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【完結済】ぼっちプレイヤーなわたしが最強な訳がないじゃないですか  作者: YY
第1章

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第12話 現実での進歩

 シフトに入った弥生は、まず特売品コーナーを作成して、今は通常の品出しを行っていた。

 運動音痴な彼女は素早い動きなどは苦手だが、単純な体力自体は意外と少なくない。

 そして整理整頓は得意なので、こう言った仕事はむしろ向いていると言えるだろう。

 最近は商品名と場所なども、しっかり頭に入っているので、ほとんど迷うこともない。

 順調に作業に勤しんでいた弥生だが、視界の隅に来客の1人を捉えた。

 いつもなら邪魔にならないように避けるか、何なら声を掛けられないように、逃げるくらいである。

 しかし、意識改革した彼女は緊張しながらも思い切って、その来客に目を向けた。

 背中が丸まっている年配の男性で、視線は棚の上に向いている。

 どことなく困った雰囲気を感じた弥生は、意を決して話し掛けた。


「あ、あの……何かお困りでしょうか?」


 その声は小さく固かったが、老人には聞こえたらしい。

 僅かに驚いた反応を見せながら、柔和な笑みを浮かべて答えを返した。


「いやぁ、あの洗剤が欲しいんだけど、届かなくてなぁ」

「あ……こ、こちらですか?」

「そうそう。 有難うなぁ、お姉さん」

「い、いえ、恐れ入ります……」


 弥生としては店員として――それ以前に、人として当然のことをしたまでだが、老人は非常に嬉しそうだ。

 そのことを弥生が恥ずかしがって、下を向きそうになったとき、老人が繁々と見つめて来ていることに気付いた。

 何か粗相でもしたのかと不安になったが、老人から意外な言葉が投げ掛けられる。


「いつもご苦労さん」

「え……?」

「あんたは知らんだろうけど、ワシはほとんど毎日来とるからなぁ。 何度も見たことあるんだよ」

「そ、そうでしたか、申し訳ありません」

「いやいや、別に怒ってるんじゃないんだ。 まぁ、確かに愛想はなかったがなぁ」

「ほ、本当に申し訳ありませんでした……」


 老人の言葉を聞いた弥生は、深々と頭を下げて謝罪した。

 自分が今まで、いかに店員として駄目だったかを思い知って、泣きそうになっている。

 しかし老人は、優しく微笑んで言葉を紡いだ。


「頭を上げなさい。 さっきも言ったけど、怒ってるんじゃないんだよ」

「ですが……」

「あんたは確かに愛想はなかったが、一所懸命に仕事を頑張ってるのは伝わって来た。 最近の若者にしては珍しいって、近所で話題になったくらいさ」

「そ、そうなんですか……?」

「うむ。 ただ、機会があれば話してみたいと思ってたから、今日は本当に嬉しかったんだよ。 有難うなぁ」

「そんな……滅相もありません。 こ、今後は気を付けますので、これからも当店をよろしくお願い致します」

「はっはっは! そう言われると、もっと何か買って帰らんとなぁ」

「い、いえ、決してそのようなつもりで言った訳では……」

「冗談だよ、冗談。 お姉さん、真面目過ぎるって言われんか?」

「……心当たりあります」

「あはは、やっぱりそうか。 まぁ、真面目は良いことなんだが、あまり気負い過ぎんようにな。 あんたみたいな人は、多少抜けてるくらいでちょうど良いんだよ」

「覚えておきます……」

「うむうむ。 じゃあ、ワシは帰るよ。 お姉さん、ほどほどに頑張ってな」

「あ……は、はい、有難うございました」


 去り行く老人を見送った弥生は、ホッと息をついた。

 声を掛けるまでは緊張感が凄かったが、まさに喉元過ぎれば何とやらである。

 先ほどの老人も大人の男性には違いないものの、恐怖の象徴となっている年齢層とは掛け離れていた。

 それゆえに弥生も思い切れたのだが、どちらにせよ大きな前進だと言える。

 何より、今回の体験が決して悪いものではなく、むしろ良い記憶だと思えることも、プラスに作用していた。

 これからは、今までより広い目で仕事をしようと決めた弥生は、品出しの仕事を再開した。

 その後、何度か来客応対することがあったが、なんとか無事に終わって安堵している。

 精神的にかなり消耗しつつ、それを超える達成感を得ることが出来た。

 そうしてシフト時間が終わり、引き継ぎ作業を済ませた弥生が控室に戻ると、良く知る人物の姿があった。


「店長、お疲れ様です」

「……ん? あ、やよちゃん、お疲れ様」


 丸椅子に座ってテーブルに両肘を突いた梅子が、何やら物憂げな表情で考え込んでいた。

