表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】ぼっちプレイヤーなわたしが最強な訳がないじゃないですか  作者: YY
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/112

第17話 ボス戦

 約300体のモンスターを掃除した3人は、誰からともなく集まった。

 通常のクエストであれば、「お疲れ様」とでも言う場面だが――


「行こうか」

「僕に指図するな」

「行きましょう」

「はい、夜宵さん」

「sei……キミ、そんなキャラだったっけ?」

「うるさい、黙れ」


 ふざけているように感じるが、3人の纏う空気は真剣そのものである。

 それは、先ほどの戦闘があくまでも前哨戦であり、メインはこれからだとわかっているからだ。

 これ以上の口論を嫌った夜宵が無言で駆け出すと、seiは遅れず足を踏み出し、ジンは【ホワイト・ウィング】で滑空する。

 一気に緊張感が増した3人は、最短距離で最奥を目指し、間もなくして到着した。

 大木が並び立つ大森林の中で、そこだけ切り取られたかのように広がる、広大な円形の空間。

 その中心には、今までの大木が小枝に思えるほどの、大樹が聳え立っている。

 首が痛くなるほど見上げなければ、頂上が見えない。

 そして、その根元には、1体のモンスターが寝そべっていた。

 色は深緑で、まさにイメージとして出て来る代表的なドラゴンのフォルムだが、いくつか特殊なところがある。

 1つは、体が無数の蔓で組み上がっていること。

 もう1つは、顔に瞳が付いていないこと。

 最後は、尻尾が大樹と繋がっていること。

 フォレスト・ドラゴン。

 このエマージェンシークエストの、最終目標である。

 1つ目と2つ目はともかく、最後は自分で自分の動きを制限しているようなものだが、これこそがこのモンスターの特性。


「まずは、あの尻尾を何とかしないとね」

「何故貴様は、毎回仕切ろうとするんだ?」

「そんなことを言っている場合じゃありません。 今は、クエストに集中しましょう」

「……すみません」

「謝らなくて良いんですよ、わたしも言い過ぎました。 じゃあ改めて、プランを話し合いましょうか」


 すっかり夜宵に躾けられたseiを見て、ジンは隠れて笑っていた。

 もっとも、seiには筒抜けだったが。

 強烈な殺気を込めた視線に貫かれたジンは、素知らぬ顔で明後日の方を向く。

 どうしようもない2人を前に頭痛がして来た夜宵だが、渾身の力で立ち直った。


「とにかくジンさんの言う通り、あの尻尾の切断が最優先です。 放っておいたら大樹からエネルギーを吸収して、HPを回復し続けますから」

「そうだね。 取り敢えず俺が正面で注意を引くから、2人は尻尾を狙って欲しい」

「待て。 対単体火力で言えば、マスターが最強だ。 モンスターが基本的には、最もダメージを与えているプレイヤーを狙う以上、僕がその役割を担うべきだろう」

「通常なら確かにそうだけど、尻尾へのダメージは本体の半分だ。 それなら普通に攻撃する俺に、ターゲットが向くはずだよ」

「それはそうだが……」

「seiさん、今回はジンさんにお願いしましょう。 敵を引き付けるなら、耐久力の高いセイヴァーが適任です。 その代わり、わたしたちは頑張って尻尾を攻撃しましょうね」

