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第4話 強引な彼

 夜20時頃。

 アルバイトを終えた弥生が帰宅して、食事や入浴など、その他諸々の用事を終わらせる時間がこれくらいだ。

 歯を磨いてパジャマにも着替えているので、寝ようと思えばいつでも寝られる。

 そうして完璧な状態を作ったあとは、いよいよお楽しみタイムの始まりだ。

 ベッドに横になって、バイザー型デバイスを装着した弥生は、いつも通り手に握った起動ボタンを押す。

 一瞬の浮遊感のあとに体の感覚がなくなり、視界も閉ざされた。

 しかし、次の瞬間には世界に光が満ち溢れ、各種システムチェックが行われる。

 問題なくチェックが終わると、気付けば見慣れた町に夜宵の姿で立っていた。

 ここは、彼女たちヒューマンが暮らすヒューマンタウンで、ログイン時は必ずこの場所に飛ばされる。

 ちなみに、エルフはエルフの里、ガジェットはガジェット整備工場が、最初の拠点だ。

 ヒューマンタウンの景観としては、中世ヨーロッパをイメージするのが、1番近いかもしれない。

 もっとも、全体的な見た目が近いと言うだけで、その実は全く違うのだが。

 たとえば、いろんなフィールドエリアやダンジョン近くにワープ出来るポータル端末や、アクセスすることで倉庫からアイテムの出し入れが可能な端末、クエスト受注用の端末など、ゲームならではの仕組みが多数存在する。

