第3話 橋渡しを託されて
同日の午後。
アヴニール本社では、NAOの定例会議が行われていた。
基本的な内容はいつも通りで、大きなトラブルもなく運営出来ている。
当然と言うべきか、ユーザーから不満の声もあるが、すぐに対応可能なものもあれば、長期的に改善しなくてはならないものもあった。
運営としての方針との兼ね合いもあるので、全ての要望を聞くことは、実質的に不可能。
それでも、NAO運営は比較的良心的だと評判。
誠志郎もその一員として誇りを持っており、今日も精力的に参加していた。
若い彼が前に出ることを、川上のグループを筆頭に煙たく思う者もいるが、どちらかと言うと好意的に捉えられている。
そして、そんな誠志郎に大きな話が舞い込んで来た。
「今度のオフラインイベントにおける質疑応答のコーナーだが、桐生くんに担当してもらおうと思う。 NAO運営の代表として、しっかりと頼むぞ」
「……! はい、お任せ下さい」
ディレクターの澤本から指示を受けた誠志郎は、一瞬だけ目を丸くしてから了承した。
机の下で拳を握り、静かにやる気を滾らせている。
しかし、そこに異議を唱える者がいた。
「お待ち下さい。 初めてのオフラインイベントの大事なコーナーを、経験の浅い桐生に任せるのはリスクが高いです」
言わずもがな、川上だ。
それに合わせて彼の取り巻きたちも、口々に反論を述べていたが、プロデューサーの原口がそれを制する。
「川上くんの懸念ももっともだが、これは決まったことだ」
「ですが……」
「確かに桐生くんの経験は、決して豊富とは言えない。 だが、それを補うだけの能力を持っている。 そして若いと言うのは、必ずしもマイナスとは限らない。 何故なら、ユーザーとの距離感が近いからだ。 場合によっては、彼にはユーザーとの懸け橋的な存在になってもらおうと思っている」
原口からも評価を受けた誠志郎は、正直なところ少し意外に感じている。
以前の超高難易度クエストの会議で、異議を申し立てた自分は、良い印象を持たれていないと考えていた。
しかし、澤本も原口も運営のトップとして、確固たる信念を持っている。
そんな2人にとって誠志郎は、NAOを良くする為に必要な人材だと判断された。
そのことを察した川上は、苦虫を嚙み潰したような表情で誠志郎を睨んだが、彼は真っ向から受け止めてみせる。
ますます川上は苛立ちながら、なんとか冷静さを失ってはいない。
この辺りは彼も、優秀な人物には違いないことを表していた。
その後も、オフラインイベントを議題に会議は進み、やがて解散となる。
順番に会議室を出て行く中、誠志郎も撤収準備に入っていたが――
「調子に乗るなよ、桐生。 お前には、まだ早い。 恥をかく前に、今からでも辞退したらどうだ?」
またしても、川上。
取り巻きも背後に控えている。
内心で嘆息した誠志郎は、仕方なく振り向いて告げた。
「お断りします。 これは僕にとって、大きなチャンスなので」
「ふん、やはり調子に乗ってるな。 NAOの看板を背負うようなものだぞ? お前に務まると思ってるのか?」
「やり遂げてみせます。 僕のことより、ご自分の心配をした方が良いんじゃないですか?」
「何だと……?」
「確かに川上さんは、セイヴァーの開発を始めとして、NAOに多くの貢献をしました。 ですが、最近は目立った活躍が見られません。 だからこそ、コーナーの担当を僕に回したんじゃないでしょうか」
「な……!? 桐生、お前!」
「これでも僕は、貴方に敬意を持っています。 これ以上、ガッカリするような行動は慎んで下さい。 失礼します」
一方的に話を切り上げた誠志郎は、川上たちを置いて会議室を出て行った。
残された川上は怒りに震え、取り巻きたちも憤懣やるかたない思い。
彼らの負の感情を無視して、誠志郎は業務に戻るべく歩みを進めていたが――
「あ、あの!」
突然、背後から声を掛けられた。
振り返った誠志郎の目に映ったのは、同僚の若い女性。
何事かと思った誠志郎は、取り敢えず尋ね掛ける。
「何か?」
「その……コーナーの担当、頑張って下さい! 応援してます!」
「……有難うございます」
「じ、じゃあ、失礼します!」
伝えたいことを伝え終えたのか、女性は去って行った。
顔を紅潮させており、至極恥ずかしそうにしている。
その反応を見ても、何も感じないほど、誠志郎は鈍感ではない。
だが、嬉しいかと言えば、複雑な気分。
何故なら、彼には既に想い人がいるからだ。
「夜宵さんは、来るんだろうか……」
難しい顔で通路に佇み、真剣に考え込む誠志郎。
ゲーム内のフレンドでしかないにもかかわらず、彼は夜宵に恋していることを自覚している。
リアルでも女性かどうかは、はっきりしていない。
だとしても、誠志郎は自分の気持ちが本物だと言い切れた。
本音を言えば、彼女と一緒にプレイヤーとして、オフラインイベントに参加したいほど。
もっとも、彼が私情を持ち込むようなことはなく、小さく頭を振って意識を切り替える。
大きな仕事を与えられて浮かれるのではなく、しっかりと成し遂げるべく準備を進めなければならない。
これから忙しくなると思いつつ、誠志郎は前を向いていた。
ここまで読んで頂き、有難うございます。
次回「火の神殿に行こう」は明日の7:30に投稿予定です。
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