拉致、要求②
季節は初冬。だが冬の訪れを感じさせない程、陽の光は暖かい。
今にも眠ってしまいそうな暖かさのなか、フィンは休日を満喫していた。日々の鍛錬から解放され自由に過ごせる数少ない一日。
シエルからの呼び出しもなく、ジョンもいない。正真正銘の貴重な休日である。
(二度寝しようかな…)
次にこのような休日がいつ訪れるか分からない。偶然が偶然を呼んだ奇跡の休日なのだ。気持ちだけでも寝溜めしておきたい。
フィンが自室へと向かっている最中、後ろからドタドタドタっと大きな足音が聞こえて来た。
「大変だ、大変なんだっ!フィン!フィン!!………あっいたぁっ!!おい、大変なんだっ!!護衛騎士サマを呼んでくれっ!」
ジョンである。足音ですら大袈裟なこの男はフィンを見つけるなり肩を掴み、もの凄い力で揺さぶってくる。
「おい、やめろ!やめ……落ち着け!!人をこんな風に揺さぶるな!」
「大変なんだよ!!皇女サマが連れ去られたんだ!…オレ見たんだよ!!両腕縛られて目隠しして馬車に乗せられたんだ!」
「はぁっ!?」
到底信じられない話である。頭でも打ったのか、この男は。
「本当なんだよ!!今日非番だっただろ?オレは商人の親父に付いて皇宮に行ったんだよ。でも、商談がつまらなくて途中で抜け出して……とにかく見たんだ!本当だ!!護衛騎士サマ連れて来いよっ!一大事だろっ!!?」
「わ、分かったからっ、落ち着けって!」
またもやフィンを揺さぶりにかかる。この男が言っていることが本当なら、確かに一大事である。ジョンがここまで取り乱しているのも異様だ。真偽はともかく本当に何かあったのかもしれない。
「ちょっとぉ、うるさいよー。何、喧嘩―?」
ジョンの騒ぎを聞きつけたのか、騎士が声を掛けてきた。
「すみませっ……!」
謝罪しようと騎士の方に向き直る。そこにいたのはシエルだった。
タイミング良く『護衛騎士サマ』と邂逅。しかも珍しく四人全員が揃っている。
「あぁぁ~!!護衛騎士サマ!大変なんですっ!!皇女サマがぁ~!!」
涙目のジョンがフィンから離れ、リカルド達に擦り寄っていく。
事の顛末を聞いた四人の顔つきが瞬時に変わった。
「連れ去られた…か」
「………」
「はぁ!?どこのどいつに!?…ってか場所は?連れ去るったってどこに!?」
「……おい、どこの家の馬車か分かるか?」
リカルドがジョンに尋ねる。
「えっ、えーと……。……こ、こんなのが描かれてて……」
ジョンは近くの机に置いてあった紙を取り、何かを描きだす。そこに描かれたのは貴族の家紋であった。
「…エクター侯爵家か。まぁ、何かやらかしそうではあるな……」
「トーマス…だっけ?最近見てないよ」
「その取り巻きもな」
「…侯爵邸に連れて行かれたのかも……。あの屋敷……地下に独房跡があるはず……」
「ああ。仮に外に連れ出すにしろ、どこかで馬車を替える必要があるはずだ」
「外に連れ出すなら…侯爵領?……っていうか、まず何が目的?」
「恨みなら幾らでも買ってるだろ、あいつは…。おい、攫われたのは皇女一人か?」
「えっ…と。……そうだ、もう一人!あの、後ろで髪を結んでる、男…?の人も一緒で……」
「アドワンもか…」
「ああ」
「アリア、機嫌悪くなってないかな…」
「……ならないわけがないよ…。既に何か事を起こしてるかも…」
「お目付け役がいるだけマシだろ、今回は」
「目が届く範囲に居たらの話だがな…」
ジョンの情報を基に四人それぞれが意見を出し、情報が繋がっていく。この短時間にたった四人で、まるでその場にいたかのように状況を把握した。その手腕にフィンは純粋に驚いていた。
「ルーカス。皇子に報告しろ。シエルはこいつを連れて先に馬車の確認に行け。アモン、皇都の門を全て閉鎖しろ。……お前の小隊借りるぞ」
「おう」
「ほら、早くしろ。動け!」
「はっ、ハイっ!!」
リカルドの指示で全員が一斉に動き出す。ジョンもシエルの後を追うようにして走っていった。
「あの、大丈夫なんでしょうか?皇女殿下…」
「…あいつは二大騎士団長から護身術を叩き込まれている。そう簡単には死なない」
「ですが……」
フィンは不安げに声を漏らす。護身術を叩き込まれているとはいえ、心配だ。
「……本当は俺達が行く必要も……いや…」
「え?」
「良かったな。上の席が空くぞ」
「??」
フィンはリカルドの言葉の意味が理解できなかった。そしてリカルド含め護衛騎士が、フィンとは別の意味でアリアを心配しているとは知る由もなかった。
階下で同僚たちと別れ、トーマスは逸る気持ちを抑えながら書斎にいる父…エクター侯爵を訪ねる。
「父上…!上手くいきました…!!」
「おお……そうか!」
トーマスの報告を聞いてエクター侯爵はほっと一息つく。息子から作戦を聞かされた時は正直生きた心地がしなかったが、杞憂だったようだ。
「皇女はどこに置いている?」
「念のため、地下室に。見張りも置いています」
我が息子ながらよく出来ている。元々独房であったあの場所なら何が起きてもすぐに対処出来るだろう。
「皇女殿下は考えを改めるつもりはないようでした。今夜もう一度答えを聞き次第、明朝、皇都を出ます」
今は馬車を替えるために一時的に侯爵邸に身を置いているに過ぎない。早朝、仕入れの為に皇都を出る商隊に紛れて侯爵領に向かう予定だ。
「本当に誰にも見られていないだろうな?」
「はい。人払いは完璧でした」
この計画の為、何日も前から皇宮内に根回しを行い、人払いをしていた。
「皇女殿下と共にいたアドワンもこちらに連れて来ました。もしかすると、皇子側にも有利に事が運べるかもしれません」
「なんと…」
次期宰相候補であり、それぞれの候補者の仲介役となっているアドワン。本来であればその人脈の広さを警戒するべきであった。
「それは良い。皇弟殿下はさぞお喜びになるだろう!」
だが。当初、皇女のみであった計画に思わずついてきた副産物。好調な計画の走り出しに気が緩み、本性が表れだす。
端的に言うと、子が子なら親も親である。
「このチャンスを逃すなよ、トーマス。今までの屈辱を晴らすのだ。少しくらいであれば傷がついても良かろう。どうせ、表舞台からは消えるのだ」
「ええ。我々を軽んじたこと、大いに後悔させてやります」
「ふっ。その意気だ」
親子揃って、ニヤニヤと口元を歪ませる。先程アリアに見せた笑顔と同じものだった。
「ふ、ははは…」
「ははははははっ」
どちらからともなく笑い声が溢れ出す。その不気味で異様な笑い声は地下にいるアリアには届かなかった。