プロローグ 【ネオス・アルカディア・オンライン】
手に取って頂き、有難うございます。
サムライの彼女と唯一のセイヴァーの出会いから、日常パートを経てコロシアムまで、一気に駆け抜けます。
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青白い光が照らす、無機質な空間。
かなり広いが物は何も置いておらず、一見すると異様に感じるかもしれない。
しかし、そこに存在する少女にとっては慣れ親しんだ場所で、今更何かを感じることはなかった。
厳密に言えば、そのような余裕はなかった。
『フシュゥゥゥゥゥ……』
一般的な成人男性より2回りは大きな、人型の機械剣士。
両手で長大な直剣を握って、口のような器官から不気味な声を漏らしている。
機械らしく表情などはないものの、少女に敵意を持っていることは明らか。
激しい戦闘を物語るように全身に裂傷が刻まれているが、戦意はいささかも萎えていないことが窺い知れる。
マシンナリー・ソルジャー。
討伐推奨レベル45の、かなり強力なボスモンスターだ。
攻撃方法は直剣による近接戦闘に限られる代わりに、その速度と技量、威力は相当な脅威。
一方の少女は身長150cm台半ば程度で、女性の中でも小柄な方だ。
その反面、黒い武道袴を着ている為にわかり難いが、胸元の果実は充分以上に大きく育っていた。
美しく長い黒髪を緩やかになびかせ、同色の瞳には強い意志が宿っている。
シンプルなデザインの刀を腰溜めに構えており、かなり物々しい雰囲気だが、白い花のかんざしが可愛らしさを演出していた。
少女の目にはマシンナリー・ソルジャーの頭上にHPゲージが見えており、残りはほんの僅か。
恐らく、次の攻防を制すれば勝てる。
とは言え、油断は出来ない。
マシンナリー・ソルジャーの攻撃がクリーンヒットすれば、一気に形勢が逆転するかもしれないからだ。
そのことをわかっている少女に一切の油断はなく、居合抜きの体勢を維持して、来るべきときに備えている。
対するマシンナリー・ソルジャーは、ジリジリと間合いを詰め――
『シュゥゥゥゥゥ!!!』
そのときが訪れた。
凄まじい速度で振り上げた直剣を、少女に向かって間髪入れずに振り下ろす。
動作自体は単純だが、言い換えれば無駄がない。
事実、このモンスターと対峙した大半の者は、この攻撃を避けることが出来ず、良くてガードが間に合う程度だ。
ところが少女の実力は、その他大勢と一線を画している。
「ふッ……!」
直剣が僅かに動いたことを察知していた少女は、右に体をずらし、紙一重で攻撃を躱しつつ抜刀する。
振り抜かれた刀は、狙い違わずマシンナリー・ソルジャーの胴に吸い込まれ、残されていたHPゲージを刈り取った。
塵と消えたモンスターを見届けた少女は大きく息を吐き出し、ようやくして戦闘態勢を解く。
すると空間に、『Quest Clear』の文字が表示されると同時に軽快な音楽が流れ、少女は安心したように微笑んだ。
「良かった、やっとレベル50になりました」
そう言いながら、虚空に指を走らせた少女の眼前に、半透明の窓のようなものが表れた。
そこには――
【夜宵】
クラス:サムライ
レベル:50
HP:3596
AP:785
と言う、彼女の簡易的なステータスが記されている。
今更ではあるが、ここは【ネオス・アルカディア・オンライン】――通称NAOと言う、フルダイブ型のVRMMORPGの世界だ。
初期クラスは近接系のフェンサー、ファイター、サムライ、魔法系のソーサラー、ヒーラー、エンハンサー、射撃系のガンマン、ハンター、スローワーの9つで、各クラスに特性がある。
正式サービスが開始されたのは今から約3か月前で、少女改め夜宵がこのゲームに出会ったのは、2週間ほど前だ。
元々はゲームをする習慣のなかった彼女だが、あることで悩んでいたときに、テレビでこのゲームの特集を観たのを切っ掛けに、思い切ってゲームデバイス――ゲーム自体は基本無料――を購入した。
当初は初めての経験の連続で戸惑いつつも、徐々にこの世界に引き込まれ、今では暇さえあればログインするようになっている。
それが良いか悪いかは別として、彼女にとってほぼ唯一の楽しみなのは間違いない。
そして、連日ダンジョンに潜り続けた成果が実を結び、今日ようやくサムライが最大レベルの50に到達したのだ。
もっとも、これはある意味始まりに過ぎない。
このゲームにおいて、最大レベルはスタートラインであり、そこからいかにして装備を整えて行くかが肝要である。
