第19話 ファッションコンテスト
「わぁ……」
アミューズシティに到着した夜宵は、感嘆の声をこぼした。
シティ全体に楽し気な音楽が流れており、賑やかさで言えばギルドシティの方が上かもしれないが、ワクワク感で言えばこちらに軍配が上がるだろう。
天候が快晴なのも相まって、非常に明るい雰囲気だ。
南側に位置する入口付近には飲食店が立ち並び、更には土産物店のような建物も見受けられる。
案内図を見ると、中心部に巨大なドーム状のライブ会場があり、西側がカジノエリア、東側がイベントブースエリア、北側が遊園地エリアらしい。
まるで夢の世界のようで、夜宵は内心で子どものようにはしゃいでいる。
彼女の様子にジンは苦笑を滲ませつつ、ゆっくりと手を差し伸べた。
それを見た夜宵はキョトンとしていたが、彼は気にせず言い放つ。
「ギルドシティほどじゃないけど、人が多いからね」
「あ……は、はい……」
「目的地はイベントブースだから、付いて来て」
「わ、わかりました」
ジンに手を引かれた夜宵は、頬を朱に染めながら歩みを進めた。
彼の服装は鎧姿から変わっており、変装に使っていたのとは別のカジュアルコーデ。
スポーティーな白いTシャツにダメージジーンズを合わせ、腰にはチェックのシャツを巻いている。
どちらかと言えば夏ファッションで、かなり爽やかな印象を受けた。
顔は丸出しだが、普段のジンとは雰囲気が全然違うので、気付いている者はいない。
周囲に目を向けると、多くのカップルらしき男女が仲睦まじく腕を組んで、楽しそうにしている。
アバターと現実の性別が一致しているとは限らないが、それでも構わないと思っているのか、何らかの方法で互いの性別を確認したのか、どちらにせよ幸せそうだ。
自分たちはどう見えているのか、夜宵は少し気になりながら、ジンのことをほとんど何も知らないことに気付く。
リアルの詮索をしないのは暗黙の了解なので、仕方ないと言えば仕方ないが、本音を言えば知りたい。
しかしそれを口に出すことは出来ず、悶々としながら足を動かし続けていると、暫くしてジンが立ち止まった。
「着いたよ」
「ここは……何ですか?」
「何って、イベントブースの1つだよ」
「それは見ればわかるんですけど、ここで何が行われるんですか?」
夜宵の眼前には整然と並べられた椅子に座った、大勢のプレイヤーの姿があった。
和気藹々としているが、どことなく熱を持った空気が充満し、何かを期待しているようにも見える。
更にその前方には、特設ステージが作られており、今からショーでも始まりそうだ。
そこまでは彼女も考えが及んだのだが、どうして自分がこの場に連れて来られたのか、理解出来ていない。
するとジンは満面の笑みを浮かべ、夜宵の疑問に、はっきりと答えを述べた。
「ファッションコンテストだよ」
「ファッションコンテストですか。 何だか楽しそうですね」
「だろう? 今回は特に規模が大きくてね、ご覧の通り観客の数も多いんだ」
「ふむふむ。 でも、ジンさんがこう言った催し事に興味があるのは、少し意外でした」
「確かに、実際に来たのは初めてだね。 NAO通信で存在は知ってたけど、スルーしてたから」
「じゃあ、どうして今日は来たんですか?」
未だに状況を正しく認識出来ていない夜宵は、これ以上ないほど純粋な心で問い掛けた。
それを受けるジンは悪戯心満載で、待ってましたとばかりに真相を暴露する。
「夜宵さんの晴れ舞台だからね」
「……はい?」
「だから、夜宵さんも出るんだよ」
「……何にですか?」
「ファッションコンテスト」
「……冗談ですよね?」
「本気も本気さ」
「……」
ジンの言葉の1つ1つが、耳を通って脳に浸透して行く度に、夜宵の顔色は悪くなった。
そして反射的に、その場から逃げ出そうとしたが、彼女の手は悪魔(?)に握られている。
そのことを思い出した夜宵は、猛烈な勢いで首を横に振った。
「むむむ、無理です……! 断固拒否します……!」
「そんなことを言わずに。 夜宵さんなら、優勝も狙えるかもしれないよ?」
「そ、そう言う問題ではないです……! だ、大体、今からエントリーなんて出来るんですか?」
「それは俺が何とかしてみるよ。 行こう」
「ち、ちょっと……!?」
