表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/72

プロローグ 【ネオス・アルカディア・オンライン】

手に取って頂き、有難うございます。

サムライの彼女と唯一のセイヴァーの出会いから、日常パートを経てコロシアムまで、一気に駆け抜けます。

面白いと思って頂けたら、ブックマークや評価、リアクションや感想で応援して頂けると嬉しいです。

 青白い光が照らす、無機質な空間。

 かなり広いが物は何も置いておらず、一見すると異様に感じるかもしれない。

 しかし、そこに存在する少女にとっては慣れ親しんだ場所で、今更何かを感じることはなかった。

 厳密に言えば、そのような余裕はなかった。


『フシュゥゥゥゥゥ……』


 一般的な成人男性より2回りは大きな、人型の機械剣士。

 両手で長大な直剣を握って、口のような器官から不気味な声を漏らしている。

 機械らしく表情などはないものの、少女に敵意を持っていることは明らか。

 激しい戦闘を物語るように全身に裂傷が刻まれているが、戦意はいささかも萎えていないことが窺い知れる。

 マシンナリー・ソルジャー。

 討伐推奨レベル45の、かなり強力なボスモンスターだ。

 攻撃方法は直剣による近接戦闘に限られる代わりに、その速度と技量、威力は相当な脅威。

 一方の少女は身長150cm台半ば程度で、女性の中でも小柄な方だ。

 その反面、黒い武道袴を着ている為にわかり難いが、胸元の果実は充分以上に大きく育っていた。

 美しく長い黒髪を緩やかになびかせ、同色の瞳には強い意志が宿っている。

 シンプルなデザインの刀を腰溜めに構えており、かなり物々しい雰囲気だが、白い花のかんざしが可愛らしさを演出していた。

 少女の目にはマシンナリー・ソルジャーの頭上にHPゲージが見えており、残りはほんの僅か。

 恐らく、次の攻防を制すれば勝てる。

 とは言え、油断は出来ない。

 マシンナリー・ソルジャーの攻撃がクリーンヒットすれば、一気に形勢が逆転するかもしれないからだ。

 そのことをわかっている少女に一切の油断はなく、居合抜きの体勢を維持して、来るべきときに備えている。

 対するマシンナリー・ソルジャーは、ジリジリと間合いを詰め――


『シュゥゥゥゥゥ!!!』


 そのときが訪れた。

 凄まじい速度で振り上げた直剣を、少女に向かって間髪入れずに振り下ろす。

 動作自体は単純だが、言い換えれば無駄がない。

 事実、このモンスターと対峙した大半の者は、この攻撃を避けることが出来ず、良くてガードが間に合う程度だ。

 ところが少女の実力は、その他大勢と一線を画している。


「ふッ……!」


 直剣が僅かに動いたことを察知していた少女は、右に体をずらし、紙一重で攻撃を躱しつつ抜刀する。

 振り抜かれた刀は、狙い違わずマシンナリー・ソルジャーの胴に吸い込まれ、残されていたHPゲージを刈り取った。

 塵と消えたモンスターを見届けた少女は大きく息を吐き出し、ようやくして戦闘態勢を解く。

 すると空間に、『Quest Clear』の文字が表示されると同時に軽快な音楽が流れ、少女は安心したように微笑んだ。


「良かった、やっとレベル50になりました」


 そう言いながら、虚空に指を走らせた少女の眼前に、半透明の窓のようなものが表れた。

 そこには――


【夜宵】

クラス:サムライ

レベル:50

HP:3596

AP:785


 と言う、彼女の簡易的なステータスが記されている。

 今更ではあるが、ここは【ネオス・アルカディア・オンライン】――通称NAOと言う、フルダイブ型のVRMMORPGの世界だ。

 初期クラスは近接系のフェンサー、ファイター、サムライ、魔法系のソーサラー、ヒーラー、エンハンサー、射撃系のガンマン、ハンター、スローワーの9つで、各クラスに特性がある。

 正式サービスが開始されたのは今から約3か月前で、少女改め夜宵やよいがこのゲームに出会ったのは、2週間ほど前だ。

 元々はゲームをする習慣のなかった彼女だが、あることで悩んでいたときに、テレビでこのゲームの特集を観たのを切っ掛けに、思い切ってゲームデバイス――ゲーム自体は基本無料――を購入した。

