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第1話 出会い

 ダンジョンを出た夜宵は、自分の町を目指していた。

 瞬時に様々な場所に移動出来る、ポータル端末と言うものが近くに設置されているが、今日は歩きたい気分らしい。

 自分の町と表したものの、当然と言うべきか、彼女が所有している訳ではない。

 NAOには、小規模な村や集落は多数あるが、メインとなる拠点は数える程度。

 そのうち3つの拠点には、それぞれの種族が暮らしている――と言う設定である。

 現実の人間と似ている、ヒューマン。

 尖った耳が特徴的な、エルフ。

 全身が機械で出来ている、ガジェット。

 各種族にステータス的な差はないが、装備出来るアイテムには違いがある。

 特にガジェットは、自身の部品がそのまま装備になっているので、他の種族の装備が付けられないことが多い。

 装備の性能や入手難易度は上手く調整されており、どの種族が有利と言う話ではなく、最終的には趣味だろう。

 そんな中で夜宵が選んだのは、ヒューマン。

 特に深く考えた訳ではなく、ゲームに疎かった彼女は、現実に近い形を選んだだけ。

 ちなみに、アバター作成の方法は2通りあり、1つは自分好みの見た目に作り上げるパターン。

 性別の選択も自由なので、この世界の性別と現実の性別が、一致しているとは限らない。

 やはり理想のアバターを作りたいプレイヤーが多いのか、こちらの方法を選んでいる者が多いようだ。

 もっとも、声も含めてアバター作成の自由度が高い反面で、調整は難しく、本当の意味で満足しているプレイヤーは少ない。

 ゲーム初心者の夜宵は、自分でアバターを作るのは難しいと思い、もう1つのパターンを選択した。


「それにしても、2週間以上経つのにまだ慣れませんね……」


 暗い洞窟内を進みながら、地面から突き出た水晶に映る自分の顔を、しげしげと眺める夜宵。

 非常に美しい容貌をしており、黒髪であることと、和服の1種である武道袴を着ていることもあって、大和撫子と言う言葉を連想させる。

 先週20歳になったので、もう少女とは呼べないのかもしれないが、まだ高校生で通用しそうだ。

 要するに、彼女が選んだアバター作成のパターンは、現実の――天霧弥生あまぎりやよいのデータを反映させる方法。

 事前に自身のデータを登録することで、限りなく本人に近いアバターを作成することが可能。

 個人情報流出が危惧されていたが、国家単位で保護が約束されたことで、なんとか実装されたシステム。

 夜宵もかなり抵抗があったものの、最終的には覚悟を決めた。

 つまり、今の夜宵は現実の弥生がそのままゲーム内に来たようなもの――なのだが――


「絶対、何かしらの補正が入ってますよね。 やっぱりまだ、欠陥があったと言うことでしょう」


 何やら1人で納得した夜宵は、水晶から目を離して歩みを再開させた。

 自己肯定感の低い彼女は、自分の外見に自信がなく、今の姿は作られた物だと思っている。

 実際、髪型や細かい部分は変えてあるのだが。

 何はともあれ、残念思考少女は足を動かし続け、やがて洞窟の外に出た。

 そのとき――


「……! エマージェンシークエストですか」


 けたたましいサイレン音が鳴り響き、快晴だった空が赤く染まった。

 エマージェンシークエスト。

 昼夜関係なくランダムで発生するクエストで、通常では戦えない強力なモンスターが出現する。

 最大12人まで参加可能なレイドバトルであり、それだけ難易度が高い。

