第8話 コロシアム
コロシアムに入った夜宵を待ち受けていたのは、凄まじい歓声と怒号の嵐だった。
この場にはエントリー用の多数の端末と、選手控室や会場近くにワープする、ポータル端末が設置されている。
実際に戦闘が行われているフィールドからは遠いが、壁に取り付けられたビジョンに試合映像が映し出されており、この場で観戦している人々も、口々に叫んでいた。
更には対戦カードとオッズも表示されているので、賭けに情熱を傾けている者たちが、真剣な眼差しで凝視している。
現地の観客たちの声も地鳴りのように響いており、元来が大人しい性格の夜宵には刺激が強いだろう。
しかし逃げ帰ることはなく、口をキュッと引き結んで、この場に留まる決意をした。
健気に耐える彼女を横目で見つめたジンは薄く笑うと、大仰なポーズで手を差し伸べた。
何事かと思った夜宵はポカンとしていたが、ジンは無視して芝居掛かった口調で告げる。
「ギルドバトルの会場はあちらです。 参りましょう、お姫様」
「え? え? え?」
豹変したジンを前にして、夜宵はわたわたと慌て、何を言えば良いかも何をすれば良いかもわからない。
ほとんどパニック状態だったが、限界が訪れる前にジンが体勢と口調を戻した。
「冗談だよ。 夜宵さんがガチガチだったから、ちょっと解してあげようかと思ってね」
「冗談……? そ、そうですよね、わたしがお姫様だなんて……」
「いや、そこは本当に……まぁ良いか。 それで、少しは落ち着いた?」
「は、はい。 なんとか大丈夫そうです、有難うございました」
「それは良かった。 定員オーバーになる前に、早く入ろう」
「あ……」
「ん? どうかした?」
「い、いえ、何でもないです」
「それなら良いけど……」
どう見ても何でもなくはないが、ジンは詮索せずにギルドバトルの会場近くにワープする、ポータル端末の1つにアクセスした。
瞬きする間にワープすると石畳の通路が伸びており、その奥から凄まじい熱気が伝わって来る。
夜宵も遅れることなくジンを追い掛け、チラリと彼の手に目を向けた。
このとき彼女は、ジンと手を繋げなかったことを少しだけ残念に思っていたのだが、その気持ちを全力で自身の中から追い出そうとしている。
人混みで、はぐれないようにする為と言う免罪符がない今、彼と手を繋ぐ理由はない。
それにもかかわらず、一瞬でも――夜宵視点で――邪な思いを抱いたことを、心の底から恥ずかしく思った。
羞恥のあまり顔を真っ赤にして俯き気味に歩いていると、前を行くジンから声が投げ掛けられる。
「夜宵さん」
「ひゃい……!?」
「……本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫です。 全くもって全然何も一切問題ありません」
「一応信じるけど……無理は禁物だからね?」
「は、はい……」
「じゃあ、話を続けるよ。 夜宵さんは、ギルドの事情についてどれくらい知ってる?」
「ギルドについて、ですか……」
変な声を出してしまったことで、より一層縮こまった夜宵だが、ジンの質問を聞いて真剣に考え込んだ。
ただし、その時間は極めて短い。
「何も知りません……」
夜宵の消え入りそうな声を聞いたジンは苦笑を浮かべると、足を止めないまま努めて明るく言い返した。
「実は、俺もあまり知らないんだ」
「ほ、本当ですか……?」
「嘘をついても仕方ないだろう? まぁ、全く知らないって訳でもないけど」
「そうなんですね……」
「ギルドに入るつもりがないから、わざわざ調べないんだ。 でも、コロシアムには割と来るから、上位の情報は自然と入って来る感じかな」
「納得しました……。 でも、どうしてギルドに入らないんですか? ジンさんなら、引く手数多だと思いますけど」
「興味ないからね」
「そ、そうですか……」
話しているうちに落ち着きを取り戻した夜宵は、純粋な疑問として尋ねたが、ジンの返答はにべもなかった。
しかし、彼の話は終わっていない。
「もう少し付け加えるなら、余計なしがらみを作りたくないんだ。 ギルドに入ってしまうと、なんとなくギルドメンバー以外とは、遊び難くなりそうでね」
「わかる気がします……」
「ギルドによってはいろんな決まり事があるし、そう言うの面倒なんだよ。 ゲームの中くらい、自由でいたいから」
「……そうですね」
ゲームの中くらい。
特に意味もなく言ったのかもしれないが、この言葉は夜宵の心に刺さった。
勿論、彼女にも大切な人たちはいる。
それでも、現実ではままならないことの方が、圧倒的に多い。
だからこそNAOと言うゲームに惹かれ、それは何も彼女に限った話ではないのだろう。
現実逃避と言われればそれまでだが、何事も付き合い方次第だとも言える。
夜宵は確かにこのゲームに力をもらい、現実でも活路を見出し始めた。
ジンのリアルがどんなものか気にはなるが、それを問い質すのはタブーだと思っている。
それゆえに夜宵は胸中で、何の助けにもならないと知りながら、彼の幸福を願った。
更に通路を進むと、大盛り上がりだった観客の声が1段階強くなり、目的地が近いことを知らせている。
石畳の床を踏み締めつつ、夜宵は鼓動が速くなるのを感じた。
