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その少年は

 

 ある日、一人の少女と出会った。


 その少女は、皇都の流行も、騎士たちの間で囁かれる噂話も、知る人ぞ知る隠れた名店も知っていた。

 口を開けて笑う様は、どこにでもいる町娘のようだった。


 だから、信じられなかった。


 少女が実はこの国の皇女で、上級階級の騎士を連れ、国を騒がせているうちの一人だということを。













 ブランシュタイン皇国。かつて国を救ったとされる英雄から名をもらい、その末裔が代々治めている国だ。

 

 この国は建国の時代から騎士団があり、幾多もの侵略戦争や度重なる内乱から国を守ってきた。そうして少しずつ領土を増やしていき、今や大陸一の国土を持つ大国となった。

 

 この国に生まれた子供は小さい頃に必ず、建国物語とかつての騎士達の輝かしい武勇伝を聞く。


『騎士に憧れない子供などいなかった』と言われるほど、騎士という職業は国民の中に深く根付いていた。そんな経緯もあり、国には身分関係なく騎士を目指す子供のために養成所が作られている。


 街の郊外の丘の上にあるこの養成所では、十五歳から十八歳の子供たちが見習いとして日々騎士を目指すための鍛錬に励んでいることだろう。



 季節は春。養成所での課程を終えた見習い騎士が騎士団の門戸を叩く季節となった。騎士団に入団して初めて一人前と言われるこの国では、どの見習いも騎士としての称号欲しさに戸を叩く。


 多くの者は大抵、入団試験で落とされるか入団できたとしてもついて行けずに退団してしまう。


 鍛錬について行けても、誰もが騎士としての花形に就くことができる訳でもなく、新人のほとんどが街の警護や見回りに就かされるため、養成所の実習と何ら変わらないと落胆する者もいる。

 

 養成所時代から優秀だった者が騎士団から引き抜かれることもあるが、そういった者のほとんどは下級貴族の子息だったりするため、市井で生きる者にとっては馴染みのない話である。


 孤児院で育ったフィンにもそんな話は全く来なかった。


「ってわけで、騎士団に入団できてもそこからが大変なんだよ」

「なるほど。でもそれと君が入団先を決めないのとは、また話が違うんじゃない?」


 下町の一角にある酒場の隅の席で少年と少女が話している。少年の名前はフィン。養成所時代の騎士服に身を包み、苦い顔をしている。

 

 少女の方は髪を一つにまとめ、シャツにワンピースという町娘のような格好をしていた。


「そうやって決めきれなくて、結局諦めたって人聞くよ?」

「……」

「3つのうち一つ選ぶだけでしょ?今怖がってても何も始まらないよ。どうせ入ってからもっと怖い思いするんだから」


 知ったような口を聞かないでほしい、とは言えなかった。

 

 この少女は時々騎士団の内部を知っているようなことを言う。まるで自分の目で見てきたかのように。そして、


(何で俺はさっき会ったばかりのこいつにこんな話してるんだ)


 フィンは心の中で自分に問いかける。今目の前にいる少女は一時間前までは、顔も合わせずに通り過ぎるような他人のうちの一人だった。


『リア』と名乗ったその少女は、道を教えてほしいとフィンに声をかけ、目的地である酒場に着いた時にお礼に昼食代を出すと言った。フィンはうまく断ることができず、今に至る。

 

 リアはどうやら、ここの焼飯を食べたかったらしく運ばれてきた料理に目を輝かせ、豪快に口に掻き込んでいた。ここの焼飯は騎士にも有名で、安価でたくさん食べられると評判だった。

 

 リアは知り合いに聞いたと言っていたが、その知り合いは騎士だろうか?騎士が知り合いなら、騎士団の内部を知っているのも頷ける。

 

 格好からしておそらくどこかの商家の娘だろう。商家の娘ならば騎士と仕事をすることもあるのだろう、とフィンは自分で勝手に納得した。


「選べなんて簡単に言うけど、ただ選ぶだけじゃダメなんだよ、()()


 この国には三つの騎士団がある。見習い達はそれぞれ自分で入団する騎士団を選ぶことができるのだが、今現在少し違った意味も含まれるようになった。



 現代皇帝が崩御して五年。次代の皇帝が未だ決まっていない。


 原因は今、国を騒がせている皇位継承権争いだった。皇帝の崩御とともに始まったこの争いは、五年経った今でも収まることなく、むしろ少しずつ悪化していた。


 争っているのは皇帝の実子である皇子と皇女、そして肉親である皇弟の三人である。彼らにはそれぞれ騎士団がついており、騎士団を選ぶことが派閥を選ぶことと同義となっていた。


