第17話 ボス戦
約300体のモンスターを掃除した3人は、誰からともなく集まった。
通常のクエストであれば、「お疲れ様」とでも言う場面だが――
「行こうか」
「僕に指図するな」
「行きましょう」
「はい、夜宵さん」
「sei……キミ、そんなキャラだったっけ?」
「うるさい、黙れ」
ふざけているように感じるが、3人の纏う空気は真剣そのものである。
それは、先ほどの戦闘があくまでも前哨戦であり、メインはこれからだとわかっているからだ。
これ以上の口論を嫌った夜宵が無言で駆け出すと、seiは遅れず足を踏み出し、ジンは【ホワイト・ウィング】で滑空する。
一気に緊張感が増した3人は、最短距離で最奥を目指し、間もなくして到着した。
大木が並び立つ大森林の中で、そこだけ切り取られたかのように広がる、広大な円形の空間。
その中心には、今までの大木が小枝に思えるほどの、大樹が聳え立っている。
首が痛くなるほど見上げなければ、頂上が見えない。
そして、その根元には、1体のモンスターが寝そべっていた。
色は深緑で、まさにイメージとして出て来る代表的なドラゴンのフォルムだが、いくつか特殊なところがある。
1つは、体が無数の蔓で組み上がっていること。
もう1つは、顔に瞳が付いていないこと。
最後は、尻尾が大樹と繋がっていること。
フォレスト・ドラゴン。
このエマージェンシークエストの、最終目標である。
1つ目と2つ目はともかく、最後は自分で自分の動きを制限しているようなものだが、これこそがこのモンスターの特性。
「まずは、あの尻尾を何とかしないとね」
「何故貴様は、毎回仕切ろうとするんだ?」
「そんなことを言っている場合じゃありません。 今は、クエストに集中しましょう」
「……すみません」
「謝らなくて良いんですよ、わたしも言い過ぎました。 じゃあ改めて、プランを話し合いましょうか」
すっかり夜宵に躾けられたseiを見て、ジンは隠れて笑っていた。
もっとも、seiには筒抜けだったが。
強烈な殺気を込めた視線に貫かれたジンは、素知らぬ顔で明後日の方を向く。
どうしようもない2人を前に頭痛がして来た夜宵だが、渾身の力で立ち直った。
「とにかくジンさんの言う通り、あの尻尾の切断が最優先です。 放っておいたら大樹からエネルギーを吸収して、HPを回復し続けますから」
「そうだね。 取り敢えず俺が正面で注意を引くから、2人は尻尾を狙って欲しい」
「待て。 対単体火力で言えば、マスターが最強だ。 モンスターが基本的には、最もダメージを与えているプレイヤーを狙う以上、僕がその役割を担うべきだろう」
「通常なら確かにそうだけど、尻尾へのダメージは本体の半分だ。 それなら普通に攻撃する俺に、ターゲットが向くはずだよ」
「それはそうだが……」
「seiさん、今回はジンさんにお願いしましょう。 敵を引き付けるなら、耐久力の高いセイヴァーが適任です。 その代わり、わたしたちは頑張って尻尾を攻撃しましょうね」
「……わかりました」
完全には納得出来ていないようだが、seiもこの判断が正しいことはわかっている。
方針を決めた3人は互いにアイコンタクトを取り、一斉に空間の中に侵入した。
その瞬間、寝そべっていたフォレスト・ドラゴンが起き上がり――
『グォォォォォッ!!!』
大叫喚を上げる。
直接的な攻撃力はないが、凄まじいプレッシャーが撒き散らされ、ここで足を止めるプレイヤーが多い。
しかし、夜宵たちは一切怯むことなく走り続け、ジンが戦端を開いた。
「来なよ、大トカゲ」
挨拶代わりの【ホーリー・ブラスト】を、フォレスト・ドラゴンの額に撃ち込む。
一瞬だけHPゲージが削れたが、すぐさま最大まで回復した。
やはり尻尾を切断しなければ、いくらダメージを与えても無駄らしい。
それでもジンは攻撃の手を緩めず、絶え間なく【ホーリー・ブラスト】を撃ち続ける。
すると、煩わしそうに首を巡らせたフォレスト・ドラゴンが、口から深緑のブレスを吐き出した。
「そうだ、それで良い」
