反撃③
一方、エクター侯爵親子は書斎にて談笑中であった。階下からの戦闘音も止み、言葉通り油断していた。
「終わったようですね」
「ああ。ではそろそろ…………?………何だ、入れ」
扉をノックする音が聞こえ、部下だと思い室内へ促す。
「失礼します」
「……! あ、貴方は……」
部下だと思い込んでいた者は、血塗れの皇女だった。侯爵親子は死んでいるものと思っていた皇女が目の前にいることへの驚きが隠せない。
「きっ、騎士はどうしたっっ!?」
「殺しました」
「影は……!?」
「殺しました」
平然と言ってのける皇女に背筋が冷える感触を覚える。
「あり得ない。………侯爵家の影だぞっ!?」
「あり得るから、私はここにいるんですよ。……………エクター侯爵、並びに子息。殺害未遂及び国家反逆罪の疑いにより、身柄を拘束させて頂きます」
皇女の言葉に侯爵は乾いた笑みを浮かべる。
「はは………。……大袈裟でしょう。家へお誘いしただけではありませんか…?」
「そ、そうですよ……。被害妄想にも程が…」
「言ったでしょう。………私の言葉一つで国が動くこともある、と」
ヒュッとトーマスの喉が嫌な音を立てる。見れば、顔面蒼白で息も浅い。
(馬鹿者……!! それでは『やった』と言っているようなものではないか!)
侯爵は小さく歯ぎしりしてアリアに向き直る。
「……落ち着いて下さい……! 我々の話を聞いて——」
「私の話を聞こうともしない方々の話を、なぜ、聞かなければならないのでしょうか」
そう尋ねるアリアの声のトーンは低い。
「私の話も聞かず継承戦に押し上げ、裏で操ろうと画策し…………ああ、既成事実を作って婚約に漕ぎ着けようとしていましたね」
その声に呼応して、侯爵親子の顔色も悪くなっていく。
「私が自分の意志で動けば、勝手なことをするな、と声を上げ、思い通りにならないことを知れば『軽んじている』?……挙句の果てに、私が何も出来ないことを前提に拉致紛いのことをした…」
そこに笑顔もなく、鋭い視線でエクター侯爵を捉える。
「よくもまぁ、皇族をここまで馬鹿に出来ますね…。兄や皇弟には、ここまでのことは出来ないでしょう?」
背筋が凍っていく。この空間自体が冷たくなってしまったのでは、と錯覚するほどの寒気が襲ってくる。
「なぜ、私には出来るのか。ぜひ、牢屋で聞かせて下さいね?」
いつの間にか距離が詰められ、目の前には笑顔がある。その瞳は明らかに怒りを纏っており、それでも声は荒げず、丁寧な口調のまま。その様子が更に恐怖を煽っていく。
息子は既に肩で息をしており、まともに受け答えが出来る状態ではない。
(何だ……これは)
今まで駒として扱ってきたものが、自分達を圧倒している。何か良くないものに触れてしまったのだろう。だが、その『何か』を理解できず、この状況に納得も出来なかった。
「な…なぜ……? 我々は、貴方様をお支えしようと………。我々がいなければ、他のお二方と並ぶことも………玉座すら遠ざかってしまうのですよ!」
口から出た言葉は、アリアの立場を揺るがすという発言。脅しとも慈悲を乞おうともとれる発言は、アリアの怒りを更に燃やす。
「………誰が」
「は……?」
「誰が皇帝になりたいと言った?」
空気がまた一度低くなる。
「私がいつ、玉座につきたい、と? 言った覚えはありませんが………。大体、お前らごときいなくても成り立つんだよ」
口調が荒々しいものへと変わる。取り繕う気すら無くなったようだ。
「前皇帝に気に入られてただけだろうが。仕事もロクに出来ず、鍛錬も怠る。で、一丁前に立場が欲しいと……。ある訳ないだろ、お前らのイスなんか」
先程とは違う意味で体が震え出す。彼らには無自覚にも、高いプライドと自尊心があった。
「夫人にも随分酷い態度だったようですね。まぁ、そういう人ですよね。……妻を妻と、母を母とも思わない奴らが存在する資格なんてないんだよ。貴方の雇い主が狂愛的な愛妻家だったでしょう?………見てなかったのか?」
侯爵親子がこの物言いに耐えられるはずがない。
「うああああぁぁぁっ!!」
トーマスがアリアへ帯剣していた剣を振りかざす。アリアは難なく躱し、そのままその腕を掴んで固め技を仕掛ける。手から剣を落とし、力強く押し飛ばした。
侯爵はその動きに目を見張る。高位の騎士にも劣らない早技だった。
(影を殺したというのは、本当なのか……!?)
半信半疑だった言葉が急に現実味を帯びてくる。あの言葉が真実ならば、影に守られていた自分達では到底敵わない。
呼吸が浅くなる。心臓が嫌な音を立て始める。戦うのではなく逃げなくては、と脳が警鐘を鳴らす。
だが、逃げ道はなく、気づけば壁際へと追い詰められていた。
「くそぉおおっっ!!」
声を上げ向かってくるトーマスを牽制するように、アリアは侯爵へと銃を向ける。
「そう、良い子ですね。お二方とも動かない方がいいですよ。どこに当たるか分かりませんから」
「!!!」
(例の新型武器か………!)