 その分、ドロップアイテムには期待出来るクエストで、ここでしか手に入らない物も多数ある。

 だからこそ、チャンスがあれば数多くのプレイヤーが参戦するのだが、クリア出来る者は限られていた。

 それにもかかわらず、眼前に出現した『参加』、『不参加』の文字を前にして、夜宵は迷わず『参加』にタッチした。

 すると、クエスト開始まで5分のカウントダウンが始まり、それを確認した彼女は慣れた手付きでウィンドウを呼び出す。

 そこにはクエスト受注条件が映っており、そのパスワード欄に、いつも使っている数字を打ち込んだ。

 これは本来、仲間内の決まったメンバーでクエストを受けたいときに、使用するものである。

 単独行動の彼女がパスワードを入力したと言うことは、1人でクエストに挑むと言う意思表示に他ならない。

 通常のクエストならともかく、エマージェンシークエストでは、普通は考えられないだろう。

 しかし夜宵に躊躇はなく、もう1つの()()を済ませた。

 カウントダウンが終わるとテレポートし、次の瞬間には荒れ果てた大地に立っていた。

 ちなみに、エマージェンシークエストの舞台はフィールドと繋がっておらず、特別な空間が作られているらしい。

 薄紫色の光が辺りに満ち溢れ、空を見上げれば分厚い雷雲が広がっている。

 かなり不気味な雰囲気だが、既に何度か受けているクエストなので、戸惑いは全くない――はずだった。


「え……?」

「ん?」


 自分1人で挑む気満々だった夜宵から少し離れた場所に、少年が立っていた。

 それを見た夜宵は、反射的にウィンドウを操作して、整えていた()()を元に戻した。

 少年の身長は、180cmを少し超えるだろう。

 白銀の鎧に、同質の兜と盾。

 そして右手には、眩い光を放つ剣を握っている。

 見るからにレア度の高そうな装備に身を包み、その出で立ちは、さながら白銀の剣士。

 兜の隙間から見える髪は、青みがかった銀髪で、顔立ちは素晴らしく整っていた。

 蒼穹のように透き通った目を見開いて、夜宵を見つめている。

 一方の彼女も似たようなもので、揃って間の抜けた声を漏らした。

 気まずい空気が流れるかに思えたが、その前に少年が口を開く。


「どうやら、たまたま同じパスワードを設定したみたいだね」

「……そう、みたいですね……」


 飄々とした少年に対して、視線を彷徨わせながら、しどろもどろに答える夜宵。

 どうしたものか悩み、いっそクエストを放棄しようかとすら思ったが、少年が先手を打った。


「こうなったからには、今回は一緒にやろうか」

「え……あ、はい……」

「不服?」

「い、いえ、そんなことはないです」

「じゃあ決まりだ、よろしく頼むよ。 俺の名前はジン、キミは?」

「えぇと……その……よ、夜に宵闇の宵で……や、夜宵、です……」

「夜宵さんか、改めてよろしく」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします、ジンさん……」


 ニコリと笑うジンから顔を背けた夜宵は、大きく深呼吸して気を落ち着かせる。

 彼の言う通り、こうなった以上はあとに退けない。

 数瞬瞑目した夜宵は目を開き、腰溜めに刀を構えた。

 一方のジンは自信に満ち溢れた表情で、威風堂々と立っている。

 すると、2人から離れた空間が湾曲し、中から見上げるほど巨大なモンスターが這い出て来た。


『グルルルルゥゥゥゥゥ……』


 体毛の赤い、二足歩行の虎のような見た目だが、右手に反りのある巨大な剣を装備し、何より目を惹くのは左腕のガトリングガン。