「……わかりました」


 完全には納得出来ていないようだが、seiもこの判断が正しいことはわかっている。

 方針を決めた3人は互いにアイコンタクトを取り、一斉に空間の中に侵入した。

 その瞬間、寝そべっていたフォレスト・ドラゴンが起き上がり――


『グォォォォォッ!!!』


 大叫喚を上げる。

 直接的な攻撃力はないが、凄まじいプレッシャーが撒き散らされ、ここで足を止めるプレイヤーが多い。

 しかし、夜宵たちは一切怯むことなく走り続け、ジンが戦端を開いた。


「来なよ、大トカゲ」


 挨拶代わりの【ホーリー・ブラスト】を、フォレスト・ドラゴンの額に撃ち込む。

 一瞬だけHPゲージが削れたが、すぐさま最大まで回復した。

 やはり尻尾を切断しなければ、いくらダメージを与えても無駄らしい。

 それでもジンは攻撃の手を緩めず、絶え間なく【ホーリー・ブラスト】を撃ち続ける。

 すると、煩わしそうに首を巡らせたフォレスト・ドラゴンが、口から深緑のブレスを吐き出した。


「そうだ、それで良い」


 狙い通りの展開にジンはほくそ笑み、盾でガードすることでダメージを最小限に抑える。

 即座に反撃の【ホーリー・ブラスト】を撃ち、【救世の光】の効果で回復したジンは、フォレスト・ドラゴンに向かって駆け出した。

 離れていれば安全に戦えるが、APを回復する必要がある為、必ずどこかで接近戦に持ち込まざるを得ない。

 並のプレイヤーであれば、フォレスト・ドラゴンに単独で突撃するなど、恐ろしくて出来ないだろう。

 それでもジンに躊躇いはなく、むしろ楽し気に笑っていた。

 足元に辿り着いた彼に向かって、フォレスト・ドラゴンは爪を振り下ろしたが、盾を掲げることで難なく受け止める。

 爪を押し返したジンは、お返しとばかりに左脚を何度も斬り裂き、注意を引くと同時にAPの回復も済ませた。

 今度は丸呑みする勢いで噛み付いて来たが、軽快にバックステップを踏むことでやり過ごす。

 間合いを開け過ぎると、ターゲットが別のプレイヤーに移るので、絶妙な距離感が必要。

 適正距離を保ちながら【ホーリー・ブラスト】で引き付け、近付くときは大胆に。

 そうしてジンが盤石の戦況を作っている一方、夜宵たちも遊んでいる訳ではない。


「はぁッ……!」

「シッ!」


 気を吐きながらそれぞれの刃を振り乱し、フォレスト・ドラゴンの尻尾に斬り掛かる。

 フォレスト・ドラゴンが動き回る関係上、尻尾は伸縮自在だが、大樹に繋がっている根本の場所だけは一定。

 そこに狙いを絞った夜宵とseiは、全力を持って攻撃している訳だが、やっていることは極めてシンプル。

 夜宵はジンが敵を引き付けてくれることを信じ、回避行動を一切考えず、その場に留まって【双刃疾風】をひたすら連打。

 逆に言うとカウンターが使えないので、逐一APを回復する為に通常攻撃を挟まなければならない。

 対するseiも、マスターのアーツで1番火力が出るものを、APの続く限り放っていた。

 少し溜めた後に高速の4連斬を繰り出す、【クアトロ・ディバイド】。

 マスターのアーツはコンセプトが単純明快で、「近距離の敵に大ダメージ」である。

 ただし、全アーツの発動までの時間と発動中の時間、発動後の硬直時間が違う為、どの場面でどのアーツを選択するか、プレイヤーの判断力が試されるクラスだ。

 しかし今は、そう言ったことを考える必要がなく、とにかく高いダメージを出せば良い。

 加えて、seiの『グラスフラム』の潜在能力によって、尻尾に燃焼の状態異常を付与している。

 フォレスト・ドラゴンは凍結耐性が高いものの、燃焼耐性はかなり低い。