銃を知らない侯爵親子は、その未知のものを前に固まる。皇女への当てつけで購入しなかった為、どういったものなのか分からない。皇女が持つようなものだから、殺傷力は十分あるのだろう。
「このまま詰所までご同行頂きましょう」
「~~~~っっ!!………なぜだっっ!!!」
顔を真っ赤にしたトーマスが叫ぶ。怒りが頂点に達したのだろう、フ―ッ!フ―ッ!と荒い息遣いになっていた。
「なぜ、ここまでの屈辱を受けなければならない!!? 私は歴史あるエクター侯爵家の男だぞっ! なぜ、犯罪者の扱いを受けねばならないっ!!」
「皇族を拉致するという大犯罪を犯しましたので」
「うるさいうるさいうるさい!!! 元はといえば、お前のせいだぞっ!! お前が女のくせに勝手なことばかりするから!! 本来は皇女なんて駒代わりの人形だろ!!」
「やめろ、トーマス!!」
父親の制止がかかるが、この様子だと聞こえていないだろう。アリアは静かに耳を傾けている。
「何の力もないお前を皇帝にしてやろうとしてたんだぞっ! おまえがするべきは感謝だろっ!! 誰のおかげで生きてこられたと思ってるっっ!!?」
「トーマスっっっ!!!」
「俺達がいなきゃ、とっくに殺されてた雑魚が! 皇帝陛下に愛されずに放置されてたお姫様を拾ってやったんだぞっっ!! 俺達の力がなきゃ、皇弟殿下にも皇子にも相手にされなか—」
パァンッ!と体の芯に響く破裂音が聞こえて、トーマスは我に返る。
その直後、目の前で父親が床に崩れ落ちる。何かが焦げたような匂いが鼻をくすぐった。
「……本当にお口が達者ですね。思わず手が滑ってしまいました」
アリアは握っていた銃をトーマスに見えるように掲げる。銃口からはかすかに煙が上がっていた。
「ああ、殺していませんよ。拘束しなければならないので。……銃声に驚いてしまったようですね」
「じゅうせい……?」
トーマスの身体が怒りではなく恐怖で震え出す。自分の中で一番上にいた父親が倒れている。それが一番トーマスの恐怖を煽った。
「次は貴方の番ですよ」
そう言って近づいてくるアリアから逃げようと、近い距離にあった廊下へと続く扉を開けて走り出す。
「……! 逃げるなっ!」
アリアの鋭い声が耳に入ったが、構っていられない。逃げれば勝ちなのだ。ここから逃げきれればそれでいい。
(逃げろ、逃げろ! 走れ走れ走れ走れ………………。!!)
だが、逃げ道も一瞬で封じられる。急に目の前に現れた人影に、トーマスは止まる事が出来ず突っ込んだ。自分より背が高く、体つきも良い誰かの顔を確認する前に頸を強打され、意識を失う。
騎士の風貌をしたその男は、意識のないトーマスを物のように引き摺り、アリアのいる書斎へと向かった。
「……おい」
「ん?………!!…兄さん!」
騎士の風貌をした男……アルベルトはトーマスを放り投げ、アリアに近づく。アリアは気絶したエクター侯爵を縄で縛ろうとしていた。現れると思っていなかった兄の姿に驚いて、持っていた縄を落とす。
「……やり過ぎだ」
アルベルトはそう言ってアリアの頬についた血を拭う。アリアも何も言わず、されるがままだった。
「………。…身柄はこちらで預かろう。いいな?」
「好きにして」
「アリア嬢!!!」
アドワンも息を切らしながら書斎に入ってくる。返り血塗れのアリアを見て駆け寄ってくる。
「どうして血だらけなんですか!!? どこか怪我を!?」
「大丈夫。全部返り血だよ」
「全く、貴方という人は……」
リカルド並に大きなため息ついた後、ガシッと強くアリアの手を掴む。
「行きますよ」
「…どこに?」
アドワンはにっこりと笑う。
「皇宮です。貴方には話したいことが…たくさんありますので」
ひゅぅ、とアリアの喉から音がした。アドワンの腕を掴む力はまた一つ強くなる。
「いや……、でもほらぁ、血だらけだし………着替えたいから、とりあえず離宮に…」
「着替えなんてこちらでいくらでも用意します。…………今日は帰れると思わないことですね」
絶対零度の声で紡がれた言葉に何も言えなくなる。それでも諦めず、そろーっとアルベルトへ視線を向ける。助けてくれるかは別として、今ここで助けを求められるのは兄しかいない。
「…………リカルドも呼んでおこう」
アルベルトは考える素振りをした後、さらに追い打ちをかける提案をする。
「では、行きましょうか」
アドワンは「うぅ……」と肩を落として唸るアリアを連れ、外へ出た。
アルベルトから事の次第を聞かされたリカルドは、
「分かった。片付き次第、顔を出そう」
と、アリアを見ながら了承した。アリアはリカルドと目を合わせることは出来なかった。
皇宮行きの馬車には、何を考えているか分からない兄と、顔と声が何一つ合っていない宰相候補が同席し、皇女は『大変肩身が狭かった』と後に同年代の護衛騎士に言ったようだ。
三週間後。
皇子アルベルトによってある侯爵家が取り潰される。罪状は皇族への反逆罪。当主と嫡男は処刑。首と胴の切り離された彼らを見て貴族達は震え上がった。
あの侯爵家ですら、皇族の掌の上では虫のように潰されるのだと。
貴族は口々に言う。侯爵家は権力を追い過ぎた、と。皇族を甘く見過ぎていた、と。時間の問題だった、と。
『鬼才』の本当の意味を知らなかったからだ、と。
こうして、あくる年の終わりに起きた皇女拉致事件は幕を閉じた。
ここまで、読んでいただきありがとうございました。
私個人としては、戦闘シーンを書く時間がとても楽しかったです。
皆さんにも楽しんで読んでいただけたら嬉しいです!
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