第14話 無自覚と無防備
ログインした夜宵は癖で路地裏に隠れようとしたが、今はその必要がないことを思い出した。
昨日ログアウトする前にドレスに着替えていたので、『ステルス・スキン』を使えば完全にカモフラージュ出来る。
とは言え、また取り囲まれるような事態になるのは絶対に避けたい夜宵は、念の為に大通りの隅に寄ることにした。
この町には基本的にヒューマンしかいないが、服装はバラバラなので、仮装パーティーでもしているかのようである。
いつもは隠れてやり過ごしていた夜宵は改めて町の風景を眺めて、何とも言い難い感慨を覚えた。
少し早めにログインしたので、ジンはまだ来ていないらしい。
普段ならすぐにデイリークエストを消化して、何かしら他のクエストを受けるかダンジョンに潜るのが日課だが、今日は大人しく待つことにした。
そこで彼女は運営から通知が来ていることに気付き、ウィンドウをタッチしてみると、ガチャアイテムの内容が更新された旨が記されている。
金銭面の問題で自分には関係ないと思いつつ、夜宵はこの更新を楽しみにしていた。
何故かと言うと、実際には手に入らなくても、ウィンドウ内で試着することは出来るからだ。
最初はなかったシステムだが、自分のアバターに似合うかわからないと言う意見が多く届いたことで、割と最近実装されたらしい。
他にも細かい調整や修正は適宜行われており、このゲームの運営は優秀だと言うのが、専らの噂である。
夜宵にはその辺りの事情は良くわからなかったが、ほとんど不満を抱いたことがないと言うことは、それだけ上手くバランスが取れていると言うことかもしれない。
ジンが来るまでまだ時間がありそうだと判断した彼女は、早速ラインナップをチェックしてみることにした。
今回のテーマは春ファッションらしく、ドレスや和装よりも現実のコーディネートにありそうな衣装が、多く配信されている。
その中でも、特に夜宵の目を引くアイテムがあった。
『カシュクールワンピースA・水色』と、『透かし編みカーディガンA・青』。
Aと付いていると言うことは、今後BやCも登場するのかもしれない。
それはともかく、この2つのアイテムの組み合わせは、夜宵の趣味に合致している。
無駄だと思いつつ、一応ユーザーショップの相場を確認した夜宵だが――やはり無駄だった。
「高過ぎますよ……」
配信されたばかりの人気アイテムなので、当然と言えば当然。
無念に思いながらも即刻諦めた夜宵は、ジンが来るまでどうするか考えたが、あることを閃いた。
初めての試みなので上手く出来るかわからなかったが、おっかなびっくりウィンドウを操作する。
すると、「カシャ」と言う音が鳴り、1枚の写真がウィンドウに表示された。
ドレスで着飾った夜宵だが、かなりぎこちない。
撮った写真は彼女のバイザー型デバイスに保存されるので、あとで整理することが可能。
初めて自撮りした夜宵は恥ずかしそうにしていたが、案外悪い気はしていないようだ。
その後、何枚か撮ることでだいぶ固さも和らぎ、少しずつポーズを取るようになった。
体の前で手を重ねるオーソドックスなものから、振り向いた角度、控えめにピースしながら少しだけスカートを摘まみ上げるポーズ。
段々楽しくなって来た夜宵は、次はどんなポーズを撮ろうかと考え――
「え……?」
自分を中心に人垣が出来ているのを見て、困惑した声を発する。
昨日とは別の意味で冷や汗を流した夜宵は、すぐさまこの場を離れようとしたが、1歩遅かった。
「ねぇ、キミ、写真撮るの好きなの? 良い場所を知ってるから、そこで撮らない?」
「そうそう! こう言うのって誰かに撮ってもらった方が、絶対可愛く写るから!」
「い、いえ……わたしは……その……」
「そうだ、連絡先教えてよ。 撮った写真を送るからさ」
「そ、それは……ちょっと無理と言いますか……」
明らかに下心がありそうな男性2人組に迫られた夜宵は、顔面蒼白とさせて後退った。
しかし彼らは構うことなく、むしろ怯える彼女を包囲するように距離を詰める。
恐怖に支配された夜宵は、涙を溜めた目をギュッと瞑り――
「ごめん、待たせたね」
その場の空気を霧散させる、爽やかな声が聞こえた。
反射的に目を開いた夜宵が見る先にいたのは、昨日のカジュアルコーデに身を包んだジン。
振り向いた2人組は文句を言おうとしたが、それを口にすることは出来ない。
「彼女は俺のパートナーなんだ。 話があるなら、俺が聞くけど?」
目深に被ったハットの奥から、ジンは殺傷能力のありそうな眼差しを突き刺した。
蛇に睨まれたカエルのように、固まった男性たちの間を通り抜けて、ジンは夜宵の元に歩み寄る。
唖然とした彼女は何も出来ず、ジンに手を掴まれて引っ張られた。
彼は無言で歩き続けると人垣を突破して、更に足を進める。
そんな彼を追い掛ける勇者はおらず、夜宵は助かったことを実感して、ようやく嘆息した。
そして、礼を言うべく口を開きかけたが、前を向いたままのジンが先に言葉を紡ぐ。
「夜宵さん」
「は、はい」
「ちょっと無防備過ぎじゃない? このゲームに限らず、現実だって良い人ばかりじゃないんだから、もっと気を付けた方が良いよ」
「ご、ごめんなさい……」
「謝る必要はないから、改善して欲しいな。 俺がいるときは助けられるけど、そうじゃないときに何かあったら困るから」
「……わかりました、有難うございます」
「お礼も必要ないよ」
ジンに注意された夜宵は、しょんぼりして俯いた。
しかし、今回は完全に自分が悪かったと自覚しているので、甘んじて受け入れる。
夜宵が本気で反省していることを背中で感じ取ったジンは、それまでの態度を翻して、楽しそうに振り向いた。
「それより驚いたよ。 夜宵さんって、思ってたよりファッション系に興味あったんだ」
「え、えぇと……買ったことはないんですけどね。 折角のドレス姿なので、撮ってみたくなりまして……すみません」
「だから、謝らなくて良いよ。 今回はちょっと場所が悪かったけど、写真を撮ること自体は良いと思う。 中には、それしかしないプレイヤーもいるくらいだからね」
「は、はい。 思ったより楽しくて、自分でも驚いています。 今すぐは無理ですけど、コロシアムとか他のクエストでお金を貯めたら、いつかは自分で服を買ってみたいです」
「うん、そうすると良いよ。 じゃあ取り敢えず、デイリークエストを片付けようか」
「そうですね、行きましょう」
笑顔を交わした2人は、パーティを組んでからクエスト受注端末に向かった。
今日のデイリークエストを確認すると、場所は違うものの内容は昨日と似たようなもので、討伐と採集、採掘、運搬クエスト。
どうやら微妙な変化はありつつ、デイリークエストは基本的に似たような構成らしい。
そのことを悟ったジンだが、面倒だと思うことはなかった。
実入りとしては薄くても、気分転換の散歩だと思えば悪くないからだ。
ジンの様子を見た夜宵はこっそりと安堵しながら、討伐クエストを受注する。
それから、近くのポータル端末にアクセスし、2人の姿が虚空に溶けた。