 継続ダメージは短期的に見れば大したことないが、長期戦になればなるほどその効果を増す。

 燃える尻尾を挟むように、左右から刀と双剣で攻勢を掛ける2人。

 このままで済むなら非常に楽だが、そうは問屋が卸さない。


「……! seiさん」

「わかっています」


 夜宵の呼び掛けに対してseiは、手を止めないまま一言で返す。

 するとフォレスト・ドラゴンの本体から、先端に小さな顎の付いた蔓が、蛇のように多数伸びて来た。

 そして顎を大きく開くと――射出。

 全ての蔓から枝の矢が間断なく撃ち出され、2人に降り注ぐ。

 この攻撃は、尻尾の近くにいるプレイヤーを優先して狙う、イレギュラーなもの。

 尻尾の耐久力が少なくなって来たときに変化する挙動で、数多くのプレイヤーを蜂の巣にして来た厄介な攻撃――のはずだった。


「ふッ……!」


 枝の矢をことごとく回避しながら、【双刃疾風】を連続で繰り出す夜宵。

 その全てがカウンター判定となり、威力が跳ね上がっただけではなく、【反撃への高揚】の効果で消耗していたAPが一気に回復した。

 並のプレイヤーにとっては脅威的な矢の雨も、彼女にとってはカウンターの材料でしかない。

 seiも余裕を持って回避していたが、夜宵の動きはあまりにも華麗過ぎる。

 だからこそ彼は、痛恨のミスを犯してしまった。


「……ッ!? くッ!」


 ほんの一瞬、1秒にも満たない時間だけ夜宵に見惚れたseiが、矢を躱し切れずに右脚に被弾した。

 ダメージとしては大したことないものの、衝撃で体勢を崩した彼に、後続の矢が殺到する。

 1度狂った歯車が次々に問題を起こすように、対処し切れないと判断したseiは覚悟を決め――真横に吹っ飛んだ。

 何が起こったかわからないseiは、受け身を取りながら状況確認を試みる。

 彼の視界に飛び込んで来たのは――体の至るところに矢が刺さって、蹲る夜宵。

 彼女に庇われたことを知ったseiは、音が鳴るほど歯を食い縛った。

 夜宵のHPゲージは20%を切っており、サムライの耐久力の低さを如実に表している。

 その痛々しい姿を目の当たりにしたseiは、自分を殴り倒したい衝動に駆られたが、今はそれどころではない。

 彼女にトドメを刺そうと吐き出された枝の矢を、間一髪で斬り払う。

 そこで一旦攻撃が収まったのを確認したseiは、慌てて背後の夜宵に振り返ったが――


「seiさん、無事、ですか……?」


 弱々しく笑いながら掛けられた言葉に、seiは返事出来なかった。

 ゲームなのだから本当に痛みがある訳ではないが、多少の衝撃はあるし、何より精神的に恐怖を感じてもおかしくない。

 それにもかかわらず気丈に振る舞う夜宵に、seiは深く謝罪しようとした。

 だが、それは彼女の望むことではない。


「ふふ……」

「夜宵さん……?」

「すみません、戦闘中に。 でも、何だか嬉しくて」

「嬉しい……?」

「はい。 わたし、ジンさんと出会うまで仲間っていなかったので、こうやって咄嗟に体が動いてくれたのが嬉しいんです。 わたしでも、誰かを守ることが出来るんだって」


 夜宵の気持ちを知ったseiは、言葉を失った。

 自分は自分の目的の為に戦っているにもかかわらず、彼女はそんな男を助けられて嬉しいと言っている。

 自分が途轍もなく小さな人間に思えたseiは俯きかけたが、その前に夜宵が言葉を続けた。 


「seiさんが、どうしてジンさんを……いえ、セイヴァーを毛嫌いするのかわかりませんけど、今は忘れてもらえませんか? 折角こうして、一緒に遊んでるんですから」

「……わかりました、夜宵さん。 僕の全力を持って、貴女の想いに応えて見せます」