 手に持っているのではなく、左腕そのものが銃となっている。

 両脚と胸元を黒い装甲で覆っており、防御力も高そうだ。

 アサルト・タイガー。

 かなり獰猛で、巨剣による近接戦闘も厄介だが、やはり真骨頂はガトリングガンによる射撃攻撃。

 多くのプレイヤーが近付くことも出来ず、蜂の巣にされて来た。

 1発1発の威力はさほど高くないものの、連射能力が尋常ではなく、あっと言う間にHPを削られてしまう。

 口の端から涎を滴らせており、今にも飛び掛かって来そうだ。

 そんな強敵を前にして夜宵は眦を決し、ジンは――


「さて、始めようか」


 右手の剣をアサルト・タイガーに向け――乱れ撃ち。

 剣先から、凄まじい数の光弾を射出した。

 それを見た夜宵は、先ほどまでの集中力もどこへやら、ポカンとした表情でジンを見て呟く。


「セイヴァー……」


 セイヴァー。

 初期クラスのレベルを、全て最大まで上げた者だけがクラスチェンジ出来る、最強のクラス。

 特性は、全被ダメージ25%減少と言う圧倒的な耐久力で、高火力かつ汎用性の高い戦闘能力も併せ持つ、クラスチェンジの難易度に見合った性能を誇る。

 存在だけは知っていた夜宵だが、実物は初めて見た。

 それも致し方あるまい。

 何故なら現時点でセイヴァーになれた者は、少なくとも知られている限りでは――ただ1人。

 途轍もない人数がプレイしているこのゲームで、出会えたことが奇跡だと言える。

 それでも彼女がジンをセイヴァーだと断言出来たのは、彼の使った【ホーリー・ブラスト】と言うアーツが、セイヴァー専用のものだからだ。

 アーツとは、APアーツポイントを消費して使うことの出来る、必殺技と考えればわかり易い。

 APは時間経過や、通常攻撃をヒットさせることで回復出来るので、アーツをいかに効率良く使えるかが戦闘の鍵と言える。

 使えるアーツはクラスによって決まっており、夜宵はサムライのアーツしか使えない。

 現実逃避気味に、そんなことを思い出していた彼女だが、我に返ると意を決して駆け出した。

 ともに戦うと決めた以上、ジンにばかり任せていられない。

 一直線に肉薄した夜宵に向けて、アサルト・タイガーはジンの攻撃に曝されながらも、ガトリングガンを構える。

 他のボスを遥かに凌駕する強さは、戦闘力だけではなく知能にも及び、夜宵の動きを計算に入れた完璧な照準だった。

 それを見たジンはこっそりと溜息をこぼし、夜宵に回復アイテムを使うように準備。

 このタイミングでは、被弾は免れないと考えたからだ。

 獰猛な笑みを浮かべたアサルト・タイガーは、左腕の銃口から弾丸をばら撒き、夜宵に降り注いだが――


「はぁッ……!」

『グルッ!?』

「へぇ……」


 弾丸の雨が夜宵を捉えようとした、その刹那、彼女の体が加速した。

 そのまま懐に飛び込み、装甲に守られた丸太のように太い左脚を、真一文字に斬り裂く。

 【絶影瞬駆ぜつえいしゅんく】。

 ダメージ自体は低めだが、一瞬にして間合いを詰める機動力が売りのアーツ。

 抜刀とほぼ同時に納刀まで行われるので、次の攻撃への繋ぎにも使われる。

 必殺だと思われた攻撃を躱されたアサルト・タイガーは戸惑い、夜宵はカウンターの一撃を喰らわせた上に、自身の間合いに到達した。

 彼女の見事な動きを目の当たりにしたジンは、目を細めて感嘆の声を落とす。

 このときを境に、彼の夜宵を見る目は変わり、適当に撃っていた【ホーリー・ブラスト】を、彼女が傷付けた左脚に集中させた。

 そのことに気付いた夜宵は、一瞬だけ肩越しにジンを振り返り、すぐさま次の行動に移る。


「ふッ……!」