自分を放置してコンテスト会場の受付に向かったジンを、夜宵は追い掛けるべきか逃げるべきか迷ったが、結局あとを追うことにした。
しかし近付くことは出来ず、少し離れた場所からジンと受付担当のプレイヤーが話しているのを、挙動不審に眺めるしかない。
当初、受付担当は渋い顔をしていたが、ジンが何事かを口にすると驚きに変わり、大慌てでどこかに走り去る。
夜宵が困惑したまま様子を窺っていると、すぐに代表者らしきプレイヤーを連れて戻って来た。
代表者も驚いた顔をしていたが、すぐに興奮した笑みに変わり、ジンと握手しながら言葉を交わす。
その時点で嫌な予感がした夜宵は咄嗟に1歩後退ったが、判断が遅過ぎた。
代表者に断りを入れたジンが、クルリと振り返り――
「出場許可が下りたよ、良かったね」
晴れやかな笑顔で、死刑宣告を突き付けた。
「どうしてこんなことに……」
ステージ袖の椅子に座り込んで、いつかと全く同じセリフを吐く夜宵。
彼女の周りでは他の参加者が楽しそうに話しており、順位を競うと言うよりは、単にイベントを楽しんでいるようだ。
その事実には少しばかり救われた夜宵だが、どちらにせよ、この場から逃げ出したい気持ちに違いはない。
ファッションコンテストと言うだけあって、出場者のコーディネートには、様々な工夫が施されている。
ヒューマンやエルフなら、いくつかのアクセサリーを組み合わせて別の用途に使っていたり、ガジェットなら部品にアクセサリーを取り付けることで、本来とは違うフォルムに見せていた。
他にも着ぐるみを使った独創的なファッションの者もおり、気合いが入っていることがわかる。
そんな中で夜宵は、衣装こそ人気で貴重な物だが、何の捻りもない至極シンプルな出で立ちだ。
更に彼女を追い詰めているのは、このコンテストにおける、アピールタイムの存在。
1人5分与えられており、その間は基本的に何をするのも自由。
だが逆に言えば、自分で何をするかを考えなければならない。
夜宵にとってそれは、フォレスト・ドラゴンを単独で撃破するよりも、数段難しいことだ。
一応、運営側の配慮で出番を最後にしてもらったので、考える時間はあるのだが、そう言うことではないだろう。
そもそも人とコミュニケーションを取るのが苦手な彼女は、大勢の前で何かを話したりするのは、昔から大の苦手分野なのだから。
絶望的な未来しか見えない夜宵は、いっそログアウトしてしまおうかとすら思ったが、隣に座る少年がそれを阻止する。
「そんな暗い顔してないで、楽しもうよ。 折角のイベントなんだから」
変装に使っていたコーデに戻って、ハットを深く被ったジンを、夜宵は恨みがましく見やった。
彼は自分も出ることを交換材料として、彼女の出場を認めさせたのだ。
運営側からすれば、有名人であるジンの出場は、願ったり叶ったりだったのだろう。
無理やり出場させられるのは腹立たしいが、彼がそこまで本気だと知った夜宵は、心底非難する気になれず、盛大に嘆息してから告げた。
「こうなった以上、わたしだって出来ればそうしたいですけど、無理ですよ……」
「どうして? 深く考えずに、好きなことをすれば良いんだよ」
「簡単に言ってくれますね……。 ジンさんはどうするか、もう決めたんですか?」
「まぁ、大体ね。 あとは、その場の気分で適当にやるさ」
「凄いですね……。 わたしなんて、何も思い浮かびません……」
ますます重苦しいオーラを背負った夜宵に、ジンは苦笑を浮かべながら、力付けるように言葉を紡いだ。
「ほら、今日合流する前に自撮りしてたみたいに、ポーズを取れば良いんじゃない?」
「う……思い出させないで下さい、恥ずかしくなります……」
「いやいや、こう言う場面でこそ大胆にならないと。 夜宵さんなら、普通にポーズを取るだけで様になるよ」
「……本当にそう思いますか?」
「当然だよ。 そうでなきゃ、ここまで強引に出場させてないさ」
「いえ、たとえそうだとしても、強引は困るんですけど……。 でも、わかりました。 なんとかやってみます」
「その意気だよ。 ……と、そろそろ始まるみたいだね」
会場から割れんばかりの拍手と歓声が聞こえ、夜宵はビクリと肩を震わせた。
自分の番はまだまだ先にもかかわらず、既にかなり緊張している。