狙い通りの展開にジンはほくそ笑み、盾でガードすることでダメージを最小限に抑える。
即座に反撃の【ホーリー・ブラスト】を撃ち、【救世の光】の効果で回復したジンは、フォレスト・ドラゴンに向かって駆け出した。
離れていれば安全に戦えるが、APを回復する必要がある為、必ずどこかで接近戦に持ち込まざるを得ない。
並のプレイヤーであれば、フォレスト・ドラゴンに単独で突撃するなど、恐ろしくて出来ないだろう。
それでもジンに躊躇いはなく、むしろ楽し気に笑っていた。
足元に辿り着いた彼に向かって、フォレスト・ドラゴンは爪を振り下ろしたが、盾を掲げることで難なく受け止める。
爪を押し返したジンは、お返しとばかりに左脚を何度も斬り裂き、注意を引くと同時にAPの回復も済ませた。
今度は丸呑みする勢いで噛み付いて来たが、軽快にバックステップを踏むことでやり過ごす。
間合いを開け過ぎると、ターゲットが別のプレイヤーに移るので、絶妙な距離感が必要。
適正距離を保ちながら【ホーリー・ブラスト】で引き付け、近付くときは大胆に。
そうしてジンが盤石の戦況を作っている一方、夜宵たちも遊んでいる訳ではない。
「はぁッ……!」
「シッ!」
気を吐きながらそれぞれの刃を振り乱し、フォレスト・ドラゴンの尻尾に斬り掛かる。
フォレスト・ドラゴンが動き回る関係上、尻尾は伸縮自在だが、大樹に繋がっている根本の場所だけは一定。
そこに狙いを絞った夜宵とseiは、全力を持って攻撃している訳だが、やっていることは極めてシンプル。
夜宵はジンが敵を引き付けてくれることを信じ、回避行動を一切考えず、その場に留まって【双刃疾風】をひたすら連打。
逆に言うとカウンターが使えないので、逐一APを回復する為に通常攻撃を挟まなければならない。
対するseiも、マスターのアーツで1番火力が出るものを、APの続く限り放っていた。
少し溜めた後に高速の4連斬を繰り出す、【クアトロ・ディバイド】。
マスターのアーツはコンセプトが単純明快で、「近距離の敵に大ダメージ」である。
ただし、全アーツの発動までの時間と発動中の時間、発動後の硬直時間が違う為、どの場面でどのアーツを選択するか、プレイヤーの判断力が試されるクラスだ。
しかし今は、そう言ったことを考える必要がなく、とにかく高いダメージを出せば良い。
加えて、seiの『グラスフラム』の潜在能力によって、尻尾に燃焼の状態異常を付与している。
フォレスト・ドラゴンは凍結耐性が高いものの、燃焼耐性はかなり低い。
継続ダメージは短期的に見れば大したことないが、長期戦になればなるほどその効果を増す。
燃える尻尾を挟むように、左右から刀と双剣で攻勢を掛ける2人。
このままで済むなら非常に楽だが、そうは問屋が卸さない。
「……! seiさん」
「わかっています」
夜宵の呼び掛けに対してseiは、手を止めないまま一言で返す。
するとフォレスト・ドラゴンの本体から、先端に小さな顎の付いた蔓が、蛇のように多数伸びて来た。
そして顎を大きく開くと――射出。
全ての蔓から枝の矢が間断なく撃ち出され、2人に降り注ぐ。
この攻撃は、尻尾の近くにいるプレイヤーを優先して狙う、イレギュラーなもの。
尻尾の耐久力が少なくなって来たときに変化する挙動で、数多くのプレイヤーを蜂の巣にして来た厄介な攻撃――のはずだった。
「ふッ……!」
枝の矢をことごとく回避しながら、【双刃疾風】を連続で繰り出す夜宵。
その全てがカウンター判定となり、威力が跳ね上がっただけではなく、【反撃への高揚】の効果で消耗していたAPが一気に回復した。
並のプレイヤーにとっては脅威的な矢の雨も、彼女にとってはカウンターの材料でしかない。
seiも余裕を持って回避していたが、夜宵の動きはあまりにも華麗過ぎる。
だからこそ彼は、痛恨のミスを犯してしまった。
「……ッ!? くッ!」
ほんの一瞬、1秒にも満たない時間だけ夜宵に見惚れたseiが、矢を躱し切れずに右脚に被弾した。
ダメージとしては大したことないものの、衝撃で体勢を崩した彼に、後続の矢が殺到する。
