第16話 フォレストドラゴン討伐クエスト
待機時間が終了してワープした先は、大森林の入口である。
パスワードを入力していた為、この場には夜宵たちしかいない。
かなり背が高く幹の太い大木が、ずっと奥の方まで並び立っていた。
今は太陽の光を浴びていられるが、1歩でも中に入れば遮られるだろう。
ただし、森の中には妖精――と言う設定――の淡い光が溢れている為、視界に困ることはない。
一言でエマージェンシークエストと言ってもいくつか種類があり、今回はフォレスト・ドラゴン討伐クエスト。
アサルト・タイガー討伐クエストよりも、輪を掛けて難易度が高い。
ボスモンスターの撃破が目標ではあるが、前回のアサルト・タイガーと違い、最奥に辿り着くまでに多数のモンスターが出現する。
それゆえ、単体性能に特化したクラスでは苦戦しがちで、範囲攻撃を得意とするクラスが活躍し易い。
もっとも、そう言った常識を覆すプレイヤーが、ここにいるのだが。
「さぁ、行こうか」
「貴様の指図は受けん」
「な、仲良くしましょうよ……」
眩く輝く剣――『グランシャリオ』を構えるジン。
蒼紅の二刀流――『グラスフラム』を両手に握るsei。
至極普通の刀――『防人の刀』を携えた夜宵。
1人を除いて伝説級の装備を持ち、その辺のレイドメンバーより、よほど強力だと思われる。
ただし、そこに協調性はなく、夜宵も含めて単独で戦うしかない。
クエストの開始は、大森林に足を踏み入れてからなので、今はまだ安全圏。
それにもかかわらず、ジンとseiは物騒な雰囲気を醸し出しており、夜宵は小さく縮こまっている。
しかし、彼女はそれを良しとせず、勇敢――無謀かもしれない――にも話題を振ってみた。
「そ、そう言えば、2人ともSランク武器なんですよね。 良ければ、潜在能力が何か教えてもらえませんか?」
この質問は、場の空気を変える目的だったが、夜宵は実際に気になっている。
それゆえに嘘がなく、ジンとseiは一瞬だけ視線を交換した後に、それぞれが答えを返した。
「俺の『グランシャリオ』は、HPが80%以上のとき、攻撃力を20%上昇させる能力だね」
「え……強くないですか?」
「強いけど、HP80%以上を常に意識しないといけないから、万能とまでは言えないかな。 まぁ、専用武器なだけあって、セイヴァーならそこまで難しくもないけど」
「なるほどです……」
「ふん、やはり気に入らんな。 他のSランク武器と比べても、破格の性能だ。 セイヴァーを優遇したい、運営の思惑が見て取れる」
「そ、そんなことを言わずに、seiさんの武器の能力も教えて欲しいです」
「わかりました。 『グラスフラム』の能力は、一定確率で敵に燃焼か凍結の状態異常を付与するものです。 そこのインチキ武器に比べれば、大したことありません」
「良く言うよ。 蒼紅竜防具と組み合わさったときの性能は、尋常じゃない強さじゃないか」
「確かにそうだが、武器も含めて蒼紅竜セットを揃えるのがどれだけ大変か、貴様はわかっているのか? 『グランシャリオ』1本あれば良い、セイヴァーと一緒にするな」
「随分とセイヴァーが嫌いなようだけど、何か恨みでもあるの?」
「別に……ただ嫌いなだけだ」
ジンに問い掛けられたseiは、どことなく気まずそうに視線を逸らした。
そこで会話が途切れ、またしても重苦しい空気が充満しそうになったが、夜宵が慌てて口を開く。
「お、教えてくれて有難うございます。 防具のことも気になりますけど、そろそろ行きましょうか」
「そうだね」
「了解です」
まさか自分が、場を取り持つ役割になるとは思っていなかった夜宵は、既に疲労困憊だ。
だが、本番はこれからなので、内心で自分に喝を入れる。
1つ深呼吸した夜宵は意識を切り替え、戦闘モードに入った。
そんな彼女をseiが無言で見つめていたが、気付いた様子はない。
そうして、準備が出来たことを互いに確認した3人は――疾駆。
大森林の奥に向かって、全速力で駆け出した。
妖精の光が溢れる中、巨大な木の根があちらこちらにあるので、走り難いことこの上ない。
ところが3人は全く問題にせず、最短距離を駆け抜ける。