『ゴッ!?』


 アサルト・タイガーが立ち直っていないことを察した夜宵は、一撃を加えた左脚に、連続でアーツを放った。

 見る見るうちに、装甲に数多の刀傷が刻み込まれる。

 【双刃疾風そうじんはやて】。

 居合抜きしてから納刀するまでの一瞬に、高速の2連斬を繰り出すアーツ。

 【絶影瞬駆】と同じく1撃の威力は控えめだが、消費APが少ないことと、発動が速く硬直もほとんどないことが特徴で、連続使用したときの火力は侮れない。

 付け加えるなら、攻撃しながら前後左右への移動が可能なので、位置調整にも重宝される。

 ジンの【ホーリー・ブラスト】と夜宵の【双刃疾風】の連打により、もう少しで装甲を破壊出来るところまで来た。

 しかし、そのときになって体勢を立て直したアサルト・タイガーが、足元で動き回る夜宵に向かって、右手の巨剣を振り下ろす。

 たとえ【絶影瞬駆】を使っても、逃げ切れない方向からの攻撃であり、今度こそ避けるのは不可能かに思われたが――


「……いや」


 ジンの目は、夜宵の変化に気付いていた。

 迫り来る巨大な剣を前に、彼女は下がることなく、左に転身する。

 だが、アサルト・タイガーはその動きも予測済みで、どちらにせよ攻撃が当たるのは間違いない。

 先ほどまでなら。


『ガルッ!?』


 直撃するはずだった巨剣をギリギリで回避した夜宵は、反転した勢いをそのままに1回転し、またしても左脚にカウンターの一閃を見舞った。

 すると、その一撃がトドメとなり装甲が破壊され、アサルト・タイガーが地面に片膝を突く。

 ダウンを取られて唸るアサルト・タイガーに対し、ジンはニヤリとした笑みを浮かべながら呟いた。


「【神速への道】か……。 面白いスキルを取ったものだ」


 アーツとは別に習得出来る特殊能力に、自動で発動するパッシブスキルと、任意で発動出来るアクティブスキルがある。

 これも、各クラスで習得出来るものはある程度決まっており、その中から選べるのは4つまで。

 正確に言えば、4つ習得してからでも1つのスキルを消せば、別のスキルを習得出来るが、かなりのロスが生まれる。

 そして【神速への道】は、近接系クラスなら習得可能な、パッシブスキルの1種。

 その効果は――


「クエスト開始から1秒ごとに、攻撃速度と移動速度が1%上昇する。 最大時は50%だったかな。 ただし……ガードしたとしても被弾時に効果がリセットされ、再発動まで10秒掛かる欠点がある上に、習得難易度は最高レベル。 攻撃を受けるのが当たり前なこのゲームで、わざわざ習得してる物好きがいるとはね」


 口では呆れたように言っているが、ジンは至極楽しそうだった。

 【神速への道】は最大効果が凄まじい一方で、それを維持するのが極めて難しいと言う理由で、一般的には見向きもされないスキルなのだ。

 それは彼の言うように、攻撃を受けるのが当然だと言うゲーム性にもよるが、徐々に上がって行く自身の速度に、プレイヤーの判断力が追い付かないことも大きい。

 ところが、このスキルを見事に制御し切っている夜宵は、今の攻撃も際どいところでカウンター出来ると確信していた。

 ジンはトッププレイヤーを自負しており、事実として彼の実力は飛び抜けているが、目の前の少女はもしかしたら、自分以上かもしれないと思わされた。

 そのことが楽しくて仕方ないジンは、遠くから【ホーリー・ブラスト】を撃つのをやめて、夜宵の隣に並び立つ。


「俺も混ぜてよ」

「……! ジンさん……?」

「なんか久しぶりに、凄く楽しくて。 良いよね?」

「……わたしは構いませんけど」

 