1度狂った歯車が次々に問題を起こすように、対処し切れないと判断したseiは覚悟を決め――真横に吹っ飛んだ。
何が起こったかわからないseiは、受け身を取りながら状況確認を試みる。
彼の視界に飛び込んで来たのは――体の至るところに矢が刺さって、蹲る夜宵。
彼女に庇われたことを知ったseiは、音が鳴るほど歯を食い縛った。
夜宵のHPゲージは20%を切っており、サムライの耐久力の低さを如実に表している。
その痛々しい姿を目の当たりにしたseiは、自分を殴り倒したい衝動に駆られたが、今はそれどころではない。
彼女にトドメを刺そうと吐き出された枝の矢を、間一髪で斬り払う。
そこで一旦攻撃が収まったのを確認したseiは、慌てて背後の夜宵に振り返ったが――
「seiさん、無事、ですか……?」
弱々しく笑いながら掛けられた言葉に、seiは返事出来なかった。
ゲームなのだから本当に痛みがある訳ではないが、多少の衝撃はあるし、何より精神的に恐怖を感じてもおかしくない。
それにもかかわらず気丈に振る舞う夜宵に、seiは深く謝罪しようとした。
だが、それは彼女の望むことではない。
「ふふ……」
「夜宵さん……?」
「すみません、戦闘中に。 でも、何だか嬉しくて」
「嬉しい……?」
「はい。 わたし、ジンさんと出会うまで仲間っていなかったので、こうやって咄嗟に体が動いてくれたのが嬉しいんです。 わたしでも、誰かを守ることが出来るんだって」
夜宵の気持ちを知ったseiは、言葉を失った。
自分は自分の目的の為に戦っているにもかかわらず、彼女はそんな男を助けられて嬉しいと言っている。
自分が途轍もなく小さな人間に思えたseiは俯きかけたが、その前に夜宵が言葉を続けた。
「seiさんが、どうしてジンさんを……いえ、セイヴァーを毛嫌いするのかわかりませんけど、今は忘れてもらえませんか? 折角こうして、一緒に遊んでるんですから」
「……わかりました、夜宵さん。 僕の全力を持って、貴女の想いに応えて見せます」
「えぇと、そんなに堅苦しくなくて良いんですけど……有難うございます」
苦笑を漏らした夜宵は立ち上がり、回復薬を口に含むと、闘志を燃やすseiに並び立った。
そのタイミングで蔓の攻撃が再開し、またしても夥しい数の矢が襲い来る。
しかし、集中力が最大まで高まったseiには掠りもせず、夜宵は相変わらずの超反応で、カウンターのエサとした。
完全に立ち直った2人は、凄まじい勢いで尻尾の耐久力を削り――
「まったく……ヒヤヒヤさせてくれるよ」
遠目から様子を窺っていたジンは、盛大に嘆息しながらも微笑を浮かべた。
2人が仲良くしているのはなんとなく面白くないが、夜宵が喜んでいるなら良しとする。
彼女たちの苛烈な攻撃は、今のままだとフォレスト・ドラゴンのターゲットを奪われかねないほど。
そのことを悟ったジンは、自身も全力を出すことに決める。
【セイント・エッジ】に【ホワイト・ウィング】、【ジャッジメント・ブレイズ】。
半分以上のAPを使って最大戦力を整えたジンは、フォレスト・ドラゴンに向かって飛翔した。
そんな彼をブレスが襲ったが、光の翼で振り払い、『グランシャリオ』で首を斬り裂く。
やはりすぐに回復されてしまったが、ジンは構わず更に高度を上げると、フォレスト・ドラゴンの頭上から6本の剣を撃ち出した。
胴体に深々と突き刺さった光の剣はかなりのダメージを与えたが、何度やっても瞬時に回復される。
この戦いが始まってから幾度となく繰り返されており、まるで終わりのないマラソン状態。
もっとも、ジンはそのようには考えていない。
何故なら――
『ガァァァァァッ!!!!!』
夜宵とseiなら、間もなく尻尾を切断すると確信していた。
苦しそうにのたうち回りながら叫ぶ、フォレスト・ドラゴンを睥睨しつつ目を転じると、夜宵は力強く頷き、seiは鼻を鳴らしている。
ニヤリと笑ったジンは地上に降下し、2人と合流した。
「さぁ、ここからが本番だね」
「そうだな」
「……随分と素直だね?」
「ふん、今だけだ」
