第19話 魔砲守護クエスト
此度のエマージェンシークエストは、雷雲の下にある都市で行われる。
ストーリー上ではガジェットがメインのエリアで、近未来的な建物が多く、今まさに敵に狙われている最中――住民は避難済みと言う設定――だ。
地形は平坦なものの、ビルなどの遮蔽物が多く、見通しが悪いのが特徴的。
フィールドの印象はそれくらいだが、途轍もなく存在感を放っているものが3つ。
1つは、空に映し出された都市の全体マップ。
これによって、敵の位置などを把握することが可能だ。
もう1つは、夜宵たちの背後に鎮座する、巨大な砲台を持つ兵器。
最後の1つは、その兵器が照準を合わせている、遠く離れた機械の巨人。
プレイヤーが直接戦うことは出来ないが、ギガント・タイタンと言う呼称がある。
そして、これらが今回のクエストの鍵だ。
クエスト名は、魔砲守護クエスト。
その名の通り、魔砲と呼ばれるこの兵器を、敵の軍勢から守り切るのが目標。
最終的には、エネルギーがチャージされた魔砲の一撃によって、ギガント・タイタンを破壊することでクリアとなる。
逆に言えば、プレイヤーが無傷だろうと、魔砲を破壊されてしまえばクエスト失敗。
単純な戦闘力だけではなく、戦況を正確に把握する能力などが試される。
性質上、いくら強くても通常は単独でのクリアは至難。
夜宵であっても例外ではなく、辛うじてクリア出来る程度。
ただし、ギリギリのクリアだとリザルト評価が低くなるので、ドロップアイテムは渋い物ばかりだった。
もっとも、フルレイドでもクリアが困難なレベルなので、ソロで挑戦すること自体がおかしいのだが。
話が少し逸れたが、要するにエマージェンシークエストの中でも、高難易度だと言うことだ。
そんなクエストにたった5人で挑むと言うのに、誰1人として委縮している者はいない。
夜宵に至っては、初めて複数人でこのクエストを受けられることに、ワクワクしてすらいる。
すると、お気楽な彼女をよそに、真剣な面持ちのseiが鋭い声を発した。
「それぞれやり方はあるだろうが、今回は僕の指揮下に入って欲しい」
「あ? なんでだよ?」
「言っただろう。 キミたちの実力を知る為だ」
「その上から目線……気に入りませんわね。 何の権限があって、貴方に指図されなければならないのですか?」
一方的なseiの物言いに、Gunちゃんとアンジェリカが不満を露にする。
始まる前から険悪な雰囲気を醸し出す3人に、夜宵はどうしてものか迷ったが、今回だけはseiに味方することにした。
「Gunちゃんさん、アンジェリカさん、すみませんけどseiさんの言う通りにしてくれませんか? きっと、何か考えがあると思うので」
「夜宵ちゃん……。 仕方ねぇな、今回限りだぜ?」
「はぁ……夜宵さんにお願いされては、断れないではないですか。 言っておきますがseiさん、下手な指示を出したら承知しませんわよ?」
「感謝する。 夜宵さんも、有難うございます」
渋々ながら承諾したGunちゃんとアンジェリカに、端的な礼を述べるsei。
それでいて夜宵には満面の笑みを向けるのだから、わかり易いと言うか何と言うか。
残念ながら、彼女には届いていないが。
「気にしないで下さい。 わたしは、ただ楽しく遊びたいだけなので。 スノウさんも、よろしくお願いしますね」
「わかっているわ。 seiに従うのは癪だけれど、こちらも試させてもらうから」
「望むところだ。 では、Gunちゃんは北西のタワー、アンジェリカは東の競技場に陣取ってくれ。 スノウはここで待機して、接近して来る敵を迎撃。 夜宵さんは、大型モンスターを中心に狙って下さい。 僕は遊撃として動く。 それから全員、クエスト中はパーティコンタクトを開いておいてくれ。 何かあれば、すぐに連絡する」
「わかりました」
スラスラと紡がれたseiの指示に、返事をしたのは夜宵だけだった。
Gunちゃんとアンジェリカは一瞬反論しかけつつ、大人しく受け入れたらしい。
2人が魔砲から離れて、持ち場に着くのを見送りながら、夜宵は集中力を高めた。
その背中をスノウは見守り、やがて開戦のときがやって来る。
『オォォォォォ』
ギガント・タイタンが唸り声を上げると同時に、夥しい数の機械兵が都市を埋め尽くす。
名前はマシン・トルーパーで、討伐推奨レベルは35。
マシンガンで武装しており、遠距離攻撃が得意。