「えぇと、そんなに堅苦しくなくて良いんですけど……有難うございます」


 苦笑を漏らした夜宵は立ち上がり、回復薬を口に含むと、闘志を燃やすseiに並び立った。

 そのタイミングで蔓の攻撃が再開し、またしても夥しい数の矢が襲い来る。

 しかし、集中力が最大まで高まったseiには掠りもせず、夜宵は相変わらずの超反応で、カウンターのエサとした。

 完全に立ち直った2人は、凄まじい勢いで尻尾の耐久力を削り――


「まったく……ヒヤヒヤさせてくれるよ」


 遠目から様子を窺っていたジンは、盛大に嘆息しながらも微笑を浮かべた。

 2人が仲良くしているのは()()()()()面白くないが、夜宵が喜んでいるなら良しとする。

 彼女たちの苛烈な攻撃は、今のままだとフォレスト・ドラゴンのターゲットを奪われかねないほど。

 そのことを悟ったジンは、自身も全力を出すことに決める。

 【セイント・エッジ】に【ホワイト・ウィング】、【ジャッジメント・ブレイズ】。

 半分以上のAPを使って最大戦力を整えたジンは、フォレスト・ドラゴンに向かって飛翔した。

 そんな彼をブレスが襲ったが、光の翼で振り払い、『グランシャリオ』で首を斬り裂く。

 やはりすぐに回復されてしまったが、ジンは構わず更に高度を上げると、フォレスト・ドラゴンの頭上から6本の剣を撃ち出した。

 胴体に深々と突き刺さった光の剣はかなりのダメージを与えたが、何度やっても瞬時に回復される。

 この戦いが始まってから幾度となく繰り返されており、まるで終わりのないマラソン状態。

 もっとも、ジンはそのようには考えていない。

 何故なら――


『ガァァァァァッ!!!!!』


 夜宵とseiなら、間もなく尻尾を切断すると確信していた。

 苦しそうにのたうち回りながら叫ぶ、フォレスト・ドラゴンを睥睨しつつ目を転じると、夜宵は力強く頷き、seiは鼻を鳴らしている。

 ニヤリと笑ったジンは地上に降下し、2人と合流した。


「さぁ、ここからが本番だね」

「そうだな」

「……随分と素直だね?」

「ふん、今だけだ」

「まぁ、別に良いんだけど……」


 seiの変わり様をジンは不審に思いながら、すぐに意識を切り替える。

 彼らの背後で夜宵は苦笑を滲ませたが、すぐに表情を引き締めて口を開いた。


「そろそろ来ますよ、準備は良いですか?」

「勿論だよ」

「いつでも行けます」

「ここからは、わたしたちの番です。 今までの鬱憤を、存分に晴らしましょう」

「夜宵さんって普段大人しいのに、たまに過激だよね。 1番怒らせたらいけないタイプだ」

「そ、そんなことありません。 わたしは普通です」

「猛る闘争心を内に秘める夜宵さんも、素敵だと思いますよ」

「で、ですからそんなんじゃ……もう良いです……」


 ニヤニヤ笑うジンにからかわれた夜宵は赤面し、真面目な顔のseiに褒められて(?)更に縮こまった。

 しかし、ブンブンと首を横に振って気を取り直すと、深呼吸してから腰の刀に手を掛ける。

 そうして3人が準備を整えていると、先ほどまでよりも狂暴性を増したフォレスト・ドラゴンの体が、紫色に変色した。

 それを見た夜宵たちに緊張が走り、互いに目配せしてから行動に出る。

 夜宵とseiは正面から突撃し、ジンは上空に舞い上がった。

 対するフォレスト・ドラゴンは体を横に1回転させ、千切れた尻尾を叩き付ける。

 しかし、跳躍することで夜宵とseiは回避し、その隙に急降下したジンが、背中に『グランシャリオ』を突き刺した。

 苦しそうに呻いたフォレスト・ドラゴンはジンを振り払ったが、彼は自分から退くことで事なきを得る。