そうして遂に、ギルドバトルの会場に入り――
「凄い……」
端的ではあるが、万感の思いを込めた呟きをこぼした。
右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、人、人、人。
想像を軽く超える数のプレイヤーが、今も繰り広げられている激しい戦いに、目が釘付けになっている。
最も多いのは、賭けでもしているのか単純に身内なのか、贔屓のギルドを熱狂的に応援している者たち。
次いで多いのは、スポーツ観戦感覚で純粋に楽しんでいる者たち。
少数ながら、偵察や情報収集をするかのように、真剣な面持ちでフィールドを注視している者たちも、ちらほら見られる。
目的は様々なようだが、これだけの人数が一堂に会するのを見るのは初めてだ。
ゲーム内時間で言えば真夜中にもかかわらず、会場に設けられた照明は万全らしく、昼間と変わらない明るさを保っていた。
この区画のフィールドだけでも、500m四方くらいはありそうで、それを囲うように階段状の観客席が作られている。
上空には大型ビジョンが全方位に向けて設置されており、どこからでも迫力満点の戦闘を見ることが可能。
天井はないので開放感が素晴らしく、今も夜空を花火が彩っている。
夜宵がそこまで考えたとき、横からジンが補足説明を入れた。
「今のフィールドは荒野だけど、試合ごとにステージがランダムで変わるんだ。 だから観客は飽きないし、同じカードでも勝敗がどうなるかはわからない。 得意なステージと苦手なステージがあったりするからね。 それから制限時間は5分で、回復アイテムの使用は認められていない」
「そう言う仕組みなんですね……」
「あと、普段はここまでいっぱいにはならないよ。 皆、自分のクエストもあるしね。 逆に言えば、次の試合はそれだけ注目されてるってことだ」
「と言うことは、そのカードは前々から組まれてたんですか?」
「察しが良いね。 エントリー方法は2つで、予約制と当日参加。 特定の相手と示し合わせて戦いたいときは、予約制にすることが多いかな。 俺みたいに相手は誰でも良いって人は、当日参加でも問題ない」
「当日参加だと、順番待ちになることもありそうですけど……」
「今のところ人気コンテンツだから、それは仕方ないね。 でも、俺はそこまで待たされた記憶ないかな。 パーティバトルとギルドバトルは1試合に区画を丸々使うけど、ソロとかペアは区画を更に区切って、同時に何試合かするし」
「それなら、回転は速そうですね」
「それより、もう少し奥に行こう。 入口は出入りが激しくて、落ち着いて観戦するには向いてない」
「あ……そ、そうですね」
これだけの広さだと現実ならろくに見えない場所もあるだろうが、システムの視覚的サポートと上空の大型ビジョンがあるので、その点は心配ない。
ジンの言葉に頷いて場所を移動しながら、夜宵は荒野を走り回る選手たちを観察する。
地面が平坦ではなく波打っているような地形なので、近接系のクラスは間合いに入るのに苦労しているようだ。
他方、魔法系や射撃系のクラスも、ところどころに転がっている分厚い岩が邪魔なようで、一概にどちらが有利とは言い難い。
フィールドでは、既に倒されたプレイヤーも含めて、12対12の計24人が戦っている。
どうやら、ギルドの人数差で勝負が決まらないように、出場者は最大12人と決まっているらしい。
観客からは選手たちが、ギルド別に赤と青のオーラを纏っているように見えているので、一目で敵味方の区別は付く。
加えて、大型ビジョンに各選手のHPゲージも映っており、戦況を把握することも容易。
ついでに言うと、観客が敵の位置を教えたりする不正を防ぐ為に、そう言った発言は自動的に選手たちに聞こえないシステムも備わっている。
NAOは様々な趣向を凝らしているゲームだが、ここは格別だと夜宵は思った。
そうこうしているうちに試合は終わり、勝ったのは赤のギルド。
喜びと落胆の声が聞こえるが、全体的には満足している空気が会場に漂っている。
夜宵にはどこのギルドかわからなかったが、そんなことはどうでも良い。
大事なのは、他のクラスがどのようなアーツを使い、どう言う立ち回りを見せるかだった。
その点で言えば大いに収穫があったので、夜宵は何事かを考えながらも満足している。
彼女の様子を見たジンは内心で嬉しく思いつつ、口に出したのは別のこと。
「この辺りで観ようか。 そろそろ、次の試合が始まるし」
「あ、はい。 先ほど言っていた、ランキング1位と2位の試合ですね」
「そうだよ。 ステージは……」
そう言ってジンが大型ビジョンに視線を向けると、表示されたのは『廃墟ステージ』と言う文字。
それを見ても夜宵は特に何も思わなかったが、ジンは違った。
「これはまた、片方に若干有利なステージになったな」
「そうなんですか?」
「うん。 両者の間に明確な実力差はないけど、このステージに限っては、『ロボ魂』の方が少し勝率が高いんだ」
「ろぼだましい……?」
「ギルド名だよ。 何でも、ロボット好きが集まったギルドらしい。 全員ガジェットだし。 ちなみに、今のランキング1位だ」
「ふむふむ……。 もう1つのギルドは、どんなところなんですか?」