 彼の行動を怪訝に思いつつ、夜宵は気を抜かずに敵の様子を観察していた。

 ダウンを取ったが、ここで攻めると手痛い反撃が飛んで来ることを、過去の経験から学んでいるからだ。

 そして、むしろこれからが本番だと言える。

 HPゲージの30%ほどを失った、アサルト・タイガーの全身から炎が燃え盛り、ゆっくりと立ち上がった。

 ボスモンスターに良くある現象だが、どうやら本気モードに入ったらしい。

 そのことを悟った夜宵は気を引き締め直したが、ジンは少し違っていた。


「良し、多くダメージを与えた方が勝ちね」

「……え?」

「だから、あいつのターゲットを取った方が勝ちってこと」

「……あの、一応聞きますけど、それはどうやって判断するんですか?」

「あれ、知らない? HPゲージの横にマークが見えるプレイヤーが、1番ダメージを与えてる目印なんだよ」

「言われてみれば、いつもあるマークがないですね……」

「今のところ、俺の方がダメージを与えてるからね。 じゃあ、行こうか」

「え、わたしはやるなんて一言も……」

「良いから、良いから。 ほら、敵さんは待ってくれないし」

「……わかりました」


 強引なジンの物言いに辟易しつつ、夜宵は内心で闘志を滾らせていた。

 元来は大人しく引っ込み思案だが、このゲームに関しては、かなり好戦的な一面もある。

 ジンが彼女を誘ったのは、漠然とそのことを感じ取っていたからだ。

 まぁ、単に彼自身が楽しみたいだけでもあるが。

 いつもの腰溜めに刀を構える夜宵を横目に、ジンは輝く剣に力を注ぎ込む。

 その途端、剣身の発光が強くなり、1回りほど長大な光の刃を形成した。

 【セイント・エッジ】。

 剣身に光の刃を纏わせることで、180秒間通常攻撃の範囲と威力を上昇させるアーツ。

 消費APがかなり多めではあるが、効果時間180秒は、このゲームではかなり長い方だ。

 ジンが本気だと思い知らされた夜宵は、固唾を飲み――


「行きます……!」


 地面を蹴って駆け出した。

 狙いは右脚。

 片脚の装甲を壊したときのダウンは罠だが、両脚を壊せば、今度こそ大きなチャンスになる。

 当然ジンもそのことを知っており、夜宵に追随する形で右脚に向かった。

 速度では夜宵に劣るジンだが、彼には【ホーリー・ブラスト】がある。


「先手はもらうよ」


 疾走を続けながら、剣先を右脚に向けたジンは、即座に【ホーリー・ブラスト】を連射した。

 セイヴァーのアーツの中では、さほど高い威力ではないものの、充分な成果を出している。

 ダメージを受けたアサルト・タイガーは、ギロリとジンを睨み付け、お返しとばかりに銃弾をばら撒いた。

 先ほどまでと違って銃弾を炎が覆っており、文字通り火力が上がっていることが窺える。

 寸前に進行方向を変えていた夜宵は難を逃れたが、彼女ほど機動力の高くないジンが避ける術はない。

 そう考えた夜宵は思わず足を止め、心配そうに彼を見やったが、それは全くの杞憂だった。


「舐めないで欲しいな」


 襲い来る無数の弾丸を、左手の盾を掲げてガードするジン。

 勿論、ノーダメージと言う訳ではないが、彼の顔には、はっきりとした余裕が浮かんでいる。

 セイヴァーの耐久力と、恐らくは高ランク装備と思われる防具があってこそだが、夜宵は別の要因にも注目していた。


「【リジェネレイト】ですか……」


 薄緑色に発光するジンを見て、ポツリと呟く夜宵。

 【リジェネレイト】。

 10秒ごとに最大HPの5%を回復する、パッシブスキル。

 どのクラスでも習得可能な汎用スキルだが、あまり取っている者はいない。

 回復アイテムを節約出来るので便利な一方、受けるダメージと回復量を天秤に掛ければ、割に合わないと考える者が多いからだ。

 しかし、ジンの場合は話が違って来る。

 ガードさえすれば、レイドボスの攻撃ですら大したダメージを受けない彼が、このスキルを持ったとき、その効果は絶大になるからだ。

 それでも今は、受けるダメージの方が上回っており、このまま続けばいつかはやられてしまうだろう。

 しかし、夜宵は心配していなかった。

 

「ちょっと調子に乗り過ぎだね」


 ガトリングガンによる弾幕が途切れた瞬間を見計らい、即座に反撃の【ホーリー・ブラスト】を繰り出すジン。

 光弾は狙い違わず、アサルト・タイガーの右脚に命中し――


「流石はセイヴァー……ですね」


 苦笑を浮かべた夜宵が見る先には、絶え間なく薄緑色に発光するジンの姿があった。

 【救世の光】。

 最大100と言う制限はあるものの、与えたダメージの10%をHP回復出来る、パッシブスキル。

 単発の攻撃だと効果が薄いが、【ホーリー・ブラスト】のように手数が多いアーツと組み合わさったときの回復量は、凄まじいものになる。

 セイヴァー専用スキルで、最強たる所以の1つだが、習得難易度は【神速への道】と同等に高い。

 ジンがやられる可能性がなくなったと判断した夜宵は、改めてアサルト・タイガーに突貫した。

 彼に気を取られていたアサルト・タイガーは、慌てて巨剣で迎撃しようとしたが、【神速への道】の効果が最大になった夜宵は、僅かに方向転換するだけでやり過ごし、カウンターの【絶影瞬駆】で右脚に斬り掛かる。