 弥生の呼び掛けにも反応が遅れるほどで、何か深刻な悩みなのかと気になった彼女は、少し躊躇いがちに尋ねる。


「あの、店長、何かあったんですか……?」

「え? なんで?」

「いえ、気のせいかもしれないんですけど、何か悩んでいるように見えたので……」

「あ~……別に大したことじゃないの。 昨日ちょっと、ムカつくことがあってね~」

「そ、そうなんですか。 大したことじゃないなら、良いんですけど……」

「大丈夫よ、ポンコツをスクラップにし損ねただけだから。 次こそ絶対、ふっ飛ばしてやるわ」

「ポンコ……え?」

「あ、気にしないで、こっちの話だから」

「は、はい……」


 物騒な言い様に弥生は若干引きながら、これ以上踏み込むまいと決める。

 すると一転して、満面の笑みを浮かべた梅子を前に、弥生は何事かと身構えた。

 彼女には、普段から悪戯されることが多いので、ある種の防衛本能だと言える。

 ところが今回に限っては、梅子もまともな話を切り出した。


「それより見てたわよ。 やよちゃん、凄いじゃない」

「えぇと……何のことでしょう?」

「お客さんの相手、ちゃんと出来てたわよ。 あたし、感動して泣きそうになっちゃった」

「あ……お恥ずかしい限りです……。 今まで本当に、すみませんでした」

「もう、謝らないの! 今までだって、ずっと頑張ってくれてたんだから。 これからも、今日の調子でお願いね!」

「……はい、わかりました。 あ、今日は買い物して帰るので、そろそろ失礼しますね」

「うん! また明日……は土曜日だから、月曜日か……。 あ~ん! 2日も、やよちゃんに会えないだなんて~! やよちゃん成分が不足しちゃうから、オッパイ揉ませて!」

「意味がわかりません……。 では、お疲れ様でした」

「あ! やよちゃんの薄情者~!」


 背後から梅子の悲痛な叫びが聞こえて来たが、弥生はあっさりと振り切って1階に向かった。

 このスーパーは1階が食品関係、2階が生活関係や衣類のフロアとなっている。

 手際良く食材を買い物カゴに入れて行った弥生は、最後に精肉店を訪れた。


「岩田さん、お疲れ様です」

「……ん? おぉ、弥生ちゃん、お疲れさん」


 難しい顔をしながら、商品を並べていた武尊に弥生が呼び掛けると、梅子と似たような反応が返って来た。

 そのことに既視感を覚えながら、弥生は恐る恐る問を投げる。


「えぇと……岩田さん、何かあったんですか?」

「ん? あー、別に大したことじゃねぇんだ。 昨日ちょっと、ムカつくことがあってな」

「な、なるほどです」

「あの性悪女、今度会ったらぶちのめしてやるぜ」

「怖いんですけど……」

「あ、悪い悪い。 本当にぶちのめす訳じゃねぇから、安心してくれ」

「いまいち安心出来ませんけど……まぁ、良いです。 今日は肉じゃがを作るので、牛肉のこま切れを100gほど買おうかと思いまして」

「お! 肉じゃがか、良いな! 待ってな、俺が安くて良いのを選んでやるよ!」

「すみません、お仕事中に。 有難うございます」

「良いってことよ!」


 そう言って、真剣な眼差しで牛肉を吟味し始めた武尊を、弥生は苦笑を浮かべて見つめる。

 彼女としてはそこまで拘っていないのだが、今回は他人に食べてもらう事情もあって、厚意に甘えることにした。

 しばしして牛肉のタッパーを持って来た武尊は、当初にこやかに笑っていたのだが、弥生の持つ買い物かごを見て、目を丸くしている。

 どうしたのかと弥生が首を横に倒していると、武尊がやや言い難そうに口を開いた。


「弥生ちゃん、今日ちょっと食材が多くねぇか?」

「え……!? そ、そんなことは……」

「いや、みなまで言わなくて良い。 そうか……弥生ちゃんにもとうとう……」

「だから、違うんです……!」


 何やら遠くを見ている武尊に、弥生は慌てて言い募る。

 そしてあらぬ誤解を解く為に、今朝の出来事を説明すると、武尊は合点が行ったように頷いた。


「なるほどな……。 それなら是非、俺からも礼をしたいくらいだ」

「い、いえ、これはわたしの問題なので。 お気持ちだけで充分です」

「まぁ、あんまり大袈裟にしても、向こうが困るだろうしな。 わかった、今回は弥生ちゃんに任せるぜ」

「そうして下さい。 じゃあ、そろそろ帰りますね」

「おう! またな、弥生ちゃん!」


 快活に笑う武尊と別れた弥生は会計を済ませ、アパートに向かって歩みを進めた。

 今日はいろいろとあった1日だが、トータルすると良い日だったと言える。

 だが、彼女にとってはこのあとこそが、本番だった。

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