「まぁ、別に良いんだけど……」
seiの変わり様をジンは不審に思いながら、すぐに意識を切り替える。
彼らの背後で夜宵は苦笑を滲ませたが、すぐに表情を引き締めて口を開いた。
「そろそろ来ますよ、準備は良いですか?」
「勿論だよ」
「いつでも行けます」
「ここからは、わたしたちの番です。 今までの鬱憤を、存分に晴らしましょう」
「夜宵さんって普段大人しいのに、たまに過激だよね。 1番怒らせたらいけないタイプだ」
「そ、そんなことありません。 わたしは普通です」
「猛る闘争心を内に秘める夜宵さんも、素敵だと思いますよ」
「で、ですからそんなんじゃ……もう良いです……」
ニヤニヤ笑うジンにからかわれた夜宵は赤面し、真面目な顔のseiに褒められて(?)更に縮こまった。
しかし、ブンブンと首を横に振って気を取り直すと、深呼吸してから腰の刀に手を掛ける。
そうして3人が準備を整えていると、先ほどまでよりも狂暴性を増したフォレスト・ドラゴンの体が、紫色に変色した。
それを見た夜宵たちに緊張が走り、互いに目配せしてから行動に出る。
夜宵とseiは正面から突撃し、ジンは上空に舞い上がった。
対するフォレスト・ドラゴンは体を横に1回転させ、千切れた尻尾を叩き付ける。
しかし、跳躍することで夜宵とseiは回避し、その隙に急降下したジンが、背中に『グランシャリオ』を突き刺した。
苦しそうに呻いたフォレスト・ドラゴンはジンを振り払ったが、彼は自分から退くことで事なきを得る。
すると今度は、夜宵とseiが左右の脚に躍り掛かり、それぞれのアーツを発動した。
夜宵は【双刃疾風】を2連続で放ち、seiは2本の剣で斬り上げ、即座に斬り下ろす。
【デュアル・ウェイブ】。
マスターのアーツで【クロス・ロザリオ】の次に速く、今のタイミングなら最良の選択。
この一撃でseiをターゲットに定めたフォレスト・ドラゴンは、巨大な足で踏み付けようとしたが、既にそこにはいない。
バックステップで避けたseiは瞬時に距離を詰め、左右の剣で連続突きを繰り出す。
【レイン・スパーダ】。
2番目に隙が大きなアーツだが、その代わりに威力は高い。
何より手数が多く、敵に状態異常を付与する確率が上がる。
狙いどおり燃焼を付与したことで、僅かながらフォレスト・ドラゴンが怯んだ。
そのチャンスを見逃さず、seiは【クアトロ・ディバイド】を選択し、夜宵は【双刃疾風】を3連続発動。
更にはジンが、後頭部を何度も斬り付けながら、【ジャッジメント・ブレイズ】でも痛め付けた。
まさに攻守交替したような状況だが、このまま勝てるほど甘くはない。
『グゥ……オォォォォォッ!!!!!』
苦し気に叫び声を上げたフォレスト・ドラゴンから、瘴気を含んだ霧が噴出される。
それを見た3人は即座に後退し、距離を取った。
この瘴気には、移動不可の状態異常を付与する効果があり、威力以上に警戒が必要だ。
加えて、瘴気を浴びた地面は毒床となり、その場所に触れるとダメージを受けてしまう。
著しく行動範囲を制限されてしまったが、まだ終わりではない。
翼をはためかせて飛び上がったフォレスト・ドラゴンは、眼下の3人に向かって瘴気を孕んだ突風を起こした。
枝の矢と違って魔法系攻撃に分類される為、サムライに出来ることはなく、夜宵は回避に専念する。
それはseiも同じで、近接戦しか出来ない彼に手立てはない。
唯一、ジンだけは攻撃手段を持っているが、決定打にはなり得ない為、ひとまず防御態勢を取った。
続いて吐き出された瘴気のブレスを、夜宵とseiは地面に身を投げることで回避し、ジンは急旋回して避け切る。
1度このパターンに入ると、暫くはフォレスト・ドラゴンのターンで、プレイヤーは我慢のときを強いられるのだ。
ところが――
「落として来るよ」
「え……?」
「可能なのか?」
「たぶんね。 2人はいつでも攻撃出来るように、地上で待機しててくれ」
「わかりました」
「……良いだろう」
ジンの宣言に夜宵は頷き、seiも大人しく従った。
seiの反応に意外感を覚えながら、ジンは高速で上空のフォレスト・ドラゴンに肉薄する。