そのことを履き違えていない夜宵は、半透明の窓――ステータスウィンドウにタッチして別の画面を開き、自身の装備を確認したが、現実は厳しかった。
「うぅん……そろそろ装備を更新したいんですけど、ユーザーショップだと高いんですよね……。 Aランク以上は、ドロップ率がかなり低いですし……」
難しい顔で唸る夜宵。
彼女の目に映る画面には――
武器:防人の刀
頭防具:白花のかんざし
胴防具:黒染の武道袴
腕防具:古びた戦篭手
と言う文字が表示されている。
このうち『防人の刀』と『黒染の武道袴』はBランク、『白花のかんざし』と『古びた戦篭手』はCランク。
弱くはないが、決して強いとは言えないラインナップだ。
アイテムのレア度は、上からS、A、B、C、D、Eの順に分けられるので、極々平凡な装備だと言える。
更に彼女の言う通り、Aランク以上のアイテムは非常に貴重で、特にSランクはほとんど都市伝説に近い。
ユーザーショップと言う、プレイヤー間の取引が可能なシステムがあるものの、当然ながら貴重なアイテムほど、価格がとんでもないことになっていた。
懐事情が寒い夜宵には到底手が出せず、なんとかドロップしたアイテムの中から、マシな物を使っているのが現状である。
わかり切っていたことを再認識した夜宵は、深く溜息をついたが、すぐに頭を切り替えた。
「ない物はないんですから、仕方ないです。 今だって普通に戦えてますし、焦らなくて良いでしょう」
自分に言い聞かせた夜宵は踵を返し、ダンジョンの出口に向かった。
ダンジョンから瞬時に出ることが可能なアイテムも存在するが、倹約家の彼女は滅多に使わない。
青白い光が溢れるダンジョン内を、来た道を辿って歩いている夜宵だが、その顔には色濃い不安と緊張が見て取れる。
それはモンスターの奇襲に怯えているから――ではなく、別の理由によるものだ。
そして、その不安は的中してしまう。
「あ~、今日はマジで何も落ちねぇなぁ」
「俺も、ちょっと金策になりそうなやつくらいだな」
「それならまだマシじゃね?」
前方から男性3人組のパーティが歩いて来るのを見て、夜宵はビクッと肩を震わせた。
だが、生憎と1本道にいる為、隠れることが出来ない。
観念した彼女は、マシンナリー・ソルジャーと対峙していたときとは別人のようにオドオドし、俯き気味に小さくなって道の端に寄る。
そんな夜宵を横目に、男性パーティは無言ですれ違ったが、暫くしてからおどけたように口を開いた。
「見たか? 今のやつサムライだったぜ」
「見た見た。 良くあんな不遇クラス使うよなぁ」
「どーせ、格好付けてるだけだろ? それか、よっぽどの無知かだな」
本人たちに聞かせるつもりはなかったのかもしれないが、夜宵の耳にははっきりと届いている。
その言葉は彼女の胸に突き刺さり、鈍い痛みを感じさせた。
他人のクラスは、一見しただけでは表示されていないとは言え、装備している武器から推し量ることは可能。
つまり彼らは、夜宵が刀を装備していることから、彼女のクラスを断定したのだ。
そして、サムライがこのゲームにおいて不遇クラスの烙印を押されているのは、残念ながら事実。
その理由は、近接系クラスでありながら、全クラスでHPと防御力が最低で、耐久面に大きな問題があるからだ。
VRで初のRPGでもあるNAOでは、一般的なゲームと違って、敵の攻撃を避けたり防いだりするのが難しい。
それゆえ基本的には、敵の攻撃を受ける前提で立ち回るプレイヤーが、ほとんどである。
だからこそ、耐久面に難のあるサムライは不人気になっているのだが、それだけではなかった。
「カウンターは威力高いけどさ、あんなもん使いこなせる訳ねぇって」
「だよなー。 俺もちょっとやってみたことあるけど、無理無理」
「だから言ってるじゃん。 格好付けてるだけなんだって」
サムライの特性である攻撃方法、カウンター。
敵の攻撃に対してタイミング良く攻撃を仕掛けることで、通常よりも遥かに高いダメージを叩き出すことが出来るのだ。
だが、前述の理由でそれを実行するのは至難であり、宝の持ち腐れだと言われている。
そう言った事情から、サムライを好んで使っている者は奇異の目で見られることが多く、夜宵も何度も経験して来た。
男性パーティが、笑いながら去ったことを背中で感じた彼女は、胸に手を当ててひとりごちる。
「……良いんです。 わたしは楽しいんですから、それで充分なんです」
小声で宣言した夜宵は足を再稼働させ、急いでダンジョンをあとにした。
自分がどれだけの実力を誇っているか、今日も自覚しないまま。