見た目としては、ガジェットとモンスターが融合したような姿。
若干ホラーな敵で、現実の弥生なら泣いてしまうほどかもしれないが、夜宵としての彼女なら問題ない。
「行きます」
短く言い残した夜宵が、全速力で駆け出した。
方角は北東。
マップ上だとそこが大きく光っており、強敵が出現したことを示している。
いつもなら、基本的には全ての敵を迎え撃っていた夜宵だが、スノウが控えている今、打って出ない理由はない。
瞬く間に都市を駆け抜けた夜宵が目にしたのは、ビルを突き破りながら魔砲に向かっている、敵の兵器。
取り巻きのマシン・トルーパーより3回りは大きく、左腕がマシンガンで右腕がドリル。
討伐推奨レベル45の強敵、ドリル・ガンナー。
離れれば銃、近付けばドリルで攻撃して来る、中々に厄介な相手だ。
夜宵が目視すると同時に相手も気付いたようで、すかさず銃口を向けて来た。
もっとも――
「ふッ……!」
彼女の敵ではない。
銃撃と同時に【絶影瞬駆】で接近しつつ、ドリル・ガンナーにカウンターで斬り掛かった彼女は、取り巻きを巻き込む形で【旋風裂陣】に繋げた。
しかも、ただ闇雲に攻撃したのではない。
接近した際に、マシン・トルーパーの1体が銃弾を放とうとした瞬間を狙ったことで、【旋風裂陣】のカウンターが成立している。
それによって威力が上昇している訳だが、それでも彼女の装備では、取り巻きすら倒せないはずだったが――
「やっぱり、効果は強力ですね……」
感心したように呟く夜宵。
彼女の見る先では、ドリル・ガンナーを守るように囲っていたマシン・トルーパーたちが、塵となって消え去っていた。
このようなことを可能にしたのは、ジンに相談した末に習得したスキルの恩恵である。
【見切りの極意】。
カウンターの威力が25%上昇する代わりに、被ダメージも25%上昇する、サムライ専用のパッシブスキル。
まさに諸刃の剣で、下手をすればただ弱体化するだけだ。
だが、ほぼ完全にカウンターを決められる夜宵が習得した場合、無類の強さが手に入る。
自己評価の低い夜宵は習得を迷っていたが、ジンの言ったように、彼女の為にあるようなスキルと言っても過言ではない。
何はともあれ、スキルの力を実感した夜宵は、気分が昂るのを止められなかった。
あっと言う間に仲間を失ったドリル・ガンナーが、頭上からドリルを突き下ろす。
しかし、夜宵にとってはカウンターの材料でしかなく、余裕をもって回避しつつ【双刃疾風】を繰り出した。
超速の2連斬がドリル・ガンナーの右脚を斬り裂き、部位破壊する。
バランスを崩したドリル・ガンナーは、なんとかドリルを地面に突き立てて支えとしたが――それまで。
「はぁッ……!」
大きな隙を見逃すことなく、【双刃疾風】の連打を叩き込む夜宵。
カウンターではない為、1発の威力は低いが、纏めれば充分な火力となる。
全身を斬り刻まれたドリル・ガンナーは、成すすべなく虚空に溶けた。
そうして、強敵と呼ばれるモンスターを瞬殺した彼女は、休むことなく次なる戦場に向かう。
大型モンスターが主目的な夜宵だが、道すがら出くわしたマシン・トルーパーも処理して行った。
これはスノウの負担を減らしつつ、カウンターを取ることでAPを回復することを目的としている。
このように夜宵が怒涛の活躍を見せていた一方で、他のメンバーも自分たちの戦いを繰り広げていた。
「ちッ……seiの野郎、良い場所を知ってやがる。 普段通り動いても問題なかっただろうけどよ、次からもこっちを使うか……」
ブツブツを呟きながら、ライフルを撃ち続けるGunちゃん。
認めたくはないが、seiが指定したポイントはGunちゃんにとって最高のポジションだった。
都市の構造上、どうしても遮蔽物が邪魔にはなるが、それが最小限で済んでいる。
それだけではなく、魔砲に辿り着くには必ず通らなければならない道が狙い易く、非常に楽な戦いが出来ていた。
とは言え、それは彼が凄腕のスナイパーだからこそ可能なのだが。
それでも、スナイパーである自分が本職ではないseiに劣っているように感じて、プライドが刺激されたGunちゃん。
だが、すぐに思考を切り替えて、魔砲に迫って来る敵を狙撃する。
彼は短気な性格に思われることもあるが、実際は自分を律することの出来る大人だ。
seiに教えられたとは言え、知った以上は最早自分の力。
そう割り切って知識や能力を吸収出来るからこそ、今の地位にまで上り詰めたと言える。