「『Garden Of Lilly』ってギルドなんだけど……」
そこで言葉を切ったジンは、何とも言い難い微妙な顔で夜宵を見つめた。
どうしたのかと思った夜宵は不思議そうにしていたが、ジンは顔を正面に戻すと、何事もなかったかのように話を再開させる。
「マスターは女性で、自分好みの女の子を集めてるみたいだよ。 可愛い子を愛でるのが趣味だって、公言している」
「そ、そうなんですか……。 でも、アバターが女性だからって、本人もそうだとは限りませんよね?」
「その辺りの詳しい事情は知らないけど、厳しい面接があるとか聞いたことあるな」
「……徹底してますね」
「まぁ、本気で女性だけのギルドを作ろうと思うなら、いろいろと気を付けないといけないだろうしね」
「それは……そうかもしれません……」
夜宵もネットとリアルの複雑な事情はある程度把握しており、どこまでが本当でどこからが嘘なのか、見極める力が必要だと思っている。
もし悪意を持った男性が女性だけのギルドに入ったら、ろくでもないことになるのは想像に難くない。
『Garden Of Lilly』のマスターがどうしているのかは知らないが、きちんと管理していることを願うばかりだ。
少し深刻そうになった夜宵を見て、ジンは余計なことを言ったかと思ったが、次の瞬間には意地悪な笑みを浮かべて爆弾を放り投げた。
「夜宵さんはどうなの?」
「え? わたしですか?」
「男性か女性、どっちなのかなって」
「そ、それは……」
「案外、40代のおじさんだったりして」
「ち、違います……! わたしは……」
「はい、ストップ。 それ以上は軽々しく言わない方が良いよ。 誰が聞いてるかわからないしね」
「あ……はい……」
「真面目で素直なのは夜宵さんの美点だけど、こんな簡単に引っ掛かるなんて心配になるな」
「うぅ……返す言葉もありません……」
ジンにからかわれたと知った夜宵だが、自身の甘さを不甲斐なく思った。
顔を赤くして俯く彼女にジンは苦笑を浮かべて、元気付けるように言葉を紡ぐ。
「今後は気を付けたら良いんだよ。 夜宵さんなら、きっと同じミスはしないから」
「……善処します」
「ほら、顔を上げて。 試合が始まっちゃうよ」
「は、はい」
気を取り直した夜宵がフィールドに目を向けると、ちょうどステージが切り替わるところだった。
荒野が消え去り、現れたのはまさに廃墟。
崩れ落ちた多数の廃ビルが立ち並び、都市にミサイルでも撃ち込まれたような惨状である。
現実でこのような光景を見れば卒倒ものだが、これはあくまでもゲーム。
雰囲気を出す為の演出に過ぎない。
夜宵も、一瞬でステージが様変わりしたことにだけ驚いており、それ以上の感想はなかった。
すると、大音量の音楽とともに左右のゲートが開き、選手が入場して来た。
それに合わせて、最高潮だと思われていた会場が、更にヒートアップする。
凄まじい勢いに押されそうになりながら、夜宵はランキングトップクラスのギルドメンバーの姿を確認しようとしたが――
「あれ……?」
会場に姿を現したのは、たったの2人。
他のメンバーはどうしたのかと夜宵が戸惑っていると、隣に立つジンが解説を挟んだ。
「このカードは、毎回1対1なんだ。 最大人数で出ないといけないルールはないからね。 ソロバトルでやれば良いのにって思うけど、ギルドランキングを競ってる関係で、こう言う形にしてるんじゃないかな」
「そうなんですか……。 でも、どうして1対1なんでしょう?」
「あの2人がギルド関係なく、対抗心を持っていることが最大の理由だと思う。 それと他のメンバーじゃ、この戦いに付いて来れないんだろう」
「そんなになんですね……」
ジンの解説を聞いた夜宵は、改めて2人を眺める。
向かって右側から入場して来たのは、艶やかな雰囲気の見目麗しいエルフの女性。
肉眼では詳細までは見えないが、ビジョンに大きく映っている為、はっきりと姿を認識出来た。
選手紹介によると『Garden Of Lilly』のリーダーで、名前はアンジェリカ。
クラスはセイジと言って、魔法系の初期クラスを全て最大レベルにしたプレイヤーがクラスチェンジ出来る、上位クラスだ。
特性はAPの自然回復量が、他のクラスよりも多いこと。
セイジのアーツは全体的にAPの消費が激しいので、それを補う役割を担う。
威力と範囲を重視した攻撃魔法系アーツと、回復、補助系のスキルを使いこなす、攻守両面においてパーティの要となり得る存在だ。
身長は女性にしては高く、170cmほどあるかもしれない。
胸元はなんと夜宵よりも豊満で、少し動くだけで揺れてしまっていた。
ウェーブの掛かった金髪を腰まで伸ばしており、翠の瞳はこの世の物とは思えない――ゲームだが――美しさを誇っている。
薄い緑の豪奢なワンピースドレスに身を包み、赤い宝石が付いた白金のサークレットで頭を飾っていた。
これらは『プリンセスドレス・黒』と同じくガチャアイテムの衣装なので、防具が何かは判然としない。
そんな中で目を引くのは、手に持つ杖。
先端に天使の羽根が付いており、杖の本体には2匹の蛇が、螺旋状に絡み付いている。
ジンの剣にも匹敵する存在感を放っており、夜宵は思わず息を飲んだ。
