拉致、要求③
「ねぇ」
地下室内を漂っていた沈黙をアリアが破る。
「さっきの話本当?」
「さっき?」
「……兄さんが私を助けたって話」
「本当ですよ」
「…………」
未だに疑い深い視線を向けてくるアリア。なかなか信じる気にはならないらしい。
「嘘ではないですよ、本当に。私もその場にいましたから」
証明になるかは分からないが、アドワンはそう口にした。
当時、皇子と皇女間での関わりは皆無だった。皇宮内で見掛けることはあったが、それだけだ。アルベルトが動くことは無かった。
だからこそよく覚えている。あの日、木の上で泣いているアリアを見掛けた時。いつものように見掛けて終わると思っていたが何を思ったか、アルベルトはアリアへ近づいていき、手を伸ばしたのだ。
『ちゃんと受け止めてやるから、下りて来い』と。
普段と違う行動に出たアルベルトへの驚きもあって、今でも鮮明に覚えていた。
「———それで、先程から何をしてるんです?」
「んー?いや、あともうちょっとで…」
侯爵子息達一行が部屋を出てから、不規則にもぞもぞと動いていたアリアに尋ねる。
もう少し在りし日の思い出に浸っていたかったが、アリアの動きが気になってそれどころではなかった。
「………っとれた!——アドワン」
両腕の縄を解き、アドワンの縄にも手を出し始める。
「固いな………あいつら、本当に舐めてる。私の腕、アドワンより緩く縛ってた。……ナイフ持ってる?」
「左ポケットに」
アリアは言われた通り、左ポケットをごそごそと漁り出す。
昔馴染みとはいえ、躊躇なく男物のポケットに手を突っ込むアリアに物申したいが、今回は目を瞑る。状況が状況なので仕方ない。
「ウデ、落ちたんじゃない?あの程度なら気づけたと思うけど」
「不意打ちだったんだから、仕方ないでしょう」
普段は書類とばかり睨み合っているのだ。それなりに訓練は受けているが、本職とは比べないで欲しい。
ナイフを使い、縄を解き終えるアリア。縛られていたのは腕だけだった為、お互い自由になる。
「とりあえず脱出、かな。アドワンはリカルド……あー、兄さん?まぁ、誰か信用できる人に状況を報告して」
時間稼ぎは私がするから、と平然と言ってのけるアリア。その言葉にアドワンは顔をしかめる。
「ちょっと待ってください。時間稼ぎってどうやって?」
「ちょ~っと侯爵と話をしようかなって」
絶対に話だけで終わるはずがない。先程から口を開けば煽り文句しか出てきていないのだ。縛られていなければ、とっくの昔に飛び掛かっていただろう。
「駄目です。まずは身の安全を確保するべきです。『話』はそれからすればいい。貴方の身に何かあれば——」
アルベルトは悲しむ。リカルドや他の護衛騎士達だって。
この娘は分かっていないのだ。
あの日、アルベルトが手を差し伸べた理由を。
自分の側近候補の一人を護衛騎士として、傍に置かせた意味を。
目の前の少女はそれでも笑う。彼らの想いも知らないままで。
「二手に分かれた方が効率がいい。時間稼ぎは私の方が上手く出来る。………馬車に乗ってた時間は短かった。多分まだ皇都内にいる。今脱出して、私が時間を稼いでる間にアドワンがリカルド達に知らせるべき。分かるでしょ?」
言われていることは理解できる。だが、それを実行に移すかどうかは別の話だ。親友の妹を危険な場所に置いていくことなど出来ない。
例え、アリアがそれを可能とする力を持っていたとしても。
「それでも…。首を縦に振ることなど出来ません」
「じゃあ、命令。皇族として」
そう言われてしまえば、自分は頷くことしか出来ない。それが分かってて言っているのだ、この少女は。
(昔は泣いてばかりだったのに)
余計な知恵ばかり身につけていく。
「侯爵家は私達を何も出来ない人間だって思ってるはず。だから縄もゆるゆるだったし、私達を別の部屋に分ける、なんてこともしなかった。見張りだって室内に置かなかったし、それに———身体検査もロクにしなかった」
アリアの手に握られているのは二丁の銃。恐らく例の新型武器の一種だろう。
そのうちの一丁をアドワンの手に握らせる。
「これあげる。替え弾もね。…ちなみにこれ、量産品じゃなくて押収品」
アリアはそう言ってにやりと笑う。
「まぁ、ここまで私を舐めてる奴なんかに負けないってこと。……私のことが心配なら早めにリカルド達を連れてきて」
「………………御意」
喉の奥から絞り出すように出した声はとても小さかった。それでもアリアはその返答に満足そうに頷く。
「外の見張りは私が倒す。その後は二手に分かれる。………今回は事が事だからねー。殺していいよ」
アドワンが小さく頷く。そんなアドワンを一瞥して、アリアは扉の前で銃を構える。
扉の金具に照準を当て、迷わず引き金を引く。その銃声は音の籠る地下で残響が残るほど大きく響いた。
銃声に驚いてドアノブに手を掛けた騎士ごと扉を蹴破る。そのまま躊躇なく騎士の頭に一発撃ち込むアリア。
「さ、反撃反撃」
「……リカルド、アル。ごめん」
アリアは心なしか楽しそうに、アドワンはため息交じりに呟く。
血を流すだけの死体と化した騎士には目も呉れず、二人はその場を後にした。