「騎士団を選ぶのが、未来の皇帝…自分が仕える相手を決めることになるんだ。下手に選べないだろ」

「…なるほどね。じゃあ、入りたい騎士団はないの?憧れの人がここに入団した、みたいな」

「あんまり考えたことないな。孤児だったし、とにかく食っていける仕事に就きたかったから。…商家の娘さんには分かんないだろうけど」


 リアがぱちくりと目を瞬かせる。何度か同じ動作を繰り返した後、口を開けて笑い出した。笑いは止まらず、お腹まで抱え出す。


「あはははは、はははっ…はあ。商家の娘かぁ。商家の娘ねぇ… そう見える?私、商家の娘っぽい?」


 皮肉で言ったつもりが大笑いされ、そう見えるかとも聞かれ、フィンは何も言えなくなった。


「ねぇ、もう一つ行きたいところがあるんだ。ちょっと付き合ってよ」

「え?」



 またもやうまく断れず、ついて行くことになった。入団先を早くに決めたいところだったが、どうせ決まらないだろうという諦めもあった。このまま路頭に迷ったら…という不安もあり、気を紛わせる何かが欲しかった。


「あ、知ってる?騎士学校の寄宿舎に鎧の騎士の幽霊が出る話。通ってたでしょ?見たことある?」

「養成所のこと?聞いたことあるけど、俺は見たことないよ。同室のやつが見たって言ってたけど…」

「へえ。あとは食堂のパンがめっちゃ硬いって聞いたけど本当?どのくらい?他には…」

急な質問責めを喰らい、タジタジになりながら答えていく。こんなことまで知っているのか、と頭の片隅に浮かべながら、また別のことを考える。


(騎士がダメだったら、この人のところで働かせてもらおう。)


 リアはきっと良いよ、と笑ってくれるだろう。          家族も優しい人達に違いない。


 道案内のお礼にとご飯を食べさせてくれる人はなかなかいないだろうから。


 騎士になれば、命の危険に晒されるのが常となる。国のために生きるのが良いことだと思っていたが、それだけではないのかもしれない。

 

 穏やかに生きていくという道を選んでもいいかもしれない。



 そういう未来も良いな、と思って歩いていると、後ろから何かが走ってくる音がした。ガチャガチャと音をさせながら近づいてくる。そして何かを叫んでいる。


「アリアー!!姫〜!ここら辺にいるだろー!!出てこーい!リカルドめっちゃ怒ってるよぉ!!帰ってきてよー …って、あっ!!ここ、ボクが前に美味しいって言ったとこじゃん!もしかしてここに来るために…」


 遠目に見ても顔の整っている中性的な騎士が叫んでいる。もう一人寡黙そうな騎士もいた。どうやら人を探しているようだ。


 姫と聞こえたが、まさかあの皇女のことだろうか?皇族がこんなところに来るのか?色々な考えがフィンの頭の中を巡るが、騎士の身につけているものが上級騎士を思わせる風貌のため、否定しきれない。


「ここで『姫』はやめてよね…」


 隣の少女が何と呟いたのか、フィンの耳に届くことはなかった。…が、寡黙な騎士には聞こえていたのか、タイミング良くフィンと少女の元へとやってくる。


「え!お、俺は何もしてないです。昼飯の代金は彼女が払ってて…あの、道案内をしたお礼だと言われて、それで…」


 近づいてくる上級騎士に慌てふためき、何故か弁明を始めたフィン。何を言っているのかは自分でもよく分かっていない。


 騎士はそんなフィンを一瞥しただけで気にも留めず、隣の少女の前で膝をつき、皇族に対する礼をとった。


「…お迎えに上がりました…戻りましょう…皇女殿下」


 小さな声で、しかしはっきりと言葉にした騎士。周囲がざわつき出す。フィンも背中から冷や汗が止まらない。

 

 信じられなかった。

 

 ついさっきまで自分と話していた少女が、

 焼飯を豪快に食べていた少女が、

 口を開けて大笑いしていた少女が、

 騎士の噂話を知っている少女が、


(皇女殿下…!)

 

 何か無礼なことはしていなかっただろうか。いや、していた気がする。普通に喋っていた。周囲にいる人達に話すのと同じように。これはまずいだろう。不敬罪だ、殺される。


 顔色がどんどん青くなり、腰を抜かしたフィンの隣で、少女がため息をつく。


「… 見つかってしまったのなら、仕方ありませんね」


 口調も先ほどと違い、態度や雰囲気すら皇族のそれとなる。


「騎士の方。機会があれば、またお会いしましょう」


 唇が弧を描き、優雅に礼をとる。紡ぎ出された声すらも高貴な身分を思わせる。


 そうして皇女は騎士を引き連れ、その場から離れていった。何やら言葉を交わしているようだったが、聞き取れた者はいなかった。



 残されたのは、腰を抜かした少年と、噂話が好きなご婦人方。


 皇女殿下がお忍びで来られた、と言った内容の話が夜には皇都全体に広がっているだろう。

 

 


 その後、少年は放心状態で身を寄せている宿へと戻った。放心状態ではあったがその瞳に迷いはなかった。

 

 かの皇女についている騎士団に入団すると決めたのだ。


 少年は、明日にでも門戸を叩きに行こうと決意して眠りについた。


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