そんな彼女の一方で、ジンも感心したように呟く。
「『ケーリュケイオン』……遂に手に入れたのか」
「ジンさん、知ってるんですか?」
「セイジ専用の現時点では最強の杖で、レア度はSランク。 持ってる本人じゃないと、そのアイテムの所持者の数を確認出来ないから正確な人数はわからないけど、たぶん10人も持ってないんじゃないかな。 潜在能力もかなり優秀だし、セイジなら誰しも欲しがると思う。 まぁ、今回は役に立たないけど」
「潜在能力って、Sランク装備にだけ備わってる特殊効果ですよね? 役に立たないのは、どうしてですか?」
「効果が敵を倒した際にAPを5%回復だから、集団戦には強いけど1対1には適してないんだ。 と言っても、武器の性能自体が飛び抜けてるから、どちらにせよ最強の装備だね」
「そう言うことですか……」
ジン先生の講義(?)を受けた夜宵は、腑に落ちたように頷いた。
彼女も装備に関する知識はかなりのものだが、ジンには遠く及ばない。
特にSランク装備ともなると、入手はおろか詳細を把握することすら困難なので、ほとんど知らないと言える。
今更ながらジンの装備が気になった夜宵だが、その好奇心は一旦横に置いて、再びフィールドに意識を戻した。
「アンジェリカ様~! 頑張って下さ~い!」
「こっち向いて~!」
「あんな奴、スクラップにしちゃいましょう~!」
ギルドメンバーと思われる女性たちからの、黄色い声援――ときどき物騒なものも混ざっている――を浴びたアンジェリカは、気品溢れる仕草で手を振っている。
まさにお嬢様と言った立ち居振る舞いで、夜宵もうっかり見惚れそうだったが――
「あら……?」
一瞬、ほんの一瞬だけ、アンジェリカの口元がだらしなく緩んだのを、彼女は見逃さなかった。
だからどうと言う訳ではないが、夜宵はなんとなく見覚えがある気がしている。
しかし、今はそれどころではないと思い直し、もう1人の選手に目を転じた。
鋭利なフォルムの装甲で組み上げられた、漆黒のガジェット。
身長はかなり高く、2mを優に超えている。
パッと見では近寄り難い印象だが、『ロボ魂』のリーダーで名前はGunちゃんと、可愛らしいものだ。
クラスはスナイパーと言う、射撃系の初期クラスを全て最大レベルにした者がクラスチェンジ出来る、上位クラスである。
特性は他クラスより遠くまで見渡せる、視力。
命中精度を高める効果もあるが、いち早く敵を発見出来ることも強みだ。
長距離攻撃を得意にしているのは言うに及ばず、敵を弱体化させたり動きを阻害するスキルも兼ね備えており、特にボス戦で重宝される。
ガチャアイテムで、見た目を自分好みのフォルムに変形させているのか、彼も防具の詳細はわからない。
2人とも見た目からは防具が識別出来ないが、間違っても弱いと言うことはないだろう。
そしてGunちゃんの武器も、一見するだけで普通ではないと思わされた。
黒1色で染め上げられた、長大なライフル。
物々しい雰囲気を醸し出しており、尋常ではないプレッシャーを感じた夜宵は、ジンに尋ねた。
「もしかして、あのライフルもSランクですか?」
「良くわかったね。 スナイパー専用武器で、名前は『ブラックリベリオン』。 今のところ、ライフルの中なら最強だ。 こっちも所持者は、10人もいないと思う。 彼も前回までは持ってなかった気がするけど……今日の為に用意したのかもね」
「そうなんですね……。 ちなみに、潜在能力は何ですか?」
「『ケーリュケイオン』と同じく今回のバトルには関係なくて、25%の確率で自身のレベル以下のモンスターを即死させる。 流石にボスには効かないけど、状況によってはかなり強力だ」
「なるほどです……」
「お互いに潜在能力は無意味で、装備の性能はほぼ同じだと思われる。 となると勝敗を左右するのは、クラス相性とプレイヤーの実力かな」
「ジンさんは、どちらが勝つと思いますか……?」
「ステージを考慮したら、Gunちゃんがやや優勢だと思う。 でも、覆せない差じゃないし、結局はやってみないとわからない」
「そうですよね……」
淡々と解説と見解を述べるジンの言葉を、自身の中に浸透させて行く夜宵。
彼女にとってジンとの会話は、非常に有意義なものである。
もう1度『ロボ魂』サイドを見やると、『Garden Of Lilly』とは対照的に、かなり暑苦しい声援が飛び交っていた。
「アニキ! やっちまってくだせぇ!」
「あの女に地獄見せてやりましょう!」
「『ロボ魂』には敵わねぇって、骨の髄まで思い知りやがれ!」
機械戦士の見た目で、どこぞの怖いお兄さんのようなことを叫ぶ姿は中々にシュールだが、気の弱い夜宵は思わず体を震わせた。
もしこれが現実だったら、今頃気を失っていたかもしれない。
このような人たちを束ねるリーダーは、さぞかし恐ろしい人物だと思ったが――
「うるせぇぞ、テメェら! 他の人たちに迷惑だろうが!」
「「「「「サーセンッ!!!」」」」」
観客席に振り向いたGunちゃんが一喝すると、途端にメンバーが大人しくなった。
意外なやり取りを見た夜宵は唖然としていたが、ジンは「やれやれ」と言った感じで肩をすくめている。
他の観客たちも笑っている者が大半で、どうやらこの一幕は、いわゆるお約束らしい。