全員がこのクエストを熟知しており、既にルートを確立させているから可能な芸当であって、本来ならもっと進行速度は遅くなるはずだ。
しかし、【神速への道】の効果によって、徐々に夜宵とジンの距離が離れ始め、それはseiも同じ――かに思われたが――
「置いて行くぞ、のろま」
いつまで経ってもseiは夜宵に遅れることなく追走しており、それはつまり、彼も【神速への道】を習得していることを意味している。
その事実にジンは驚いていたが、発言を撤回させる方が先決だった。
「誰がのろまだって?」
「……インチキクラスが」
背中に光の翼を生やしたジンが、大森林の中を飛翔する。
【ホワイト・ウィング】。
60秒間、高機動力の飛翔能力を自身に付与するアーツだ。
翼に触れたモンスターにダメージを与える効果があり、威力もそれなりに高い。
制限時間を超えると強制解除されてしまうので、連続使用したい場合は、効果が切れる前に再発動する必要がある。
戦闘しながら時間を計らなければならず、意外と使いこなすのは難しい。
改めてセイヴァーの性能を思い知らされたseiは、忌々しそうに吐き捨て、夜宵は「綺麗……」などと呟いていた。
すると――
「お出ましだね」
「わかり切っていることを言うな」
「喧嘩しないで下さい」
大森林の奥から夥しい数のモンスターが姿を現し、あっと言う間に3人を包囲する。
その数、およそ300体。
冗談のような数だが、本来12人でも厳しいクエストに3人で挑んでいるのだから、これくらいは当然かもしれない。
唸り声を上げて獰猛な気配をまき散らす、ダーク・ウルフ。
毒々しい見た目が生理的嫌悪を誘う、ポイズン・スパイダー。
花弁の中心に巨大な顎が付いている植物型モンスター、マッド・プラント。
3種類とも討伐推奨レベル40で、夜宵たちの敵ではないが、数が数である。
しかし、彼女たちに恐れはなく、至極淡々と話を進めた。
「俺はこっち側を担当するよ」
「勝手に決めるな」
「良いじゃないですか。 わたしは向こうを受け持つので、seiさんはあちらをお願いします」
「……夜宵さんがそう言うなら」
「有難うございます。 では、行きましょう」
またしても揉めそうになったところを、すかさず夜宵が仲裁した。
戦闘モードの彼女は、誠に頼もしい。
そうして担当を決めた3人は背中合わせに立ち――同時に足を踏み出した。
モンスターの群れに向かって疾走しながら、夜宵は内心で溜息をついた。
ジンとseiの仲が悪いことに頭を悩ませていた彼女にとって、モンスターとの戦闘は、最早憩いの時間である。
どちらかと言うとseiが一方的に、ジン――と言うよりはセイヴァーを嫌っているだけだが、何にせよ困ったものだ。
飛び掛かって来たダーク・ウルフを、カウンターの【絶影瞬駆】で、すれ違いざまに斬り裂く。
だが一撃で倒すには至らず、振り返りながら横薙ぎの一閃で、とどめを刺した。
すると、足を止めた彼女に向かって、今度は2体のマッド・プラントが、蔓の鞭を振り回す。
風切り音を奏でながら襲い来る鞭を、最低限の動きで避け切る夜宵。
すぐさま攻撃を再開しようとした、その刹那、間隙を縫うようにポイズン・スパイダーたちが、四方から毒液を吐き出した。
かなりの広範囲を覆うような攻撃だったが、寸前で察知していた夜宵は、紙一重のところで安全地帯に退避する。
そこで仕切り直しとなり、夜宵はどう処理して行くか思案した。
確実なのは1体ずつ倒す戦法だが、いまいち乗り気になれない。
何故ならジンやseiなら、もっと迅速に倒し切る確信があるからだ。
装備の差を言い訳にしたくない夜宵は、意を決して多少のリスクを取る。
普段大人しい彼女も、このゲームではやはり負けず嫌いらしい。
目を鋭く研ぎ澄ませた夜宵がモンスターの密集地帯に、【絶影瞬駆】で1体を攻撃しながら、敢えて飛び込んだ。
当然、全周囲から怒涛の勢いで、モンスターが押し寄せたが――
「ふッ……!」
裂帛の気合いを込めて夜宵が抜刀すると、彼女を中心に斬撃の嵐が吹き荒れ、周囲のモンスターを斬り刻む。
【旋風裂陣】。
居合抜きでのみ発動可能で、自身を中心に斬撃の結界を展開するアーツ。