 すると今度は、夜宵とseiが左右の脚に躍り掛かり、それぞれのアーツを発動した。

 夜宵は【双刃疾風】を2連続で放ち、seiは2本の剣で斬り上げ、即座に斬り下ろす。

 【デュアル・ウェイブ】。

 マスターのアーツで【クロス・ロザリオ】の次に速く、今のタイミングなら最良の選択。

 この一撃でseiをターゲットに定めたフォレスト・ドラゴンは、巨大な足で踏み付けようとしたが、既にそこにはいない。

 バックステップで避けたseiは瞬時に距離を詰め、左右の剣で連続突きを繰り出す。

 【レイン・スパーダ】。

 2番目に隙が大きなアーツだが、その代わりに威力は高い。

 何より手数が多く、敵に状態異常を付与する確率が上がる。

 狙いどおり燃焼を付与したことで、僅かながらフォレスト・ドラゴンが怯んだ。

 そのチャンスを見逃さず、seiは【クアトロ・ディバイド】を選択し、夜宵は【双刃疾風】を3連続発動。

 更にはジンが、後頭部を何度も斬り付けながら、【ジャッジメント・ブレイズ】でも痛め付けた。

 まさに攻守交替したような状況だが、このまま勝てるほど甘くはない。


『グゥ……オォォォォォッ!!!!!』


 苦し気に叫び声を上げたフォレスト・ドラゴンから、瘴気を含んだ霧が噴出される。

 それを見た3人は即座に後退し、距離を取った。

 この瘴気には、移動不可の状態異常を付与する効果があり、威力以上に警戒が必要だ。

 加えて、瘴気を浴びた地面は毒床となり、その場所に触れるとダメージを受けてしまう。

 著しく行動範囲を制限されてしまったが、まだ終わりではない。

 翼をはためかせて飛び上がったフォレスト・ドラゴンは、眼下の3人に向かって瘴気を孕んだ突風を起こした。

 枝の矢と違って魔法系攻撃に分類される為、サムライに出来ることはなく、夜宵は回避に専念する。

 それはseiも同じで、近接戦しか出来ない彼に手立てはない。

 唯一、ジンだけは攻撃手段を持っているが、決定打にはなり得ない為、ひとまず防御態勢を取った。

 続いて吐き出された瘴気のブレスを、夜宵とseiは地面に身を投げることで回避し、ジンは急旋回して避け切る。

 1度このパターンに入ると、暫くはフォレスト・ドラゴンのターンで、プレイヤーは我慢のときを強いられるのだ。

 ところが――


「落として来るよ」

「え……?」

「可能なのか?」

「たぶんね。 2人はいつでも攻撃出来るように、地上で待機しててくれ」

「わかりました」

「……良いだろう」


 ジンの宣言に夜宵は頷き、seiも大人しく従った。

 seiの反応に意外感を覚えながら、ジンは高速で上空のフォレスト・ドラゴンに肉薄する。

 またしても瘴気の霧が発せられたが、光の翼で自身を包むことで、なんとか突破した。

 そうして至近距離に辿り着いた彼は、本体――ではなく、翼に『グランシャリオ』を突き刺し――


「50%だ。 持って行け」


 大爆発。

 途轍もない威力で、夜宵とseiにまで衝撃が伝わって来る。

 そして2人は、HPゲージが半分になったジンを見て、50%の意味を察した。

 【ディヴァイン・バースト】。

 剣を突き刺した場所を中心に大爆発を起こす、ジンのユニークアーツ。

 クエスト開始からのHP回復量が、合計10万を超えたときに発動可能で、代償にしたHP量に比例して威力が上がる。

 再発動するには、またHPを10万以上回復しないといけないので連発は出来ないが、その条件と代償に相応しい性能だ。

 片翼を吹き飛ばされたフォレスト・ドラゴンは地上に落下し、準備していた夜宵とseiが即座に攻撃に移った。

 落下の衝撃で、もがき苦しむフォレスト・ドラゴンを、容赦なく滅多切りにする。