そのことを知った夜宵がホッと胸を撫で下ろしていると、アンジェリカが小さく笑声を漏らした。
そしてこれが、戦いのゴングとなる。
「クスクス……相変わらずですわね、Gunちゃんさん」
「あ? 何か言いたいことでもあんのか?」
「いいえ、別に。 ただ、狂犬の群れを飼い慣らすのは、大変そうだと思ったまでですわ」
アンジェリカとGunちゃんの距離はかなり離れているが、マイクが音声を拾うことで会話が成立している。
手で口元を隠しながら笑う様は、上品で優雅に見えるものの、嘲りを大量に含んでいるのは明らか。
そのことに逆上した『ロボ魂』のメンバーは罵声を飛ばしたが、Gunちゃんが無言で右手を挙げることで収まった。
とは言え、彼もこのまま済ませるつもりはない。
「どうってことねぇよ。 そう言うテメェこそ、相変わらずお人形遊びに夢中みてぇだな」
「……何ですって?」
「本当のことだろーが。 自分好みの女をとっかえひっかえして、遊んでんだろ? お人形遊びみてぇなもんじゃねぇか」
反撃を受けてもアンジェリカは笑みを絶やさなかったが、夜宵の目は彼女の口の端とこめかみが、ヒクヒクしているのを捉えていた。
どう見ても激怒している。
一方、『ロボ魂』のメンバーは調子に乗っていたところを、Gunちゃんに「うるせぇッ!!!」と怒鳴られていた。
どうやら彼は、アンジェリカに激しい口撃を仕掛けながらも、それはあくまで1対1の範疇だと思っているらしい。
律儀なのか何なのか良くわからず、夜宵は半ば呆れていたが、何故だか嫌いにはなれなかった。
すると今度は、立ち直ったアンジェリカが言葉の矢を射掛ける。
「そうですか。 可哀想な貴方には、わたくしたちの愛の形が理解出来ないのですね。 あぁ、ロボットなんて子どもじみた趣味に興じる人には、土台無理な話でしたか」
「あぁ!? ロボは男のロマンなんだよ! 馬鹿にしてんじゃねぇ!」
「嫌ですわ、大声で喚いて。 いくら精神年齢が幼いからって、もう少し節度を弁えて欲しいですわね」
「こんの野郎ッ……! お人形遊びばっかしてる奴が、偉そうに言ってんじゃねぇぞ!」
「また、お人形遊びって言いましたね……? 良いでしょう。 口で言ってわからないなら、力ずくでわからせてあげます」
「はん! それはこっちのセリフだっつーの! 覚悟しやがれッ!」
その言葉を最後に2人は戦闘態勢に入り、同時に機械音声が流れた。
『On your mark』
会場が静まり返ったが、それは嵐の前の静けさだ。
制限時間5分を表すタイマーが出現し、試合開始を知らせるランプの赤が灯り、次も赤。
最後の緑が光り、ブザーが鳴り響いた瞬間――戦いの火蓋が切られた。
会場は一気に再燃し、誰しもがこれから繰り広げられる、激戦を期待している。
プレイヤーの疾走速度は現実より圧倒的に速いとは言え、2人は500m近く離れていた上に廃ビルが乱立している為、激突するにはまだ時間が掛かる――かに思われたが――
「く……!」
「ちッ! 直撃は避けやがったか」
開始10秒足らず。
廃ビルを貫通して飛来した弾丸が、アンジェリカの腕を掠めてHPゲージを微かに削る。
スナイパーである以上、長距離からの攻撃が可能なのはわかっていた夜宵だが、流石にここまでだとは思っていなかった。
どこかの廃ビルからGunちゃんが放ったアーツは、【シャープ・ショット】。
大した威力ではないが、通常攻撃より長い射程と貫通力が持ち味で、弾速も速い。
セイジにはここまで長距離かつ貫通性能の高いアーツがないので、この【シャープ・ショット】がある限り、接近されるまではGunちゃんの独壇場。
もっとも、スナイパーなら誰にでも出来るかと言えば、そのようなことはない。
いくら貫通弾が撃てようと、相手に当てられなければ意味がないからだ。
スタート地点が遠く多数の廃ビルが乱立するこのステージで、見えない敵を精確に狙撃するなど、尋常ではない腕前だと言える。
特性である視力を駆使してアンジェリカを索敵し、次にどう動くか相手の性格や癖まで含めて、心理を読む力に長けているようだ。
流石に必中とは行かないが、伊達にトップギルドのリーダーを名乗ってはいないと、夜宵は感心している。
Gunちゃんは逐一場所を変えながら隙を窺い、ほんの僅かでもチャンスがあれば、アンジェリカが物陰に隠れていようと【シャープ・ショット】を撃ち続けた。
そのうち何発かを彼女は被弾しているが、辛うじてクリーンヒットは許していない。
とは言え――
「チクチクチクチク……ああもう、鬱陶しいですわね!」
「だったら出て来たらどうだ? 楽にしてやるぜ?」
「うるさいですわね! 冗談は趣味だけにして下さい!」
「おい待て! 俺の趣味が冗談ってどう言うことだ!?」
「そのままの意味ですわ!」
「マジで許さねぇ! 泣いて謝っても遅いからな!」
一方的に攻撃されっ放しのアンジェリカは、ストレスMAXである。
優雅な所作も忘れて罵り合ってはいるが、まだ冷静さを失っている訳ではない。
それはGunちゃんも同じで、言動に反して極めてクレバーな戦い方を貫いていた。
自身の場所は可能な限り悟らせず、それでいて確実にアンジェリカを追い詰めている。
