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第7話 ギルドシティ

 岩石地帯を出発して約10分が経ち、夜宵たちは整備された街道を歩いていた。

 夜ではあるがゲーム特有の仕様で、視界は充分に確保されている。

 この辺りまで来ると、モンスターの出現率もかなり低くなっており、見渡す限り草原が広がっていることから、奇襲を受ける心配もほとんどない。

 それゆえ2人はのんびりした気分で、満天の星空を時折見上げながら、散歩を楽しんでいる。

 夜宵は以前からこのような感じだが、いつも効率ばかりを求めていたジンにも、心境の変化があったようだ。

 彼女たちの間にほとんど会話はないものの、穏やかな時間が続いている。

 走ればとっくに着いていただろうが、ゆっくり歩いている為、通常よりかなり時間が掛かっていた。

 それでも目的地まではあと少しで、流石に夜宵もそこがどこかわかっている。

 ただし、目的は謎のまま。

 何故ならそこは、夜宵にとって全く馴染みのない場所だからだ。


「着いたよ」

「ここって、ギルドシティですよね……?」


 わかり切ってはいたが、高い外壁を見上げながら問い掛ける夜宵。

 ギルドシティ。

 その名の通り、様々なギルドが拠点を構える都市である。

 種族関係なくプレイヤーが集まっている為、各種族の町よりも規模が大きい。

 今更ではあるがギルドとは、プレイヤー同士でチームを組むようなシステムだ。

 パーティを組み易かったり、互いに情報交換出来るなど、様々なメリットがある。

 また、毎週ギルドランキングが更新され、上位のギルドには報酬が与えられる。

 ギルドランキングは所属メンバーの数やレアアイテムの入手数、クエストのクリア状況など、様々なデータを元に判断されるようだ。

 夜宵の問は場所の確認と言うよりは、「どうしてここに?」と言う疑問を込めたものだったが、ジンはサラリと流して言葉を紡いだ。


「そうだよ。 あ、入る前にドレスに着替えてね」

「え、でも、先ほどみたいなことにならないでしょうか……」

「たぶん何とかなると思う。 手は考えたから」


 ヒューマンタウンで起きた出来事を思い出した夜宵は、不安そうに顔を曇らせる。

 しかし、ジンはニコリと笑うとウィンドウを操作して、彼女にトレードを申請した。

 それを見た夜宵は拒否しようとしたが、その間際にジンが言葉を滑り込ませる。


「もうあんなことになるのは、お互い嫌だろう? だったら、素直に受け取って欲しい」

「……わかりました」


 先制攻撃を受けた夜宵は反撃しようとしたが、手立てが見付からず白旗を上げた。

 彼女が諦めたのを確認したジンは1つ頷き、手早くアイテムを選択する。

 それを見た夜宵は溜息をつきつつ、ヤケクソ気味に今日のデイリークエストで得た、全てのアイテムをトレードに出した。

 可愛い(?)反抗にジンは苦笑を浮かべながら、『合意』にタッチする。

 夜宵も続いてタッチして、トレードが完了した。

 ジンの狙いを悟った夜宵は、ドレスに着替えるとすぐにアイテムを使い、装備とは別のアクセサリー欄に設定する。


「……どうですか?」

「うん、良いんじゃないかな」

「有難うございます……」

「お礼を言う割には、嬉しそうじゃないね」

「……気のせいですよ」


 夜宵の口元を黒のヴェールが覆い、彼女の顔を隠した。

 これがジンの与えたアイテム、『フェイスベール・黒』。

 『プリンセスドレス・黒』や『ステルス・スキン』ほどではないが、夜宵には手が出せない高級品。

 何やら楽しそうなジンに比べて、夜宵はまたしても施しを受けたようで不満だったが、確かにこれなら大丈夫かもしれないと思った。

 ヴェールの下でふくれっ面を作っている、夜宵の気持ちにジンは気付いていたが、知らんぷりをして次のステップに移る。

 ウィンドウを何度かタッチした瞬間、鎧姿だったジンが、現実のファッションのようなコーディネートになった。

 白い長袖のカットソーに、黒のスラックス。

 極めてシンプルである反面、ジンと言う素材が飛び切り優れている為、夜宵にはスーパーモデルか何かのように見えている。

 兜で隠れていたのでわかり難かったが、ジンの髪型は、いわゆる無造作ヘアーの1種。

 鎧姿のときでも容姿が優れていることはわかったが、こうして普段着になると、より一層際立っている。

 呆然と立ち尽くす夜宵に構わず、更にジンはウィンドウに指を走らせ、黒のハットを目深に被った。

 仕上げとして、彼も使っていたらしい『ステルス・スキン』の効果を発動すれば完璧。

 これなら、普段のジンしか知らない者たちは、彼だと気付かないだろう。

 自分で自分を写真に撮ったジンは、問題がないかチェックして、夜宵に呼び掛けようとしたのだが――


「……夜宵さん?」


 彼女が自分をジッと見ていることに、戸惑った声を落とした。

 それに答えることなく夜宵はジンを凝視していたが、ハッと我を取り戻すと、赤くなった顔を慌てて背ける。

 何とも言えない奇妙な静寂がその場を支配し、ジンですらどうするべきか迷ったが、意外にも状況を打破したのは夜宵だった。

 残念ながら、正常な判断力は失われていたようだが。


「ジ、ジンさんのアバターも……その……す、素敵ですね」

「……そうかな? 有難う」

「い、いえ、どういたしまして……。 で、でも、その帽子を被っていれば、混乱は避けられそうです」

「その為に用意したからね。 さて、そろそろ中に入ろうか」