ある程度の集団戦にも対応出来る、サムライにとっては貴重な範囲攻撃。
ただし発動中は移動出来ず、硬直時間が全サムライアーツ中で最長の為、連打して敵を殲滅すると言う手段は取れない。
事実として、発動後の硬直を狙ったダーク・ウルフが、今にも噛み付こうとしている。
もっとも、そのようなことは百も承知だったが。
ダーク・ウルフの牙が夜宵の肌に喰い込もうとした間際、彼女の体が加速する。
かなりギリギリのタイミングだったが、再び【絶影瞬駆】で別の密集地帯に突入した夜宵は、すかさず【旋風裂陣】で斬り裂いた。
すると、その成果を確認する間も惜しんで、またしても夜宵は【絶影瞬駆】を発動する。
これこそが、彼女の選択した戦い方だった。
硬直があっても、敵の攻撃が間に合わない位置に【絶影瞬駆】で斬り込み、【旋風裂陣】を放つ。
それを連続で行う、ヒット&アウェイをより攻撃的にした、ヒット&ヒットとでも言うべき戦術。
とは言え、言うは易く行うは難し。
1度や2度続けるくらいなら可能かもしれないが、夜宵は何度も連続でそれを成功させていた。
並外れた洞察力を誇る彼女だからこそ、成し遂げられたと言える。
しかしながら、本来これだけ連続でアーツを使い続ければ、瞬く間にAPが尽きるはずだ。
そうならないのは、ひとえに夜宵が習得している、スキルの恩恵である。
【旋風裂陣】を発動する直前、彼女は周りのモンスターに目を走らせた。
すると、その中の1体が攻撃を仕掛けようとしており、それに合わせることでカウンターが成立する。
その途端にAPが回復し、消費した分をほぼ帳消しにした。
【反撃への高揚】。
カウンター成功時にAPを10%回復する、サムライ専用のパッシブスキル。
サムライの使用者が少ない上にカウンターの難易度が高い為、存在を知っているプレイヤーすらあまりいない。
それでも、使いこなせればこれだけ絶大な効果を発揮する。
そうして、みるみる数を減らすモンスターに慈悲を掛けることなく、夜宵はBランク武器とは思えない、獅子奮迅の働きを見せた。
【ホワイト・ウィング】で宙を駆けたジンは、モンスターの密集地帯に向かいながら、進路上の敵を光の翼で消し去る。
格下とは言え1撃で始末出来るのは、セイヴァーのクラス性能に加えて、彼の持つ武器が強力だと言う証左。
ほどなくして、密集地帯の中心に降り立ったジンは、辺りをぐるりと見渡す。
ざっと見て、100体近くが彼を狙っていた。
担当する数としては妥当だが、普通の感覚で言えば多過ぎる。
しかし――
「勢いで受けた勝負だけど、やるからには本気で行くよ」
不敵な笑みを浮かべたジンを取り囲むように、6本の光の剣が出現した。
【ジャッジメント・ブレイズ】。
60秒間、自身の周囲に6本の剣を生成するアーツ。
オートでも敵を攻撃してくれる強力かつ便利なアーツだが、自分の意思で自在に扱えるようになるには、かなりの訓練が必要だ。
更に、消費APが多い為、発動し続けるには立ち回りを工夫しなければならない。
もっとも、ジンであれば何とでもなる。
【セイント・エッジ】を発動して『グランシャリオ』を強化したジンは、間髪入れずに手近なモンスターを斬り捨てた。
その隙を狙って、ポイズン・スパイダーが粘着質の糸の網でジンを捕えようとしたが、【ジャッジメント・ブレイズ】を駆使して阻止する。
上空に飛び上がったジンは、眼下のモンスターに向かって6本の剣を射出し、まとめてくし刺しにした。
それと同時に、【ホーリー・ブラスト】の雨を降らせ、次々にモンスターを駆逐して行く。
このまま続けていれば、すぐにAP切れを起こすだろうが、ジンがそのようなミスをすることはない。
急降下した彼は『グランシャリオ』を振り切り、3体のモンスターを塵と化した。
【セイント・エッジ】はアーツだが、1度発動してしまえば、あとは通常攻撃扱いになる。
それゆえ他のアーツも含めて、消費したAPを回復することが可能なのだ。
【ホーリー・ブラスト】以外のアーツは自身を強化するタイプなので、ある意味でセイヴァーの主力は通常攻撃と言えるかもしれない。