しかし、そんな彼女にお構いなくファッションコンテストは始まり、司会役の女性がステージ上に現れた。
「レディース&ジェントルメン! 本日はNAOファッションコンテストにお越し下さり、誠に有難うございます! 今回の出場者も素晴らしいコーデばかりなので、きっと皆様も満足して頂けるでしょう! それでは早速参りましょう! エントリーナンバー1番――」
高々と宣言する司会者に呼応するように、会場がヒートアップした。
夜宵としては、ハードルを上げないで欲しかったのだが、それは致し方ないだろう。
鼓動が速くなるのを感じた彼女は、目を瞑って胸に手を当てると、ゆっくり深呼吸を繰り返す。
ジンはその様子を苦笑混じりに眺めつつ、敢えて手を貸すことはなかった。
彼が夜宵をイベントに参加させたのは、服のお披露目と言うのも嘘ではないが、もう1つ狙いがある。
それは、今後も否応なく注目を集めるであろう彼女に、耐性を付けさせることだ。
特効薬となるとは思わないが、だからこそ早急に手を打つ必要がある。
必死そのものな夜宵は、ジンの思惑に気付くことなく、硬い表情でステージを見つめた。
最初の出場者は女性ヒューマンで、フリフリの衣装を身に纏った、いかにもアイドルと言ったコーディネート。
観客たちにひとしきり愛嬌を振りまいた彼女は、運営に合図を出して曲を流すと、可愛らしく歌い始めた。
夜宵には何の歌かわからなかったが、まさにアイドルソングと言った感じで、振り付けもバッチリ決まっている。
自分には到底不可能な芸当を目の当たりにして、夜宵は謎の感動を覚えていた。
観客たちも大盛り上がりで、歌い終わったあとは拍手喝采。
次の出場者は男性ガジェットだったのだが、何故か3人同時にステージに上がったことに驚いた。
しかも、3人とも部品のバランスが悪く、夜宵から見ても歪。
何が狙いかわからず戸惑っていると、真ん中の男性が「合体!」と叫び、他の2人を担ぎ上げた。
すると、1人1人では歪だったフォルムが綺麗にまとまり、1体のロボットのようになる。
勿論、戦闘能力的には何の意味もないどころか邪魔なだけだが、見事な連携を前に、夜宵は自然と拍手していた。
会場からも驚きの声が上がり、こちらも大盛況。
いつの間にか夜宵の緊張は吹き飛んでおり、次々と繰り広げられるアピールタイムを楽しんでいた。
中でも格別だったのは、大人数による演劇。
大人数だった為に多めの時間が与えられ、よほど練習を積んだのか完成度が高く、夜宵は涙ぐんでしまった。
最早ファッションコンテストと言うよりは、パフォーマンスショーと言った様相だが、楽しければ何でも良いのか、誰からも不満の声は出ていない。
夜宵が想像以上に楽しんでいることを、ジンは多少呆れながらも喜んでいる。
もっとも、彼も自分が知らなかった世界を体験して、いろんな楽しみ方があるのだと、興味深そうにはしているのだが。
そうして順調にアピールタイムは進み、遂にこのときがやって来る。
「さぁ、いよいよ残りはあと2人です! 皆様、どうか最後まで楽しんで行って下さい! それでは! エントリーナンバー37番の方、どうぞ!」
司会者の呼び込みを聞いた観客たちは、少しばかりの違和感を覚えていた。
何故なら、これまでは名前を紹介していたのに、今回はそれをしなかったからだ。
運営の狙いを悟ったジンは苦笑しつつ、夜宵に振り返って声を掛ける。
「じゃあ、行って来るよ。 夜宵さんも、最後まで楽しんでね」
「あ……は、はい、行ってらっしゃい」
ジンが「頑張って」ではなく「楽しんで」と言った意味を、夜宵は漠然と理解していた。
ここまでコンテストを見て来て、このイベントが頑張るものではなく楽しむものだと、彼女も感じている。
だからと言って、何か変わったことが出来る訳ではないが、自分も精一杯のことはしようと思った。
再び緊張し始めた夜宵は、気を紛らす為にもジンのアピールタイムに集中する。
ハットを目深に被ったままステージに上がった彼を見て、観客たちは騒めいていた。
どうやら、未だにジンの正体がわからず、戸惑っているらしい。
そんな観客たちの反応にジンがニヤリと笑うと、会場内に大音量のダンスミュージックが流れ出した。
突然の事態に夜宵や他の参加者、観客たちが驚いていると――