「そ、そうですね」


 夜宵に褒められたジンは、僅かに頬を赤らめて照れ臭そうにしていたが、自身の発言を猛烈に後悔していた彼女には見えなかった。

 甘酸っぱい空気が辺りに充満する中、どちらからともなくギルドシティに向かって足を踏み出す。

 ドレス姿とシンプルなカジュアルコーデと言う組み合わせは、現実世界なら異様に見えるだろうが、このゲームにおいてはさほど珍しくない。

 都市の門を潜ると、中は摩訶不思議な空間だった。

 大勢のヒューマン、エルフ、ガジェットが、種族関係なく往来を行き来し、服装もバラバラ。

 町並みも全く統一性がなく、レンガ造りの屋敷の隣に木が絡み合って出来た家が建っているかと思えば、向かい側は機械仕掛けの建物だったりする。

 これはそれぞれのギルドが、好き勝手に拠点を作っている結果だ。

 好き勝手とは言ったが、拠点を作るには莫大なゲーム内通貨が必要なので、全てのギルドが拠点を持っている訳ではない。

 場所や広さも、条件が良いほど価格が高騰する関係上、拠点の出来栄えがギルドの力を示している側面もある。

 都市の外からは見えなかったが、夜空を見上げると花火が咲き乱れ、あちらこちらから騒がしくも楽しそうな声が聞こえた。

 まさにお祭り騒ぎで、賑やかなどと言う言葉では到底足りない。

 初めて来た夜宵は、あまりの熱気に圧倒されている。

 様々な異世界が混ざり合ったような、カオスな状況に目を回しそうだったが、ジンに手を握られて強制的に意識を呼び戻された。


「人が多いから、はぐれないようにしよう。 まぁ、パーティを組んでるから、最悪どこかで合流は出来るんだけど」

「わ、わかりました」

「良し、じゃあ付いて来て」

「は、はい」


 壊れたオモチャのように、コクコクと何度も頷く夜宵。

 今の彼女にとって、頼れるのはジンだけだ。

 もし見捨てられでもしたら、本気で泣いてしまうかもしれない。

 無意識に手を握る力を強くした夜宵に微笑み掛け、ジンは人混みを縫いながら歩き始めた。

 人の数が多いとは言え、ギルドシティの道は相当広く設計されているので、身動きが取れないほどではない。

 それでも夜宵は、必死そのものでジンを追い掛け、ジンは夜宵が遅れないようにエスコートしている。

 人がごった返していることと変装したお陰で、2人が声を掛けられることはなかった。

 もっとも、隠し切れない美男美女のオーラが、人目を引いてはいたのだが。

 暫く足を動かし続けていると、人混みを抜けて開けた場所に出た。

 ようやく安心出来た夜宵は胸に手を当てて嘆息し、そんな彼女を見たジンは苦笑をこぼしている。

 しかし、夜宵には悪いが、のんびりしてばかりもいられない。

 何故ならジンにとっては、ここからが本番なのだから。


「夜宵さん、大丈夫?」

「は、はい……。 それより、ここはいったい……?」


 なんとか立ち直りつつある夜宵は、ようやく辺りを見渡すことが出来た。

 大通りほどではないが、多くのプレイヤーが集まっており、何やら殺気立っている。

 そして眼前に聳え立つのは、石造りの巨大な施設。

 左右に目を走らせても全容は窺い知れず、途轍もない広さだと推察出来た。

 中からは血気盛んな声が聞こえて来るが、やはり先ほどまでと異質の騒がしさである。

 そこまで考えた夜宵は、自身の知識と照らし合わせて、答えを導き出した。


「もしかして、コロシアムですか?」

「その通り。 やっぱり、来るのは初めて?」

「はい、ギルドシティ自体が初めてなので。 ここがそうなんですね……」


 NAOでは基本的にPVP(プレイヤー対プレイヤー)は出来ないが、このコロシアムだけは例外だ。

 広大な敷地を4区画に分け、1対1のソロバトル、2対2のペアバトル、パーティ単位のパーティバトル、ギルド対抗のギルドバトルが行われている。

 カードにもよるので断言は出来ないが、注目を集め易いのはギルドバトルだろう。

 特に上位のギルド同士の戦いはランキングに直結するので、最高潮の盛り上がりを見せる。

 更に、どちらが勝つか賭けるシステムもあり、自分では参加しないプレイヤーの中にも、入り浸っている者は多い。

 夜宵がそんなことを脳内で復習しながら、活気溢れるコロシアムをぼんやり見上げていると、目を離した隙に姿を消していたジンが前方から歩いて来た。

 彼の顔には眩しいくらいの笑顔が浮かんでおり、非常に魅力的ではあるのだが、嫌な予感がした夜宵はおっかなびっくり尋ねた。


「あの、ジンさん、どこに行ってたんですか……?」

「ちょっとね。 それより、折角だから観戦して行かない? 今からビッグカードの試合があるみたいだよ」

「ビッグカードですか?」

「うん。 今のランキング1位と2位の、ギルドバトルだって。 要するに頂上決戦だね」

「それは……凄そうですね」

「だろう? 夜宵さんは、他の人が戦ってるところをほとんど見たことないだろうから、きっと面白いと思う」

「そうですね……。 今まではあまり考えたことなかったですけど、正直なところ興味あります」

「決まりだね。 立ち見になるのは仕方ないとして、今ならまだ入れるはずだよ。 あ、入場料とかはないから、安心して」

「それは助かります。 急ぎましょう」


 誘いに乗った夜宵は、どことなくウキウキした様子で、コロシアムの入口に向かった。

 その後ろを歩むジンが、ニヤリとした笑みを浮かべていることに気付かないまま。

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