 アイテムショップでの購入や、ユーザーショップの取引、鍛冶屋と言う名の装備を鍛えるシステムも、設置された端末を操作することで行われるのだ。

 更に言うなら、通りを行き交うプレイヤーの服装も、千差万別である。

 ジンのような鎧姿やドレスなどの、ファンタジックな衣装に始まり、夜宵が好む和装もいれば、現実世界のファッションのような者、果ては何らかのキャラクターの着ぐるみ。

 このゲームのメインコンテンツは戦闘系だが、こう言ったコーディネートの自由度の高さも、人気の理由の1つだ。

 中にはほとんど戦闘をせず、ファッションに全力を注いでいるプレイヤーもいる。

 正直なところ、夜宵も多少の興味はあるのだが、金銭面の問題でどうしようもない。

 少しばかり残念な思いを抱きつつ、彼女はすぐにその場を離れようとした。

 人混みが苦手なのもあるが、以前サムライであることを指摘されて嫌な思いをしたので、それ以降はログインしてすぐに、人目を避けるようにしている。

 そうして、今日もいつも使っている路地裏に消えようとした、その直前――


「こんばんは、夜宵さん」


 呼び止められた。

 その声を聞いた夜宵は頬を引きつらせ、ギギギと軋む音が鳴りそうなほど、固い動作で振り向いた。

 視線の先にいたのは、やはりと言うべきか、柔和な笑みを浮かべたジン。

 だが、その笑みの中に、悪戯が成功した子どもを垣間見たのは、彼女の気のせいだろうか。

 夜宵が返事も出来ずに固まっていると、近くにいたプレイヤーたちが、一斉に騒めき出した。


「おい、ジンだぜ。 ほら、唯一のセイヴァーの」

「そんなの知ってるって。 レイドには参加するけど、誰ともパーティは組まないことでも有名だよね」

「ギルドからの誘いも総スルーだしな。 まぁ、あんなのが加入したら、ギルドのパワーバランスが崩れそうだけど」

「でも今、あの人に声を掛けたよね? フレンドなのかな?」

「いや、ジンは誰ともつるまないって聞いたけど……って、あれサムライじゃねぇ?」

「え!? あ、ホントだ!」

「嘘だろ? なんでジンがサムライなんかと? ……可愛いけど」

「き、きっと人違いだよ! そうに決まってるよ! ……確かに可愛いね」

「でも名前を呼んでたし、あの人も反応したよな。 ……可愛いし」


 野次馬連中の会話を耳にした夜宵は、冷や汗がだらだら流れるのを感じた。

 他のプレイヤーの事情に疎い彼女は知らなかったが、セイヴァーであるジンの知名度は、途轍もなく高い。

 そんな彼と行動をともにするなど、注目を浴びて当然。

 ましてやジンも、基本的にはソロ活動らしいので、尚更だ。

 少し考えればわかることに今更気付いた夜宵は、今すぐログアウトしてバイザー型デバイスを叩き壊したい衝動に駆られたが、辛うじて踏み止まって別の行動に出た。

 具体的には――


「ジンさん、こちらに……!」


 全力で駆け出してジンの手を取り、思い切り引っ張って路地裏に飛び込む。

 背後で野次馬たちが何やら叫んでいるが、知ったことではない。

 速度を落とさないまま何度か角を曲がり、人気のないところに着いてから、ようやく手を放した。

 肺の中の空気を全て吐き出す勢いで嘆息した夜宵は、少し非難するような眼差しをジンに突き刺す。

 だが、そんなものが通用するジンではなく、余裕たっぷりな態度で受け止めてみせた。

 少しの距離を空けて視線を絡めながら、しばしの時が流れたが、口火を切ったのは夜宵だ。


「どう言うつもりですか?」

「どう言うって?」

「ですから、あのような場所でわたしに声を掛けるなんて……何を考えているんですか? 寿命が縮む思いでしたよ……」


 先ほどの一幕を思い出したのか、胸に右手を当てて大きく溜息をつく夜宵。

 対するジンの態度は相変わらずで、全く悪びれることなく言い返す。


「そう言われてもね。 確実に再会しようと思ったら、あそこで待ってるしかないだろう?」

「だとしても、もっと他にやりようは……」


 ジンの態度に反感を持った夜宵は、更に文句を言おうとしたが、彼の言葉に引っ掛かりを感じて口を噤んだ。

 そんな彼女を訝しんだジンは、不思議そうに問い掛ける。


「どうかした?」

「いえ……待ってたって、いつからですか?」

「大体3時間くらい前からだね」


 何でもないように告げられた事実に、夜宵は小さく息を飲んだ。

 感覚は人それぞれなので一概には言い切れないが、いつ来るかわからない人を3時間も待ち続けるのは、並大抵のことではないと思った。

 ジンの気持ちがわからない夜宵は、辛そうに顔を背けながら問を投げる。


「……どうして、そこまでわたしに固執するんですか?」

「言わなかったっけ? 夜宵さんとのクエストが楽しかったから、また遊びたいって」

「……それだけですか?」

「それだけだよ。 ゲームなんだから、楽しく遊べた方が良いだろう? まぁ、どうしても夜宵さんが嫌なら、仕方ないけど」


 本気かどうかわからなかったが、ジンの言葉に夜宵は激しく動揺した。

 逸らしていた視線を彼に戻し、必死な形相で言い募る。


「い、嫌じゃないんです。 一緒に遊ぶのは嫌じゃないんです、けど……」