 すると本体が動けないまでも、蔓を伸ばすことで枝の矢を射掛けて来たが、それは下策だ。


「もらいます」


 迫る矢を紙一重で躱しながら、【双刃疾風】の嵐を巻き起こす夜宵。

 何度見ても見事な動きにseiは心惹かれつつ、自身の役割を忘れていない。

 最大火力の【クアトロ・ディバイド】を可能な限り連続で放ち、フォレスト・ドラゴンが立ち直る瞬間だけ【クロス・ロザリオ】に切り替える。

 それによって回避する時間を確保したseiは、爪による攻撃を難なく避けた。

 しかし、眼前に夜宵が割って入っていることに気付いて、驚愕に目を見開く。

 今は自分が狙われているのだから、わざわざ危険を冒す必要などないのに、一体何を考えているのか。

 そう思ったseiだが、その答えはすぐに与えられる。


「やぁッ……!」


 爪を舞い踊るように躱した夜宵は、横殴りの一閃をフォレスト・ドラゴンの右脚に叩き付けた。

 このときになってseiは、彼女の思惑に気付く。

 確かに安全圏で戦い続けることは可能だが、敢えて自分から攻撃範囲に飛び込むことで、より多くのカウンターを取っているのだ。

 恐れを知らぬ勇敢な戦いぶりにジンは苦笑を禁じ得ず、seiは感動している。

 片翼を失ったフォレスト・ドラゴンは飛ぶことが出来ず、機動力が極端に下がった。

 3人にとっては瘴気系の攻撃以外は恐れるに足りないが、逆に言うとブレスと霧は厄介で、時間が経つほどに足場がなくなって行く。

 それでも、その後も着実にダメージを与え続けたことで、フォレスト・ドラゴンのHPが残り少なくなって来た。

 とは言え、エマージェンシークエストのボスは伊達ではない。


「来ますよ」

「はい」


 フォレスト・ドラゴンの顔に当たる部分が縦に割れ、中からぎょろりとした瞳が現れる。

 単眼の竜となったフォレスト・ドラゴンは、そこに膨大なエネルギーと瘴気を収束させ、最後の大技を放とうとしていた。

 この大技の恐ろしい点は、空間を縦横無尽に薙ぎ払うことで、ほとんどの足場をなくすこと。

 それを知っている夜宵とseiは、今後は更に慎重に戦いを進めなければならないと思っていたが、もう1人の考えは違った。


「2人とも、俺の後ろに下がって」

「ジンさん?」

「説明してる時間はないよ。 ほら、早く」

「……わかりました」


 傍に降り立ったジンに促された夜宵は、不安そうにしながらも大人しく、seiは無言で彼の背後に立つ。

 直後、フォレスト・ドラゴンの単眼から瘴気を纏った超火力のレーザーが撃ち出され、床を腐食させながら3人に迫り――ジンの盾が防いだ。


「流石に重いね……!」


 アサルト・タイガーの大技は軽々と凌いでいたが、フォレスト・ドラゴンの一撃はジンであっても、かなりの威力である。

 じわじわとHPゲージが減って行き、夜宵はハラハラしていたが、seiは一切取り乱さず言い放った。


「セイヴァーの見せ場だ、踏ん張れ」


 平坦な声で紡がれた言葉を聞いたジンは一瞬だけ瞠目し、次いで獰猛な笑みを浮かべた。

 両足に力を込めて、seiの言うように踏ん張る。

 それから暫くレーザー照射は続いたが、ようやくして完全に凌ぎ切った。

 ジンが一手に引き受けたお陰で、本来よりかなり足場を残した状態であり、小さく息を吐いた彼はseiに言い返す。


「これで満足かい?」

「……まぁ、及第点はやろう」

「手厳しいね」


 HPゲージの4割を失い、瘴気を大量に浴びたせいで移動不可の状態異常に陥りながら、ジンは苦笑をこぼした。

 そんな2人を夜宵は微笑ましく思っていたが、取り敢えずジンに回復アイテムを使いつつ、口を挟むことはしない。

