルベルトは机に積まれた書類を片づけている最中だった。
「悪いな、忙しい時に」
「気にするな。視察の報告だろう。……アリアはどうした?」
「『兄さんは私の顔なんて見たくないでしょうから』だとさ」
この場に居ない視察の主宰者の行方を聞かれ、預かった言伝をそのまま伝える。アルベルトはただ「そうか」と返した。
「報告を聞こう」
「ああ」
アルベルトに促され、リカルドは口を開く。
南部が敵国と繋がり、銃火器を売買しているという話は本当だった。正確には敵国がこの国を含めた諸外国を同時侵略する為、秘密裏に開発した武器を試験的に南部に流していたらしい。
そこに目を付けたアリアは、共に同行していた寡黙な騎士…ルーカスを敵国に潜らせ、情報を探らせた。ルーカスが得た情報により、武器の開発は敵国内でも秘密裏に行われていたこと、武器が流されたのは皇国のみだったことが分かった。
「それで、敵国の武器を皇国の商品として売りに出す、と」
「ああ、既に権利は譲渡されている」
アリアは再度ルーカスを敵国に潜らせ、他の諸外国へ武器が流れないよう根回しをさせた。その間に皇国が抱える武器職人に武器の解析を依頼する。『大量生産可能』との報告を受け、敵国に諸外国同時侵略の計画漏洩、それに伴う経済制裁を盾に脅し、敵国での『武器の製造中止と権利の譲渡』という契約を秘密裏に結ばせた。
「製造は既に始まっているのか」
「アリアが勝手にな。国益となる収益は全て皇女個人に納めて欲しいとのことだ」
「皇弟が聞いたら卒倒しそうだな」
そう言って小さく笑うアルベルト。
「好きにしろ。その程度で崩れる国じゃない。皇弟は自分達で何とかしろ」
国益を個人に納めると聞いて黙っているような人ではない。今まで以上に何かと意見してくるだろう。アリアに挑んだところで屁理屈を屁理屈で返され、先に音を上げるのは目に見えているが。
「アル、入るよ」
視察の報告を終えた頃、皇弟に付き添っていた執務官…アドワンも執務室を訪ねて来た。リカルドを見て静かに笑う。
「お疲れ、リカルド。先程会ってきたが、アリア嬢は機嫌が悪そうだったよ」
「夢見が悪かったらしい」
皇族たるもの、夢や感情といった不確実なものに左右されてはならない。リカルドはそう考えているが、アリアは違う。彼女はいつも『やるべきことは最低限やっている』と主張する。今回の報告はその『最低限』には含まれなかったようだ。
「何の用だ、アドワン」
書類仕事に戻ったアルベルトが尋ねる。
「皇弟が五年前のことについて調べている」
アルベルトの手が止まる。リカルドもアドワンへ視線を向けた。沈黙で空気が張り詰めていく。
「具体的には?」
アルベルトは顔を上げ、アドワンを見る。
「謁見の間で何があったか、アリア嬢に聞いていた。アリア嬢が上手く返していたから気づかれてはいないけど…。裏で色々調べているみたいだよ」
「そうか…」
「………」
五年前、謁見の間で何があったのかはリカルドも知らない。………予想はついているが。
全てを知っているのはアルベルトとアリア、そしてアドワンだけだ。
「何か張っておくか?」
「いや、そのままでいい。下手な動きをすれば余計探られるだけだ。……アドワン。皇弟の動きは逐一報告しろ」
「御意」
即座に返答するアドワン。幼馴染とはいえ、皇族の命には礼を持って従うアドワンらしい返答だ。
「リカルド。アリアに報告には来るよう言っておけ。次は受理しない」
「了解した」
言われなくてもそのつもりだ。下らない言伝を残して逃げた少女の顔が思い浮かぶ。あの時の怒りはまだ消えていない。
「それじゃあ、私は戻るよ。アル、仕事はほどほどに」
「わざわざ悪かったな」
「問題ないよ。この程度」
そう言ってアドワンが出ていく。それに続いてリカルドも立ち上がる。
「俺も行く。アル、少しは寝ろ」
リカルドはアルベルトの顔を指さす。その目元にはうっすら黒い影が出来ていた。
ガチャ、キィ…バタン。
親友が二人とも去り、静まり返る執務室。アルベルトは持っていたペンを置く。その視線の先には音を立てて閉じられたばかりの扉があった。
『仕事はほどほどに』
『少しは寝ろ』
親友の言葉を思い出す。書類の量は普段と変わらない。妹が視察で不在の間、公務を請け負ってはいたが、その少しの変化を誰も気づかなかった。隈もそうだ。支度を任せる執事でさえ、何も言わなかった。
「………」
静かに息を吐くアルベルト。その唇が小さな弧を描いていたことは誰も知らない。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
二節は、フィンがシエルの小間使いになるお話でした。
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