「……ジンさん、ずるいです」
口では文句を言いながら、困ったように笑う夜宵。
彼女の見る先では、ジンが音楽に乗って、切れ味鋭いダンスを披露している。
彼にこのような特技があったのかと、夜宵は驚きつつもどこかで納得していた。
会場も凄まじい熱狂の渦に飲み込まれていたが、これはまだ序の口に過ぎない。
その場で綺麗にターンを決めたジンは、その途中でハットを上に放り投げる。
遂に彼の素顔が見れると期待した観客たちだが、その期待はメーターが振り切れるほど、良い意味で裏切られた。
「えぇぇぇぇぇ!?」
「あ、あれってジンだよね!? だよね!? ねぇ!?」
「間違いねぇよ! でも、なんでジンがここに!?」
「そんなのどうでも良いよ! そ、それより、写真とか動画撮って良いんだよね!?」
「このコンテストは撮影自由だからな、良いんじゃねぇか!?」
「やっばー! 超凄い! 超興奮して来た!」
一気に燃え上がった会場を見て、ジンはダンスを続けながら笑みを浮かべる。
他方、夜宵は「本当に、悪戯が好きですね……」などと呟き、他の参加者たちもステージに噛り付いていた。
サプライズが大成功したことを運営サイドは喜んでおり、互いに握手したり抱き合ったりしている。
すると曲調が変わり、そのタイミングでジンが衣装チェンジした。
先ほどまで着ていた、爽やかな夏ファッション。
それを見た女性プレイヤーから黄色い声が上がり、男性プレイヤーからも歓声や口笛が飛び交う。
激しさを増したダンスにつられるように、会場の熱気も天井知らずに上昇して行った。
誰もがこの時間が永遠に続けば良いとさえ思っていたが、制限時間は近付いている。
残り30秒ほどになった頃に音楽が止まり、ジンはフィニッシュを決めた。
その瞬間に万雷の拍手が鳴り響き、ポーズをやめたジンがにこやかに手を振る。
夜宵もステージ袖で拍手していたが、彼のアピールタイムはまだ終わっていなかった。
衣装を解除して鎧姿になったジンを見て、観客たちがまたしてもどよめく。
このとき夜宵は不穏な空気を感じていたが、今回も彼女の予感は当たってしまった。
「もう知ってるかもしれないけど、俺の名前はジン。 コロシアムの対戦相手を募集してるから、いつでも声を掛けて欲しい。 ただし、それ相応の覚悟はしておいてね」
ニッコリと笑いながら、『グランシャリオ』を観客席に突き付けるジン。
最高潮の盛り上がりから、氷点下まで一気に冷えた会場。
それらを見た夜宵は額に手を当てて、深く溜息をついた。
しかし、ジンは気にすることなく、サッサとステージ袖に戻る。
ジンを出迎えた夜宵はクレームを入れようとしたが、その前に彼が言葉を割り込ませた。
「これだけ冷え切っていたら、あとは上がるだけだね」
「……冷やし過ぎじゃないですか?」
「そうかな? 夜宵さんなら大丈夫だよ」
「もう、この人は……。 行って来ます」
「うん、行ってらっしゃい」
ジンの思いを知った夜宵だが、だとしてもやり過ぎだ。
確かに、盛り上がり過ぎている中に出て行くのは勇気がいるが、冷え過ぎも困る。
静まり返った会場を眺めた夜宵が、もう1つ溜息を追加していると、なんとか立ち直った司会者が口を開いた。
「え、えーと……そ、それではラストバッターです! エントリーナンバー38番、夜宵さんどうぞ!」
ほとんどヤケクソみたいなものだったが、辛うじて役割は全うした。
そんな司会者を内心で称賛しながら、夜宵はステージに歩み出る。
すると、止まっていた会場の時間が動き出し、彼女に注目が集まった。
大勢の視線を一身に浴びた夜宵は、目眩を起こしそうになったが、ギリギリのところで踏み止まる。
心臓が早鐘を打つのを全力で無視して、ステージ中央まで来た夜宵は体の前で手を揃え、丁寧に一礼した。
作法としての練度はどうかわからないが、彼女の心がこもったお辞儀は、観客や他の参加者、果ては運営の心にまで届いている。
中には反射的に、その場で会釈している者まで散見出来た。
盛り上がりと言う観点から見れば全くだが、このときの会場は、確かに1つになっていた。
だが、内心は不安でいっぱいの夜宵は、このあとどうすれば良いかわからない。
マネキンのように固まりそうだった、そのとき、ステージ袖から視線を感じた。