そして何より、Gunちゃんが強者だと言うことは紛れもない事実。
「おっと、来たか」
それまでは、散発的にやって来るマシン・トルーパーを仕留める作業に終始していたが、ここからが彼の本当の仕事だ。
速度はさほど速くないものの、上空を飛行する爆撃機。
これはモンスターとは違い、ギミックの1種だ。
通常、撃墜するには都市に点在する銃座を利用する必要があるが、スナイパーならその手間を省略出来る。
もっとも、並のスナイパーでは攻撃が届くだけで、撃墜するまでに時間が掛かる為、銃座を使った方が速いケースも多いが――
「腕の見せどころだな!」
『ブラックリベリオン』を力強く構え、Gunちゃんが爆撃機に狙いを定める。
ガジェットなので口はないが、気持ちの上では1つ深呼吸し、引き金を引いた。
放たれた【シャープ・ショット】は見事に爆撃機を捉え、たった1発で爆散させる。
断っておくが、本来はこれほど容易に墜とせない。
ところがGunちゃんは、爆撃機の弱点部位であるコアを精確に撃ち抜くことで、今のようなことを成し遂げた。
この弱点部位は、地上からだと辛うじて目視出来る程度の大きさなので、狙って撃つなど普通は考えられないが、それを実行出来るのが『ロボ魂』のギルドリーダー。
神業とすら言える技を披露していたGunちゃんの一方で、アンジェリカも負けていない。
「どうしてこの競技場を選んだのか不思議だったけど……そう言う魂胆だったのね」
単独行動しているのを良いことに、素に戻ったアンジェリカ。
彼女の視界に映るのは、広い競技場に雪崩れ込んで来たマシン・トルーパーの群れ。
何度もこのクエストを受けているアンジェリカだが、このような展開になったのは初めてだ。
では何故、今回はそうなったかと言えば――
「seiの奴、まるで牧羊犬ね。 上手く立ち回って雑魚どもをここに集めるなんて、やるじゃない」
と言うことである。
遊撃として戦場を駆け回っていたseiは、敵の思考パターンを利用して、アンジェリカの元にマシン・トルーパーたちを誘導していた。
そのことを悟ったアンジェリカは、不敵に笑って『ケーリュケイオン』を構える。
敵を集めることに成功したとは言え、それを処理出来るかどうかは別問題だが、こう言った場面は彼女の得意分野だ。
「吹き飛びなさい!」
『ケーリュケイオン』を掲げて、声を発するアンジェリカ。
それと同時にマシン・トルーパーたちが【クリムゾン・フレア】に飲み込まれ、跡形もなく蒸発する。
【精神統一】が必要ないほど、圧倒的な殲滅力。
ちなみに、開戦時から【ゲイン・フォース】は、継続的に使っている。
何より脅威的なのは、『ケーリュケイオン』の能力によって、APが尽きないこと。
事実上、この競技場にやって来たマシン・トルーパーは、漏れなくアンジェリカの餌食となる運命にある。
現実の軍隊であれば、こう言った事態に陥った際は臨機応変に対応するのだろうが、所詮は決められた動きしか出来ないゲームのモンスター。
滅ぶしかないにもかかわらず、次から次へと突入を繰り返していた。
そんな敵を相手にすることに、アンジェリカは退屈している――かと言えば、そうとも言い切れない。
そもそも彼女がセイジを好んで使っているのは、こうした大規模掃討戦を楽しむ為だからだ。
作業的に戦うのが好きと言う訳ではないが、大勢の敵を一撃で消し飛ばすことに快感を覚えている。
ある意味、ストレス解消のようなものかもしれない。
また、少しばかりのバリエーションも加えていた。
敢えて大量の敵を溜めてから【クリムゾン・フレア】で吹き飛ばすこともあれば、【フィアフル・サイクロン】で斬り刻むこともあるし、【アクア・ニードル】で蜂の巣にすることもある。
更に――
「久しぶりに使おうかな!」
アンジェリカがテンション高めに言い放った途端に、競技場の地面が割れてマシン・トルーパーたちが落ちて行った。
そしてすぐさま元に戻ることで、噛み砕くように圧殺する。
【グラン・ファング】。
広大なフィールドでしか使えず、飛んでいる敵には効かないと言う欠点を持つが、ほとんどの敵を一撃必殺に出来るセイジのアーツ。
流石に大型モンスターやボスモンスターには効果がないが、このような掃討戦ではかなり便利だ。
汎用性では【クリムゾン・フレア】に劣るものの、攻撃範囲と発動までの時間、威力では【グラン・ファング】に軍配が上がる。
