鏡の中から子供の泣き声が聞こえてきたら
こんにちは、キンタです。
前回、鏡お姉さんの事を絶対にBBAって言っちゃ駄目だよって書いたら、言ったらどうなるの? っていうお便りをもらったんで教えるね。
ウーンと……そうだ! 例として、ある男の子の事を書くことにしよう。
その男の子は陽斗君っていうんだけど、朝登校して来たとき鏡お姉さんの姿見の前で、クソBBAって言っちゃったんだよ。
陽斗君は鏡お姉さんに言ったんじゃ無く別な人の事を言ったんだけど、前の日の夕方、悪ガキのグループが鏡お姉さんの姿見鏡に油性ペンで悪戯書きをして帰ったんだ。
その夜は僕たち物の怪が総出で姿見鏡の悪戯書きを消してたんだよ。
だから朝になっても鏡お姉さんの腹の中は煮えたぎったままだったんで、自分が言われたって勘違いしちゃったんだね。
それで陽斗君が休み時間にトイレに行った時に、偶々陽斗君以外にトイレ使用者がいなかったんで鏡お姉さんはトイレの鏡に手を伸ばして、陽斗君を鏡の中に引きずり込んじゃったんだ。
鏡の中に突然入っちゃうと、けっこう其処が鏡の中だって気が付かない物なんだよ。
だから陽斗君もトイレを出て鏡の中の教室に戻って行っちゃった。
でも此方側で陽斗君がいなくなったら騒ぎになるから鏡お姉さんは、鏡に映っていた陽斗君の残像を陽斗君として此方の世界に送り込んだんで、陽斗君が鏡の世界に入っちゃった事に誰も気が付かなかったんだ。
陽斗君は教室に戻ったけど誰もいないのに気がついて慌てて職員室に走り、職員室にも誰もいないってわかると、「お母さーん」って泣き叫びながら学校から家に向けて走り出る。
鏡の中の世界って誰も存在しないんだよ。
何で分かるのかって言うと、前に鏡お姉さんに鏡の中に入らせてもらった事があるから。
雲一つ無い青空が広がる下で子供たちが駆け回っているのを見て、僕が「僕も青空の下で広い校庭を駆け回りたいな」って言ったら、鏡お姉さんが此の中なら大丈夫よって言って鏡の中に入れてくれたんだ。
でも入らせて貰う前に1つだけ此れだけは絶対に守るようにって言われた事がある。
それは、鏡の中に入ったら絶対に入った鏡から出て来なくてはならないって事。
それ以外の鏡から出ると其処が自分がいた世界とそっくりに見えても違う世界で、1回でも違う鏡から出ちゃうともう2度と自分がいた世界には戻れなくなるんだって。
だから僕は1人ぼっちが嫌になるまで青空の下で走り回ってから、鏡の中に入った鏡お姉さんの姿見鏡から此方に戻って来たんだ。
それで陽斗君なんだけど、陽斗君は絶対に鏡お姉さんの事をBBAって言ったんじゃ無いって、皆んなで鏡お姉さんを説得して連れ戻す事にする。
でも、鏡お姉さんが姿を見せないで此方だよって呼びかけても絶対に怖がって近寄らないだろうから、僕が陽斗君を迎えに行く事になった。
鏡お姉さんの姿見鏡から鏡の世界に入り、鏡お姉さんの声に案内されて陽斗君の家に行って家の呼び鈴を鳴らす。
泣き顔でグシャグシャになった顔をした陽斗君が家のドアを開けてくれた。
陽斗君は僕を見て怪訝な顔になりながらも聞いて来る。
「君、誰?」
「僕は子狸のキンタ」
「子狸? 人間じゃん」
「此の姿は陽斗君、君を怖がらせない為に人間の少年の姿に化けてるだけだから」
「嘘だろ?」
って言われたから、その場でクルリとでんぐり返りして子狸姿に一度なり、それから直ぐもう一度でんぐり返りして少年の姿に戻る。
「ほらね」
陽斗君は目を丸くして驚いていたけど、僕が手を伸ばすと僕の手を掴んでくれた。
僕は陽斗君と手を繋ぎ学校まで歩く。
歩きながら陽斗君に聞いた。
「朝、鏡お姉さんに向けてクソBBAって言ったらしいけど本当なの?」
「鏡お姉さんって、誰?」
「あ、ごめん、出入り口の前にある大きな姿見鏡の事」
「あの鏡の前で……ウン、言った。
でも、鏡に向かって言ったんじゃ無くて、朝、家を出る時にお母さんに言われた事を思い出して……お母さんの事をクソBBAって言っちゃったんだよ」
「どうして? 言いたく無かったら言わなくて良いよ」
「僕のお母さん、僕を1人て育ててくれているんだけど、以前から今度の日曜日遊園地に連れて行ってくれるって約束していたのに、今日の朝になって仕事が忙しくて行けなくなったって言われたんだ。
前にも同じ事があったのを学校に着いてから思い出して……、お母さんの事そんな風に言っちゃいけないのに……クソBBAって言っちゃったんだ」
「そうだったんだね」
僕たちはそれから学校の物の怪の皆んなの事とか、陽斗君の夢とかを話しながら歩いていたら学校に着いた。
陽斗君を陽斗君が鏡の中に引っ張り込まれたトイレの鏡の前に連れて行ったら、鏡の向こう側に陽斗君のダミーの残像が待機していたので陽斗君の背中を押して鏡を潜るように言う。
「此の鏡を潜れば元の世界に戻れるから、さあ行って」
「キンタは来ないのかい?」
「僕が此方に来るのに使った鏡は此の鏡じゃ無いから、此処からは出られないんだよ」
「そうなんだ、キンタ、ありがとう」
陽斗君はそう言ってから鏡の中に潜り込んだ。
鏡の向こうで鏡から出た陽斗君は、大きな声で「お母さーん」って言いながらトイレから走り出て行く。
陽斗君が走り出て行くのを見送ってから、僕も鏡の世界から出る為に鏡お姉さんの下に向かった。
翌日の夜、皆んなでお喋りしてたら鏡お姉さんが僕たち皆んなに頭を下げながら、「ホント私の早とちりだったは、今日の朝ね、あの陽斗って子が私に向かって、クソBBAって言ってゴメンナサイって言って来たのよ」って笑顔で話してくれたんだ。
だから皆んなも鏡の中から子供の泣き声が聞こえてきたら、「入っちゃった鏡から外に出なさい」って声を掛けてあげてね、お願いだよ。