しかしながら彼女は、苦心の末にGunちゃんとの距離を、かなり詰めることに成功した。
何も相手の性格や癖を熟知しているのは、彼だけではない。
アンジェリカもGunちゃんの動きを予測して前に進み、今は廃ビルの2階に身を潜めている。
すぐに撃って来ないと言うことは、少なくともまだ居場所は気付かれていないらしい。
だが、問題はここからだ。
距離が近くなればなるほど被弾のリスクが上がり、このままではGunちゃんの元に辿り着けるかさえ怪しい。
それでも、制限時間のことを考えれば、悠長に作戦を練っている余裕はなかった。
覚悟を固めたアンジェリカは深呼吸し、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「やってやろうじゃない……!」
マイクにも拾われないほどの小声で宣言した彼女は、目を閉じて集中力を高めた。
【精神統一】。
10秒間チャージすることで、60秒間魔法攻撃の威力を50%アップする、アクティブスキル。
ソーサラーとセイジが習得可能で、クールタイムが120秒と長いことも問題だが、今はチャージ時間の方が深刻である。
「そこかッ!」
「う……!」
【精神統一】を発動したエフェクトによって位置がバレたアンジェリカは、【シャープ・ショット】を3発受け、そのうち1発はクリーンヒット。
一気に20%近くのHPゲージを持って行かれたが、それでも彼女は【精神統一】を続けた。
その後も何発かがアンジェリカを捉え、見る見るうちに彼女のHPゲージが0に近付く。
会場は歓声と悲痛な叫びに覆われ、最後の1発が銃口から撃ち出された瞬間――廃ビルが爆発した。
何事かと観客の多くは驚いていたが、ジンはニヤリと笑い、夜宵は真剣な眼差しを注ぎ、Gunちゃんは――
「……けッ! 間に合わなかったかよ!」
悔しそうではあるが、どことなく楽し気に吐き捨てた。
彼の視線の先にいるのは、全身から眩いオーラを立ち昇らせるアンジェリカ。
その堂々たる佇まいは、残りHPが10%を切っているとは思えない。
もっとも彼女とて、この状態でGunちゃんに勝てるとは思っていなかった。
『ケーリュケイオン』で地面を突いた瞬間に出現した、薄緑色の巨大な魔法陣。
光がアンジェリカの体を優しく包み、HPゲージを60%近くまで回復した。
【ヒーリング・サークル】。
範囲内の味方のHPを50%回復するアクティブスキルで、ヒーラーとセイジが習得可能。
クールタイムが120秒あるので過信は禁物だが、このゲームにおいては貴重な広範囲回復手段。
特に回復アイテムが使用出来ないコロシアムでは、起死回生の一手になり得るだろう。
これでもアンジェリカの不利は揺るがないが、彼女もそれくらいのことは重々承知。
ただし、受けに回らざるを得なかった今までとは違う。
Gunちゃんとの距離はまだあったが、今のアンジェリカなら問題はない。
高々と『ケーリュケイオン』を掲げた彼女は、先端を振り下ろし――
「砕け散りなさい!」
「うお……!?」
大爆発。
辺り1面を、数棟の廃ビルもろとも吹き飛ばした。
【クリムゾン・フレア】。
指定した座標に爆発を起こすアーツで、発動までの時間がやや長めと言う欠点がある反面、威力と攻撃範囲は優秀。
【精神統一】で威力が上がっている為、またもに喰らえば甚大な被害が出るだろう。
ギリギリのところで廃ビルから身を投げたGunちゃんはノーダメージだったが、全くもって安心出来なかった。
生き残った廃ビルの陰に身を隠し、なんとか反撃しようとしながら、それが難しいことを理解している。
何故なら――
「どんどん行きますわよ!」
【クリムゾン・フレア】を連発させるアンジェリカによって、この一帯の廃ビルが、ことごとく掃除されてしまうからだ。
最初からこうしておけば良かったと思うかもしれないが、その場合は間違いなくAP切れになっていただろう。
予想通りの展開にGunちゃんは舌打ちしつつ、【クリムゾン・フレア】の攻撃範囲から逃れようとした。
それでも完全に回避することは不可能で、ジリジリとダメージを蓄積して行く。
そうして暫く爆発が続き、近辺の廃墟が更地になった頃には、2人のHPゲージは逆転していた。
遮蔽物が何もないフィールドで対峙した2人は無言でいたが、先に口を開いたのはGunちゃん。
「やっぱ、あそこで仕留められなかったのはミスだったな。 あれで俺の、大体の場所がわかったんだろ?」
「そうですね。 ですが、悲観する必要はありませんわ。 貴方がミスしたのではなく、わたくしが上を行ったまでのことですから」
「ちッ……まったく、相変わらずいけ好かねぇ女だ。 まぁ良いや、決着を付けようぜ」
「元よりそのつもりですが、この状況でわたくしに勝てるとでも?」
アンジェリカの言葉は挑発ではなく、本気でそう思っていた。
距離を詰めたことで、【シャープ・ショット】の利点はほぼなくなっている。
無論、スナイパーにも他のアーツはあるが、威力勝負になればセイジに軍配が上がるはずだ。
【精神統一】の効果が切れたとは言え、そもそものクラスコンセプトが、そう言う設計である。
【クリムゾン・フレア】の連発でAPが心許ないが、今のGunちゃんを倒し切るくらいなら、どうと言うこともない。