『グランシャリオ』を振り乱し、【ホワイト・ウィング】で薙ぎ払い、【ジャッジメント・ブレイズ】が斬り刻む。
一方的な蹂躙劇となりつつあるが、これはセイヴァーと言うクラスを、ジンが制御し切っているからだ。
アーツの制限時間を全て正確に把握し、効率良く運用する。
seiの言うように、セイヴァーは誰が使っても強いが、彼ほど力を引き出せるプレイヤーが他にいるだろうか。
ときには固定砲台、ときには斬殺者となりながらモンスターを滅ぼす姿は、まさに人類にとっては救世主。
圧倒的な力を披露したジンは、特性である耐久力に頼るまでもなく、戦いを終結させた。
今回の戦闘で最も苦労したのは、seiだろう。
ジンは言うに及ばず、夜宵にも対多数用のアーツは一応あるが、マスターは完全に単体特化のクラスだからだ。
いくら強くても、1体ずつしか倒せないマスターに、これだけの数は荷が重い――と言うのが、普通の認識だと言える。
だがseiは、普通とは掛け離れた実力者だ。
「ふん……。 やはり気に入らんな」
離れた場所でジンが暴れ回っている気配を感じたseiは、不愉快そうに吐き捨てた。
念の為に言っておくと、彼もジンに非がないことくらいはわかっている。
与えられたコンテンツの中から何を選び、どう遊ぶかなど、プレイヤーの自由なのだから。
それでもseiはセイヴァーを好きになれず、それを使うジンに強く当たってしまう。
我ながら子どもっぽい癇癪だと思ったseiは舌打ちすると、意識をもう1人に向けた。
詳細まではわからないが、相変わらず見事な動きで敵を倒し続けていることは、漠然と伝わって来る。
マスターほどではないとは言え、サムライも集団戦は苦手にもかかわらず、それを全く感じさせない。
その事実にseiは微笑を浮かべ、自身もそれに続こうと決意した。
右手に蒼剣、左手に紅剣を握ったseiは、モンスターの大群に突貫する。
最も近くにいたマッド・プラントを蒼剣で斬り捨てる――のではなく、紅剣で貫く――のでもなく、右脚で蹴り砕いた。
蹴りの威力も武器に依存しているので、この程度のモンスターなら文字通り一蹴。
そのまま勢いを殺すことなく、周囲のモンスターに左右の剣を交互に繰り出し、時折強烈な蹴りをお見舞いした。
武器は双剣だが、両脚も駆使したその姿は、あたかも四刀流のようにも見える。
【神速への道】の効果もあり、その速度は尋常ではなかった。
動き自体の速さや単発の攻撃速度で言えば、サムライも引けを取っていないが、連続攻撃と言う意味ではマスターが圧倒的に上である。
とは言え、ただ闇雲に連続で攻撃したところで、大した戦果は得られまい。
seiの恐るべき点は、正確無比な攻撃精度と、未来予知にすら思える先読みだ。
次にどのモンスターがどう動くかを、全て把握しているように先回りし、確実に一撃で仕留める。
それが終わったら次の1体を――と言う流れを、延々と続けていた。
まるでフローチャートでもあるかのように、seiの動きには一切の無駄がない。
重ねて言うが、今回の戦闘で最も苦労したのは、seiだろう。
しかし、それは程度の問題であって、結果だけ見れば余裕の勝利。
同時に飛び掛かって来た2体のダーク・ウルフに対して、seiはこのクエストで初めてのアーツを発動する。
2本の剣を交差させて、十字の斬撃を放った。
1振りにつき1体を消滅させたseiは、無感動に次なる敵に向かう。
【クロス・ロザリオ】。
性能は見たままなので、ほとんど解説は必要ないが、敢えて言うなら威力が高い。
これはマスターのアーツに共通している特徴で、射程が短く攻撃範囲が狭い代わりに、軒並み高火力なのだ。
更にseiは【オーバー・アーツ】と言う汎用スキルを習得しており、消費APを10%増加する代わりに、アーツ威力を10%上昇させている。
どこまでも火力に拘るスタンスは潔いが、他のプレイヤーが真似をしても、大抵は自滅しそうだ。
逐一場所を変えながら【旋風裂陣】を展開する夜宵、圧倒的な力で敵を捻じ伏せるジン、凄まじい速度で各個撃破し続けるsei。
三者三様の戦いぶりで、膨大な数のモンスターを仕留め切るまで、大して時間は掛からなかった。