「目立つのが嫌?」

「……はい。 それに、わたしなんかがジンさんと一緒に遊んで良いのかなと……」

「何それ。 俺が遊びたいって言ってるのに、なんで遠慮してるの?」

「だ、だって……ジンさんはセイヴァーですし、わたしはサムライですし、装備も……」


 これが夜宵の本心だ。

 ただでさえ衆目を浴びるのが苦手な上に、自分がジンには相応しくないと思い込んでいる。

 相変わらず低い自己評価だが、そのようなことでジンは退かない。


「関係ないよ」

「え……?」

「そんなことは関係ない。 俺はキミとクエストに行って楽しかった、それが事実だ」

「でも……」

「それに、そんなに強かったら装備なんて、些細な問題だろう? 俺はキミの強さの秘密にも、興味があるんだよ」


 ジンからすれば思ったことを伝えただけで、そこに他意は一切ない。

 しかし、夜宵にとっては青天の霹靂で、考えもよらない言葉だった。


「え?」

「ん?」

「強いって、わたしがですか?」

「そうだけど……まさか、自覚ないの?」

「そう言われましても……。 わたしずっと1人でしたから、他の人と比べたことなんてなかったですし……。 それに、サムライは不遇クラスって聞きましたから……」

「……」


 あまりにも的外れな夜宵の言い草に、流石のジンも絶句した。

 そんな彼を不安そうに夜宵は見つめていたが、時計の秒針が半回転する頃になって――


「ふ、ふふふ……あ……あはははは!!!」

「ジ、ジンさん……?」


 腹を抱えて大笑いするジンを前にして、夜宵はあたふたと慌てたが、何も出来ずに眺めているしかない。

 尚も暫く笑い続けて満足したのか、ジンが指先で涙を拭いながら口を開く。


「ごめんごめん、夜宵さんが面白過ぎて」

「それ、馬鹿にしてませんか……?」

「そんなことないって。 ふぅ……こんなに笑ったのは久しぶりだ、有難う」

「……良かったですね」


 口ではそう言いつつも、頬を膨らませて明後日の方を見る夜宵。

 彼女のこのような姿は、相当珍しい。

 子どもっぽい仕草をジンは微笑ましく思いながら、表面上は真摯な顔付きで語り掛けた。


「怒らないでよ、本当に馬鹿にしたつもりなんてないんだから。 でも笑ったのは事実だから、良いことを教えてあげる」

「良いこと、ですか……?」


 まだ完全には許していないものの、ジンの言葉に夜宵は興味を示した。

 そのことを悟ったジンは、口元に待機させていた続きの言葉を解き放つ。


「うん。 まず夜宵さんの強さは、はっきり言って俺と同等かそれ以上だよ。 装備は別としてね」

「そ、そんな訳ありません。 セイヴァーであるジンさんと、同等だなんて……」

「確かにクラスが違うから、単純に強さは測れないかもしれない。 だけど俺が見た限り、反応速度とか判断力は、他のプレイヤーより圧倒的に上だよ」

「……本当ですか?」


 困惑と疑惑の目を向けて来る夜宵に、ジンははっきりと頷いて見せた。


「勿論。 それと、もう1つ。 サムライは決して弱くない」

「え、そうなんですか? でも皆、揃ってサムライは不遇クラスだって言ってますけど……」

「それは使い難いからって理由で、使いこなせたときはかなり強い。 状況にもよるけど、対単体火力に限って言えば、セイヴァーより上かもしれないね。 俺は安定性を取って、セイヴァーを選んでる訳だけど」

「そうだったんですか……。 あ、でも、使いこなせないならあまり強くないってことですよね? それなら、わたしはやっぱり……」


 ジンの話を聞いた夜宵は喜びそうになったが、結局自分では彼と釣り合わないと考えた。

 そして、それこそがジンの狙い目でもある。


「そこだよ」

「そこ……?」

「夜宵さん、キミはサムライを完璧に使いこなしている。 それを自覚するべきだ」

「そんな……。 だってわたし、このゲームを始めてまだ2週間ですよ? 今まで他にゲームをした経験もないですし……」

「それは驚きだけど……。 でも、NAOはVRで初のRPGなんだから、今までの経験はそれほど重要じゃない。 とにかく、夜宵さんの実力はゲームでもトップクラス。 サムライなら、それこそ1番かもしれない」

「わたしが、トップクラス……」


 ジンの説明を聞いて、夜宵は呆然と呟いた。

 これまで孤独な戦いを続けていた彼女にとっては寝耳に水で、すんなりと受け入れることが出来ない。

 しかし、それと同時に、彼が嘘をついているとも思えなかった。

 半ばパニック状態の夜宵を見守っていたジンは、頃合いを見て()()を切り出した。


「それで実は、夜宵さんに提案があるんだ」

「提案……?」

「うん」


 そう言って1歩、夜宵に近付いたジンは右手を差し出し――


「良かったら俺と組まない?」


 ニコリと笑って告げた。

 眩いばかりの笑顔に夜宵は気圧されつつも、思考を止めることなく問い返す。


「それって、一緒にパーティを組んでクエストを受けたりするってことですか……?」

「そうなるね。 当然だけど拘束するつもりなんてないから、1人で遊びたいときはそう言ってくれたら良いよ。 ただ、お互い一緒に遊べる相手の1人くらいは、いても良いと思うんだ」