またしても瘴気の霧が発せられたが、光の翼で自身を包むことで、なんとか突破した。
そうして至近距離に辿り着いた彼は、本体――ではなく、翼に『グランシャリオ』を突き刺し――
「50%だ。 持って行け」
大爆発。
途轍もない威力で、夜宵とseiにまで衝撃が伝わって来る。
そして2人は、HPゲージが半分になったジンを見て、50%の意味を察した。
【ディヴァイン・バースト】。
剣を突き刺した場所を中心に大爆発を起こす、ジンのユニークアーツ。
クエスト開始からのHP回復量が、合計10万を超えたときに発動可能で、代償にしたHP量に比例して威力が上がる。
再発動するには、またHPを10万以上回復しないといけないので連発は出来ないが、その条件と代償に相応しい性能だ。
片翼を吹き飛ばされたフォレスト・ドラゴンは地上に落下し、準備していた夜宵とseiが即座に攻撃に移った。
落下の衝撃で、もがき苦しむフォレスト・ドラゴンを、容赦なく滅多切りにする。
すると本体が動けないまでも、蔓を伸ばすことで枝の矢を射掛けて来たが、それは下策だ。
「もらいます」
迫る矢を紙一重で躱しながら、【双刃疾風】の嵐を巻き起こす夜宵。
何度見ても見事な動きにseiは心惹かれつつ、自身の役割を忘れていない。
最大火力の【クアトロ・ディバイド】を可能な限り連続で放ち、フォレスト・ドラゴンが立ち直る瞬間だけ【クロス・ロザリオ】に切り替える。
それによって回避する時間を確保したseiは、爪による攻撃を難なく避けた。
しかし、眼前に夜宵が割って入っていることに気付いて、驚愕に目を見開く。
今は自分が狙われているのだから、わざわざ危険を冒す必要などないのに、一体何を考えているのか。
そう思ったseiだが、その答えはすぐに与えられる。
「やぁッ……!」
爪を舞い踊るように躱した夜宵は、横殴りの一閃をフォレスト・ドラゴンの右脚に叩き付けた。
このときになってseiは、彼女の思惑に気付く。
確かに安全圏で戦い続けることは可能だが、敢えて自分から攻撃範囲に飛び込むことで、より多くのカウンターを取っているのだ。
恐れを知らぬ勇敢な戦いぶりにジンは苦笑を禁じ得ず、seiは感動している。
片翼を失ったフォレスト・ドラゴンは飛ぶことが出来ず、機動力が極端に下がった。
3人にとっては瘴気系の攻撃以外は恐れるに足りないが、逆に言うとブレスと霧は厄介で、時間が経つほどに足場がなくなって行く。
それでも、その後も着実にダメージを与え続けたことで、フォレスト・ドラゴンのHPが残り少なくなって来た。
とは言え、エマージェンシークエストのボスは伊達ではない。
「来ますよ」
「はい」
フォレスト・ドラゴンの顔に当たる部分が縦に割れ、中からぎょろりとした瞳が現れる。
単眼の竜となったフォレスト・ドラゴンは、そこに膨大なエネルギーと瘴気を収束させ、最後の大技を放とうとしていた。
この大技の恐ろしい点は、空間を縦横無尽に薙ぎ払うことで、ほとんどの足場をなくすこと。
それを知っている夜宵とseiは、今後は更に慎重に戦いを進めなければならないと思っていたが、もう1人の考えは違った。
「2人とも、俺の後ろに下がって」
「ジンさん?」
「説明してる時間はないよ。 ほら、早く」
「……わかりました」
傍に降り立ったジンに促された夜宵は、不安そうにしながらも大人しく、seiは無言で彼の背後に立つ。
直後、フォレスト・ドラゴンの単眼から瘴気を纏った超火力のレーザーが撃ち出され、床を腐食させながら3人に迫り――ジンの盾が防いだ。
「流石に重いね……!」
アサルト・タイガーの大技は軽々と凌いでいたが、フォレスト・ドラゴンの一撃はジンであっても、かなりの威力である。
じわじわとHPゲージが減って行き、夜宵はハラハラしていたが、seiは一切取り乱さず言い放った。
「セイヴァーの見せ場だ、踏ん張れ」
平坦な声で紡がれた言葉を聞いたジンは一瞬だけ瞠目し、次いで獰猛な笑みを浮かべた。
両足に力を込めて、seiの言うように踏ん張る。