 【絶影瞬駆】の威力は控えめとは言え、カウンターで決まれば並のアーツより遥かに強い。

 それでもジンからマークを奪えなかった夜宵は、一気呵成に【双刃疾風】を繰り出した。

 普段よりもリスクを上げ、時折襲い掛かる巨剣には、しっかりとカウンターを合わせ続ける。

 すると遂に、ダメージを蓄積した装甲が砕け散り、今度こそアサルト・タイガーは大きく体勢を崩した。

 それを見た2人は同時に跳躍し、胸元の装甲に攻撃を集中させる。

 夜宵は全てのAPを使い切る勢いで、【双刃疾風】の嵐を巻き起こし、ジンは【セイント・エッジ】で強化された、輝く剣を叩き付けた。

 なんとか立ち直ろうとしているアサルト・タイガーに、容赦ない攻撃を仕掛けていると、最後の装甲が破壊され、その下に怪しく光るコアが見えた。

 これこそがアサルト・タイガーの弱点部位であり、攻撃をヒットさせることで、大ダメージを与えることが出来る。

 ここまで来ればあと一息で、アサルト・タイガーのHPゲージも残り少なくなって来ているが、このあとこそが最大の難所でもあった。


『グ……ガアァァァァァッッッ!!!!!』


 大叫喚を上げたアサルト・タイガーに、膨大なエネルギーが収束して行く。

 それに反応した夜宵は瞬時に距離を取り、腰溜めに刀を構えた。

 その直後、アサルト・タイガーを中心に爆炎が迸り、広範囲を燃やし尽くす。

 アサルト・タイガー最後の大技で、勝機が見えたプレイヤーの数々を、絶望に叩き落として来た。

 もっとも、2人にとっては予定調和であり、今回も当然のように処理しようとしたが、ここでアクシデントが起こる。


「あ……!」


 あることを失念していた夜宵が、愕然とした声を発した。

 しかし、もう遅い。

 眼前に迫る炎を前に、反射的に目をギュッと閉じ――


「らしくないミスだね」


 白銀の盾を前に突き出したジンが、炎をせき止めながら、不思議そうに背後の夜宵に振り向いた。

 戦闘不能になることを覚悟していた夜宵はポカンとしており、そんな彼女に苦笑を見せたジンは、力強く言い放つ。


「楽しませてくれたお礼に、見せてあげるよ」


 そう言ってジンはアサルト・タイガーに向かって跳躍すると、光の剣を深々とコアに突き刺した。

 それだけでもかなりのダメージだろうが、倒すにはまだまだ足りない。

 だが――


「30%ってところかな」


 ジンがポツリと呟くと同時に、突き刺していた剣が眩く光を放ち――大爆発。

 アサルト・タイガーの大技にも負けない威力で、コアを粉々に吹き飛ばした。

 HPゲージを0にされたアサルト・タイガーは塵と消え、辺りにファンファーレが流れる。

 クエストをクリアしたことはわかったが、驚きの連続でフリーズしている夜宵にジンは近付き、ニコリと笑って告げた。


「俺の勝ちだよね?」

「……はい」


 心底楽しそうなジンに対して、夜宵は未だ心ここにあらずと言った様子だ。

 そんな彼女に再び苦笑を見せたジンは、少し名残惜しそうに口を開いた。


「クリアしたら元の場所に戻されるから、お別れだね」

「そうですね……」

「と言っても同じヒューマンだし、またどこかで会うこともあると思うよ」

「そうですね……」

「まぁ、もし会えなかったとしても、探し出すから」

「そうで……え?」


 呆然としていた夜宵だが、意味不明な言葉が聞こえたことで、我を取り戻した。

 キョトンとしている彼女にジンは笑みを深め、自身の気持ちを述べる。


「夜宵さんとのクエスト楽しかったから、また一緒に遊びたいんだ」

「え、えぇと、わたしは、その……」

「それとも、夜宵さんは楽しくなかった?」

「い、いえ、わたしも、た……楽しかった、です……」