「それはそうですけど……。 本当に、わたしで良いんですか……?」


 この期に及んでも自信を持てない夜宵に、ジンは内心で苦笑をこぼしながら言い放った。


「むしろ、夜宵さん以外と組むなんてごめんだね」

「……! そ、そこまで言ってくれるのなら……よ、よろしくお願いします……」

「良かった、有難う。 よろしくね」


 恐る恐るジンの手を取った夜宵は、顔を直視出来ずに俯いてしまった。

 そんな彼女を見て、今度こそ苦笑を漏らしたジンは、ゆっくり握手を解くと、何やらウィンドウを呼び出して操作し始めた。

 可愛らしく小首を傾げながら、夜宵が様子を窺っていると、現れたのはパーティ参加の是非を問うウィンドウ。

 最大6人まで参加可能だが、彼女が加入したことはない。

 言うまでもなく送信者はジンで、改めて彼に顔を向けると、優し気な笑みとともに首を縦に振った。

 覚悟を決めた夜宵は深呼吸してから、『参加』にタッチする。

 すると軽快な音が鳴り、視界の左上にある彼女のHPゲージとAPゲージの下に、ジンの名前とHPゲージが表示された。

 反射的に右手を胸に当てた夜宵は、心臓が早鐘を打つのを感じている。

 間違いなくパーティが結成されたことを確認したジンは、満足そうにまたしてもウィンドウを操作した。

 今度は何かと身構えていた夜宵の前に、再びウィンドウが出現する。

 そこにはジンからのフレンド申請が書かれており、目を瞬かせた夜宵は、思わずウィンドウと彼を交互に見比べた。

 彼女の反応にジンは再三の苦笑を浮かべながら、噛んで含めるかのように言い聞かせる。


「毎回あそこで待たれるのは嫌だろうから、今度からは別の場所で落ち合おう。 その為にはフレンドになっていた方が、都合が良いかと思ってね」

「フレンド……わたしに、フレンド……」

「どうかした?」

「い、いえ……わたし、今までフレンドが出来たことないので、驚いただけです。 ジンさんには、たくさんいるんでしょうけど……」

「俺も初めてだよ」

「え……? ほ、本当ですか?」

「うん。 誘われたことなら何度もあるけど、全部断ったからね」

「ど、どうしてですか?」

「うーん、必要性を感じなかったから……かな。 一緒に遊びたいと思う相手じゃなかったし、俺個人と言うよりは、セイヴァーが欲しかったみたいだしね」

「……なるほどです」


 ジンは何でもないように言っているが、夜宵は少し寂しい思いを抱いた。

 一緒に遊びたいと思わなかったのは、彼の勝手なので同情の余地はないが、力のみを求められるのは、自分なら辛いと考えたからだ。

 しかし、当の本人が気にしていないのに、自分が気にし過ぎるのもおかしいと思い直し、軽く頭を振ってからウィンドウにタッチして、フレンド登録を完了させた。

 緊張しながら、確認の為にフレンド欄を開くと、そこには確かにジンの名前がある。

 ログイン状況や大まかな位置もわかるので、今後のことを考えれば便利だ。

 初めてフレンドが出来たことに、夜宵は軽く感動していたが、ジンがまだ何かしようとしていることに気付いて問い掛けた。


「ジンさん、何をしているんですか?」

「ん? あぁ、夜宵さんがサムライを指摘されることを気にしてるようだったから、ちょっとその対策をね」

「対策ですか……?」

「うん。 ……あったあった」


 夜宵が頭上に疑問符を浮かべているのにも構わず、ジンはマイペースにウィンドウを操作し続けて、何かを見付けたようだ。

 ますます疑問が強くなった夜宵だが、ジンが気にした素振りは見られない。

 すると、何度目かのウィンドウが眼前に開かれ、それを見た夜宵は――


「トレード……?」


 戸惑った声を落とした。

 当然相手はジンだが、意図がわからない。

 問い掛けを視線に乗せて見つめると、彼は肩をすくめて言葉を紡ぐ。


「プレゼントって機能がないからね、こうするしかないんだよ」

「それって……」

「夜宵さんに渡したい物があるから、そっちは何かいらない物をくれたら良いよ」

「だ、駄目ですよ。 一方的にもらうだなんて……」

「気にしないで。 俺には必要ない物だし、夜宵さんが一々絡まれるのは、俺も面倒だから」

「でも……」