夜宵がそちらに目を転じると、ジンが笑いながら口元を覆い、マスクを取るような仕草をしている。
それを見た夜宵はハッとして、『フェイスベール・黒』を解除した。
その瞬間――
「うぉ……」
「可愛い……」
「誰だ、あの子……?」
「確かジンのパートナーだって、記事になってなかったっけ……?」
「あんなに綺麗な子だったんだ……」
「戦闘中と雰囲気が違い過ぎて、気が付かなかったぜ……」
あちらこちらから困惑の声が聞こえ、夜宵は耳まで顔を赤くした。
それでも、悪い反応ではないと思えた彼女は多少なりとも落ち着きを取り戻し、次のコーディネートに切り替える。
今日配信されたばかりの、『カシュクールワンピースA・水色』と『透かし編みカーディガンA・青』。
最新ファッションに身を包んだ夜宵を、観客たちは感嘆の溜息とともに見つめた。
ジンのときが激しいライブの盛り上がりだとすれば、今は美術館で芸術品を眺めているような空気。
初めて着る服なので全く自信のない夜宵が、チラリとステージ袖に視線を向けると、ジンが満面の笑みでサムズアップしていた。
そのことに勇気をもらった彼女は薄く微笑み、ぎこちなさは残しつつも、ポーズを取り始める。
一言も発さずに淡々とポーズを取る姿は、見ようによってはシュールだが、観客たちはミステリアスに感じており、逆に心を掴んでいた。
少しずつ硬さが取れて来た夜宵は、続いてメイド服に着替える。
会場に無言の衝撃が走り、またしても静かな鑑賞タイムに入った。
正式名称を『キュートメイドドレス』と言うこの衣装は、夜宵が思っていたよりも丈が短く、ステージ下から下着が見えないか不安になっている。
しかし、顔を赤らめながらも止まることはなく、出来るだけスカートの中が見えないように気を付けながら、いくつかのポーズを取った。
途中、ジンの方を見ると満足そうに頷いており、夜宵はホッとしている。
彼女の可憐な姿を目の当たりにして、ファンになった男性プレイヤーは多く、女性プレイヤーをも魅了していた。
そのようなことを知るはずもない夜宵は、いよいよ最後の服に衣装チェンジする。
メイド服から巫女服――正式名称は『巫女装束A』――に着替えると、観客たちから何度目かの感嘆の溜息が漏れ、ジンは優し気な笑みを浮かべた。
彼の反応で勢い付いた夜宵は、今回のコンテスト中に見たポーズの中で合いそうなものを、見よう見真似でやってみる。
ちゃんと出来てるか心配だったが、ここまで来たら走り切るだけだと開き直り、今までよりも大胆な動きになっていた。
そうして制限時間が終わりを迎える頃、夜宵は再び観客席に礼をする。
「あ、有難うございました……」
最後の最後で口を開いた夜宵は、足早にステージ袖に帰る。
観客たちの目の届かないところまで戻ると、肺の中の空気を全て吐き出す勢いで嘆息し、へなへなとその場に崩れ落ちた。
何とかやり切ったが、本当にあれで良かったのかと、胸中で自問自答している。
しかし、その答えはすぐに判明した。
溜まりに溜まったものを爆発させるかの如く、凄まじい拍手と歓声に包まれる会場。
あまりの迫力に夜宵はビクッとしたが、聞こえて来るのは彼女を褒め称える言葉ばかり。
呆気に取られた夜宵が、地面に座り込んで動けずにいると、ジンがそっと手を差し伸べた。
「お疲れ様、凄く良かったよ。 服も全部似合ってたし、パフォーマンスも好感触だったね」
「あ……有難うございます。 わたしは無我夢中で、あまり反応とかわからなかったんですけど、そう言ってもらえると助かります」
ジンの手を取って立ち上がった夜宵は、もじもじして俯いてしまったが、大きな達成感を得ていた。
夜宵の気持ちを察したジンは微笑をこぼし、改めて問い掛ける。
「楽しかった?」
「えぇと……凄く緊張しましたし、疲れましたけど……楽しかったです」
頬を朱に染めながら呟かれた彼女の言葉は、本心だった。
最初はどうなることかと思ったが、今は間違いなく楽しかったと言える。
ジンには振り回されることが多い夜宵も、多くの経験をさせてもらえていることには、深く感謝していた。
柔らかな笑みを交換する、夜宵とジン。
そんな2人の耳には、今も鳴り止まぬ拍手と大歓声が聞こえていた。