しかし、彼にはまだ秘策があった。
「さぁな、やってみねぇとわかんねぇぜ?」
「な……!?」
瞬間、Gunちゃんの姿が掻き消える。
想定外の事態にアンジェリカは驚愕したものの、混乱はしていない。
以前までのGunちゃんは使用していなかったが、知識としては知っているからだ。
【キープ・ステルス】。
30秒間姿を消す、ハンターとスナイパー用のスキルで、クールタイムは60秒。
効果時間が経つか自分が攻撃する、あるいは敵から攻撃を受けると解除されるが、それまでは完全に気配を消すことが可能。
アンジェリカのHPは残り60%程度だが、スナイパーに一撃でそれだけの火力を出せるアーツはない。
だからこそ彼女はGunちゃんが一旦距離を取って仕切り直し、持久戦に持ち込もうとしているのかと思ったが、すぐにその考えを捨てた。
持久戦になれば、もう1度【ヒーリング・サークル】が使える。
そのことを考えれば、Gunちゃんには一刻の猶予もないはずだ。
つまり、【キープ・ステルス】の効果が切れる前に、ここで勝負を仕掛けて来るに違いない。
そう判断したアンジェリカは、敢えて攻撃させて反撃で仕留める方針にしようとして――
「……いいえ、それは甘い考えですわね」
これまで何度もぶつかり合ったGunちゃんの性格を知り尽くしている彼女は、そう結論を下した。
彼ならば必ず、負けて本望ではなく、勝つべくして勝つ選択をするはず。
奇妙な信頼関係で答えを出したアンジェリカは、自身も決死の覚悟で挑むことにした。
だが、【キープ・ステルス】発動中は見えないだけではなく、足音や声も聞こえない為、どれだけ注意深く探っても無意味。
そこまで考えたアンジェリカは数舜瞑目すると、強硬策に出る。
彼女を中心に凄まじい竜巻が発生し、会場に突然の嵐が訪れたかのようだ。
【フィアフル・サイクロン】。
任意の場所に竜巻を発生させて敵を斬り刻む、攻撃魔法系アーツ。
【クリムゾン・フレア】より威力は低く範囲も狭いが、発動速度はかなり速い。
もっとも、この場合は違った狙いがあるが。
途轍もない暴風に自分が吹き飛ばされそうになりながら、アンジェリカは辺りに鋭く視線を走らせ――見た。
「もらいましたわ!」
舞い上げた埃が不自然な動きをしたことで、Gunちゃんの居場所を突き止めた彼女は、この戦いを終わらせるべく『ケーリュケイオン』を振り下ろそうとして――
「いいや、1歩遅ぇよッ!!!」
砲撃。
Gunちゃんが構えた『ブラックリベリオン』から、極太のレーザーを放った。
本来のスナイパーではあり得ない攻撃を前に、アンジェリカはあらんばかりに瞠目し、咄嗟に『ケーリュケイオン』でガードする。
辛うじて直撃は避けたが威力が凄まじく、このままでは押し切られそうだ。
敗北の2文字が脳裏を過ぎったアンジェリカは腕の力を抜こうとしたが、可愛いギルドメンバーたちの為に歯を食い縛り、最後の手段を取る。
「ただではやられないわよ、ポンコツ!!!」
「……!? テメェ、まさか……!?」
アンジェリカが恥も外聞もなく叫んだ瞬間――2人を【クリムゾン・フレア】が飲み込んだ。
辺りに土煙が巻き上がり、どうなったのかと観客たちは騒めいている。
そうして、視界が戻って来たあとには――
「はぁ……不覚ですわ……」
「だから、それはこっちのセリフだっつーの。 くそったれ」
ボロボロの状態で倒れ込む、2人の姿があった。
見るも無残な有様で、HPはともに0になっている。
この場合はどうなるのかと、再び会場は騒然としていたが、システムは誠に冷静だ。
『DRAW』
ブザーと同時に発せられた機械音声を聞いて、アンジェリカとGunちゃんは嘆息した。
対する観客たちは呆然としていたが、1人が拍手し始めたことでそれが広がり、すぐに万雷の拍手となる。
両者ともに声援が送られ、力なく立ち上がった2人は手を振った。
そのまま別れていれば良いのだが、彼女たちに限ってはあり得ない。
「それにしても、回復スキルまで使って勝てねぇなんて、やっぱりテメェはまだまだだな」
「はぁ? あんたこそ、離れたところからこそこそ攻撃して、恥ずかしくないの? 男なら、正々堂々としなさいよね」
「はん! 考えが古いな、これも立派な戦術なんだよ。 文句があるなら、テメェもスナイパーになれば良いだろうが」
「嫌よ、あたしはセイジが好きなんだから。 大体、今から射撃系クラスのレベリングなんか、面倒だし」
「なら、ガタガタ文句言ってんじゃねぇ」
柔和な笑みで悪態をつくと言う、器用なことをやってのけているアンジェリカだが、当然マイクが切れているのは確認済みだ。
同一人物とは思えない変貌ぶりにもかかわらず、Gunちゃんが動揺した素振りは見られない。
それは、2人が何度も相まみえた結果であり、彼女の本性を知るプレイヤーは彼だけだ。
当初は戸惑ったGunちゃんだが、何故だかすんなりと馴染み、いがみ合いながらも心底嫌いにはなれずにいる。
一方のアンジェリカも、本心では素の自分を出せる相手として、Gunちゃんを認めていた。
お互い、口が裂けても言わないが。
その代わりに尚も舌戦を続けていた2人だが、突如としてアンジェリカが真面目なトーンで声を発する。