 夜宵に「有難う」と伝えたジンは少し挑発的な笑みを浮かべると、seiに激励の言葉を掛ける。


「今度はマスターの見せ場だね、期待してるよ。 俺はもう少し動けなさそうだから、よろしくね」

「ふん、言われるまでもない」


 大技を防がれたフォレスト・ドラゴンは忌々しそうに唸っていたが、放っておけばまた暴れ回るだろう。

 それゆえにseiは、ジンが立ち直るのを待たずして、自身が終わらせる決意をした。

 夜宵に振り向いた彼は、真剣な表情と口調で告げる。


「夜宵さん、今から僕の全力を見せます。 ですから貴女は、ジンを守っていて下さい」

「……わかりました、くれぐれも気を付けて下さいね」

「了解しました」


 夜宵の承諾を得たseiは数舜瞑目し、カッと目を見開く。

 すると、彼の体を赤と青のオーラが包み込み、強烈なプレッシャーを発した。

 赤のオーラは、【極限突破】。

 60秒間、被ダメージが30%上昇する代わりに攻撃力を30%上昇させる、ファイターとマスター用のアクティブスキル。

 クールタイムは120秒でかなりハイリスクだが、それに見合った火力アップを図れる。

 そして青のオーラは、【不屈の信念】。

 20秒間、ダメージによる仰け反りと状態異常を無効にし、戦闘不能にならない、マスター専用のアクティブスキル。

 つまり、ダメージ自体は受けるが、効果時間内はやりたい放題出来ると言うことだ。

 クールタイムが600秒なので、実質1回のクエストにつき1度の使用になる。

 この20秒に全てを懸けたseiは全速力で駆け出し、弱点部位である単眼に向かって跳躍した。

 それを察したフォレスト・ドラゴンは、ブレスを吐き出しながら一斉に枝の矢を射掛けるが、seiはその全てを甘んじて受ける。

 【神速への道】の効果は途切れ、瞬く間にHPゲージが0に近付くが、どれだけ攻撃を喰らっても0になることはない。

 困惑するフォレスト・ドラゴンに構わずseiは頭部に着地すると、単眼に【クロス・ロザリオ】を放った。

 しかし、これは本来おかしな選択である。

 敵の攻撃を完全に無視出来る今、【クアトロ・ディバイド】を連打するのが最大火力になるからだ。

 戦況を窺っていた夜宵とジンもそう思ったが、この期に及んでseiが、そのようなミスを犯すはずがない。

 何か理由があると考え直した2人の思いを知ってか知らずか、seiは【デュアル・ウェイブ】、【レイン・スパーダ】と続け、最後に【クアトロ・ディバイド】を繰り出す。

 そこに来て夜宵たちは、ある種の予感がした。

 そして、それは正しい。


「見ていて下さい、夜宵さん。 これが僕の全力です」


 『グラスフラム』を逆手に握ったseiがその場で回転し、極小の嵐と化してフォレスト・ドラゴンの単眼を斬り刻む。

 【アンフィニ・ストリーム】。

 至近距離の敵にしかヒットしないが、怒涛の12連斬を叩き込む、seiのユニークアーツ。

 4種類の異なるアーツを連続で使ったときに発動可能だが、発動後20秒間、移動速度と攻撃速度が20%減少するデメリットを持つ。

 それゆえに、トドメの一撃として使わなければ危険なのだが、ミリ単位でフォレスト・ドラゴンのHPゲージは残った。

 盛大に舌打ちしたseiは後方に飛び退ったものの、その動きはやはり鈍い。

 激怒したフォレスト・ドラゴンは、空中で身動きが取れないseiに噛み付き、スキルの効果が切れた彼はなす術なく――


「させません……!」


 跳躍した夜宵が【飛燕翔閃】で単眼を斬り裂き――フォレスト・ドラゴンを撃破した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