その少女は
ブランシュタイン皇国の北側に位置する城塞都市を人々は皇都という。
周りを防壁に囲まれ、皇都には中央とそれぞれ東西にある、三つの門を通らなければ入ることは出来ない。中央の門を抜け、大通りをまっすぐ進んでいく。進んだ先には、皇都の防壁よりも更に高い壁に守られた皇族の住まう皇宮がある。
外からでは高い壁に阻まれて全てを見る事は出来ないが、内部の建造物は全て白壁で統一されており、所々に建てられている塔も合わさって神聖な雰囲気を纏っている。広大な庭園には白い花を咲かす植物が植えられており、貴族達からは秘密裏に『純白の花園』と呼ばれていた。
その神聖さが滲み出る皇宮内では現在、大臣や侯爵位以上を持つ上級貴族の当主、そして皇族が集まり会議を行なっていた。国内外の軍事情勢、それに伴う諸外国の反応、有事の際の対処法などが話し合われていた。
そして、会議が終わって人々が解散した頃、アリアは入宮した。
先程の村娘のような格好ではなく、黒いレースがあしらわれたドレスに白いローブを羽織っている。『白』は、皇国を象徴する色であり、舞踏会や夜会以外で入宮する場合は何かしら身につける決まりとなっていた。後ろに控えている騎士も白い礼服を着ている。
先程アリアを迎えに来た騎士達ではなく、赤髪の騎士に代わっていた。
アリアは何も話さず、目的の場所へとひたすら歩き続ける。騎士もその後に続く。
時々すれ違うメイドや貴族達から何ともいえない視線を向けられるが、気にする事なく歩き続ける。そうして廊下を抜け、春の花が咲き誇る庭園が見えてくる。
その先の目的地である扉の前に赤髪の騎士と同じ格好をした青年が立っていた。
「リカルド」
アリアが話しかける。リカルドと呼ばれた青年は振り向き、声の主がアリアだと分かった途端に眉間に皺を寄せた。
「お前……これで何回目だ。いい加減にしろよ」
声の低さから相当怒っていることが分かる。
『リカルドは怒らせるな』と騎士団内で言われているほど怒らせると後が怖い。だがアリアはここ数年、毎回のように会議をわざとすっぽかし、その度にリカルドからお叱りを受けていた。
「もう子供じゃないんだから感情で動くのはやめろ。お前はそれが許される立場じゃない」
「…分かってる」
「分かってたらこんなことしないだろ」
騎士であるリカルドが皇女であるアリアを叱る。他の人が見れば不敬罪になるのでは、と震え上がりそうな状況だが、昔馴染みである赤髪の騎士達にとっては日常風景となっていた。
アリアが助けを求めるように振り返るが、騎士は首を横に振り、アリアが悪い、と口を動かす。アリアはムッとして顔を戻し、リカルドの説教を聞く。昔馴染みの前では表情も豊かになる為、普段よりも幼く見える。
「出席したところで、私の意見なんて求められてないでしょ。だったら後から報告聞くだけで良くない?」
表情だけでなく、口調も砕けてくる。本来なら注意するべきところだが、そこの切り替えはしっかり出来ている為、目を瞑っている。
「皇族の一員として呼ばれてるんだから、出席するのが当たり前なんだよ。騎士だけ出席させる奴がどこにいる」
「ここにいる」
アリアが不機嫌な声で返す。リカルドの中で何かがブチっと切れる音がした。失言だと気づいたアリアはすぐ様赤髪の騎士の後ろに隠れた。
「おい、アリア。アモンを盾にするな。アモン、そこ退け」
「ダメ!アモン絶対退かないで」
「ちょぉっ!?」
アモンと呼ばれた赤髪の騎士はアリアとリカルドに挟まれ、身動きが取れなくなった。捕虜でもないのに両手を上げてしまう。怖すぎる。同僚が般若となって迫ってくるのがこの上なく恐ろしい。何もしていないのに自分も悪いことをしてしまった気持ちになる。
(ここからどうすれば)
どうすればこの状況を打開出来るのか。一番はリカルドの怒りを収めることだが、自分には出来そうにない。
アリアは.....更に火に油を注ぐようなことしか言わないだろう。とにかく両者に挟まれたこの状態から抜け出したい。そう思うが、迫り来る般若を前にしては動けなくなる。
そうして、扉の前で騎士と皇女が言い争うという何ともいえない構図が出来てしまった。間に挟まれた騎士が限界だ、と声を上げそうになった頃、扉が開き、中にいた人物が出てきた。
「…何してるんだい?君達」