「良いから。 ほら、こんなことで時間を使う方が勿体ないよ。 折角パーティを組んだんだし、俺は早く何か行きたいんだ」

「……わかりました、有難うございます」


 全くもって納得は出来ていないが、これ以上の押し問答が無駄だと悟った夜宵は、渋々ながら受け入れることにした。

 トレードを承認すると、次に出て来るのは、自分が何のアイテムを出して、相手が何のアイテムを送って来るかを確認する画面。

 最終的にはこの画面を見た両者が合意して、初めてトレードが成立する。

 夜宵は自分の手持ちアイテム一覧を眺めながら、ジンが何を自分に押し付けようとしているか――敢えてこう表現する――を、見定めようとしていた。

 間もなくして、ジン側のアイテム欄が2つ埋まり、夜宵はアイテム名を見たが――


「『プリンセスドレス・黒』と『ステルス・スキン』……」


 想像を絶するレアアイテムだと知って、思わず意識を手放しそうになった。

 NAOは基本無料ゲームではあるものの、例に違わず課金要素がある。

 その最たるものが、ガチャシステムであり、主に衣装関係のアイテムが手に入る。

 逆に言うと、装備関係のアイテムは実装されていないので、その辺りで差が付くことはない。

 ただし、必要のないアイテムをユーザーショップで売り捌くことで、ゲーム内通貨に変えられるので、衣装に興味がないプレイヤーにも需要はある。

 そして、『プリンセスドレス・黒』と『ステルス・スキン』は、ガチャ限定アイテムの中でも高価な物なのだ。

 特に『ステルス・スキン』は、数万円課金してやっと手に入るかどうかと言う代物なので、無課金勢の夜宵にとっては、ほとんど架空の存在。

 そんな物が手に入ると言う現実に、夜宵は喜ぶより先に怖くなった。

 しかし、苦言を呈そうとジンを見ると、()()()笑顔を向けて来ており、言葉を飲み込まざるを得ない。

 中々決心が付かなかった夜宵だが、苦肉の策として、あるアイテムをトレードに出した。

 それを見たジンが何かを言いそうだったが、その前に夜宵が退路を断つ。


「これを受け取ってもらえないなら、このトレードは中止にします」


 断固として譲る気配のない夜宵の迫力に、今度はジンが声を失った。

 しばしの間、静寂がその場に満ちたが、やがて溜息をついたジンは『合意』にタッチした。

 それを見た夜宵も、同じようにタッチする。

 そうしてトレードが終了し、夜宵の持ち物に先ほどのアイテムが追加された。

 既にトレードが終わっているにもかかわらず、彼女は悩んでいたが、ここまで来て使わないと言う選択肢はない。

 意を決して2つのアイテムを使った夜宵は、まず『ステルス・スキン』の効果を発動した。

 すると――


「本当に消えました……」


 腰に佩いていた刀が視界から消え去った。

 だが感触は残っており、見えなくなっただけで実在はする。

 これこそが『ステルス・スキン』の効果で、つまりは任意で武器を隠すことが可能なのだ。

 戦闘態勢に入れば解除されるので、実戦ではほとんど使い道はない一方、ファッションを重視するプレイヤーにとっては、非常に有用な逸品でもある。

 一例を挙げるなら、現代ファッションに武器はあまり似合わないが、これがあれば装備したままで見えなく出来る。

 ゲーム内で写真撮影も出来るので、そう言うときにはかなり便利だ。

 毎回武器を外せば良いだけの話ではあるが、これ1つで半永久的にその手間が省けるので、ファッション勢はやはり欲しいのだろう。

 これによって刀を隠すことで、絶対数が圧倒的に少ないサムライだと疑われる可能性は相当低くなるが、ジンはもう1つの手を用意した。

 夜宵がチラリとジンを窺うと、彼は無言で先を促す。

 申し訳なさと、気恥ずかしさと、ワクワク感。

 そう言った感情がごちゃ混ぜになったまま、ウィンドウのファッション欄に『プリンセスドレス・黒』を設定した夜宵は、微かに震える手で『決定』に触れた。


「わぁ……」


 一瞬にして武道袴から黒のドレスに着替えた夜宵は、思わず感嘆の声をこぼした。

 ところが、彼女の目からは全体像が見えず、他人からどのように見えているのかはわからない。

 すると、「カシャ」と言う音が鳴り、振り向いた先には非常に満足気なジンの姿があった。