 当初は初めての経験の連続で戸惑いつつも、徐々にこの世界に引き込まれ、今では暇さえあればログインするようになっている。

 それが良いか悪いかは別として、彼女にとってほぼ唯一の楽しみなのは間違いない。

 そして、連日ダンジョンに潜り続けた成果が実を結び、今日ようやくサムライが最大レベルの50に到達したのだ。

 もっとも、これはある意味始まりに過ぎない。

 このゲームにおいて、最大レベルはスタートラインであり、そこからいかにして装備を整えて行くかが肝要である。

 そのことを履き違えていない夜宵は、半透明の窓――ステータスウィンドウにタッチして別の画面を開き、自身の装備を確認したが、現実は厳しかった。


「うぅん……そろそろ装備を更新したいんですけど、ユーザーショップだと高いんですよね……。 Aランク以上は、ドロップ率がかなり低いですし……」


 難しい顔で唸る夜宵。

 彼女の目に映る画面には――


武器:防人の刀

頭防具:白花のかんざし

胴防具:黒染の武道袴

腕防具:古びた戦篭手


 と言う文字が表示されている。

 このうち『防人の刀』と『黒染の武道袴』はBランク、『白花のかんざし』と『古びた戦篭手』はCランク。

 弱くはないが、決して強いとは言えないラインナップだ。

 アイテムのレア度は、上からS、A、B、C、D、Eの順に分けられるので、極々平凡な装備だと言える。

 更に彼女の言う通り、Aランク以上のアイテムは非常に貴重で、特にSランクはほとんど都市伝説に近い。

 ユーザーショップと言う、プレイヤー間の取引が可能なシステムがあるものの、当然ながら貴重なアイテムほど、価格がとんでもないことになっていた。

 懐事情が寒い夜宵には到底手が出せず、なんとかドロップしたアイテムの中から、マシな物を使っているのが現状である。

 わかり切っていたことを再認識した夜宵は、深く溜息をついたが、すぐに頭を切り替えた。


「ない物はないんですから、仕方ないです。 今だって普通に戦えてますし、焦らなくて良いでしょう」


 自分に言い聞かせた夜宵は踵を返し、ダンジョンの出口に向かった。

 ダンジョンから瞬時に出ることが可能なアイテムも存在するが、倹約家の彼女は滅多に使わない。

 青白い光が溢れるダンジョン内を、来た道を辿って歩いている夜宵だが、その顔には色濃い不安と緊張が見て取れる。

 それはモンスターの奇襲に怯えているから――ではなく、別の理由によるものだ。

 そして、その不安は的中してしまう。


「あ~、今日はマジで何も落ちねぇなぁ」

「俺も、ちょっと金策になりそうなやつくらいだな」

「それならまだマシじゃね?」


 前方から男性3人組のパーティが歩いて来るのを見て、夜宵はビクッと肩を震わせた。

 だが、生憎と1本道にいる為、隠れることが出来ない。

 観念した彼女は、マシンナリー・ソルジャーと対峙していたときとは別人のようにオドオドし、俯き気味に小さくなって道の端に寄る。

 そんな夜宵を横目に、男性パーティは無言ですれ違ったが、暫くしてからおどけたように口を開いた。


「見たか? 今のやつサムライだったぜ」

「見た見た。 良くあんな不遇クラス使うよなぁ」

「どーせ、格好付けてるだけだろ? それか、よっぽどの無知かだな」


 本人たちに聞かせるつもりはなかったのかもしれないが、夜宵の耳にははっきりと届いている。

 その言葉は彼女の胸に突き刺さり、鈍い痛みを感じさせた。

 他人のクラスは、一見しただけでは表示されていないとは言え、装備している武器から推し量ることは可能。

 つまり彼らは、夜宵が刀を装備していることから、彼女のクラスを断定したのだ。

 そして、サムライがこのゲームにおいて不遇クラスの烙印を押されているのは、残念ながら事実。

 その理由は、近接系クラスでありながら、全クラスでHPと防御力が最低で、耐久面に大きな問題があるからだ。

 VRで初のRPGでもあるNAOでは、一般的なゲームと違って、敵の攻撃を避けたり防いだりするのが難しい。

 それゆえ基本的には、敵の攻撃を受ける前提で立ち回るプレイヤーが、ほとんどである。

 だからこそ、耐久面に難のあるサムライは不人気になっているのだが、それだけではなかった。


「カウンターは威力高いけどさ、あんなもん使いこなせる訳ねぇって」

「だよなー。 俺もちょっとやってみたことあるけど、無理無理」

「だから言ってるじゃん。 格好付けてるだけなんだって」


 サムライの特性である攻撃方法、カウンター。

 敵の攻撃に対してタイミング良く攻撃を仕掛けることで、通常よりも遥かに高いダメージを叩き出すことが出来るのだ。

 だが、前述の理由でそれを実行するのは至難であり、宝の持ち腐れだと言われている。

 そう言った事情から、サムライを好んで使っている者は奇異の目で見られることが多く、夜宵も何度も経験して来た。

 男性パーティが、笑いながら去ったことを背中で感じた彼女は、胸に手を当ててひとりごちる。


「……良いんです。 わたしは楽しいんですから、それで充分なんです」


 小声で宣言した夜宵は足を再稼働させ、急いでダンジョンをあとにした。

 自分がどれだけの実力を誇っているか、今日も自覚しないまま。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