第6話 効率だけが全てじゃない
夜宵たちが最後のデイリークエストを受ける頃には、夕方になっていた。
NAOにも時間の概念はあるが、流石に現実世界とは流れが違う。
時間帯によって、出現するモンスターが変わることもあるので、当然の仕様とも言えるが。
ゴブリン討伐クエストを完了したあとは、薬草採集や運搬クエストなど、非常に地味な作業を行っていた。
収入面だけで言えば他のクエストを受けた方がよほど良いものの、ジンは意外と満足している。
それは、普段効率の良いクエストばかりしている彼が、NAOの世界を満喫出来たからだ。
VRゲームであるNAOは、フィールドの作り込みなどにも、かなり力を入れている。
ゴブリンと戦いながら森を散策し、草原で薬草を採集し、村から村への道を歩いた。
改めてこの世界を知ったジンは、いつもとは別の角度から楽しむことが出来ている。
夜宵も、ジンが思ったより楽しんでいることに安堵しつつ、目の前のクエストに意識を戻した。
「目的地は、この崖の上ですね」
「そのようだね」
砂漠エリアの岩石地帯に来た2人は、聳え立つ岩の壁を見上げながら言葉を交わした。
最後のデイリークエストは採掘クエストで、ここにある鉱石を入手することで達成となる。
やること自体は簡単ではあるが、この崖を登るのは中々大変だと思ったジンは、少し遠回りにはなるものの、確実に到達出来る道を選ぼうとした。
しかし、夜宵は違う。
「では、行きましょう」
「行くって……ここから?」
「はい。 ギリギリですけど、正しいルートで跳躍すれば届きます」
「……そうなのか」
この世界での跳躍力は常人より遥かに高いが、それを踏まえてもジンは難しいと感じていた。
だが、彼女が出来ると断言するのなら、本当に可能なのだろう。
そう判断したジンは目を鋭く研ぎ澄ませ、正解のルートを割り出そうとした。
夜宵に聞けば手っ取り早いが、これは彼の意地である。
そのことを察した夜宵は、負けず嫌いなジンを優しく見守っていた。
それから10秒ほど経って小さく息をついたジンが、夜宵に声を掛ける。
「待たせたね」
「流石ですね、もうわかったんですか」
「たぶんだけど。 じゃあ、俺から行くよ」
「わかりました」
そう言って大地を踏み締めたジンは、全力で跳躍した。
崖の小さな出っ張りに着地し、間髪入れずに次の足場に跳ぶ。
少しでもタイミングがずれたら止まってしまうので、躊躇うことは許されない。
自分を信じて連続で跳躍したジンは、最後の大ジャンプを敢行し――頂上に足を着けた。
何の収入にもならず、レアドロップがあった訳でもないのに、大きな達成感を得たジン。
少し遅れて到着した夜宵は、安心したように息を吐き出すジンを見て、微笑を浮かべた。
「やっぱり、ジンさんは凄いです。 わたしなんて、初めは何度も転げ落ちましたよ」
「そうなんだ?」
「はい。 でも諦め切れなくて、1時間以上掛けてやっと登れるようになりました」
「……なるほどね」
目を細めて思い出話をする夜宵に対して、ジンは彼女が強い理由の片鱗を見た気がしている。
自分は安全で確実なルートを選択しようとしたが、夜宵は険しい岩壁を登ることを諦めず、最後までやり通した。
そのメンタリティの違いが、彼女との差なのかもしれない。
ジンはそう考えたが言葉にはせず、目当ての鉱石を見付けると、剣で斬り砕く。
砕かれた鉱石は自動でジンの元に集まり、クエストを達成した。
それを見た夜宵も彼に倣い、刀で鉱石を斬り裂く。
本日のデイリークエストを全てクリアしたことで、ささやかながらボーナスのゲーム内通貨も入手した。
ジンにとっては微々たるものだが、彼は充実した気分になっている。
夜宵は、少なからずジンを楽しませられたことを喜んだが、彼女はまだこの場に用があった。
「ジンさん、こちらに来てくれますか?」
「ん? まだ何かあったっけ?」
「いえ、クエストは終わりです」
「じゃあ何なの?」
「それは来てからのお楽しみです」
「……わかったよ」
崖の端に立った夜宵に呼び掛けられて、ジンは不審に思いながらも歩み寄る。
それを確認した夜宵は視線を正面に向け、隣に立ったジンは彼女が何を見ているのか目で追った。
その先には――
「これは……」
「どうですか?」
「……凄く綺麗だね」
「そう言ってもらえて、良かったです。 ここ、わたしのお気に入りの場所なんですよね」
「そうなんだ……」
視界を遮る物が何もない中、水平線に沈み行く夕日。
それほど変わった光景ではないかもしれないが、ジンは自身の言葉通り、綺麗だと思った。
このゲームのことは、誰よりも熟知していると思っていた彼が、夜宵と出会ってからは驚かされ続けている。
だが、悪い気はしておらず、それどころか新鮮な体験が出来て、楽しいと感じていた。
暫く呆然としていたジンだが、ふとあることが気になって、夜宵に問い掛ける。
「もしかして、採掘クエストを最後にしたのって、これの為?」
「えぇと……はい。 良いタイミングで、ここに来れそうだったので……すみません」
「なんで謝るの?」
「だ、だって、何の相談もなくわたしの独断で決めちゃったので……」
「そんなこと気にしなくて良いよ。 デイリークエストのことを夜宵さんに任せたのは俺だし、そのお陰で良いものを見せてもらえたんだし。 むしろ、お礼を言いたいくらいだ」
「そ、それこそ気にしないで下さい。 わたしが見たかっただけなので……」
「じゃあ、この話はここまでにしよう。 良いね?」
「……はい」
自分の都合に付き合わせたと思った夜宵は心苦しくなったが、ジンの言葉を受けて気が楽になった。
尚もモジモジしている夜宵を微笑ましく思いながら、ジンは今度は自分の番だと内心で張り切っている。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「あ……はい。 次は、ジンさんの行きたいクエストにしましょう」
恥ずかしさを誤魔化すように踵を返した夜宵は、1番近くのポータル端末から町に戻ろうとしたが、その前にジンが待ったを掛けた。
「それなんだけど、俺が行きたいところはここからそれほど離れてないから、歩いて行かない?」
「そうなんですか。 わかりましたけど、どこに行くんですか?」
「それは、あとのお楽しみだよ。 さぁ、行こう」
「……はい」
自分の言いようを真似された夜宵は少し憮然としつつ、大人しく従った。
そんな彼女に苦笑を見せたジンは、意気揚々と前を歩く。
何なら、鼻歌まで歌っていた。
彼が上機嫌なのは結構なのだが、このとき夜宵はなんとなく不穏な空気を感じ――それは正しかった。