「それよりあんた、最後の砲撃ってユニークアーツでしょ? こんなところで使って良いの?」
ユニークアーツ。
クラス別のアーツとは別に存在する、そのプレイヤーにだけ許された唯一無二の、まさに奥の手。
習得方法は不明で、何らかの条件を達成した者が使用可能になるらしい。
使用者の数は不明だが、一説によると数えられる程度だとも言われていた。
通常のアーツとは比べ物にならない絶大な威力を誇るが、それに伴う様々な発動条件や代償がある。
それゆえ、ユニークアーツの詳細は基本的には極秘であり、大勢の前で使うものではないのだ。
だからこそアンジェリカは釘を刺したのだが、Gunちゃんの反応はあっさりしたものだった。
「あん? 別に構わねぇよ、最初から隠す気なんてねぇし。 あぁ、【キープ・ステルス】を使ってたから、結果的には隠すことになったか」
「そうだけど、見る人が見ればなんとなくはわかるわよ。 代償までは、わかんなかったけどね」
「テメェの考えが合ってるとは限らねぇぜ? 精々、思い込みで足をすくわれねぇように、気を付けるんだな」
「ご忠告どーも。 とにかく、あんまり乱発しない方が身の為よ。 ま、あんたがボロカスに負けまくるなら、それはそれで面白いんだけど」
「負けねぇよ! じゃあな、性悪女。 言っておくが、ランキングではテメェらが下なんだからな? 忘れんじゃねぇぞ?」
「うっさいわね、ちょっとの差じゃない! 今に追い抜いてやるんだから!」
最後まで喧嘩腰だったが、表面上はあっさりと左右に分かれてゲートに向かった。
そんな2人を観客たちは盛大な拍手で送り出し、姿が見えなくなってもそれは続いた。
結果は引き分けだったものの、誰しもが試合内容に満足しているらしい。
夜宵も彼女たちの戦いを賞賛し、拍手を送っていたが、その顔には極めて真剣な表情が浮かんでいる。
そのことが意外だったジンは、それとなく声を掛けてみた。
「夜宵さん、どうしたの?」
「……え? な、何がですか?」
「いや、何か考え込んでるみたいだったから。 まさかとは思うけど、2人の戦いを見て怖くなったとか?」
返事までにタイムラグがあった夜宵を不審に思いつつ、得意の軽口を飛ばすジン。
しかし彼女は、どこまでも真面目に答えを返した。
「いえ、そう言う訳ではないです。 ただ、凄く勉強になったので、今のうちにしっかり頭に入れておこうかと」
「勉強って、あの人たちの戦いが?」
「はい、凄く参考になりました。 トップレベルのスナイパーとセイジの動きを近くで見れたのは、とても大きな経験です」
「まぁ、確かにね。 自分が試合に出ることを考えたら、クラスの特徴には詳しい方が良いし。 特に、Gunちゃんがユニークアーツを使えることを知れたのは、かなりラッキーだ」
「わ、わたしが試合に出ることはないと思いますけど……。 それよりもしかして、アサルト・タイガーにとどめを刺したのって……あ、いえ、何でもないです」
以前、ジンがアサルト・タイガーを葬ったアーツは、夜宵にとって未知のものだった。
だからこそあれが、彼のユニークアーツかと思ったのだが、それを聞き出すのはマナー違反。
そう考えた夜宵が咄嗟に誤魔化したにもかかわらず、当の本人はあっけらかんとしている。
「うん、俺のユニークアーツで、名前は【ディヴァイン・バースト】だよ」
「……随分と正直に教えてくれるんですね。 わたしが誰かに話すとは、思わないんですか?」
「思わないし、仮に知られたところで関係ない。 あれを対人戦で使うことは、ないだろうから」
「そうなんですか?」
「絶対とは言えないけど、たぶんね。 理由を説明するには、詳細を話さないといけないんだけど……聞きたい?」
「け、結構です」
「だよね」
本音を言うと気になる夜宵だが、プイっとそっぽを向いて聞く耳を持たなかった。
まだ浅い付き合いではあるものの、ジンは彼女のこう言う子どもっぽい仕草が嫌いじゃない。
もう暫く、夜宵の横顔を眺めていたかったジンだが、そうも言っていられない事情があった。
「それじゃあ、今度は俺の行きたいクエストに付き合ってもらおうかな」
「あ……はい、わかりました。 何に行くんですか?」
背けていた顔をジンに向けた夜宵は、少し緊張しながら問い掛けた。
夜宵としては当然の疑問であり、ジンにしても予想通りの質問である。
それゆえ普通なら、このあとの展開はクエストを確認して出発――のはずだったが、ジンは笑ったまま何も言わない。
返事がないことに驚いた夜宵は、目をパチクリさせて真意を尋ねようとしたが、その必要はなかった。
「お、おい、対戦カード見たか!? ジンがペアバトルに出るんだってよ!」
「嘘だろ!? ソロバトルの間違いじゃねぇのか!?」
「間違いじゃねぇって! 何度も確認したんだからな!」
「信じられない! ペアの相手は誰なの!?」
聞きたくもない声が耳に入って意識に届いたとき、夜宵は一瞬にして血の気が引く思いをした。
何かの間違いであって欲しいと青ざめた顔でジンを見たが、彼の笑顔は更にパワーアップしている。
一縷の望みに懸けた、夜宵の儚い祈りは――
「夜宵ってサムライだよッ!!!」
木端微塵に打ち砕かれた。
そんな彼女の頭上では、今夜最大の花火が炸裂していた。