こうしてアンジェリカが、様々なアーツを駆使して自身の役割を全うしていた頃、彼女は粛々と任務を遂行していた。
「温過ぎて欠伸が出るわね」
新たにやって来たマシン・トルーパー5体を、ヘッドショット5発で始末するスノウ。
魔砲へと通じる道は、全部で4つ。
全て前方から向かって来るので、背後を気にする必要はない。
通常なら数人を魔砲の護衛に残し、残りが戦場に出て行くと言うのがセオリー。
それでも魔砲を無傷で守り切ることは難しく、残り耐久力が6割残っていれば上出来と言われていた。
そんな中、現時点でこのパーティの損傷は――ゼロ。
この話を聞けば、嘘だと疑うプレイヤーも多いだろう。
だが、事実だ。
元々はジンに会う為にNAOを始めたスノウは、どちらかと言うとさほど積極的ではない。
金の暴力で装備を整えたのだから、尚のこと他のプレイヤーほど熱意はなかった。
しかし、ジンや夜宵たちと遊ぶようになってから、その思いが少しずつ変化し始めている。
特に夜宵の存在が大きく、彼女に負けないように強くなりたいと言う気持ちが、湧いて出て来た。
その為にも下手な戦いは出来ないと考えていたスノウだが、始まってみると拍子抜けするほど余裕がある。
夜宵が強敵をことごとく打ち倒し、Gunちゃんが遠距離からの狙撃とギミックの処理を担当し、アンジェリカが数え切れない敵を相手取っている現状、彼女がすることは少ない。
たまに魔砲に辿り着いた者を、適当に処理するくらいだ。
それゆえに、思わず気を緩めそうになったスノウだが――
「これは……」
突如として赤くなった空を見て、気を引き締め直した。
スノウとて、このクエストを受けるのは初めてではないが、見たことのない現象。
こう言うとき彼女は、自身の無知を嘆く癖がある。
確かに、装備や実力の割には、スノウの知識は多いとは言い難い。
もっとも、それはあくまでも現在地。
今後経験を積めば、必ず成長するだろう。
それだけの能力があるのは、間違いない。
そして、今の彼女には頼れる仲間がいる。
『スノウ、聞こえるか?』
「……! えぇ、聞こえるわ」
パーティコンタクトを通じて聞こえたのは、seiの平坦な声。
ところがスノウは、妙に自分が安心しているのを自覚した。
そのことを不愉快に思いつつ、ひとまず話を進めるべくseiの言葉を待つ。
するとseiは、淡々とに言葉を紡いだ。
『イレギュラートライアルだ。 これから魔砲の近くに、大量のマシン・トルーパーが転移して来る。 僕が戻るまで、持ちこたえろ』
「必要ないわ、わたしだけで充分よ」
『駄目だ、これはキミだけの戦いじゃない。 パーティで協力して勝利してこそ、意味がある』
『スノウさん、seiさんの言う通りです。 1人で背負おうとしないで下さい。 皆で頑張りましょう。 わたしも、チャンスがあれば引き返します』
「……貴女には、やるべきことがあるでしょう? こちらは、わたしとseiに任せなさい」
『スノウさん……。 はい、よろしくお願いします』
控えめながら、スノウがseiの助力を受け入れたことに、夜宵は微笑を浮かべた。
他方、seiも満足そうに頷いており、次なる指示を出す。
『Gunちゃん、アンジェリカ、応答しろ』
『相変わらず偉そうな野郎だな』
『まったくですわ。 それで、何ですか?』
『イレギュラートライアルの発生で、今のままでは厳しくなった。 Gunちゃんは、そこから北に200m行ったビルの上で待機して、爆撃機の撃墜に全力を注いでくれ。 かなりの数が攻めて来るはずだ。 アンジェリカはマップを見ながら動き、僕の代わりに今いるマシン・トルーパーの掃討を頼む。 【アクア・ニードル】を使えば、素早く行動出来るだろう』
『あん? なんでそんなことがわかるんだよ? イレギュラートライアルにも種類があって、爆撃機が出るとは限らねぇだろ?』
『いや、既に確定している。 あまり知られていないが、雲の模様によってパターンが決まっているからな』
『本当ですか……? わたくしは初耳ですが……』
『時間がない。 信じろ、アンジェリカ。 Gunちゃんもだ』
seiのきっぱりとした言い様に、Gunちゃんとアンジェリカは沈黙した。
信じろと言われても、すんなりとは信じられない。
だが、それと同時に、seiがでたらめを言うとも思えなかった。