怪訝な顔でアリア達を見る。アリアは即座にアモンの背中から飛び出し、ニコッと皇女の笑みを浮かべる。切り替えだけは本当に早いのだ。リカルドは何事も無かったようにしているが、目は据わったままである。
出てきた男は、三十代あたりの相応な顔つきをしていた。少し褪せた金髪が目にかかり、無精髭を生やしている。アリア達同様白いネクタイを締めていた。
「やあ、アリア。また遅刻かい?随分遅かったじゃないか。もう終わってしまったよ」
ニコッと笑みを返してくれるが、目が笑っていない。『重要な会議にすら出席しない皇族の恥晒し』と目が言っている。優しげな顔をしているが、血縁者の前では嫌味と皮肉しか言わないタヌキである。
エリアス・シュタイン。故・皇帝の異母弟であり、アリアと継承権を争っているうちの一人。
アリアとは違い、自ら国民にアリアや皇子との対立を明確に示し、意欲的に活動している。もちろん会議にも毎回必ず出席している。
「また遊びに出ていたんだろう?今度はどこに行っていたのかな?今日こそは可愛い姪の顔が観れると思っていたのだが…」
残念だよ、と大袈裟に肩を落とす。口から出まかせだ、とアリアは笑う。小さい子供に向けて話すようにアリアに話す皇弟は、誰が見てもアリアを馬鹿にしているのが分かる。
そして。
アリアはそれをただ笑ってやり過ごすような性格ではなかった。
「私の小憎たらしい顔を見なくて済むよう配慮したのです。貴方の為に」
訳すると。
『貴方が私を意識されているのは知っています。私は全く気にしませんが、貴方は違うみたいですね』
と、言っている。煽り文句にも程がある。しかも『貴方の為に』の部分をあえて強調して言った。空気がピンと張り詰める。皇弟の顔から表情が抜け落ち、被っていた皮も剝がれていく。
「…相変わらず可愛げのない」
先程とは違い、地を這うような低い声で吐き捨てた。チッと舌打ちもする。してやられたのが癪に障ったらしい。自分から仕掛けておいて何を、とは思うが、アモンは口に出さなかった。アリアはニコッと笑っている。その笑顔はどこか満足げだ。
「そこを退きたまえ。通行人の邪魔だ」
皇弟は、アリア達の間を大股で通過する。しっかりと一人一人に肩をぶつけて。
アリアは当てられた方の肩を手で払った。皇弟の付ける香水の香りは好みではないのだ。
皇弟が去った後、もう一人部屋から出てきた。騎士ではないが、アリアと同じ様に執務官を思わせる男を連れている。
「まだいたのか、リカルド。…ああ…お前も」
アルベルト・シュタイン。故・皇帝の実子で、アリアの実兄。この争いの参戦者の一人である。
黒髪に、藤色の瞳。自分と似通った顔立ちから同じ血が流れているのだと分かる。
数ヶ月振りに会った兄は、相変わらず何を考えているのか分からなかった。
「今回の南部の視察はお前に行ってもらうことになった」
「へっ?」
「遅れて来た罰だと思え」
何の挨拶もなく、用件だけ伝えると兄は去っていった。執務官の出で立ちをした男も後に続く。
廊下にはアリアと二人の騎士だけが残された。
(南部かー…)
皇国の南部には、この地の原住民が多く住んでいる。この国は北から南下し領地を増やしていったが、その過程で原住民は南へ追いやられ、住む場所を失った。最終的には南部も皇国の支配下となり、原住民たちは皇国に従わざるを得なくなった。
その為、皇族の人間はよく思われていない。親交を深める為出向いた際には、石を投げられたという話もある。それだけでなく、国の事業として南部の道路補正や炭鉱開拓が行われた際、原住民と思われる一団から軍事的妨害を受けたこともある。
最近は敵国と繋がり、銃火器を売買しているという情報が入った為、敵国に向けての牽制も含めて視察を行うことになった。会議では、視察団の編成、南部までのルート、最悪の場合を鑑みての対策などが話し合われていたらしい。
アリアはその内容をリカルドから説教と共に聞かされた。満場一致でアリアが行くことに決まったらしい。
発案者は、何を考えているのか分からない兄だった。
リカルドのことは名前で呼ぶのに、自分のことは呼んでくれない兄。
アリアは久々に見た兄の顔を思い出し泣きそうになったが、それを表に出すことはなかった。
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