 夜宵がオロオロしているのに頓着せず、ジンは歩み寄って、自分のウィンドウを彼女に見せて告げる。


「断りもなく撮ってごめん。 でも見て、思った以上に良く似合っているよ。 ほら」

「これが、わたし……?」

「どこからどう見ても、夜宵さんじゃないか。 これで、サムライだと思われることはなくなっただろうね」


 ウィンドウに映っているのは、フリルが散りばめられた上品なドレスに身を包んだ夜宵。

 『白花のかんざし』と『古びた戦篭手』を装備したままだが、見た目は薔薇の髪飾りと黒のレースグローブになっており、ここまで含めて『プリンセスドレス・黒』なのだろう。

 その名の通り、まるで童話に出て来るお姫様のようで、彼女の容姿と相まって、途轍もない破壊力を秘めていた。

 頭では理解しているが、画面の中の人物が自分だと信じられない夜宵は呆然としていたが、ハッと我に返ると、ジンに向き直って丁寧に頭を下げた。


「あ、あの……本当に有難うございました。 こんなに高価な物をもらっちゃって……」

「何度でも言うけど、気にしないで。 これは俺の為でもあるんだから」

「そうなのかもしれませんけど……」

「それに、夜宵さんだって中々の物をくれたじゃないか。 有難う」

「い、いえ。 ジンさんに比べたら大した物じゃないですし、実用性もないですし……」

「いや、俺は嬉しかったよ。 大事にする」


 そう言ってジンがウィンドウを操作すると、彼の手に小さなウサギのぬいぐるみが現れた。

 それを見た夜宵は恥ずかしくなって顔を赤くし、下を向いてしまう。

 このぬいぐるみは『ラビットドール・白』と言うアイテムで、彼女の言う通り何の効果も持たない。

 ただし、その見た目の可愛さから一部のプレイヤーの間では人気で、それなりに高値で取引されている。

 ジンからの、あまりにも高価な贈り物に対して夜宵は、自分の手持ちで1番価値のある物を返したのだ。

 それでも、お返しと言うには全然足りないので、彼女は申し訳なく思っていたが、ジンは既に次の段階に移っていた。


「じゃあ準備も出来たし、そろそろ行こうか」

「あ……そ、そうですね」

「何か行きたいクエストとかある?」

「ジ、ジンさんにお任せします」

「それは駄目だよ。 一緒にパーティを組んでるんだから、お互いの意見を出し合わないと。 まぁ、本当に何もないなら、俺が勝手に決めるけどね」

「……じゃあ、わたしはデイリークエストを受けたいです」


 デイリークエストとは、1日ごとに更新されるクエストで、条件を達成することで様々なアイテムなどがもらえる。

 大した物は得られないが、素材集めのついでにも出来るので、全くの無価値とは言えない。


「デイリークエスト? あまり効率は良くないけど、良いの?」

「は、はい。 確かに実入りは少ないですけど、無課金のわたしにとっては貴重な収入源ですし、習慣になっているので。 あ……で、でも、ジンさんが気乗りしないなら……」

「いや、構わないよ。 俺は普段受けないから新鮮だし、夜宵さんがいつもどんな風に遊んでるか知る、良い機会だからね」

「そう言われると、少し恥ずかしいんですけど……。 と、取り敢えず行きましょう」

「オーケー。 服装を戻すのは、人目が少なくなってからにしよう」

「わ、わかっています」


 そう言って夜宵は路地の出口に向かい、ジンもそれに続く。

 しかし、あることを思い出した夜宵は足を止め、ジンに振り返った。

 何事かとジンが怪訝そうにしていると、夜宵は深呼吸して――


「い、今更ですけど……先日はアサルト・タイガーの攻撃から守ってくれて、有難うございました」


 深々と頭を下げて、感謝の言葉を述べた。

 突然のことでジンは目を丸くしたが、夜宵の人柄の良さを感じて、微笑を浮かべる。


「どういたしまして。 さぁ、行こう」

「は、はい……」


 ジンに促された夜宵は、頬を朱に染めて俯きながら、歩みを再開させた。

 その小さな背中を見つめたジンは、笑みを深めて追い掛ける。

 こうして2人は正式にパーティとなり、初めてのクエストに赴くのだった。

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