「それなら良かった。 じゃあ、今日はここまでだけど、また声を掛けるからよろしくね。 お疲れ様」

「お疲れ様、でした……」


 そう言って踵を返したジンの姿が虚空に溶け、夜宵も洞窟を出たところに戻された。

 暫く立ち尽くしていた彼女だが、ゆっくりと胸に手を当てて目を閉じると、先ほどの戦いを思い出して微笑んだ。

 同じクエストなのに、誰かと一緒だっただけで、こうも違うものなのか。

 いや、一緒だったのがジンだったからこそ、あれだけの高揚感を得られたのかもしれない。

 もしそうだとしたら、彼との再会は楽しみだが、ちゃんと話せるか途轍もなく不安だ。

 様々な感情が綯い交ぜになり、夜宵の心境はこれ以上ないほど複雑である。

 それでも、楽しかったと言う事実だけは変わらない。

 こうして、夜宵とジンのファーストコンタクトは終わりを迎え――


「あ……助けてくれたお礼を、言い忘れていました……」


 しょぼくれた彼女を、そよ風が優しく撫でた。











「不思議な人だったな」


 クエスト前にいた草原に戻って来たジンは、遠くに沈みゆく夕日を眺めながら、しみじみと呟いた。

 脳裏に浮かんでいるのは、今しがた共同戦線を張ったばかりの夜宵。

 最初は控えめに言っても頼りない印象だったが、実力は今まで出会ったプレイヤーの中で、群を抜いていた。

 見たところ装備は大したことなかったものの、無駄のない洗練された動きは、芸術の域にすら達しているように思える。

 ある種の感動を抱きながら、ウィンドウを呼び出したジンは、クエストリザルトを表示させた。

 そこには、受注したクエスト名やクリアランクなどが載っているのだが、彼が注目したのは――


「クリアタイム8分46秒か。 2人でこのタイムは、流石に恐れ入るよ」


 思わずと言ったように、苦笑をこぼすジン。

 アサルト・タイガーのエマージェンシークエストのクリアタイムは、12人で挑んでも10分近く掛かるのが普通だ。

 強力なプレイヤーだけでメンバーを固めれば、夜宵たち以上のタイムを狙えるが、それは稀なケース。

 参加人数が少ないほど、ボスのHPが少なくなる仕様があるとは言え、少人数であればあるほど戦いは厳しくなる。

 ましてや夜宵の装備は、トッププレイヤーには程遠いのだから尚更だ。

 セイヴァーと言う、特殊なクラスがいたことを差し引いても、驚異的なタイムと言わざるを得ない。

 改めて夜宵の実力を認識したジンだが、だからこそ彼には大きな謎が残されていた。


「最後の大技に対する処理……あれは本当にミスだったのか?」


 おとがいに右手を当ててジンは考え込んだが、答えが出ることはなかった。

 夜宵の動きは見事の一言で、特にカウンターの腕前は――本人に自覚はないが――人間業とは思えないほどである。

 しかしながら、それは物理系攻撃に対してのみで、魔法系攻撃にカウンターは適応されない。

 つまり、あの場面でサムライに出来るのは、ひたすら回避に専念することなのだが、彼女は何故かそれをしなかった。

 どんな人間でもミスはすると言う常識と、夜宵の強さはそのような次元ではなかったと言う感情。

 相反する2つの思いに悩まされていたジンだが、小さく息を吐いて取り敢えずの結論を下した。


「まぁ、今ここで考えても仕方ない。 これから一緒に行動するうちに、わかることもあるだろう」


 夜宵との再会に思いを馳せたジンは、不敵な笑みを浮かべた。

 そして、ログアウト画面を呼び出しタッチすると、彼の姿が瞬時に掻き消える。

 無人となった草原を風が吹き抜け、NAOの世界に夜が訪れようとしていた。

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