それから暫くレーザー照射は続いたが、ようやくして完全に凌ぎ切った。
ジンが一手に引き受けたお陰で、本来よりかなり足場を残した状態であり、小さく息を吐いた彼はseiに言い返す。
「これで満足かい?」
「……まぁ、及第点はやろう」
「手厳しいね」
HPゲージの4割を失い、瘴気を大量に浴びたせいで移動不可の状態異常に陥りながら、ジンは苦笑をこぼした。
そんな2人を夜宵は微笑ましく思っていたが、取り敢えずジンに回復アイテムを使いつつ、口を挟むことはしない。
夜宵に「有難う」と伝えたジンは少し挑発的な笑みを浮かべると、seiに激励の言葉を掛ける。
「今度はマスターの見せ場だね、期待してるよ。 俺はもう少し動けなさそうだから、よろしくね」
「ふん、言われるまでもない」
大技を防がれたフォレスト・ドラゴンは忌々しそうに唸っていたが、放っておけばまた暴れ回るだろう。
それゆえにseiは、ジンが立ち直るのを待たずして、自身が終わらせる決意をした。
夜宵に振り向いた彼は、真剣な表情と口調で告げる。
「夜宵さん、今から僕の全力を見せます。 ですから貴女は、ジンを守っていて下さい」
「……わかりました、くれぐれも気を付けて下さいね」
「了解しました」
夜宵の承諾を得たseiは数舜瞑目し、カッと目を見開く。
すると、彼の体を赤と青のオーラが包み込み、強烈なプレッシャーを発した。
赤のオーラは、【極限突破】。
60秒間、被ダメージが30%上昇する代わりに攻撃力を30%上昇させる、ファイターとマスター用のアクティブスキル。
クールタイムは120秒でかなりハイリスクだが、それに見合った火力アップを図れる。
そして青のオーラは、【不屈の信念】。
20秒間、ダメージによる仰け反りと状態異常を無効にし、戦闘不能にならない、マスター専用のアクティブスキル。
つまり、ダメージ自体は受けるが、効果時間内はやりたい放題出来ると言うことだ。
クールタイムが600秒なので、実質1回のクエストにつき1度の使用になる。
この20秒に全てを懸けたseiは全速力で駆け出し、弱点部位である単眼に向かって跳躍した。
それを察したフォレスト・ドラゴンは、ブレスを吐き出しながら一斉に枝の矢を射掛けるが、seiはその全てを甘んじて受ける。
【神速への道】の効果は途切れ、瞬く間にHPゲージが0に近付くが、どれだけ攻撃を喰らっても0になることはない。
困惑するフォレスト・ドラゴンに構わずseiは頭部に着地すると、単眼に【クロス・ロザリオ】を放った。
しかし、これは本来おかしな選択である。
敵の攻撃を完全に無視出来る今、【クアトロ・ディバイド】を連打するのが最大火力になるからだ。
戦況を窺っていた夜宵とジンもそう思ったが、この期に及んでseiが、そのようなミスを犯すはずがない。
何か理由があると考え直した2人の思いを知ってか知らずか、seiは【デュアル・ウェイブ】、【レイン・スパーダ】と続け、最後に【クアトロ・ディバイド】を繰り出す。
そこに来て夜宵たちは、ある種の予感がした。
そして、それは正しい。
「見ていて下さい、夜宵さん。 これが僕の全力です」
『グラスフラム』を逆手に握ったseiがその場で回転し、極小の嵐と化してフォレスト・ドラゴンの単眼を斬り刻む。
【アンフィニ・ストリーム】。
至近距離の敵にしかヒットしないが、怒涛の12連斬を叩き込む、seiのユニークアーツ。
4種類の異なるアーツを連続で使ったときに発動可能だが、発動後20秒間、移動速度と攻撃速度が20%減少するデメリットを持つ。
それゆえに、トドメの一撃として使わなければ危険なのだが、ミリ単位でフォレスト・ドラゴンのHPゲージは残った。
盛大に舌打ちしたseiは後方に飛び退ったものの、その動きはやはり鈍い。
激怒したフォレスト・ドラゴンは、空中で身動きが取れないseiに噛み付き、スキルの効果が切れた彼はなす術なく――
「させません……!」
跳躍した夜宵が【飛燕翔閃】で単眼を斬り裂き――フォレスト・ドラゴンを撃破した。