そうして2人が、どうするべきか悩んでいた、そのとき――
『わたしは信じます』
迷いなく宣言した夜宵。
念の為に言っておくと、彼女にも確証がある訳ではない。
ただ単に、seiと言う人物を信じようと決めたのみだ。
夜宵の思いを察したGunちゃんたちは、揃って苦笑を漏らしてから言い放つ。
『良いぜ、乗ってやるよ』
『わたくしも、任されてあげますわ』
『助かる。 夜宵さんも、有難うございます』
『いえいえ。 それじゃあ……行きましょうか』
『おうよ!』
『やってやりますわ!』
そうしてパーティは、それぞれの戦場へと駆け出す。
一連のやり取りを聞いていたスノウは、作戦を立てたのはseiだが、実質的なリーダーは夜宵ではないかと感じていた。
勿論、彼女に指揮能力などがあるとは思っていない。
しかし、大袈裟に言えば人を導く力があるように思った。
夜宵との接し方を見直したスノウは、そのことを素直に内心で称賛し、自分も負けないようにと奮い立つ。
そのタイミングで前方に膨大な数の魔法陣が描かれ、中から同数のマシン・トルーパーが出現した。
seiに言われていなかったら、スノウであっても取り乱したかもしれないが、準備万端な彼女は即座に行動に移る。
「ここは通さないわ……!」
ゲームとは思えない真剣さで、敵と相対するスノウ。
【ダンシング・シューター】を駆使して弾幕から逃れつつ、魔砲への接近を許さない。
更に、遠くを通過しようとした個体には、【ディメンション・ファイア】をお見舞いする。
先ほどまでとは一転して、一気に激戦地区と化した魔砲周辺。
マシン・トルーパーたちは基本的に魔砲を目指しているが、プレイヤーが近くにいる場合はそちらを攻撃しがちだ。
だからこそスノウは矢面に立ち続け、何度も銃弾が掠めるのに構わず戦い続ける。
いくら【ダンシング・シューター】が攻防一体のアーツとは言え、これだけの数を相手にすればダメージは不可避。
徐々にHPゲージが減って行き、スノウが倒れるかに思われたが、彼女には奥の手が残されていた。
「また、これに頼るなんてね……」
悔しそうに呟きながら、銃口を自分の脚に当てて撃つ。
それによって『ヴァイスシュヴァルツ』の能力が発動し、危険域にあったスノウのHPゲージが全回復した。
クールタイムが60秒なので次は期待出来ないが、彼女が助かるには充分である。
「待たせたな」
颯爽と現れたseiが、猛然とした勢いでマシン・トルーパーを駆逐し始めた。
『グラスフラム』を振り乱し、両脚による蹴撃も交えて、あたかも極小の竜巻。
マスターは集団戦を得意としないが、相変わらず見事な先読みを駆使する彼は、欠片も無駄なく敵を薙ぎ倒して行く。
強力な援軍を得たスノウは思わずホッとしたが、そんな自分に喝を入れて戦いを再開させた。
こうしてスノウは危機を脱し、seiの予言通り現れた爆撃機はGunちゃんが撃ち落とし、アンジェリカによって他のマシン・トルーパーは穿たれる。
そして――
「最後ですね」
クエストも大詰めになり、満を持して現れたのは、モビリティ・チャリオット。
ラッシュクエストでスノウも戦った、討伐推奨レベル50の最強格。
流石に単体で出て来るエマージェンシークエストのボスほどではないが、油断ならない相手なのは確か。
ここまで数々の強敵を撃破して来た夜宵だが、その中でも群を抜いている。
ところが、彼女の顔には僅かな恐れもなく、逆に何かを楽しみにしている節すらあった。
重い機械音を奏でながら迫るモビリティ・チャリオットを前にしながら、マップを見て仲間たちが遠くにいることを確認した夜宵は、唐突にウィンドウを開く。
戦闘中にすることではないが、彼女は躊躇なく指を走らせ、瞬く間に操作を終わらせると――見慣れない刀を握った。
『防人の刀』とは明らかに異質な、尋常ならざる気配を撒き散らしている。
こうして準備を整えた夜宵は――モビリティ・チャリオットを瞬殺した。
その後は、多くを語るまでもない。
イベントが進行して魔砲からレーザーが放たれ、ギガント・タイタンを撃破。
言葉にするならこれだけ。
ただし、VRならではの演出は一見の価値ありで、迫力は凄まじい。
慣れている夜宵たちにとっては、クエスト終了の合図でしかないが。
何はともあれ、彼女たちはほぼ無傷で魔砲を守り切った。
『Quest Clear』の文字が空に大きく映り、雷雲の隙間から陽光が降り注ぎ始める。




